風吹く丘に、悪魔がきたる
フラハはパンカフェを飛び出しました。
ミントづけになった胸の中に冬の空気をいっぱいにすいこんで、割れんばかりに痛んでもおかまいなしに、全力疾走します。
胸の中が冬より寒く、心の中は夏より暑く、けれどこれから起こることは、実りの秋や芽吹きの春とは反対の、おそろしいことにちがいありません。
「ペーポがおはらいされちゃう!」
フラハは一陣の風となって、丘を吹きぬけます。
村にたどり着くと、広場をかこうようにして人垣ができていました。
人間だけでなく、妖精や、鳥やけもの、虫たちまでもが集まって、悪魔がやっつけられるさまを見ようとしていたのです。
そして、パンカフェのお客さんと同じように、これまでにあった悪いことやいやなことを、みんなみんなペーポのせいにしているのでした。
「みなさん! すべての不幸の元凶である悪魔は、今ここにとらえられました!」
神父さんが神様の呪文の書いた本をかかげながら演説します。
「今から、神様からたまわったすばらしい力を持って、悪魔の息の根をとめて、この世界から永久に追放いたします!」
ペーポが広場の真ん中に立てられた柱に、ロープでぐるぐるまきにされてしばりつけられているのが見えます。
フラハはなんとかペーポのもとへと行きたかったのですが、見物人が多すぎて、なかなか前へ出られません。
「神父さん、おはらいの前に質問があります。その子は本当に悪魔かね? どう見ても、ただの男の子じゃないか」
大工さんが質問をしました。
「確かに、悪魔です。尻尾と角を見た者がいます。それからコウモリそっくりの羽も。妖精の羽とはまったくちがう、黒い羽です」
「神父さんの言うことは、俺が保証するぜ」
言ったのはグロブさんです。
「俺たち妖精には、同じ魔法の存在のことがよく分かる。羽が無くても、妖精なら妖精だって分かる。だけど、こいつは羽が無いくせに、魔法の力を大人よりも強く感じるぜ。初めて会ったときから、変だと思ってたんだ」
「わたしも、グロブ氏の意見に賛成です。万が一のときは、わたしのカンフーをたよってください」
拳法着を着た紅茶の妖精セイロンさんが「アチョー!」と構えました。
「でも、まちがいだったら……やばいかも」
モモも来ていたようです。ほかの子どもたちのすがたも、ちらほらと見えます。
「おれたちはペーポと遊んでたんだ。面白くって、良いやつだったんだよ!」
リーデルくんです。
「あれが演技だったとは、思えませんわ!」
フィーユちゃんも言います。
「やさしい子らよ。きみたちの心配は、まったくの取りこし苦労ですよ」
神父さんがにっこりとほほえみます。
「なぜなら、おはらいは悪魔にしか効かないからです。まちがいだったら、縄をほどいてごめんなさいですむ。そうでなければ、悪魔はおしまいというわけです」
絶体絶命のペーポはどうしているのでしょうか?
あら? 何やら、余裕そうにあくびをしています。
「おい、やるならさっさとやれ。どうせ無意味だ。おまえらごときにわがはいがはらえると思えんし、仮にはらわれても、わがはいは不滅であるし、代わりもいくらでもいるのだからな。次の担当の悪魔が、もっと凶悪である可能性が高いことだけは忠告しておいてやるが……」
「ほら! 本人も否定しません。それに、でたらめを言って逃れようとしています。まちがいなく悪魔でしょう。さあ、裁きのときです!」
神父さんが悪魔の正面に立ち、本を開きました。
いよいよ、神のつかいである神父さんのおはらいが始まります。
「……“大好き”!」
神父さんが悪魔に言いました。えっ?
「おえーっ!」
ペーポはいやそうな顔をしています。
「……“友達になりましょう。手をつないで、おたがいに、助け合いましょう”」
「うわーっ!」
ペーポが悲鳴をあげました。
そうです。“悪い気持ち”が大好物の悪魔なので、すてきな言葉が苦手なのです。
「……“悪魔さんといると、わたし、とーっても幸せ”」
神父さんがおはらいの言葉とともにウィンクを決めました!
これは効果がばつぐんにちがいありません!
ところが、ペーポは白い歯を見せて「ひはははは!」と大笑いをはじめました。
「ばかめ。たしかに、わがはいたちは“良い気持ち”で苦しむ。だが、そんなうすっぺらい言葉じゃ、わがはいの心にはささらんなあ!」
「なんと! しぶとい悪魔だ。わたしの力だけでは足りないようです。緑の丘のみなさんも、力を貸してください。さあ、みんなもいっしょに……」
大好き!
