約束の夜
フラハと悪魔のペーポは、黄金の町の中を手をつないで歩きます。
「わたしは、砂漠のある黄色の丘に行きたいのだけれど、あなたは知らない?」
「砂漠? そんなところに用事は無い。わがはいは、人のたくさんいるところが好きなのだ」
「さびしがりやさんなの?」
フラハがたずねると、悪魔は見る見るうちに真っ赤になりました。
「だ、だれがさびしがりやだ! 確かに、わがはいの同族はこの世界にはほかにいないが、ひとりでもりっぱにやっているぞ!」
「そうなの? でも、近いうちにあなたもわたしたちの仲間入りよ。羽はきっと生える。というか、そう見えないだけで、最初から仲間なのよ」
「な、なななな仲間っ!?」
悪魔はまた感電したようになりました。面白いですね。
「おい、おまえ! いい加減にしろよ? 今度、わがはいを笑ったら、本当に取りつくからな! それと、“悪魔”とよばず、“ペーポ”と名前でよべ! いいな!?」
……。
「ペーポって、ひとりごとが多いわね。ところで、あなたは何をさがしていたの? わたしにおてつだい、できる?」
「お? わがはいは、えらい人をさがしているのだ」
「えらい人? なぜ?」
「そいつの手伝いがしたいのだ。妖精だからな。この世界の妖精は、だれかのためになることが好きなんだろう?」
「わたしもおてつだいはよくするわ。えらい人といったら王さまだけど、王さまには家来がたくさんいるから、わたしたちで手伝うことなんて、無いんじゃないかしら?」
フラハが「ほかにえらい人といったら……」と考え始めると、ペーポは「そんなことはないぞ」と打ち消します。
「考えてもみるがいい。王さまはいそがしいうえに、たくさんの思い付きをするものだろう? すると、なにがし大臣の仕事が増える。大臣だっていそがしいものだ。そういうときは、メイドやら執事やらに、まかせることもあるだろうが、連中だって自分の仕事がある。だが、したっぱの連中はまかせる相手がいない。いつか、仕事だらけになってパンクをするわけで……えーっと、かわいそうだ」
「そうね、かわいそう」
「反対に、王さまの思い付きを大臣の代わりにやってやるとか、大臣たちがこまらない考えを王さまに教えてやるとかすれば、みんなが幸せになるわけだ。だから、わがはいは王さまをさがしていたのだ」
「あなた、すごく良い妖精ね。緑の丘では、ぽんこつな妖精もいたのよ」
フラハは背中に“のぼり”をさしたイケメン妖精を思い出しました。
「ところが王さまが見つからないのだ」
「王さまはお城や宮殿にいるものじゃないの?」
「むろん、そう思ってたずねたのだが、あのタマネギ宮殿はじつはソース工場だったし、あっちの“しゃちほこ”の城は水族館だった。ちょっと、この教科書を見てくれないか?」
ペーポは悪魔の辞典の「さまざまな世界のお城」のページを見せました。
みなさんの知っているようなお城のほかに、この町にある星形の建物や、さかさまの建物、ほかにも奇妙奇天烈な建物の絵がたくさんならんでいます。
「これ、全部が王さまのくらすところなの?」
「そうなのだ。だが、この町にはにせものの城が多すぎる。どれが本物の城なのか聞こうにも、どいつもこいつも不親切なのだ」
「わたしも、だれも教えてくれなかったわ」
「わがはいは、この世界のあちこちを旅して回っているが、ここまで冷たい町は初めてだ。太陽はうっとうしいくらいに暑いくせに」
「わたしと反対ね。わたしは、砂漠でみんなにいいように使われていたの。それで、緑の丘に行ってから、本当はもっと親切なのがふつうだって知ったわ」
「ほーう、そんないやな黄色の丘に、どうしてもどろうと思ったのだ?」
ペーポはあまり興味がなさそうに、辞典をぱらぱらとめくりながらたずねました。
ところが、フラハが“ちょっと眉毛をおこらせた”のをするどく見つけると、にやりと白い歯を見せたのです。
「砂漠のみんなに、あなたたちがわたしにしたことが悪いことだったって、文句を言ってやるの!」
「……やはりそうきたか! それは、良い。“分からせてやる”のは大切なことである!」
「そう、分からせてやるの! わたしがいなくなってこまっていたのなら、良い気味だわ」
「それは、想像するだけで笑えるな!」
ペーポは「ひははははは!」と大声で笑いました。
フラハも「変な笑いかたね」と言って、まねをしました。
「連中がごめんなさいと言ってきたら、もっとゆかいだろう」
「そうね。それで親切になってくれたら、全部を笑ってゆるして、またおてつだいをしてあげるわ」
「はあ!?」
ペーポは目玉が飛び出そうになりました!
