大きな岩山
「ベンのことは、さがさなくてけっこうです」
そう言ったのは、ベンのお父さんです。
「ベンがいなくなったのは、初めてではないのです。思い出してください。みなさんも、子どものとき、ああいうふうに家出をしたことがあるでしょう? わたしもそうでした。ベンは必ず自分から帰ってきます。わたしは、帰って温かい食事を作って、待っていることにします。みなさん、アンナの捜索へのご厚情、まことに痛みいります」
ベンのお父さんは、子ども、大人、けものや妖精、みんなに礼儀正しく、頭を下げました。
それから、アンナちゃんを抱きあげて、ベンのことはほうって帰ろうとしました。
「帰ってこなかったら、どうするのよ!?」
クローディアがその背中に質問を投げつけます。
「そのときは、迷子さがしの妖精に生まれ変わってでも見つけにゆこう」
ベンのお父さんは本当に帰って行きました……。
「お父さんがああおっしゃるなら、ぼくたちも帰りましょう」
サイディアさんがそう言うと、ほかの大人たちも帰り始めました。
子どもたちは、それにしたがって帰る子と、うしろ髪を引かれるように、まだ何かをさがすそぶりをしている子がいました。
「ココロ先生もですよ」
サイディアさんは森に向かって声をあげます。ココロ先生は、また森に入ろうとしていました。
「……知り合いに、声だけかけておきます。森のおくは、わたしたちの知らない世界ととなりあいすぎているのです」
春色の髪はふり返らずに森の中へと消えていきました……。
ココロ先生が“かぜはなの家”にもどってきたのは、みんなが夕食を食べ始めたころでした。
そのときはもう、先生はいつものにっこりとした顔で、代わりに夕食のしたくをしてくれたみんなに「ありがとう」を言っていました。
食事中、サイディアさんはひとことも口をききませんでした。
クローディアもトムが食べこぼしたのに注意をしませんでした。
マルティンはふたりの代わりにトムの面倒を見て、モモは一番早く食べ終えて、もう自室にもどっています。
トムだけが、いまいち分かっていないようで、「アンナちゃん見つかってよかったねえ」とのんきにしています。
フラハは、この重苦しくなった空気のことよりも、自分のことを考えていました。
かのじょのこきょうの黄色の丘では、こういうことは“よくあること”でした。
長老ガラガラヘビやいじわるサソリ、文句たれラクダや、おすましフェネックなどの砂漠にくらす生き物は、みんな仲が悪いのです。
よく、「だれが悪い」とか「一族の名誉にかけて」とか言って、耳に“たこ”ができそうでしたし、迷子さがしもフラハはよく手伝っていました。
道案内やおてつだいに失敗したときは、さっきのサイディアさんやココロ先生のように、おこられるのもめずらしくありません。
フラハもやっぱり、そのときはつらいですし、よく逃げてかくれていましたが、妖精の役目で責任のことですから、しかたのないことだと思ってすぐにわすれるようにつとめていました。
ところが、今日、ベンのお父さんが先生たちに苦言をていしたときに感じたいやな気持ちは、食事をしてもまだ胸に引っかかっていたのです。
“かぜはなの家”の食事はいつだっておいしかったのに、今日はまるで砂を食べているみたいでした……。
「ココロ先生は何も悪くないわ!」
クローディアは頭から湯気を出しながらおこりました。
じっさい、お風呂上がりでした。かのじょはご飯のあと、お風呂から出るなり、どしんどしんと足音を立てながらフラハの部屋にやってきて、当たり前のようにベッドへ腰かけていました。
「わたし、あんなにくやしい思いしたの、初めて! ろくに言い返せなかったわ!」
クローディアはえんえんと文句を垂れています。まるで、首から先が長老ガラガラヘビになった文句たれラクダです。
フラハは「ベンはどういう気持ちだったのかしら? ベンのお父さんの気持ちは?」と考えます。
考えても答えが出るわけではありませんが、想像してみると、ココロ先生が謝らせられたときと、似たような気持ちになりました。
でも、ベンはクローディアのようにはおこらずに、逃げ出すことを選んだようです。
文句にうなずきながら考えていると、とびらがノックされました。
「どうぞ」と返事をするも、とびらは開かず、代わりにとびらの下から手紙がすべりこんできました。
その手紙をクローディアが読み上げます。
「リーデルがたずねてきた。勇気ある者は野菜畑につどえ。――マルティン。……ですって」
ふたりはニンジャのごとくろうかを進み、うら口からそっと出て、野菜畑へと急ぎました。
薄目を開けた月の下で、仲間たちが待っていました。