……と、きたわけです。
広場に集まったみんなは、くちぐちに悪魔に対して好意やお世辞を言いました。
でも、モモは口をむすんで考え中で、ほかの子どもたちも同じように、大人たちを手伝わないのでした。
「ひはははは! 心がこもっていないぞ! いやいや言っているのがよーく分かる! わがはいは、むしろごきげんである!」
ペーポはアイスをなめるように舌をべろべろさせて笑います。
「神父さん。言葉で言っても通用しないのなら、もう、次の手段に出るしかありませんよ」
言ったのはサイディアさんです。
かれは、“かぜはなの家”のキッチンにあったフライパンを持ってきているようです。
「しかたありませんな。では、先に子どもたちを家に帰しましょう」
「いやだ! おれたちは帰らないぞ!」
「ペーポさんがいったい何をなさったっていうの!?」
子どもたちは家に連れて帰ろうとする大人たちに抵抗しました。
「こら、帰りなさい! 子どもたちも、悪魔にあやつられているのか?」
サイディアさんは子どもたちと押し合って、眼鏡がずれました。
フラハはこのすきにペーポに近づこうとしましたが、こうふんしたウシのたれ流したミルクに足をすべらせてずっこけてしまいました。
「ぼくたちは、あやつられてなんか、いないもんね! みんながペーポのせいにして、作り話をしてるに決まってるもんね!」
言ったのはミミクです!
「やれやれ、ミミクくん。やっと改心したかと思ったら、またうそつきの虫がついたようですね」
神父さんがため息をつきます。
「ぼ、ぼくはうそをついてないもんね! 思ったことを言っただけだもんね!」
「残念だけど、悪魔が“かぜはなの家”に侵入して、ココロ先生を魔法でしばりつけにしたのは、ぼくがこの目で見ているんだ。モモやマルティンだって、見ている。ね、モモ?」
サイディアさんがモモを見ると、モモはうつむいてしまいました。
サイディアさんがこまってこめかみをかくと、神父さんが加勢します。
「きみたちにも心当たりがたくさんあるでしょう? これは悪魔がやったんだ、あれは悪魔がやったんだ、と思うようなことが。大人で神父のわたしにもあります! それはみーんな悪魔のしわざなのです! 神様はみーんなお見通しなんですよ!」
「“しょーこ”が無いもんね! 神様にだって、会ったことないもんね!」
「この子どもはまた! 証拠など不要です! 神様をうたがうなんて罰当たりな!」
みんなが言い争っていると、ペーポが「ひははは!」と大きな笑い声をあげました。
「こいつがうたがってるだと? ちがうな! おまえたち大人が信心を問われているのである!」
笑いすぎて、ペーポをしばりつけている柱やロープがぎしぎしと音を立てます。
「まって! やめてください!」
ようやくです。ようやくペーポの前に、長い髪とりっぱな羽の妖精が……。
かけつけたのは、フラハではなく、ココロ先生です!
「確かに、わたしの部屋にこの子がやってきて、魔法を使ってわたしをあやつろうとしたり、部屋を散らかしたりしました。でも、それは……」
「それは?」
神父さんが首をかしげます。
……ココロ先生は答えられませんでした。
「わたしが、ゆるすと言ってもだめですか? ほかのかたの話については、証拠が無いのですよね?」
「おやさしいのはけっこうですが、悪魔はあくまでも悪魔。野放しにしておくと悪事を働くかもしれません」
「いたずらをするのも理由があるかもしれないわ。この子は両親がいないって言っていたし……」
「それはそうでしょう! 理由は“悪魔だから”! 両親がいないのも“悪魔だから”です! そして、あなたの“かぜはなの家”の子は悪魔ではない。それはあなたがいるからだ!」
「ち、ちがうわ。この子だって、好きで悪さをしてるわけじゃ……」
「ちがいません!」
神父さんはココロ先生をやっつけようとするかのように、本をつきだしました。
そして、みんなを見回してこう、問いかけました。
「親切をするのに理由はいりますか? ちがうでしょう? 親切は親切のためだけにあるのです。この人こそ、このうつくしい妖精のココロさんこそが、それをいちばんよく表している! 悪魔だって、悪さをするのに理由はいらない。悪魔はあなたの親切につけこんでいるのです! あなたのような人は、悪魔にとっても大好物なのですから!」
それを聞いたみんなはくちぐちに「その通りだ!」とか、「やさしいココロ先生を悪魔に近づけさせないで!」とか言います。
「わたしには、あの子を罰したい気持ちがありません」
「これから先も、そうだと言い切れますかな? 悪魔が、あなたの子どもたちに危害を加えても?」
神父さんに問われると、ココロ先生の羽はすっかりと下を向いてしまいました。
「ま、わがはいの辞典にも、“疑わしきは罰せよ”と書いてあるな。ほかの世界の約束事でも、だいたいは似たことが言われておる。だが、親切をするのに理由がいらぬというのは、少しちがうな」
ペーポはあくびをしています。
「よゆうぶって! とっととやっつけてしまおう!」
サイディアさんがフライパンを投げました!
