クローディアの夢
心地よい秋風の吹く夜です。
“かぜはなの家”をかこむ草原では、虫たちの演奏会が聞こえてきます。
丘のふもとの小川のほうからも、ススキ同士がこすれ合う音でコーラスをつけているようです。
もう夜もふけていましたが、フラハは部屋から抜け出しました。
どうしても眠気が勝つようになるまでは、夢の世界には行きたくないのでした。
初めは楽しいのです。でも、何もかもを黒にそめる砂嵐が、それ以上におそろしいのです。
玄関のとびらを開けると、虫の声がいっそう大きく鳴りひびきます。
ところが、あてにしていたお月さまは今日は留守のようで、砂粒のような無数のたよりない星々が、闇のような遠くの山を浮かび上がらせていて、まるでその山の部分が深い空洞となって、見つめる者をすいこんでしまおうと待ち受けているかのように思えました。
前に夜空を見に抜け出したときは、薄い雲のベールをまとった満月がぽっかりと浮かんでいたのですが……。
フラハは肩にショールをかけていたのに、ぶるっとふるえました。
「あれ、フラハさん?」
闇の中で声がしました。ポーチのテーブルのほうを見ると、いすにすわったクローディアが星の薄明りの中に居ました。
かのじょは、寝るしたくはすんでいるようで、カーディガンをはおって、いつものポニーテールもほどいています。
「クローディアも、眠れないの?」
「そんなところ」
クローディアが向かいのいすを引いて、フラハはそれにすわります。
フラハがテーブルに手を置くと、指先に何かが「かさり」とふれました。
「手紙?」
折り目のついた紙が置いてあります。
「こんな、真っ暗な中で読んでいたの?」
「これは、なんとなく広げていただけ。内容は全部、おぼえてしまったわ」
手紙の折りたたまれる音が聞こえます。
フラハは、その音に耳をかたむけて静かにしていました。
「……何が書いてあるのか、聞かないの?」
クローディアがたずねました。
「そういうのは、マナー違反じゃないの?」
「そうね。わたしはそういうのを気にするたちだった。でも、あなたに聞かれたかったの。何が書いてあるのか、どうして、手紙の中身をおぼえてしまったのか、って」
「差し支えないなら。だれからのお便り?」
クローディアは手紙について話し始めました。
この手紙は、港町の向こうに見える海よりももっと遠く、背の高い建物のたくさん立ちならぶ都会に住む、クローディアの“おば”と“おじ”から、とどいたものです。
「この場合のおばとおじは、わたしの母親の姉とその旦那さんね。最近、ようやく連絡がつくようになって、手紙のやりとりを始めたの」
フラハは、クローディアがおてつだいでもないのに、港町に出かけることがあるのを思い出しました。
港町には郵便局があります。
「それで、内容なんだけど……」
おばさんからの手紙には、都会の様子――おぼえきれないほどに多くの人が行き来していること、いろいろなお店があること、おばは妹……つまりはクローディアの母親に対して責任があること、クローディアが学ぶにふさわしい、大きな学校がいくつもあること――が記されていました。
「つまりは……わたしに、ここを出て、おばさんのところでくらしませんかって話なの」
「出て行ってしまうの?」
フラハはおどろきました。
それから、クローディアは「出て行くわ」と、やりなれた仕事をするように答えました。
「ふたりはどんな人なの? 都会はここよりもすてきなところ?」
「知らないのよ。会ったことも、行ったこともないし、手紙にも大したことは書いてないから。でも、少なくとも、わたしを引き取って、学校へやろうってだけで、良い人だと言えると思うわ」
「そうね、ココロ先生も、わたしの面倒を見てくれているわ」
「わたしやトム、マルティンやモモの面倒もね。おばさんとおじさんの両方を合わせても、先生にかなうとは思わないし、たくさんの人や建物があるってことは、そのぶんいやなことも多いのだろうし、そこには“かぜはなの家”は無いのだけど……」
「それでも行くの?」
「おばさんがね、手紙で引き合いに出したの」
「引き合い?」
「そう。都会には、孤児院があるの。そこにくらす子どもたちのほとんどは、両親もいなければ、引き取り手もないんだって。おばさんは言うの。たとえ、あなたがわたしたちを本当のパパやママほど好きにならなくても、そこの子たちよりはましなのよって」
「それって、“ここ”や“わたしたち”をばかにしてない?」
フラハは腹が立ちました。
「あっちも、わたしたちを知らないわ。わたしが手紙で教えたぶんだけしかね。でもじっさい、ばかなのかもしれない」
