手紙
「やっぱり、わたしのせいで、ココロ先生は病気になっちゃったの?」
フラハは先生を見つめ返します。
「本当は、病気なんかではないの。でも、あなたに関係のあること……。ごめんね、みんな。わたしが言い出せなかったから、心配をかけてしまって」
ココロ先生はかがんで、みんなと同じ高さになると、さっきの手紙を広げました。
その手紙には、こう書いてありました。
『とつぜんのおたより、おゆるしください。
わたしは、ある妖精の母親です。何年も前に、一人の妖精の女の子を産み落としました。
小さくて、可愛らしくて、まだ羽も生えていなくて、人間の赤ん坊と区別もつかない子どもです。
とてもとても大切にしていたのですが、ある月の晩に、何者かがやってきて、わたしの赤ちゃんを連れ去ってしまったのです。
まだ、名前も付けていなかったというのに、まだ、親らしいことをしてやる前だったというのに。
それからというもの、わたしは、わたしの子どもをずっとさがし続けています。
風のうわさで、“かぜはなの家”のことを聞きました。
子どもたちに勉強を教えたり、身寄りのない子どものおせわをしている、とてもりっぱな風車のある家だと聞きます。
そこの先生であるココロさんは、とてもすてきな妖精の女性だということも、耳にしました。
つい最近、“かぜはなの家”に、新しい子が来たということですね。
その子は、もとは黄色の丘にくらしていて、緑の丘へとやってきた……。
じつは、わたしの子どもがいなくなったのも、黄色の丘でのことなのです。
何者かが悪さをしてわたしの子どもがいなくなったときに、丘にくらす人や動物は冷たくしました。
さがすのを手伝ってくれるどころか、妖精の役目や手伝いの話ばかりをするのです。
そして、わたしをふくめ、妖精の仲間はみんな黄色の丘から出て行ったのです。
きっと、わたしの子もそんな丘にはもどらないでしょう。
つまりは、“かぜはなの家”にいらした子が、わたしの子どもかもしれないのです。
だとすれば、なんとうれしいことでしょう。
近いうちに、“かぜはなの家”をたずねるつもりです。
そのときには、その妖精の子どもと会わせてほしいのです。
そしてもし、わたしの子どもだったら……。
やさしいと評判のココロ先生なら、わたしの願いを聞いてくれますね?
では、近いうちに。――砂漠の花の妖精のモーヨ』
「……」
フラハは手紙を読み終えると、ココロ先生のことを、じっと見つめました。
先生は立ち上がって、カーテンを開けて、まどの外を見ています。
「これってもしかして……」
モモがおめめを満月にしてフラハを見ました。
「もしかしたらも何も、“かぜはなの家”に来た妖精っていったら……」
マルティンが言いました。
「わしかの?」
ファギオさんが何か言いました。
「ファギオさんは、だまってそうじをしててください! まったく、こまったことになったよ!」
「何がこまったの? フラハさんのお母さんが見つかったかもしれないのに」
モモがマルティンにたずねます。
「ぼくは、フラハさんに対して、悪い気持ちを持ったことがなかったんだ! 長くいっしょにいたクローディアや、ココロ先生よりもすてきだと感じていた! だけど今、すごくうらやましくて、にくらしい! “嫉妬”をしてるってことだ! 本当は、お祝いをしてあげなきゃいなけないのに!」
マルティンはそうどなると、部屋から飛び出していってしまいました。
「あーあ、マルティン……。そっとしておこう。わたしも、ちょっとうやらましい……かも?」
モモはフラハに向かって「にこり」と笑います。
「フラハお姉ちゃん、良かったね」
トムもにこにこです。
フラハは……よく分かりませんでした。
もし、モーヨさんがお母さんだったら、それはすてきなことです。
ずっとさがしていてくれたのですから、すてられたわけでもありませんし、良いお母さんに決まっています。
