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風吹く、あの緑の丘へ  作者: みやびつかさ
1.はじめましてとおつかい
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野菜畑

「ココロ先生、この紙はなんですか?」

 フラハがたずねるも、ココロ先生はもう夢の中のようです。

 ここに来たばかりのフラハがたよりにできるのは、かのじょひとりだけなのに、幸せそうな顔を夏の雲のようなまくらにしずめているのですから、うらめしく思えました。

 お友達に自己紹介をしたときに、「おてつだいに来た」と言ったのに、道を聞かないとお茶畑にたどり着けないのでは、格好がつかないではありませんか。


「むにゃむにゃ、ないしょの地図……」

 寝言(ねごと)でしょうか。先生が何かを言いました。


 フラハは、わたされた紙を広げてみました。この紙は古ぼけて砂色の、分厚い羊皮紙(ようひし)です。

 わたしたちの世界では大昔に、使われていて、宝の地図なんかでおなじみのあれです。


 紙の真ん中には、風車にもお花にも見える図がかいてあります。

 風車のすぐ上には、小さなニンジンと、トマトとピーマンがならんでいて、ほかにもウシの顔やフクロウの顔、チョウチョの図、おうちなど、色々なマークが(しる)されています。

 これはどうやら、先生の寝言の通り、地図のようです。


 フラハは元気が出てきました。

 この“ないしょの地図”があれば、先生にお願いされたおつかいが、ひとりでもできるかもしれません。


 フラハは、お昼寝を始めたココロ先生を起こさないように、砂山もくずさないくらいにそっとベッドをはなれ、部屋を出てとびらをしめました。

 まずは、セイロンさんにわたすお野菜を受け取りに、風車の背中側、つまりは“かぜはなの家”のうら手にある畑を目指します。


 ろうかに出ると、丘で自己紹介をしたときに会った子どもたちが待ちかまえていました。

 子どもたちは、新しいお友達であるフラハに興味津々(きょうみしんしん)で、口々に話しかけてきました。


「ココロ先生のお部屋で何をしていたのかな?」

「あなたはごっこ遊びは得意かしら?」

「黄色の丘のことをもっと知りたい……考えても分からないの」

「いっしょにかけっこをしようぜ!」


 といった具合です。


 フラハは、自分の事を話したくてうずうずしました。

 それに、フラハはひとりの砂遊び以外に遊びをしたことがなかったので、おつかいのことをほんのいっしゅん、わすれそうになりました。

 ですが、「だめ、だめ。おてつだい中!」と自分に言い聞かせます。

 黄色の丘の場所が分かるまでは長くお世話になるのですから、良い子にしていなければいけないと考えたのですね。


 フラハは「わたしはおつかいがあるから、子どもとは遊べないのよ」と胸を張って言いました。

 お友達はみんな、両方の目をお皿のようにまんまるにして、黙ってしまいました。

 きっと、「おてつだいなんて、すごいなあ」と思ったのでしょう。

 フラハは「ふふん」と鼻を鳴らして笑うと、子どもたちのあいだを気取って通りぬけました。


「おまえだって、妖精の子どものくせに」


 だれでしょうか。ひとりだけ、口をとがらせた子がいました。

 その男の子は、みんなと同じように、あたたかな春にぴったりな、すずしそうな半そでのシャツを着ていましたが、手には真っ赤な毛糸の手ぶくろをしています。

 フラハはえらそうに言われたことよりも、その子のへんてこな格好に首をかしげます。


「この子どもはどうして、手ぶくろをしているの?」

 フラハはたずねます。


 すると、誰かが「“グロブさん”は、子どもじゃない……かも」と言いました。


「おれは、“手ぶくろの妖精”さ。今は春だから、役目が減って、背が小さくなっただけだ。おまえのほうが、まだ羽も生えてない子どもの妖精じゃないか」

 赤い手ぶくろのグロブさんはそう言うと、背中を見せました。

 シャツの背中からは、小さいながらも、ガラスのような羽がひと組、つき出ています。


 グロブさんの言う通り、フラハにはまだ羽が生えていません。

 本当は、「けちくさい羽。手ぶくろの妖精なんて、冬以外は用無しじゃないの」と言い返したかったのですが、フラハは言葉をのみこみました。


 妖精の世界には、“きびしいおきて”があるのです。


 妖精はみんな、何かひとつ、決められた担当(たんとう)があります。

 おつかい先のセイロンさんは“紅茶”が担当ですし、ポーチでおそうじをしていたおひげのおじさんはきっと、“ほうき”か“おそうじ”が担当でしょう。

 担当する“もの”や“ことがら”に関わる役目が妖精のお仕事なのですが、誰もそれを必要としなくなって、わすれ去られてしまうと、妖精は小さくなったり、消えてしまったりするのです。