フライパンはペーポの顔に向かって、いきおいよく飛びましたが……ペーポがひょいと首を曲げると、人だかりの中に落ちて、関係ない人が「いてっ! よくもやったな!」と言いました。
すると、そのとなりの人が「今、おれの足をふんだだろ。謝れよ!」とどなります。
悪魔は大爆笑です。
「みなさん、そのいかりは悪魔にぶつけるべきです!」
神父さんが両手をふって仲間割れにストップをかけました。
「まちなさい!」
こちらもストップ! ここでようやくフラハの登場です。
「ペーポは確かに悪魔だわ! こわい魔法も使えるし、悪さが大好きで、たくさんしてきた。でも、わたしのことを助けてくれたこともあるし、わたしの大事な友達なのよ!」
「と、ととと友達! おえーっ!」
ペーポがえづきます。
「おお、フラハさんも、悪魔退治に加勢してくれるのですね。神様と妖精王さまに感謝を!」
神父さんが手を差しだします。
フラハはその手をにぎりませんでした。
「ペーポは友達だって言ったじゃない!」
「本気で言ってるのですか? この者が何も悪さをしていないと?」
「言ってない! 悪さをしてるかどうかじゃない!」
「じゃあ、なんだとおっしゃるのです?」
「わたしはいやなの! 友達がひどい目にあわされるのも、わたしの大好きな緑の丘のみんなが、何もかもをだれかに押しつけて、自分の心にうそをついているのも!」
フラハは、はっきりと言ってやりました。神父さんは「べ、別にうそなんて……」とたじろぎます。
「フラハさん! あなたは本当にやさしいのね。ペーポさんはあなたの、親友なんですものね」
ココロ先生がにっこりします。
「……ちがう! やさしいからじゃない! わたしがいやだから、いやって言ったの!」
フラハは、初めてココロ先生のことをにらみました。
「ひはははは! よくぞ言った!」
ペーポはいつの間にか、縄からぬけ出し、柱の上に立っていました。
それから、コウモリ羽を背中から生やし、空高く飛び上がりました。
角が生えて顔はヤギに、身体はむきむきマッチョの大男に変わり、トレードマークの尻尾もにょきりと生えます。
「だが、またも自分にうそをついたままだな!」
悪魔が天に向かって槍をつきだすと、冬の晴れもようはあっという間に夏の嵐の空のように変わってしまいました。
稲光が走り、雨雲はごろごろとライオンがうなるように準備万端となります。
「わがはいの力が必要か? 嵐で何もかもを押し流してやろうか?」
フラハはペーポに向かって首をふると、もう一度ココロ先生を見ました。
「ココロ先生、わたし、聞きたいの。ココロ先生は、どうして迷子のわたしに良くしてくれたの? 先生がやさしくて親切だから?」
「そうね……。わたしはやさしいとか親切とか、よく言われるわ。でも、そういうふうになろうとして、なったんじゃない。ただ、そうしたかったから……」
「それでも、わたしやクローディアを送り出すのね。親切だから」
「そ、そうよ」
「そういうのを本当の親切っていうのね? だったら、モモやマルティン、トムにも親切なのね?」
「そ、そうよ? “かぜはなの家”に通う子たちにだって、同じよ?」
ココロ先生はにっこりと笑いませんでした。
笑ったのは悪魔です。
「フラハよ。おまえが願えば、わがはいはなんでもしてやるぞ。ココロの本当をあばくことも、嵐を起こすことも、ここから立ち去って、あの分からずやどもの争いをおさめてやることも!」
「ありがとうペーポ。あなたは親友よ。でも、力は借りない。いてくれるだけでいい」
フラハはココロ先生を真っ直ぐと見ます。
でも、先生は長い春色の髪をかしげて、まるで悪魔のほうが問題だというふうに、空を見上げていました。
「ココロ先生、本当に、それで良いのね?」
問われたココロ先生は、ふるえているように見えました。
その上を向いた顎が、静かに下へ動かされようとした……そのときです!
「あなたが、フラハさんなの?」
知らない女の人の声が飛びこんできました。
フラハは引っぱられるように、その女の人のほうを見ます。
背が高く、りっぱな羽が「ぴん!」とのびて、きれいですが、少しけわしい顔をした女性です。
髪はココロ先生やフラハと同じくらいに長く腰までありましたが、その色は、まっさらな白と燃えるような赤のグラデーションで、砂漠に咲くまぼろしの花、“アデニウム”にそっくりの色合いでした。
「あなたは……だれ?」
「わたしは、砂漠の花の妖精のモーヨです」
美しい女の人は、答えました。かのじょは、フラハがいつかみた夢の女性にどこか似ていました……。
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* * * *
☆悪魔の世界のひみつ、その八☆
「心というものは、うそをつきたがるようにできておるのだ。なぜかって? それは、わがはいたちが飢え死にしないようにである!」