「フラハよ、本当にそう考えているのか?」
「もちろんよ」
フラハはまた眉毛をおこらせていましたが、胸を張って答えています。
「自分に、うそをついていないか?」
「そんなわけないわ! わたしは、あの親切な妖精のココロ先生の生徒なんだから! ココロ先生は、やさしいの。めったにおこらないし、緑の丘のみんなが大好きなのよ! わたしの将来の夢は、ココロ先生みたいにすてきな先生になることなの!」
小さな妖精は、自信たっぷりに答えてやりました。
「先生みたいになる」と口にするだけで、勇気がわきますし、笑顔になれるというものです!
「ほう、そのココロ先生とやらは、さぞかし甘いにおいがするんだろうな……」
ペーポは反対に苦い顔をして言いました。
「するわ! 先生に会ったことがあるの!?」
「いや、ないが。経験上、そうであるし、教科書にも要注意と書いてある」
「ミルクとお花を合わせたようなにおいがするの。いっしょにいると、とっても安心できるの。あなたにも会わせてあげたいわ!」
ペーポは鼻をつまんで「おえっ!」としました。
フラハは「だいじょうぶ? あなたも船酔い?」とペーポの背中をさすります。
「……ココロ先生はともかく、砂漠の連中はそうではないのだろう? おまえが言っても、親切にならなかったら、どうするのだ?」
「えっ……?」
そこまで考えていなかったのでしょうか。フラハは急に元気をなくしました。
「おまえをつかまえて、やせっぽっちのロバみたいにこきつかおうとしてきたら、どうするのだ?」
のぞきこむペーポも不安顔をしています。口元がちょっと笑っていますが……。
「どうしよう……」
「ここは緑の丘ではない。ココロ先生もいないのだ。わがはいが思うに、ココロ先生は、おまえを信じて送り出したのではないか?」
「そ、そうよ。わたし、だいじょうぶ、いける、いける、って言ったもの」
「フラハのことを信じているのなら、ココロ先生はさがしには来ないだろう。そうなれば、おまえはいっしょう砂まみれで、砂の妖精にぎゃくもどりにちがいないだろうな」
「こわい……」
フラハは自分の肩を抱きました。太陽がこおり付いたように、寒くなってきます。
マフラーに顔をうずめてみましたが、もう緑のにおいは消えて、ほこりっぽい砂のにおいしかしません。
ふと、フラハの肩を抱いた手に、温かいものが重ねられました。ペーポの手です。
「安心するがいい。わがはいが、おまえの仕返しを手伝ってやる。おまえがつかまりそうになったら、連中をくしざしにしてでも、助けてやろう」
ペーポはにっこりと笑いました。
ならんだ真っ白な歯が、いっしゅん、ぎざぎざになったように見えます。
「くしざしなんて、こわいわ」
「今のは、たとえ話だ。ほっぺたが落ちる、みたいなものだ」
ペーポがそう言うと、フラハはぎこちなく笑いました。
「でも、みんなが本当にいやな人なら、ペーポまでつかまえてしまうかもしれない。いじわるサソリにちくりとされると、半日は動けなくなってしまうの」
フラハは、サソリにさされたかのように、身をこわばらせます。
「そんな大変なこと、お友達になったばかりの人にお願いできないわ」
「お願いができないのなら、契約だ。交換条件というやつだ。フラハが先に、わがはいのことを手伝ってくれればよい。そうすれば、と……とととと、友達っ! どころか、し……んっ、親友! といえるのではないか? そうすれば、晴れてお願いができるというものだろう?」
「だいじょうぶかしら……」
フラハはまだ不安そうです。
「だいじょうぶ、いける、いける、だぞ」
ペーポがそう言って、にやりとすると、フラハも笑いました。作り物の笑いではありません。
「そうね。仮につかまったとしても、親友といっしょなら、いけるわね」
「そうだ、契約成立だ。わがはいはフラハの復讐を、フラハはわがはいの仕事の手伝いをするのだ。それで、わがはいたちは、親友だ」
ペーポが手を差しだします。
「分かったわ。約束ね」「約束だ」
ふたりはがっしりと握手をしました……。
さて……。さっそく、ペーポの王さまさがしが始まりました。
フラハはペーポとの約束通り、王さまについてたずねようとします。
ですが、やっぱりこの町の人は冷たくて、たいていは聞こえないふりをしたのです。
中には、「うるさいな」と文句を言ったり、こぶしをふり上げるそぶりをする人までいる始末です。
本当にぶたれはしませんでしたが、フラハはいつかの砂金さがしの人たちを思い出して、両手を上げて身を守ろうとしました。
