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第二話 私、人生設計を図る

私、周瑜公瑾(しゅうゆ こうきん)は考えている。

 目の前で燃え盛る火を眺めながら、色々なことで頭を巡らせていた。

 ちなみに、今の私はただ焚火をしているわけじゃない。

 周瑜(しゅうゆ)自らが書き残していた竹簡を燃やしていた。

 竹簡の内容は漢詩。というか、ポエム。しかも、ナルシストと厨二病フルスロットルのかなり痛いポエムだった。

 なぜ、このような行為をしているのか?

 (さかのぼ)れば、病床から出て、自由に動けるようになってから最初に行ったことが関係している。

 取り戻すことのできない十六年間の自分――過去の周瑜(わたし)を知ること。

 なにせ、現在(いま)(周瑜)は十六歳の少年の身体を持っているものの、その記憶は29歳まで生きた前世の私のしかない。この周瑜少年がこれまでどんな風に過ごしてきたのか? それを知る必要があった。

 自分の部屋を調べると、様々な書物が出てきた。

 周瑜少年は読書家のようで、歴史書や兵法書、思想書、漢詩集、楽器の譜面など様々なジャンルの品が出てきた。

 その中から見つかったのが、先程から燃やしている若き周瑜が記した漢詩や文章。

 読んでいる私が恥ずかしさのあまり、大声を出してぶん投げたくなるほどの代物だった。

 必要な蔵書だけを厳選し、要らないもの――自分のポエム等を焼却処分することにした。火の中に消えてゆく自分の作品を眺めながら、有名になった俳優やアーティストが『黒歴史』を抹消したがる理由を、なんとなく理解できた前世の私である。

 恥ずかしい過去の結晶を燃やしつつ、現在の私はこれからのことを考えていた。

 まず、第一目標である長生きすること。

 何歳までを長生きとするか? それを考えたい。

 享年二十九歳の私としては、前世よりは長く生きたい。

 あとはその先、どのくらいまで生きるのか。少し延長しての三十代で亡くなるのもなんとなくイヤだ。

 では、何歳くらいが妥当なんだろうか?

 

 問題:この世界の平均寿命は何歳ですか?

 私の解答:わかりません! (きっぱり)


 そもそも、この世界の寿命が分からない。

 私の前世に比べて医療技術や生活環境がまったく違うのだから、前世の感覚で平均寿命を考えるのは無理。

 ならば、私の身近な日本の戦国時代に置き換えてみよう。

 あの時代は戦や飢饉、疫病や災害、さらに医療衛生環境を考えると、一般人の平均寿命はメチャクチャ低いだろう。

 ……ここは織田信長(おだのぶなが)様が好きだった『敦盛(あつもり)』 の「人間五十年」をとって、五十代にしよう。

 五十代の私が昼下がりに庭を眺めながらお茶を飲む。そんな、のんびりした楽隠居。

 悠々自適な老後ライフを満喫したあと、寝台の上で家族に囲ながら二度目の人生を終える。

 これだ! これにしよう!

 目標寿命が定まった私は、黒歴史を燃やしながら、さらに考えを巡らせる。

 夢の老後を迎えるために、何をすればいいのか? これから何が必要になるのか?

 まずは勉学だ。己を知り、相手を知れば、百戦危うからず。そのためにも色々と学ばなければならない。

 今、燃やしている書以外は勉強に使えるものが困らないほど大量にある。

 あと、武芸。

 戦国時代と同様な世界と考えれば、ある程度の剣や弓などの武器を扱えたり、馬に乗れた方が有利に思えた。

 考えてみれば、私が転生したきっかけとなった事故も狩りをしている最中だった。ということは、以前の周瑜は馬にも乗れて、弓を使えていたことになる。

 ここらへんは、今から独学で何とかなるなら頑張ろう。ならなかったら、要相談とういうこで。

 それと情報。

 私がいた前世と違い通信機器などない時代。気軽に連絡などできるはずがない。

 さらにネットやテレビもない。知りたいことを簡単に検索して知ることもできないのがつらい。伝わる情報も口コミなので、多少は話が盛られていたり、どこかで欠落していたり、肝心な部分が伝えられないことなど多々ありそう。