「どうして? “かぜはなの家”が小さな学校だから?」
「それは絶対にちがう」
クローディアはきらいなものをきらいというふうに力強く答えます。
「なぜか、ってことは、うまく説明できないけど……。でも、それが問題なのよ。知ってることを教えるのはかんたんなの。でも、知らないことに答えるのがむずかしすぎるの」
「そんなの、無理じゃないの? 知らないんだもの」
「そうかしら。“あの人”はやってのけたんでしょ? トムの“どうして病”のことをおぼえてる?」
みんなをこまらせた、大人の大工さんや神父さんすらやりこめてしまったトムのどうして病。
パンカフェに来たココロ先生は、分からないことに対しても答えを返して、それをおさめてしまったのでした。
あのことは、今でもときどき話にのぼったりします。
「ごまかした、と言えば、そうかもしれないけど……」
クローディアはまた、うまく説明できないようでした。
でも、フラハには、なんとなくかのじょの言いたいことが分かりました。
「トムは満足してたわ。みんなも、笑顔になった。そういうことね?」
「そこなのよ! 分かってくれる?」
クローディアは声をあげます。
「おばさんも、多少は分かってる人だと思う。だって、孤児院って、かわいそうな子を引き取って、面倒を見て親の代わりに育ててくれる……いわば、ここと同じところなのよ。それでも、そこより自分たちとくらすほうがましだって言えるってことは、“何かを知ってる”ってことなのよ。わたし、ここに来て、幸せだと何度も思ったわ。それこそ、パパやママとまだ家族だったころよりも、ひんぱんにね。わたしは、ココロ先生のようにりっぱになって、かわいそうな子のためになりたいのよ。そのためには、何がかわいそうだとか、ましだとか、知らなくちゃいけないし、知らないことにも答えられるようにならなきゃいけないの。だから、幸せなこの丘から出て行かなきゃいけないのよ」
クローディアは一気に話すと、長く長く息をはきました。
「すごいわ……」
フラハはそれしか言えませんでした。
なぜなら、クローディアの言ってることのほとんどが分からない――分かるのですけど、うまく説明できない。多分、当のクローディアも同じ――わけですし、クローディアの将来の夢が、口ばしをさしこむすきのないほどに、とても具体的だったからです。
「わたしは、迷子だったと思うの。ここがわたしの家になってからも、ずっと。でも、おばさんから手紙をもらって、次にどこにいけばいいのか、最後にどこにたどり着きたいのか、分かった気がする」
「もうここには、帰らないの?」
「遊びには来るわ、絶対に。それに、サイディアさんは、一度ここから都会に出て、もどってきたらしいから」
「ここがゴールってこと?」
「ちがうっぽいわね。サイディアさんも迷子なんじゃないかしら? だって、あの人、ときどき、ここで何を教わってきたの? って感じだし」
クローディアは鼻で笑いました。
フラハも、声をもらして笑います。ですが、申しわけない気持ちもありました。
なぜなら、かのじょも、名実ともに迷子なのですから。
将来についても、クローディアほどに具体的な、いいえ、マルティンやリーデルくんよりもあいまいなものです。
単に、ひとを幸せにするだけなら、どんな仕事についても同じでしょう。
サイディアさんのやっている助手という仕事だって、大したものです。
かれが何を学んだにしろ、人間で妖精のような魔法が無いにしろ、フラハにとっても、ここのみんなにとっても、大切な人のひとりなのです。
「地図や道案内が、まちがってるってこともあるかもしれないわ」
フラハは少し心配でした。
「でも……、かれのように帰って来てもいいってことは、よく分かるでしょ? 格好の悪い結末になりそうだったら、これはただの旅行だったってことにしてね。だからね、フラハさん、わたしにはお別れパーティーは不要よ」
フラハは「おっとっと」と思いました。
自分の迷子について考えるうらで、クローディアへのせいだいなパーティーのプランを半分くらいは組み立て終わっていましたから。
それをうっちゃらかして……フラハはクローディアに向かって、手を差し出しました。
「えっと、握手は、もう少しあとに取っておいてもらっていい?」
「旅立ちはまだ先?」
「そうでもないかも? わたし、最近はもう、タンスは使わずにキャリーバッグを使ってるのよ」
「荷造りはすんでるのね」
「それから、この手紙はあなたよりも早く、ここに来たの」
ええと、つまりは?