「ベンのやつ、まだもどってないって。ベンのお父さんがこっそり来て、おれのお父さんと話してた」
リーデルくんは腕を組んでおこっているようでした。
「こんな時間にぬけ出して、おこられませんの?」
たずねたのはフィーユちゃんです。
「お父さんに見つかったけど、何も言われなかったから、いいよ」
「それは、おこられないこととは別かもしれませんけど……。わたくしは、マネキンをベッドに置いてきたのでばっちりですわ」
「ぼくも、つかれたからもう寝るって、うそをついてきたもんね」
ミミクまで来ています。
この三人と、マルティンとモモ、そしてフラハとクローディアだけで、ベンを見つけようというのです。
みんな、寝るときのパジャマ姿です。
「で、さがすにしたって、手がかりとかはないわけ?」
クローディアがたずねると、なんと、ミミクがおずおずと手をあげました。
「これは、ぼくの勝手な想像で、おはなしなんだけど……」
クローディアはちょっと考えたようですが、「いいわ、話して」とうながします。
「ぼくもしかられたりして、よく夜にぬけ出すんだけど、そういうときに行くお気に入りの場所があるんだよね。だから、ベンもきっと、お気に入りの場所にいるんだもんね」
ミミクが言い終わる前に、リーデルくんが走りだしました。
かれが起こした風が、ニンジンやサツマイモの葉っぱをゆらします。
みんなもあわてて追いかけるも、あっという間にかれを見失ってしまいました。
「あいつ、今日一日でどれだけ走ったと思ってるのよ。なんでつかれないの?」
クローディアはすっかり息があがってしまっています。
「リーデルはどこに行ったのかしら?」「分からない……」
「ぼ、ぼくは分かるもんね」
ミミクが言いました。
「分かるなら先に教えなさいよ。そしたら、走らなくてもたどりつけたのに……」
クローディアはため息です。
さて、リーデルくんが向かった場所は、“チョウチョのねどこ”のはずれにある“騎士団の盾”です。
これは、ずーっと昔からある大岩で、まるでおはなしの騎士が持っている盾のような形をしているため、リーデルくんがそう名付けた場所です。
子どもたちだけで勝手にそうよんでいる場所なので、大人は知りませんし、地図にものっていません。
二階建ての家くらいの高さのある大岩で、うらからよじ登ることができるのですが、大人にばれると近寄るのを禁止されてしまうでしょう。
だから、ひみつなのです。
みんなが騎士団の盾にたどりつくと、その小高い岩山の上に、膝をかかえた男の子と、男の子の肩に腕を回している別の男の子がいました。
「そっか……。ここはベンのお母さんが妖精になったときに、ベンが来た場所だ」
モモが、ぽんと手を打ちました。
「妖精になった!」
めずらしくマルティンが大きな声でわめきました。それから、岩山へとかけよって、モモをふり返ります。
「死んだって言うんだ。大人は、死んだら妖精になるから、お祝いだなんて言うけど。でも、ベンはお祝いなんて気持ちはこれっぽっちも無かったらしい。ぼくの場合だって、そうだった」
「大人は、悪魔がいるとか、うそも言うもんね」
ミミクはもう、すいすいと上のほうまで登っていました。
「マルティン! ベンに下りてくるように言って。ベンのお父さんに、ココロ先生に謝るように言うように言ってやらなきゃ」
クローディアは腰に手を当てて騎士団の盾を見上げます。
「悪いけど、協力できない。どうしてもそうしたいなら、きみが自分で登ってきたらいい」
マルティンはクローディアを見下ろして言いました。
クローディアは、岩山をにらみましたが、何も言いませんでした。
「登るのこわい? いける?」
フラハは登っていませんでしたが、楽勝でしょう。黄色の丘のおつかいで、もっと高い岩山の上の薬草とりをよくやっていましたから。
「行かない。みんな、子どもすぎるわ」
クローディアはため息をつきました。
それから、「帰りましょ。モモ、フラハさん」と続けます。
「ごめん。わたしも久しぶりに、登りたくなった……」
なんと、クローディアと仲良しのモモまでが岩山を登り始めてしまいました!
フラハとクローディアは、しばらく岩山の上を見つめていました。
登った子どもたちは最初は、ベンをはげまして何か言ってやっていたようでしたが、そのうちにベンが顔を上げ、笑い声が聞こえてきました。
どうやら、「大人たちの悪口」で、もり上がっているようです。
どこから取り出したのか、子どもたちはお菓子とジュースを広げて、まるで宴会のようなことを始めようとしています。
あっ! ほかに妖精たちが何人かやってきて、本式の宴会になり始めましたよ!
