ふらふらのぎらぎら
「この船は“黄金の国”行きですか?」
「そうだよ、おじょうちゃん……おっと失礼、妖精さん。もうすぐ出航だから、乗るなら急いでくれよな」
「乗ります!」
「あいよ。それはいいけど、黄金の国に行くのに、その服装じゃ、暑すぎないか?」
「だいじょうぶ、へいきへいき。ありがとう、船乗りさん」
マフラーをした妖精はお礼を言うと、“大きなふくろ”を持って、甲板に上がるための“はしご”をわたりました。
朝霧で少し視界が悪いので、しんちょうにわたらなければいけません。
はしごは一歩一歩ふむごとに、ぎしぎしと音を立てましたし、下の海では波がぶつかり合って泡立っています。
甲板に立つと、潮風が妖精の髪をゆらし、海色にそめました。
霧が晴れていきます。港町と、遠く、緑の丘……。
頭のてっぺんから生えた小さな“ふたば”も、広い海に向かって両手を広げるようにのびをします。
「いってきます」
妖精は見送る者のだれもいない船着き場に向かって言いました。
旅立つといっても、またもどるつもりでしたから、お別れは“かぜはなの家”でかんたんにすませてきたのです。
かのじょが出るとき、ココロ先生もポーチでお昼寝をしていましたし(こっそりと、いってきますのキスはしておきました)、サイディアさんも同じく港で買い出し中でしたが、かれが先に出かけるときに軽くあいさつをしただけです。
“騎士団の盾”の近所を通ったとき、その上にクローディアと子どもたちが登っていて、手をふっていたのにはふり返しました。
それから、バケリおばさんのパンカフェでお茶をして、親友のムギちゃんをしっかりこねこねするのも欠かしませんでした。
こうしてフラハは、ちょっとしたおつかいに行く感じで緑の丘を出たのです。
「進路よーし、風向きよーし、羽の調子もよーし!」
マスト(帆船の上に立っている柱です)の上で、バンダナを着けた妖精が望遠鏡をのぞきながら声を張り上げました。
帆を張り、いかりがあげられ、船はいよいよ港をはなれます。
風車のある丘が、豆つぶのようになっていきます。
もともと緑の丘から遠い港町ですから、最初から“かぜはなの家”は見えないのですが、フラハは長いこと丘のある方向を見つめていました。
緑の丘や港町が一本の線になって海へとしずんだころ、フラハはようやく背負っていた“大きなふくろ”が重たかったことに気が付きました。
このふくろは、旅立つフラハのために、手ぶくろの妖精のグロブさんとミシンの妖精のネーマシーネさんが協力して作ってくれた、魔法のこもったものです。
二匹のゾウに結び付けて引っぱり合わせても破れませんし、火の中に放りこんでも、決して燃えません。
そのうえ、どんなにたくさん荷物を入れても、いっぱいにならないのです。
これぞ、妖精の魔法の真骨頂というものです。
グロブさんも子どもみたいななりをしていますが、冬が近づくにつれて、手ぶくろの需要がのびるので、そのぶん魔法の力も背丈ものびるのです。
でも、この魔法のふくろに入れても、“重量”だけは無くならないので、入れすぎは禁物だそうです。
すでに、丘のみんなからもらった品物で、フラハの小さな身体で運べるぎりぎりの重さにまでなっていました。
「やれやれだわ」
フラハは、ふくろを下ろして腰をたたきました。まだ若いのに……。
まずは、ひと休みということで、パンカフェでいただいた白パンをふくろから引っぱり出しました。
潮風の塩辛さと、パンの甘みがあわさって、ジャムやバターを使わなくてもなかなかのものです。
パンをくわえながらのぞきこむのは、手鏡です。
これは、前にも登場したココロ先生の手鏡……ではなく、クローディアが先に旅立つフラハに贈ってくれたものです。
「少し大きくなったのだから、みだしなみもちゃんとしないとね」と、ちょっとお姉さんぶられました。
かのじょいわく、この手鏡はカーディガンと同じくらい大切なものだそうです。
フラハは風で大あばれの髪をひもでしばって、だれかさんと同じ髪型にしてみました。
船の上ではこのほうが具合が良さそうです。
「ばっかみたい!」
お姉さん役の口まねをしてみます。パンをくわえたままだったので、本当にばかみたいで笑えました。
船が大きくゆれ始めたので、みだしなみもほどほどに、手鏡を大切にふくろへともどしました。
着がえの服のあいだに入れておけば、ぶつけて割れることもないでしょう。
ところで、フラハは暑くなっていました。
見上げると、船の柱の向こうで、太陽がぎらぎらのばりばりにはりきっています。
そういえば、こきょうの黄色の丘にも、一応は春、夏、秋、冬と季節があったのですが、いつでもこんな感じに暑かったのです。
だからフラハはいつも、肩を出した白のワンピースすがたでしたし、砂が入るために、くつだってはかずに裸足だったのです。