 ああ、そう考えると、やっぱり前世は良かったなぁ。あ~、なんか動画見たい、ゲームしたい、戦国系マンガや小説読みたい、美味しいスイーツ食べたい……。

 おっと、脱線、脱線。

 情報に関して素早く正確な情報を集めようとしたら、何かしら手段を探すことになりそうだ。スパイか戦国時代の忍者みたいな感じの人たちか集団。そんなものがこの世界にも存在しているのかしら?

 ここは少しづつ探していこう。

 それに合わせて人も集める。

 「天下の大将軍に私はなる!」とか「天下に武を()き、静謐(せいひつ)をもたらさん!」などの大それた野望はない。ただただ、のんびりと長生きしたいだけ。

 武田信玄(たけだ しんげん)様も(おっしゃ)っていた。

 「人は城、人は石垣、人は堀」。私の望みである理想の老後ライフを送るためには、ある程度の人材は必要だ。『織田四天王』や『徳川四天王』、『黒田八虎(くろだはっこ)』とはいわない。せめて、『両兵衛(りょうべい)』くらいの相談役は欲しいところ。というか、誰かに相談したい。自分の判断や考えが合っているのか、もろもろを。

 あと、ちょっと気になっていたことがあった。

 異性関係。

 『私』になる前の周瑜くん、自分で「天よ。私は美しい……」など真面目に書いちゃうくらいのナルシスト。さらに住んでいる蘆江でも名のある家柄の男子。もしかすると、私の与かりしらぬところで婚約者(フィアンセ)とかいたり、やたらチャラくて女の子に囲まれてキャッキャウフフをしていた可能性もある。

 が、意外(?)にも、この少年はそっち方面に関してストイックで真面目だった。

 浮いた話は一つもないし、特別決まった(ひと)がいたわけでもない。

 実際、顔良しハイスペック男子なのだろうけど、いざ話してみるとザンネンな子……それが周囲の評価。

 観賞用としては十分すぎるけれど、「じゃあ付き合う?」と問われると「えぇ……? ないわ~」みたいな。

 そんなイタイ子だった私に結婚なんてどうなんだ? と逆に親の方からもそういった話は遠慮していたらしい。

 ……十六歳までの周瑜くんは、ほんとにどんな感じだったんだろうか? 詳しく知らない方がいいこともある、うん。

 そう思いながら、私は過去の自分が書き記していた書簡を燃やし続けていた。


 現在の私が転生してから嬉しいことがいくつかあった。

 そのひとつが夜更かしだ。

 今の私には学校や会社だので次の日に起きる時間を気にすることがない!

 眠たくなったら寝て、目が覚めたら起きる!

 昼間は父の仕事を手伝ったり、武芸の練習、物事を学ぶなどで過ごし、夜は燭台の明かりで書を飽きるまで読み続られる。

 これで戦国ゲームとか出来たりしたら最高! ……なんだけど、好きなだけ本が読めるだけでも文句はない。インドア万歳!

 そして、今も家中の皆が寝静まった深夜にひとり、ほのかな明かりの下で読書をしていた。

 歴史書や軍略書、政略書や思想書を読み勉強して、この世界のことがなんとなく理解できるようになっていた。

 現在は漢という帝国が支配する二世紀末くらいの世界にいる。この漢帝国の前が、私の前世で人気になっていた漫画の舞台、七国戦国時代と秦帝国の時代があった。その秦帝国崩壊後に興った王朝が漢帝国、私が生きている世界だ。