 消える……つまりは、ほかの生き物で言うところの、「死ぬ」ということです。



 グロブさんは、手ぶくろの妖精なので、暖かい季節は子どもみたいになっていても、冬場は大人のように大いそがしにちがいありません。

 それに、手ぶくろは、わすれ物や落とし物にされてしまうものですから、フラハは「グロブさんはいつも心配をしているのね」と考えたのです。


 フラハのくらしていた黄色の丘にも、すべり止めのついた手ぶくろが、かたほうだけ落ちていることがありましたし、フラハも砂漠にいたころと同じようにがんばって良い子にしないと消えてしまうかもしれないので、このことは禁句(きんく)というわけでした。


「子どもとまちがえてごめんなさい。わたしも、自分の役目のおつかいをしなくてはいけないので、これで」

 フラハはかしこまって、ワンピースのスカートを広げて言いました。

 すると、グロブさんも「手ぶくろをしたままで、失礼」と紳士風(しんしふう)に手を差し出して、ふたりは握手をしました。


「ところで、ここには初めて来たのですよね? おつかいの道は分かりますか?」

「だいじょうぶです。お気づかいありがとう」

 フラハは首をちょっとかしげてお礼を言います。

 子どもたちのあいだから、「すごい、大人みたいだ」、「さすがは妖精さんたちだぜ……!」という声が聞こえてきて、くすぐったくなりました。


 もっとも、フラハのもう一方の手には、先生からわたされた“ないしょの地図”が、しっかりとにぎりしめられていたんですけどね。


「さあさあ、砂の妖精のフラハは、ココロ先生のおつかいという大事な役目があるんだ、どいたどいた」

 グロブさんがそう言うと、子どもたちは、いそいそとろうかのすみに移動して、道を開けてくれました。



 さて、これでようやく、おつかいに出掛けることができます。

 フラハは“かぜはなの家”を出ると、建物のかべをつたって、うら手へ行きました。

 大きな風車のついた家の大きな畑というだけあって、みずみずしい緑色の葉っぱをつけた作物がずらーっと、遠くまで並んでいます。

 畑の向こうも草原がずっと続いていますし、その向こうは森がうっそうとしげっていて、森からさきには緑の山がどしんと構えています。

 フラハは「砂ばかりの黄色の丘とは正反対(せいはんたい)だ」とおどろきました。


 ココロ先生におつかいをお願いされたとはいえ、野菜をだまって持っていくわけにはいきません。

 ちょうど、春キャベツを収穫(しゅうかく)しているおじさんがいたので、声をかけてみました。


「ココロ先生のお願いなら、おいしそうなのを選ばなくっちゃな」

 おじさんはフラハから事情をきくと、鼻歌を歌いながら、まるまると太ったキャベツをひとつと、サヤエンドウをざるに一杯(いっぱい)用意してくれました。


「本日、一等賞(いっとうしょう)の野菜たちだ。ところで、この野菜はだれにとどけけるんだい?」

「紅茶の妖精のセイロンさんです」


 フラハが答えると、おじさんは(まゆ)を寄せて、「ううん?」とうなりました。


「本当に、ココロ先生が野菜をとどけるように言ったのかい? セイロンさんが野菜がきらいなのは、有名なんだが」


 おや? 確かに言ったはずですね。

 うそつきだと思われては困るので、フラハはココロ先生のお部屋であったことを、おじさんに話して聞かせました。


「もしかして、ミルクティーにはしてくれるなよって言ったことの、仕返しかしら? ココロ先生はミルクティーが大好きなの」

「あのかたは、そういういじわるなことは決してなさらない人だ。きっと、何か考えがあるんだと思うよ」


 と、言いつつも、おじさんはもう一度、「ううん」とうなりました。


「セイロンさんは野菜の苦みがきらいと言っていたのを聞いたことがあるから、どうにか、彼でも食べられる野菜をみつくろってみよう」


 フラハは、おじさんと一緒に畑を見て回りました。

 黄色の丘では決してお目にかかれない、いろいろな種類の野菜は、見ているだけでお腹がすいてきそうです。

 いくえにも葉っぱを重ね着したキャベツ、さやの上からでもころころとした粒が分かるエンドウマメ、ひかえめにすましたクレソンに、赤い(くき)を自慢しているルバーブ。