それが今は、ネーマシーネさんにあつらえてもらった落ち葉の長そでワンピース、グロブさんじまんの手ぶくろ、ムギちゃんが冬でも寒くないようにと贈ってくれた手編みのマフラーまで身につけていましたから、暑くなるのも当然です。
緑の丘の季節は、秋の終わりでしたから、みんながこういったものを贈ってくれたのも、しかたがないといえばしかたがないのですけどね。
ふり返ってももう陸地は見えなくなっていましたし、そろそろ、手ぶくろとマフラーくらいは外すべきでしょう。
ところが、フラハはマフラーから丘の香りをめいっぱいすいこむと、額の汗を手ぶくろでぬぐって船室へと入って行ってしまいました。
船旅は、長く大変なものでした。
フラハはたいくつしのぎに、船乗りさんの荷物運びや、ご飯のしたくを買って出ました。
別に、こきつかわれたというわけではありません。
つるっぱげのむきむきで、髭もじゃの船長さんは、顔に似合わずやさしいかたでしたし、ほかのお客さんもみんな礼儀正しいかたたちでした。
ゆえに、です。それゆえにフラハは「親切をしなければならぬ」という使命感に燃えたわけですね。
ところが、船がゆーらりゆーらりと右へ左へかたむくのが、どうにもこうにもじゃまで、ふつうならかんたんな仕事すらも上手にこなせませんでした。
船乗りさんたちは「お客さんなんだからゆっくりしてなよ。船の上の仕事は、おれたち船乗りの役目さ」と笑いましたが、もうひとつ面白くないわけです。
船でいただいた食事に関しても、リンゴやオレンジはおいしかったのですが、ほかは長い旅で痛んでしまわないように塩につけられたものばかりだったので、潮風と相まって、口の中が痛くなりました。
フラハ以外のお客さんたちも、最初は海をながめながら、おのおのの旅について話していたのですが、船旅が長くなるにつれて、げろげろのグロッキーになって、みんな船室に引っこんでしまい、甲板はさびしくなりました。
でも、すてきなことだってありました。それは、イルカの群れを見たことです。
かれらは、船の横をいっしょに泳ぎながら、みんなにすてきなダンスをひろうしてくれました。
ダンスといっしょに、「きゅう、きゅう」という可愛らしい声での歌も聞かせてくれました。
フラハは、「これだけは、あのすてきな緑の丘でも絶対に見られない、世界で最高のもののひとつだわ」と、うなずきました。
……さて、海の上の最高のものがイルカショーだとしたら、最低や最悪なものは、なんだと思いますか?
嵐です。
黄色の丘の嵐は砂まみれ、緑の丘の嵐は草と葉っぱまみれですが……海の上の嵐は、波が丘のようになって船よりも高くなり、黒雲の合間に白い枝のような稲妻が光る、悪夢が現実を食べに来たかのような光景でした。
ところが、船長をはじめ、船乗りさんたちや、“船旅の妖精”は「これが海のだいごみよ」なんて、笑い飛ばすのです。
じっさいのところ、わたしたちの世界で、木造の帆船がそんな嵐にあったら、生きるか死ぬかのおおごとなのですが、そこはそれ、妖精のいる世界です。
船旅の妖精のりっぱな羽がぎらぎらとかがやけば、どんな強風でも帆は破れませんし、甲板も雨や海水にぬれることは決してなかったのです。
巨大な波にはね上げられて、船が空中一回転をしたときすらも、ちゃんと着水を決められたんです!
「さすがは船旅の妖精だわ。やるじゃないの」
フラハは船室のかべに背中をあずけながらうめきました。
あっ、横のお客さんが木のたるに寄りかかりながら、お見せできない感じになっています。
すっぱいにおいがしてきました……。
船がだいじょうぶでも、乗客たちはいけなかったようですね。
「うわーーっ、ウミヘビだーーっ!」
外で悲鳴です。フラハは“こまってる人センサー”が発動したので、よろよろと立ち上がって、酔っぱらいみたいに外へと向かいます。
ウミヘビだなんて、ちょうどいいところです。
これから黄色の丘に帰って、長老ガラガラヘビにひとこと言ってやる気でしたし、緑の丘でも悪いヘビを追っぱらったことがありますから、こいつで予行練習といきましょう。
フラハは、どしどしとゆかをふみしめながら甲板へと出ました。
「ウミヘビさん、みんなをこまらせるのはやめなさい」
はて? ウミヘビらしき生き物が見当たりません。
代わりに……なんでしょう? 何か、空中に巨大なあなのようなものがあります。
嵐で暗くなっているにしたって、真っ黒です。
「ふ、船がのみこまれちまうーーっ!」
フラハの横をくっきょうな船乗りさんがはいずりながら逃げていきます。
「も、もうだめじゃあ……」
腰をぬかしているのは、あのカルヴィーツィエさんよりもつるつるでむきむきの船長さんです。
「さすがにあれは、おれの幸運の魔法でも無理だよう!」
マストの上では船旅の妖精が泣きさけんでいます。
「おれさま、お船、丸のみ。今日のはチョコレート味かな? ココア味かな?」
黒いあながしゃべりました。
ちがいます! よくみると、あなからでっかいヘビの先割れた舌が出ています!