でも、フラハの心はなんだか、波間にうかんだ葉っぱのように、ふらふらしていたのでした。
「トムは、うらやましくないの?」
モモがたずねます。
「ぼくはね。ココロ先生がお母さんだから、お母さんはいらないの!」
小さなトムは元気よく答えました。
それから、さびしそうにおそうじをするファギオさんの肩をたたいて、「お母さん、見つかるといいね!」と言いました。
ファギオさんは「えっ!?」と言って、本棚にもどそうとしていた本を足に落っことしました。
フラハは、胸に手を当てて、考えます。
「ココロ先生と、はなれたくないのはあるわ。でも、だからといって……」
背を向けたココロ先生は、悲しい顔をしている気がします。
フラハは確信しました。
「モーヨさんと会えば、モーヨさんがお母さんだと分かれば、ココロ先生の悲しみなんて、わたしにとって、ちっぽけなものになる」
そして、身ぶるいをしました。
自分が、モーヨさんや“かぜはなの家”の子じゃなく、悪魔の子なんじゃないかと思えました。
本物の悪魔のペーポよりもおそろしい、魔物とさえ思えたのです。
ココロ先生は何も言いませんでした。
フラハも、本当はココロ先生に伝えたいことがあったのですが、何も言いませんでした……。
それは、「絶対に口に出してはいけないこと」だと、分かっていたのです……。
それから、数日間。
フラハもココロ先生も、死んだようにだまりこむ日々が続きました。
マルティンもずっとおこって、ひたすら絵をかいていましたし、モモは静かにみんなのことを見つめていました。
トムはえんりょなく、いつも通りにみんなに甘えたい放題でした。
サイディアさんは、丘のふもとの村や森向こうの村、港町での悪魔に対する厳戒態勢の話をひんぱんにしました。
“かぜはなの家”もこんな調子でしたが、みんな悪魔をこわがって、緑の丘の全部が真夜中の森のように暗い気持ちになっていたのです。
楽しいことがあっても、霧がかかってしまったかのように、素直に感じられないのでした。
リーデルくん率いる子どもたちも、なんとか悪魔に負けないようにと、連日、“騎士団の盾”に集まって作戦会議を開いていましたが、なかなか良い案がうかばないのでした。
フラハはそのあいだもずっと、大切なことを言えないでいました。
言うべきでないかもしれない、けれど、とても口に出したいことを。
それは、とてもすてきな言葉のはずなのに、だれかを傷つけて、ときには殺してしまうかもしれない、おそろしいものなのでした。
おそろしいものといえば、フラハは悪夢をいつの間にか見なくなっていました。
ペーポもすがたを消してしまいましたが、あの砂まじりの竜巻の夢も消えていたのです。
それと同時に、夢の中で何度も会っていた、自分やココロ先生に似た女の妖精のすがたも、はっきりと思い出せないようになっていたのでした。
ある日、フラハは気分転換に“かぜはなの家”から出て、辺りを散歩することにしました。
今日はなんとなく、こっそりと裏口から出たい気がしました。
風車の背中側――初めてのおつかいでたずねた野菜畑――では、ハクサイやニンジンがまるまると太っています。
少しはなれたところにあるビニールハウスでは、野菜畑のおじさんがシャワーで野菜たちに水をやっているのが見えます。
“チョウチョのねどこ”は、冬場は咲いている花が少なく、チョウたちもいないので、風を受けて草がこすれ合う音だけが聞こえます。
小川の中の生き物も、どこへすがたをかくしたのか、冷たい水がからからと流れるばかりです。
森の手前にある“ありがとうのさかいめ”では、ココロ先生に似せて作られた像が変わらず立っています。
いいえ、よく見ると、像のすきまから何かの芽が出ていたり、つるがからまったりしはじめていました。
知らないうちに雨か雪がふっていたのか、全体的に、うっすらとぬれているようでもありました。
あんなに楽しくてうれしいことのあった“ココロ先生、ありがとうパーティー”が、はるか昔のことに思えてしまいます。