 フラハはひとつひとつの野菜が、葉を広げて気持ち良さそうに日光浴しているのを見て、自分も良い気分になりました。

 マリーゴールドのつぼみも「早く()きたいわ」と言っている気がします。


 ところが、せっかく育った野菜の葉っぱに、小さな穴があいているのを見つけました。

 葉っぱをかじっている小さな生き物がいるのです。


「青虫が乗っかってるわ!」

「ああ、別にいいんだよ。青虫くん用にも育ててあるからね。かれはいつも腹ぺこなんだ。青虫くんだけじゃない。あっちの菜の花畑はミツバチたちのために作ったのさ」


 おじさんの指さす先には、背の高い黄色の花が集まっています。

 砂の黄色とはちがう、あざやかな黄色です。

 耳をすませると、「ぶんぶーん」とミツバチの羽音(はおと)が聞こえてきます。


「ミツバチはお尻の針でさすって、聞いたことがあるわ」

 砂漠のいじわるサソリのようなやつが、空を飛んで、むれで追いかけてくるわけです。

 フラハは、それを考えただけでふらふらになりそうでした。


「ミツバチたちは、ハチミツづくりを手伝ってくれるんだよ。きみと同じ、おてつだいさ」

「そうだったの。じゃあ、青虫は?」

「青虫くんは子どもだから仕事はしないさ」

「食べるだけなの? しかられてしまうわ!」


 フラハは葉っぱの上の青虫を心配して見つめます。

 青虫はお腹がいっぱいになったのか、大きなあくびをして「明日はクレソンの大食い大会を開こう」なんて言っています。


「それにしても、セイロンさんの気に入りそうな野菜が見つからないな」

 おじさんはクレソンを食べられてしまうことよりも、お礼の野菜選びにこまっているようです。


 フラハも、野菜を選ぶおてつだいをしましたが、ついうっかり、立派な葉っぱやきれいな花に夢中になって、見とれてしまいました。

 赤、赤、赤。黄色、黄色、黄色。緑、緑、緑! なんてすてきなんでしょう! ……おや?

 色とりどりのお野菜キャンバスの中に“透明(とうめい)の家”が立っていることに気が付きました。


「あのすき通ったおうちは、なんですか?」

「あれは、ビニールハウスさ。ハウスの中では、本来とはちがう季節のものや、雨風に弱いものを育てたりできるのさ」


 おじさんは説明を終えると、「そうだ!」と手を打ちました。


「トマトがあるじゃないか。うちのハウス栽培(さいばい)のトマトは、とびっきり(あま)くて、くだものの妖精たちがぶちぎれるくらいなんだ。それに、セイロンさんは燃えるような赤が大好きなんだよ」

 おじさんに連れられてビニールハウスに入ると、むっと、しめった熱気を感じました。

 砂漠とはまたちがった暑さです。


「フラハちゃんも、ひとつかじってみなよ」

 手わたされた赤い実をすすめられるままに「がぶり」とやりますと、(した)の上に「じゅわっ」と甘みがしみ出し、ほっぺたはほのかな酸味(さんみ)で、「きゅっ!」と引っ張られました。


「こんなにおいしいの、食べたことがないわ。ケーキにしてもすてきかもしれない」

「これならきっと、セイロンさんも食べてくれるだろう。お野菜の入門にはうってつけだ」

「おじさん、ありがとう」


 フラハは、おひさまのようなトマトがたっぷりと入ったかごを(うで)にさげて、野菜畑を出発しました。

 それから、“ないしょの地図”を広げて、セイロンさんのお茶畑の場所を確かめます。

 地図の真ん中に“かぜはなの家”があって、ビニールハウスからは風車の背中が見えます。

 “ティーカップのマーク”があるのは、風車の右下のほうです。

 お茶に関係のありそうなマークはほかに見当たりませんし、そこがお茶畑だと考えてよさそうです。


 さてさて、フラハは無事にトマトをセイロンさんにとどけることができるのでしょうか?

 そして、セイロンさんにトマトを気に入ってもらうことはできるのでしょうか?


*  *  *  *


  *  *  *  *

☆妖精の世界のひみつ、その四☆


「妖精のいる世界では、虫や鳥、けものなどの動物は人間と同じようにおしゃべりができるんだよ」

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