見上げれば、二本の白くするどい……大岩のような牙です!
そうです。この世界のウミヘビとは、家ほどもある帆船をひと口にのみこむほどに巨大なばけものだったのです!
「むり」
フラハは言いました。「むり」。二回も言いました。
ガラガラヘビは木の棒くらいで、口うるさくつばを飛ばすくらいでしたし、緑の丘で見かけた大蛇ですら、なわとびに使えるくらいの大きさしかありませんでしたもの。
むりむりのむりぴょんです。
でも、みんなはすっかりふるえあがっています。
フラハだって、あの真っ暗なあなが旅の終わりだなんてみとめたくありません。
「のみこまないで! わたしは、黄金の国に行かなきゃいけないの!」
「うーん。お願いされたって、お腹空いてるしなあ。おれさまのお腹にある、沈没船の国じゃ、だめ?」
船はどんどんとお口の中へと流れていきます。
「お願い! のみこまないで!」
フラハは両手をにぎりあわせ、羽をふるわせてたのみこみます。
「分かったよ。じゃあ、半分だけかじろうっと。いただきまーす!」
あああ、ばかたれ! 丸のみよりはましでしょうか? かえってひどいかもしれません!
ウミヘビのお腹に入ろうが、嵐の海に落ちようが、いずれ死んでしまうでしょう。
そうすれば、人間の船長さんたちやお客さんは妖精になり、妖精たちは海のもくずと消えてなくなります。
わたしたちが見守ってきたフラハも、もちろん、みなさんの心に残るだけ……いいえ、「あの中途半端なおはなし? もう、わすれちゃったね」となることでしょう。
そんなのはごめんです。
だから、フラハは祈りました。強く願いました。「――お願い、みんなを守って!」と。
すると、空が光りました。
それから、どかーん! という大爆音がひびきます。
雷です!
雷が、マストで泣いていた船旅の妖精をちょくげきしました! なんてこったい!
「ぎゃーーっ! びりびりするーっ! ……おい、なんだか、羽の調子が良くなってきたぞ!? ガリガリガリレオ、コロコロコロンブスノ、タイタニックガドボン!」
船旅の妖精が望遠鏡をふりふり呪文を唱えると、木でできた船が銀色にかがやいて、鋼鉄船へと変身しました!
次に悲鳴をあげたのはウミヘビのばかたれです。
「ぎゃーーっ! 歯、歯、歯がーーっ! 歯医者さーーんっ!」
鋼鉄の船をかじろうとしたウミヘビの歯がすっぽぬけて、あら波にのまれて消えます。
巨大ウミヘビはあわててそれを追いかけて、海の奥底へと逃げ帰って行きました。
ウミヘビが去ると、いっしょに嵐まで消えてなくなり、あとにはおだやかな風と、カモメの「ぎーよ、ぎーよ」という鳴き声がやってきました。
大歓声があがります。
船乗りたちは肩を組んで「えっさほいさ」と海の男の唄を歌いましたし、船旅の妖精はまだびりびりしながらも、胸を「どん!」とたたいておおいばりです。
お客さんたちは涙ながらに抱きあって、それからすぐにはなれて服のせんたくを始めました。
「やあ、小さな妖精さん。ありがとう」
船長さんが手を差しだします。
「わたし、何もしてないわ。船旅の妖精さんが、すごかったのよ」
「そうかね? それでも、わたしは握手をしたい気分なのだよ」
船長さんの真っ白な歯と、つるつるの頭がまぶしいです。
「分かるわ。わたしもそういう気分なの」
ふたりはがっしりと握手を交わしました。
こうして、船旅は山場を終えて、ゆれにもなれて船酔いもおさまったころに、陸地が見えてきました。
ぎらぎらと金ぴかにかがやく建物がならんでいるのが、遠くからでも分かります。
「あれが、黄金の国さ。おじょうちゃんの旅の安全を願っているよ」
船長さんはそう言いながら、サングラスをかけました。格好良いです。
船長さんは「お礼に」と、同じサングラスをフラハにプレゼントしてくれました。
「ありがとう。わたしも、船長さんたちの船旅の幸運を願うわ」
すると、背中が少しむずむずしました。
見なくても分かります。きっと、また少し大人の妖精に近付いたのでしょう。
フラハはにっこりと笑い、マフラーのにおいをすいこみました。
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☆妖精の世界のひみつ、その二十七☆
「真冬ではリンゴ一個ぶんも背がのびるんだぜ」