そして、ペーポのやつは、かわいそうなフラハの様子を見ながらも、にやついていました。
きっと、フラハから出ている“悪い気持ち”を味わっているのでしょう。
そんなことを知らないフラハは、友達のために、勇気をふりしぼってたずね続けました。
「王さま? 王さまはいそがしいかただ! じゃまをすると首をはねられるぞ!」
またどなられました。
フラハは思わず首をちぢめてしまいます。
「首をはねる」は、おそらく、おどしや、たとえ話ではないのです。
この話は、長老ガラガラヘビからも何度も聞かされていましたが、いつもの口ばかりのお説教ではなく、ガラガラヘビのおじいさんのおじいさんが、王さまに長話をしておこらせて、本当に首をはねられていたのとのことで、。長老ガラガラヘビはその頭の骨を大切に持っていて、何かあると、そのご先祖さまの骨を持ち出して、どこか自慢げにお説教をするのでした。
フラハはため息をつくと、「ごめんね、ペーポ」と言いました。
「気にするな。連中がけちなのが悪い。それに、わがはいたちは、と、と、友達ではないか」
「はっきり言って、知らない大人の人が、こわいの。緑の丘にいたときは、すっかりわすれていたのだけれど」
フラハはまたペーポに向かって手を出しだしました。
「その手はなんだ? また、何か契約か?」
「ううん、手をつなぐと勇気が出るの。わたしがそう思ってるだけかもしれないけど……。お願いしていい?」
「ふむ……いいだろう。友達であるから、ただでしてやる」
ペーポはつまることなく「友達」と言いました。
フラハは手をつないで勇気をもらい、またたずね始めます。
ですが、現実は非情です。フラハたちはこの夜を、王さまのお城ではなく、その辺の道のはしっこですごすこととなりました。
いえ、王さまの居場所は、見つかったのは見つかったのです。
王さまが住んでいるのは、案の定、いちばん大きなお城でした(もちろん金ぴかです)。
大きすぎて見落としていただけだったのです。
ところが、その情報を手に入れたのが、黄金の国がいちばんまぶしい時間帯、つまりは夕陽がしずむ時間だったのです。
その時間だけは、町は金ぴかではなく、真っ赤な、いのちの色にかがやくのです。
だからでしょうか。町の人も少しだけ親切になっていて、「王さまはもうじきお眠りになる。おねむのときにたずねると、まず首をはねられるから、明日の朝食が終わってからたずねるといい」とおまけに教えてくれたのです。
フラハたちは、ふたりきりで夜を明かさなければなりません。
暗くなると、勇気もしぼんでしまいます。
たとえ手をつないでいても、どこかのベッドを借りるために、お願いをする勇気はとても出ませんでした。
ことわられるのがとてもこわかったのです。
ペーポは、「わがはいは、炎やとけた岩の中でも眠れるぞ」なんて言って笑いました。
フラハだって、昔は屋根も無い砂の上で眠っていたので、どこかの軒下が借りられれば十分でした。
肩を寄せ合うふたりの上で、幾億万の星がまたたきます。
寒いわけではなかったのですが、ペーポはフラハがくっつこうとするのをこばみませんでした。
ペーポがやさしいから? いいえ。
……なぜなら、今のフラハは悪魔のペーポから見て「すごくおいしそう」だったからです。
フラハが「うーん、うーん」とうなされるたびに、その横でペーポが真っ赤な舌をべろべろと出しながら幸せそうに笑います。
かわいそうに、眠れる妖精の女の子は、夢の中で砂嵐におそわれて、おびえていたのです。
今日も、夢の丘でココロ先生や自分とよく似た大人の女の妖精といっしょに歩いていたところに、砂まじりの竜巻がやってきます。
いつもとちがって、フラハは女の人の手を引きながら、嵐から逃げようとしていました。
そして、とうとう竜巻に追いつかれてしまい、女の人とつないだ手がはなれてしまい、空へとまきあげられてしまいました。
「まって!」
フラハは、自分の声で飛び起きました。
それから、自分がやわらかいベッドの上でなく、砂の散らばった地面の上で目覚めたことに気付き、むしょうに悲しくなりました。
となりの部屋にクローディアが眠っていたり、屋根の上で風車がのんびりと回っていたりはしないのです。
トムを抱きまくらにすることも、ココロ先生の抱きまくらになることもできません。
……ぽたり。地面の砂が、ほんの指一本ぶんだけぬれて、どろに変わります。
「悪夢を見たのだな?」