「……わたし、帰る」
あらいたてのポニーテールをくるりとさせ、クローディアは子どもたちから背を向けました。
フラハは、子どもたちが岩山から下りるときだけが心配でしたが、だまってクローディアのあとを追いました。
かのじょのほうが、こまっているように思えたからです。
「フラハさんは、ベンのお父さんに文句を言うの、手伝ってくれる?」
「わたしは、したくないわ」
「あなたも、わたしの敵なの?」
クローディアは立ち止まり、フラハをにらみました。
「わたしは、あなたの味方よ。でたらめに思えるかもしれないけど、味方だから、やめたほうがいいと思う」
フラハははっきりと言いました。そうしようと思ったわけでもないのに、にっこりと笑って。
クローディアはにらむのをやめませんでしたが、フラハも笑顔を決してやめません。
へんてこなにらめっこは、しばらくのあいだ続きました。
「降参よ」
クローディアは長く長く、ため息をつきました。
それから、ぽつりぽつりと語り始めます。
「わたし、本当は分かっていたのよ。ベンのお父さんがまちがっていないってことが。言い返せなかったのも、ベンのお父さんが正しいと思ったからだったの」
フラハは、ただ「うん」とうなずきました。
「それから、ほかの大人や森の動物たちの前で、あんなことを言ったら、ベンや、ベンのお父さんの名誉が傷つくってことも分かってた」
「うん。でも、ココロ先生がおこられたのも、いやな感じだわ」
「そっちを選んだのよ。わたしが、選んだの。あの大岩だって、昔はよく登っていたわ。でも、今日は登ろうとも思わなかった。登らないと決めたの。でも本当は、きっと、もう登れないのよ」
クローディアはとても悲しい顔をしていました……。
フラハは岩山をふり返ります。
おつかいで登った岩より小さなものでしたが、それもずいぶんと前のことです。はたして今でも登れるでしょうか……。
「ベンのことも、岩山のことも大人たちには言わない。ベンのお父さんにも、何も。それで、ただのおせっかいな子どもだったって、はくじょうだって、どう思われたって、かまいやしないもの!」
ウマのしっぽがはげしくゆれます。
「だって、わたし、もうすぐここを出て行くんだから!」
それから、ふたりは何も話さずに“かぜはなの家”まで帰ってきました。
うら手からこっそりもどろうとしたのですが、何やら話し声がします。
片方は、やさしいココロ先生の声ですが、もう一方の声に、ふたりは思わずかたまってしまいました。
「ベンは、ここにも来ていないのですな」
「はい。お力になれず、申しわけありません」
ベンのお父さんです。ココロ先生が、また謝っています。
ふたりはサツマイモの葉っぱのかげにかくれます。
それから、フラハはクローディアが飛び出していかないように、かのじょのカーディガンのすそをつかみました。
「いえ、大人のさがしそうなところくらい、お見通しなのでしょう。それか、わたしは、わたしが思っているより、あの子のことを分かっていないのかもしれない」
「でも、心配ですね」
「そうですな。わたしもつねづね、心配をしています。でも、子どもは心配されすぎるとうるさく思うものです。しかし、大人としては、いくら心配してもし足りない。それは、心配すべきところでできてなく、よけいなところでばかり心配をしているからだと思いますな」
「よく、分かっていらっしゃるのですね」
ココロ先生はにっこりと笑いました。
「そうなのです。分かっているはずなのです。なのに、上手くいかないのです。それに、よく分かってやっていれば分かっているほど、しないほうがいいことが増えて、わたしはつらいのです」
ベンのお父さんは額に手をやり、首をふります。
「つまりですな。評判の良いココロ先生は……あなたは……わたし以上に子どものことを、分かっていらっしゃるわけでして……つまりはその……」
「つらさに、以上も以下もありませんよ」
ココロ先生は静かにほほえんでしました。
「おっしゃる通りです。それで無いことにできるのなら、わたしはベンやアンナのために、もっとつらいめにあいに行くことでしょう。でも、だからこそ、あなたたちにひどいことを言ったのを、謝らせてほしいのです。感謝はされこそ、非難されるいわれはなかったのに、わたしときたら。……申しわけありませんでした。サイディアくんにも、お伝えください。次回、会ったときにも必ず謝罪させていただきますが」
ベンのお父さんが深く、深く頭を下げました。
今にも飛び出しそうだったクローディアの姿勢が少し低くなりました。