 前世や日本の戦国時代に比べても、千年以上の隔たりがある世界。

 ある程度、私の知っている知識が通用する部分もあれば、しない部分もある。

 実際、今、私が読んでいる書も、竹の板を紐で綴られた竹簡と呼ばれる物。

 紙も存在しているけれど、この世界の書類や書物といえば、この竹簡が主流のようだ。

 少し時代を感じさせる色あせた竹に書かれた文字を読んでいるとき、ふと気配を感じた。

 外で何かいる。

 そっと部屋の戸を開けた。その隙間から覗いてみる。闇夜の中庭、その中で何か動く影が見えた。

 人か動物? ここからでは判断がつかなかった。ので、私は手元に棍を引き寄せる。

 この棍は武芸の練習で使っている木製の長いもので、剣や刀、槍、戟など色々使ってみたけれど、棍が一番なじんだ。

 私は棍をやり投げのように構えると、動く影の方に投げてみた。棍はまっすぐ狙ったところまで飛んだ。

「キャン!」

 何なのか判断つかない小さな声が聞こえた。音がしても、私以外に誰かが起きる様子はない。

 物音をたてないようにしながら、私は棍が飛んだ場所まで行ってみた。

 そこには私の投げた棍と小さな人が倒れていた。倒れている人は黒い覆面と胡服を身に着けている。感じからすると、密偵か盗人かな?

 棍が頭らへんに命中したのか、倒れたまま動かない。

 え? まさか……。私は不安になって脈を診てみた。動いているし、息もしている。気を失っているだけのようだ。

 私は安心した。それから、棍を拾い上げ、侵入者の背中を掴んで引きずるようにして、自室へと向かった。


 目の前に少女がちょこんと正座している。

 気がついた侵入者をとりあえず正座させ、覆面を脱がせた。

 その下にあったのは、女の子の顔だった。

 少し薄汚れて、やせ細っているものの、可愛らしい部類の顔だろう。ただ、私とは目を合わせないように顔を下に向けている。なので、顔のほとんどが長めの前髪に隠れている。

 年は……かなり幼いんじゃないのかな。十代前半から後半になるかならない、そんな感じに見える。

 その少女の向かい合うように、私は座っている。私も正座だ。片手には棍を持っている。

 こう見ると、なんかいたいけな少女をイジメている少年……そんな構図に見える。私的にはすごく心苦しい。

 先程から少女は黙秘を決め込んでいた。名前を訊いても、目的を訊いても、何も答えない。ずっと俯いたまま。

 どうすればいいだろう? 役人に引き渡した方がいいのかな?

 でも、話を聞いた限り、この世界の上級階級や役人は容赦がない。盗みをした者は大人だろうと子供だろうと、腕を斬り落としたり、即死罪といったパターンが多いらしい。

 世界といえば世界なんだろうけど、いきなり問答無用で少女をそこまでする心構えなど私にはまだできてない。

 しばらく、時間だけが過ぎていく中、一方的の問いかけの中で、私は気がついた。

 目の前の少女は、問いかけられている中、うつむいている顔をある方向を見るように動かしている。

 その方向にあるのは私の机だった。

 机の上にある物。竹簡以外には夜食用の果物とお菓子がある。

 お菓子……といっても前世の私が食べていたスイーツじゃない。

 お米を餅状にして、そこに水あめを混ぜて焼いたり、蒸したりしたもの。美味しいかと聞かれると、前世の私には微妙な感じではあるけれど、小腹を満たすにはちょうどいい。

 そして、この食に関しても、転生して嬉しいことがあった。

 いくら食べても太らない!

 成長真っ盛りの身体ということもあるんだろうけど、カロリーを気にしないで好きなものを好きなだけどんな時でも食べられるのは正義!

 体重計という恐怖の文明の利器もない。見た目での変化がない限り、安心して食べられる!

 天よ、ありがとう!