闇の中から声がしました。
「ああ、ペーポ! そうなの。わたし、いつもとてもこわい夢を見るの」
「かわいそうなやつめ。おまえの眠るときは、わがはいがそばにいてやるからな」
ペーポはしゃべりかたこそえらそうですが、小さな子どもと変わらないすがたです。
でも、今のフラハにとっては、大人どころか風車くらいに大きく見えたでしょう。
「ありがとう、ペーポ。わたしのおはなし、聞いてくれる?」
フラハはすっかり、ペーポのことを信用して、黄色の丘にいたころのつらかった話から、緑の丘での幸せなことのすべてを話してしまったのでした。
「そうか。おまえはとてもつらい思いをしたのだな。しかし、ひとつうそを言っているな?」
「うそ? とんでもないわ! ペーポはわたしのこと、信用してくれないのね!?」
フラハは、全身を剣でさされたような気持ちになりました。
「いやいや、そんな大それた話ではない。悪夢では、おまえが吹き飛ばされると言ったであろう? だが、おまえはさっき、まって! と、さけびながら起きた」
「……本当だわ」
フラハは首をかしげます。
「わがはいも、悪魔王に尻をたたかれる夢をみることがあるが、ぶつぞ! と言いながら起きることはないからな」
そう言って、ペーポは笑いました。
「悪魔の王さまだなんて、わたしよりこわい夢を見てるのね? でも、がまんをしているなんて尊敬しちゃうわ!」
「ひはははは! そうだ、わがはいはえらいのだ! だが、わがはいはがまんをしない。そういうときはすなおに、こわーい! とさけぶぞ」
「あなたが? 変なの!」
「何を言う。それがふつうなのだ!」
ペーポの笑いがこだまします。
フラハはペーポの話が面白くって、もっと大きな声で笑いました。
真夜中の街に、ふたりの楽しげな声がこだまします。
……ふいに、ふたりのいる路地が照らされました。
「こんなおそくに、子どもが笑っているから見てみたが……。おい、おまえたち!」
だれかが来たようです。
大人の男性が数人。たいまつをかかげながら、かけつけます。
「あなたたちは!」
フラハはおどろきのあまり、髪の毛をおこったネコのようにさかさに立たせました。
「おぼえててくれたか。助かるよ。この前、砂金さがしをたのんだだろう?」
そうです。この男の人たちは、砂金さがしの男の人たちです。
「王さまが、おまえのことをさがしてこいって、おこるんだ。一年以内に見つけられなければ、おれたちのくびをはねるぞって!」
砂金さがし衆は、おたがいに顔を見合わせて笑い、肩をたたき合いました。
「フラハ、おまえは本当は砂の妖精ではなかったのだろう?」
ペーポが耳打ちをします。
「う、うん」
「王さまはきっと、おまえに砂金をさがさせるつもりにちがいない」
「でも、そんな魔法は使えないわ」
フラハは、砂金さがし衆がこわくても、自分が悪かったと思っていましたので、ずっと謝ろうと思っていました。
「あ、あの! わたし、砂の妖精じゃなかったんです! かんちがいだったんです! だから、いけるなんて言って、ごめんなさい! だまって逃げて、ごめんなさい!」
ペーポはフラハの横でため息をつきました。
かれは、フラハの腰をぎゅっと抱き寄せながら、もう一方の手の中に何かをにぎっています。
三つまたに分かれた、するどいやいばのついた槍です!
や、やはりこいつは悪魔の子です!
これで砂金さがし衆をぐさりとやって、フラハを助けるふりをして、人殺しの仲間に変えてしまうつもりです!
「ごちゃごちゃうるさいぞ。おはなしの最後が首はねなのは、どのみち同じだ!」
悪魔がにやりと笑って槍を構えます。
「いやいや。首はねは回避されたんですって!」
男のひとりが笑いながら両手をふります。
「もう、砂金をさがす必要だってないんだ」
別の男は小おどりをしながら言います。
「だって、フラハさん。この町が金ぴかになって、黄色の国を黄金の国に改名したのも、みーんな、あなたのおかげなんですから!」
……どういうことでしょう!?
フラハはわけが分かりませんでした。わたしもです。
悪魔までも「あら?」とか言いながら、ずっこけてしまっています。
「さあ、王さまがあなたさまのことをお待ちですよ。お友達もごいっしょに!」
* * * *
* * * *
☆悪魔の世界のひみつ、その二☆
「“悪い気持ち”というものには、いかり、悲しみ、にくしみなどがある。わがはいたちにとっては、よだれのでる“うまそうな気持ち”であるがな」