“えいえんのスノードロップ”のお花畑にも寄りました。
ここは、フラハの妖精の魔法で生きのびた季節外れの花から増えた仲間たちが咲きほこる場所です。
耳をすませてみましたが、お花たちのおしゃべりは、ひとことも聞こえてこないのでした……。
フラハは、ほんの少しやつあたりをこめて、スノードロップを一本折り取ります。
緑の丘が、こんなにさびしいと思ったことはありません。
冬は、何もかもを、こおらせてしまうのでしょうか。
丘をそよぐ風さえも、石みたいに固く感じます。
フラハは、さびしさから逃れるように、港町の次ににぎやかな場所をたずねました。
バケリおさばんのパンカフェです。
「いらっしゃいませ!」
相変わらず、でっかい声です。
あら? あいさつをしたのはバケリおばさんかと思えば、ムギちゃんでした。
お客さんがフラハだと分かったからか、ムギちゃんはほっぺたを赤くして、小さく手をふりました。
「元気いっぱいね。今日もおてつだいをたのまれたの? お父さんが帰って来てから、カフェの仕事も、おうちのことも楽になったんでしょ?」
「えへへ……、したくてしてるの。遊びのおさそい? それとも、お茶にする?」
「お茶にするわ。すっきりした気持ちになれるもの、ない?」
フラハがたずねると、ムギちゃんはとびきりの笑顔になりました。
「ある! あたしの、超オススメが!」
ムギちゃんは編みパンのような髪をはずませて、厨房へと消えていきました。
料理ができるのを待っているあいだ、ほかのお客さんのおはなしに耳をかたむけます。
やはり、悪魔に関する話でもちきりのようです。
「この前、うちのイヌのご飯入れのボウルが無くなったんだ。悪魔がかくしたにちがいないよ」
「悪魔がそんなけちくさいことするか? おれなんて、お嫁さんに“びんた”されたぜ。うちの嫁をあやつるなんて、ゆるせないな」
「おまえがなんかやったんじゃないのか? この前だって、うらがえしの靴下のことでもめてただろ?」
「だからって、手をあげたりはしないだろ。悪魔にあやつられたにちがいないぜ!」
「じゃあ、うちのじいさんの髪の毛がうすくなったのも悪魔のしわざかな。じいさんの髪がうすくなったわりに、うちの赤ん坊はまだつるっぱげだしさ」
なんて、みんなは何もかもを悪魔のせいにしているようです。
フラハは、友達を悪く言われて、よけいにもやもやした気持ちになりました。
ですが、本当にペーポが何かしたかもしれませんし、ここでペーポをかばうと、“かぜはなの家”にめいわくがかかるのを考えて、ぐっとこらえました。
……ふと、鼻がすーっとしました。何かがにおっています。
「ふっふっふ! あたしの考えたパンケーキをめしあがれ!」
ムギちゃんがフラハのテーブルにお皿を置きました。
それには……何やら真っ青な物体が乗っています。
青いスポンジに、水色のクリームがはさまっていて、スポンジのところどころにはチョコレートのくだいたものが見えます。
スポンジの天面には、粉雪のように、シュガーパウダーがたっぷりと散らしてありました。
「すごい色! これ、本当に食べ物? 青色の食べ物なんて、見たことがないわ」
「でしょう? これは、ほかの世界のまぼろしのお菓子からアイディアをもらって作ったケーキなの。食べると、夏でも真冬みたいにすずしくなるの!」
ムギちゃんは、きらきらした目でこちらを見ています。
フラハは、「今は真冬なんだけど……」と心の中でつぶやいて、ナイフとフォークを手にします。
「さあさあ、めしあがれ!」
ムギちゃんは、やたらとぐいぐいと来ます。
フラハは言われるがままに白色と青色のパンケーキをほおばりました。
なるほど、クリームとお砂糖で甘くて、チョコレートのほんのりとした苦みがアクセントに……。
そう思ったしゅんかんです!
フラハの口の中から喉、胃袋、それから背骨を、北風のようなものが通りぬけていくのを感じました!