「言い出せていないのね。ずっと」
フラハは「やれやれ」とため息をつきました。
「あなたが初めてよ。たとえ、ココロ先生が笑顔でわたしを送り出してくれたとしても、心の中ではがっかりしてくれるって信じてるから、それがたえられなくって」
「まだ起きてるかしら?」
「ろうかを通ったときに、とびらの下から明かりがもれているのが見えた、かな……?」
フラハは「わたしも見たわ」と言って、クローディアの手をにぎって席を立ちました。
クローディアも、それに引っぱられるようにして立ち上がります。
「やっぱり、明日にしない? もう遅いし、寝てるかも。明かりをつけたまま、居眠りしてそうじゃない?」
クローディアは手紙を持った手でほおをかきます。
「それなら、ベッドまで案内して寝かせてあげないとね」
「夜はよく日記をつけてるから、日記を広げたままだと、目に入ってしまえばマナー違反だわ」
「今日はもう、夢だってのぞき見られてるし、ついでよ」
フラハは言いわけをならべるクローディアを引っ張って、家の中へともどります。
しっかりと、お姉さん気取りの手をにぎりながら、もっと強くにぎり返される痛みをしっかりと受け止めながら。
「い、いけるかな? だいじょうぶかな?」
「だいじょうぶ、いけるいける」
「わ、なんかむしろ不安になってきた」
「失礼よ」
「もし……もし、万が一、億にひとつ、先生がだめって言ったり、行かないでって泣いたりしたら、どうしたらいいの?」
「想像で心配するのはミミクの得意技だわ」
フラハは、クローディアをココロ先生の部屋の前へと立たせました。
とびらの下からのびる明かりが、クローディアのくるぶしにからみつきます。
クローディアはこんなときになって、「ミミク、ごめん!」なんて言っちゃってます。
「ね、ねえフラハさん! もしも、もし……」
クローディアはおうじょうぎわが悪いようです。
それに対して、道案内の得意な砂の妖精は言います。
「これは、想像じゃなくて、事実なんだけど……。わたしの部屋のベッドは古ぼけてるけど、ひとりで寝るには少し大きいのよ」
そして、ココロ先生の部屋のとびらをノックしてすぐに開き、クローディアを中へ、ぐいと押しこみました。
中から「わ、おはようございます……」なんて寝ぼけた声が聞こえましたが、フラハは知らんぷりしてとびらを閉めて、とっとと自分の部屋のベッドへともどりました。
それから、ベッドの半分を空けて、“こまってる人センサー”を張りめぐらせておきましたが……センサーは何もキャッチしませんでした。
さすがに、ココロ先生の部屋の中までは分かりませんが、少なくとも、自分の部屋や、クローディアの部屋の前は平和なままでした。
フラハは、けっきょく、独りで自分の悪夢に立ち向かうことになりましたけど、「ま、それもしょうがないことよね」とひとりうなずいたのでした。
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☆妖精の世界のひみつ、その二十三☆
「ココロ先生は、夜は日記と事務仕事をしているのよ。月の出てる夜はときどき、ポーチに出てくることもあるの」




