簑笠府イリスという幻想少女8
「それじゃあ、帰るね」新庄幸人の長い長い夜は終わった。四ノ原早紀による頼みとして人助けになる異能を与えるという願いを叶えに来た。
それは親友ミッキー、真行院幹雄の願望である、『人を害さない強力でノルマ達成可能な能力を見つける』と言う願いも叶えたかったのである。
確かに簑笠府イリスの境遇には同情する。外に出れない苦しみも有るし、ただの日光で死にかねず、知人も作りにくいだろう。
だが、新庄幸人の想い人はイリスではなかった。これから長い時間を掛けて挫けていくという自覚も有る。
だからこそ自身の一途性みたいなものは実のところ錯覚で、目の前の新庄に満更でもないという態度のイリスに下心が湧けば皆幸せになれるとすら思っていた。
でも、答えは「自身の部屋に帰りたい」であった。反省会をしたい、眠りたい、なのである。
「……そっか」イリスはそう言いながら幸人の服の裾を掴んだ。だが力は入っていない辛うじて掴めている、というふうだ。
「実のところ、これで私の手札は尽きました。ここまで付き合ってくれてありがとう、これ以上は付き合わせられません、材料が有りません」
「契約には、1日1回、契約延長って合ったような」
「私は幸人さんには虚偽を言えないので言いますが、それは日を空けて会った時に罰則、というだけで実は何も支障はないのです、むしろ一度空けたらもう会わないのが最適なのです」
「俺が、そう言うのを望まないから、だね」
こくりとイリスは頷いた。
「なので、もう手を尽くした、としか言えません。ここまで非礼に非礼を重ねて、更に上塗りするのは私としても忌むべきことです」
「無敵の失効は、命にかかわると思うけど」
「昨日まで、屋内の奥に籠もって入れば、過ごせたのです。生きていくだけなら支障は有りません」
「早紀さんに聞いて夜に会いに行くよ、御家族の前なら君もやりにくいでしょ?」
「ふふふ、本当のところ実家は他県の山の奥の方にありまして、毎日会うなんてとてもとても、なので最終的に"会わない"という結論に至るかと思われます」
「なるほど、君の手札がないってのは本当なんだね、ブラフも無いと」
イリスの表情は真っ青だ。彼女の醜態、痴態は一時の浮かれ気分、躁状態みたいなもので、正気に返れば彼女はごくごくまともな部類の少女だ。手が震えている。
「昼寝でもしませんか?ってさっきのノリで言えば良いのでは?」
「寝て起きたらこの夢から覚める、と思うと確約がなく怖くて寝られません」イリスは自嘲気味に口の端を吊り上げた。
そういう事か。新庄幸人は薄っすらと理解ってきた。イリス、彼女は幸人の現実が夢なのである。夢である以上覚めるしか無い。イリスの心境は夢の中で『これが夢』と認識してしまった。
甘い甘い、悪夢。どんなに辛くても耐えられても、奇跡という幸運が舞い込んだら常人は破滅するのだ。
極寒の地でも、灼熱の地獄でも人は生きていける。だがその温度差では鋼(無敵)ですらヒビが入るのだ。
「簑笠府さん、君は苦痛の現実でも平気?」
「痛いのは生きている証です、何もないのは、痒いのは耐えられない。それならこの身を刻んで欲しい」
「イリス、後悔しない?」幸人は名前で呼ぶことにした。
「私か貴方の末期に盛大に喚き散らしても許して頂けるのなら」イリスの顔色はもう青くない。
「……手札がないって嘘じゃん!!」
「有りませんでしたよ、山札には残ってました」イリスは苦笑する。幸人が応えなかったら彼女は夢から覚めることになっていた。
「君がノーハンドなので、そのまま勝ち確定と思ってターンを返したらトップでまくるとかクソゲーじゃん」
「私も不本意だったのですが、これは最後の足掻きが実を結びました、って事で」イリスは袖から手を話して両手で顔を隠した。イリスにとっては勝負下着で、人が居なかったとは言え往来で裸を晒すより恥ずかしいらしい。
「うちのサーバーに招待したいけど連絡先交換しない?」
「いいんですか?」イリスはパッと笑顔で答えた。そのクソ可愛い笑顔は反則だと思った。
「いいよ、俺がサーバー主だし。ミッキーも、四ノ原さんも山乃原も沖ノ島もみんな呼んだのは俺だし。それくらいは俺だけで決めて良いことだし」
「じゃあ、今書き出しますね」
「なんかいい感じに連絡先をなんか送れる機能無かった?」
「私が知っているわけないじゃないですか。早紀も手書きで交換しましたし」テーブルに備え付けのメモ帳にスマホで連絡先を表示して一文字づつ書き込んでいる。イリスは当然コートの下は下着は履いてないままなので前屈みになるとミドル丈のコートは全部晒してしまう。皮肉にもイリスが望んで出すより遥かに幸人には効いて相当エロい、と感じた。
「イリス……えーとそのまま聞いて欲しいんだけど」
「はい、何でしょうか?」イリスは返事をしながら今の姿勢では背後では今どうなっているか?察したかのように彼女の頬が真っ赤に染まった。
「連絡先複数知っていた方が良いと思うんだ」
「ええ……はい、そうですね。実家と、緊急連絡先、えーと」イリスは相当恥ずかしいと思いながら彼女自身もわざわざ項目を追加して引き伸ばす事にした。
「それから、俺んちは、あまり、厳しくないので。別にここからでも学校に通っても良いんじゃないかな?週2くらいは」
「週7はどうですか?ここはうちの所有している物件なのでオカルト案件が解決するまで、此処に居ても良いと許可は出てます」イリスはもうペンを動かしていない。そのまま不動である。
新庄幸人は匂いが気になると言って高級なホテルのシャワーを見てみたいと言ってみた。イリスは大喜びで承諾した。その後二人は泥のように眠った。