カキ氷を早食いしたときみたいにからだが痛くなり、鼻がすーーーっとして、舌やくちびるは急にからくなりました!
「うぇあぁあっ!」
思わず変な悲鳴が出ていまいます。ほかのお客さんが、びくっとしました。
「ね? すーっとするでしょ? ミント畑中のミントをぎゅーっと集めた、あたしのスペシャルチョコミントのパンケーキ! 名付けて、“白と青の丘”!」
ムギちゃんは超にっこにこの笑顔です!
「すっきりした? おいしかった? なぜだか、これだけはお母さんもつまみぐいしないの。おいしすぎて全部食べちゃうかって、心配だったのにね」
「こ、ここ氷のお風呂の中で、は、はみがきこを食べてるみたい……」
フラハは、がちがちのぶるぶるにふるえながら言いました。
「はみがきこ……? それって、おいしくないってこと?」
ムギちゃんの声も、すーっと冷たくなっていきます。
「黄色の丘から帰って来てから、フラハちゃん、ちょっと変だよ。……大親友! なんか! 連れてくるし! あの子はどこにいったの!?」
「し、知らない……」
フラハはそれどころではありません。
鼻のおくでペンギンたちがならんでダンスをして、お腹の中ではシロクマの親子が水泳教室を開いていましたから!
「たしかに、ミントを効かせすぎてるけど、なれたらすっごくおいしいのよ? ねーえ、もっと食べて」
ムギちゃんがフラハのフォークを取り、パンケーキをさして「あーん」をします。
フラハのお口は、氷山をかじったようにこごえていきます。
でも、ムギちゃんに悪いので、がんばってもぐもぐやります。
「の、喉が……」
フラハはそう言って、お茶の入ったカップを手に取ります。
お茶はうすい緑色で、温かなゆげをあげていて、ココロ先生のベッドと王さまのベッドをあわせたほど魅力的に見えました。
「おっと、ごめんね。喉につまらせないようにね」
フラハが温かいお茶をすすると……。
「あぇぁあああっ!」
とても冷たく感じたのです! 温かいはずなのに、ばかみたいにすーすーします!
「ミントティーよ。それもね、セイロンさんにたのんだ特別濃縮! あたし最近、ミントにはまってるの! ミントっておいしいよね。フラハちゃんもいっしょに、ミントしよ?」
にっこりスマイルのムギちゃん。
フラハは氷の海でおぼれたかのようになって、あわててムギちゃんをつかまえて、ぎゅっと抱きしめてしまいました。
ムギちゃんは温かだったので、フラハはこれでごこえ死にしないですみそうです。
「きゃあ! なになに? みんなが見てるところで、こねこねしたらはずかしいよ!」
ムギちゃんはそう言いましたが、ぶるぶるフラハはお構いなしにムギちゃんで暖を取り続けます。
ほかのお客さんが何事かとこちらを見て、「とっても仲が良い。いちばんの友達同士なんだね」と笑いました。
すると、ムギちゃんのほうも、はりきってフラハをこねこねしはじめたので、ふたりできゃあきゃあと大さわぎをして、バケリおばさんにでっかい声でしかられてしまいました。
「ふふ、ありがとうムギちゃん、わたし、少しすっきりしたわ」
「あたしもすっきりした。でも、おこられちゃったね」
ふたり顔を見合わせて、静かに笑います。
……と、そこに新しいお客さんが入ってきました。
ミミクです。
「み、みんな、大変! これはうそじゃないよ! 本当の話! 神父さんたちが、あ、あ、悪魔をつかまえたんだもんね! 子どものすがたに化けてたんだよ! もうすぐ、村の広場で悪魔をおはらいするんだって!」
フラハの背中が、もう一度こおりついてしまいました。
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☆妖精の世界のひみつ、その三十三☆
「あたしは、フラハちゃんのいちばんの友達なの。大、大、大、大親友。フラハちゃんも、そう思ってるよ……ね?」