 という個人的なことは置いといて、どうやら侵入者の女の子は、このお菓子が気になっているらしい。

 私は餅菓子をひとつ、彼女の膝の上に投げた。

 自分の膝の上に届いた餅菓子を手に取り、初めて私と目が合った。

 「食べてもいいの?」といった感じの表情をしていたので、私は頷いた。

 よほど、お腹が空いていたのか、それとも見慣れない食べ物への好奇心からなのか一心に貪るように食べ始めた。

 もうひとつ餅菓子をあげると、やはり同じスピードで餅菓子を消化してゆく。

 三個目をあげたくらいで、また質問をした。

 が、まったく口を利かない。

 しかし、密偵か盗みかを訊いたときに、初めて反応してくれた。

 彼女に何度目かの「盗み目的か?」という問いに、コクリと首を小さくうなずいた。

 少女は四個目の餅菓子を持ちながら、急に目を泳がせるようにしたあと、急にしゃべりだす。

「あの……あたしの家は貧しくて、幼い弟や妹がいて、その……家族を食べさせるために……」

 盗みに入った理由を白状しているようだが、なんか教えられたことを言わされてる感がある。

 世界や時代は違えども、こういった理由で盗みを働くのは変わらないらしい。とはいえ、それで盗みをしてもいいという問題でもない。さて、どうしよう? ちょっと困っている。

 そんなことを考えながら少女を見ていると、彼女の方も何か思い出したかのような顔をした。

「……もし、見逃してもらえるなら、この身体をお好きに使ってください……」

 と言いながら服を脱ぎ始めた。

 いやいやいや、ちょっと待って待って待って。

 私は慌てて彼女を止めた。

 ここで目の前の女の子を襲うつもりはない。むしろ、自分の身体を大事にしてほしいと思っている。

 というか、以前の周瑜くんは分からないが、『私』にとって、そういうことをするのは『初めて』なのだ。

 前世の私も約二十九年間生きてきたので、それなりの経験はある。女性から見て男がどういう風にするかは分かる。

 ただ、男となった今、同性に対してそういうことするに、まだ心構えができていないし、ムラムラもしていない。

 むしろ、可愛い女の子や男の子を鑑賞してニマニマ愛でたい気持ちの方が大きい。

 目の前で服を脱ぐのをやめた少女は、正座したまま四個目の餅菓子を食べている。幸せそうな顔をしている。

 私はその顔を見て、しょうがないと思った。

 近くの棚にあった翡翠でできた置物に手を伸ばした。玉と呼ばれる翡翠に金や銀の装飾が施されている。後々、お金に困ったら売れればいいかなと思っていたけれど、今のところ必要があるものじゃない。

 餅菓子を四個食べて満足した表情の少女に、「これを持っていきなさい」と手渡した。少女の方は「え? いいんですか!」と驚いた表情をしている。ま、当然といえば当然の反応かな。私は頷いた。

 少女は携えていた袋の中に置物を入れ、さらに「妹や弟にあげたい」ということで餅菓子と果物を詰めた。

「もう、こんなことをしては駄目だよ」

 私は少女に注意しておいた。そして、「困ったら、弟妹(きょうだい)を連れて、ここに来なさい」と告げた。

 甘いのだろうけど、こういうふうにしかできなかった。

 覆面をし直した少女は部屋を出るときに、こちらを向いてコクンと頷く。

 そして、夜の闇に消えた。

 それを見送りながら、私は凝った身体を伸ばした。

 ……この件で、この屋敷が盗人天国にはならないよね? 私はあの()を信じてるよ、うん。

 なんか、どっと疲れた。もう寝よう。

 私は寝台の上に寝転がる。

 その時に、はっと気がついた。

 忍者みたいな仕事を、あの子に頼めばよかったんじゃない? ホントに後悔、役立たず。

 そんなことを思いながら、眠った。


 そんなこんながあって、何か月か経ったある日、青天の霹靂が起こった。

 父、周異が隠居を宣言したのだった。

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