「それで、どうなさいますか? 子どもたちに聞くか、妖精の仲間にたずねれば、ベンくんを見つけることもできると思いますが」
ココロ先生がたずねます。
「今夜は、好きにさせましょう。どうも、あいつ……リーデルのおやじが何か知っているようで。心配するまでもない、おれの息子はおれよりもしっかりした男だからな、なんてぬかすもので……」
ベンのお父さんがそう言うと、ココロ先生は口に手を当てて「まあ!」と笑いました。
「そういうわけで、子どもたちのことを信じて、今夜はあいつとさかずきを交わそうと思うのです。これが、最後になるかもしれませんからな……」
「最後?」
ココロ先生は首をかしげます。
「じつは、転勤が決まりまして、海向こうの町へ行くことになりそうなのです」
「さびしくなりますね」
「そうなんです。アンナはまだ小さいので、向こうでも上手くやれるでしょうが、ベンのやつがね。ここが良いところすぎたぶん、つらい思いをさせるでしょう。……失礼、ココロ先生は悪くありませんぞ。わたしが、ベンにあたえるよりも、失わせることのほうが多すぎるということです。向こうに行ったら、お手伝いさんをやとうか、それか……」
ベンのお父さんが言葉を詰まらせると、「ご再婚をなさるのですか?」とココロ先生がつなげました。
「あくまで、案ですがな。相手がいるわけでもありませんし、かんたんな問題ではありません。それに、あの子たちの母親に申しわけがない。わたし自身も、いまだに好いていて、妖精を見かけると、生まれ変わりなんじゃないかと、ついつい考えてしまうのです」
ベンのお父さんが、じっとココロ先生を見つめます。
先生の羽がぴくぴくと動きました。
「ココロ先生は、死んだ者が妖精に生まれ変わるという話は、信じていらっしゃりますか?」
「生まれ変わると、前の思い出はみんな忘れてしまうらしいですし、生まれ変わるところも、見たことがありません。妖精は、どこからともなく生まれることもあれば、両親から生まれることもあります。わたしたちでも、よく分からないのです」
「やはりそうですか。ありがとう。これで、決心がつきました」
ベンのお父さんは頭を下げて、きびすを返します。
「おつかれになったら、いつでもこちらに帰っていらしてくださいね。この緑の丘は、“かぜはなの家”は、いつまでもここにありますから」
先生がそう言うと、ベンのお父さんはふり返って、にっこりと笑い返しました。
それから、子どもが張り切るように腕をふりながら、丘を下りていきました。
「わたし、負けっぱなしよ」
クローディアがため息をつきました。
「負け? だれに?」
「リーデルにも、マルティンにも、ミミクにも負けたわ。サイディアさんにも負けたし、ココロ先生には勝ちようがないし、ベンのパパもりっぱだった……」
「そうね。みんな、りっぱ。すてきね。あなたもよ」
「ありがとう」
クローディアは少しさびしそうにほほ笑みました。
フラハの胸の中にあったもやもやは、すっかりと消えていました。
それから、やっぱり、「ココロ先生のようになりたいわ」と強く思いました。
しかし、それといっしょに、小さな“いかり”がわいてきたのです。
黄色の丘にくらすものたちが、ベンのお父さんと比べて、これっぽっちも分からない人で、謝りもしない人であることがはっきりしたからです。
フラハは、砂漠へもどってみたくなりました。
フラハにたよりきりだったみんながどうしているか、フラハにいじわるをしたことを後悔しているかどうか、確かめたくなりました。
それでも、「もしも、ごめんと言ってくれるのなら、またおてつだいをしてあげてもいいわ」と付け加えます。
ココロ先生なら、きっとそうすると、フラハは考えたのです。
……ですが、今は、いかりはしまっておきましょう。
ひと仕事を終えたココロ先生が、静かに空をながめているのを見つめていれば、いやな気持ちはみんな、消えてしまうでしょうから……。
……きれいな秋の星空……虫の音……大好きなココロ先生。
ほうら、のぞきみしているわたしたちまで、悪くない気持ちじゃないですか?
おや、ココロ先生がこちらを見ました。少し、こわい顔です。
「フラハさん、クローディアさん。出てきなさい。ふたりとも、ぬすみ聞きはいけないわ」
* * * *
* * * *
☆妖精の世界のひみつ、その二十五☆
「妖精にもじつは種類があるのです。この世界で生まれた妖精と、よその世界から遊びに来た妖精です。よその世界の妖精は、よその世界の妖精のルールにしたがいます」




