夢の焼きイモ
夏が過ぎれば、そよ風の吹く緑の丘にも、秋がやってきます。
緑の丘にくらす多くの植物は常緑の種類ですので、一年を通して緑の衣装に身を包んでいますが、“フクロウのいびき”や、遠くにどっしりと構える山には落葉樹も多く、黄色や赤へと衣がえをおこないました。
空もまた、入道雲が立ち去り、ヒツジの群れやウロコもようの雲が広がり、日ぐれの時間も早くなります。
吹きおろす風も、やさしさよりもさびしさをはいて走り、目を持たない風車すらも、どこかもの悲しくはるか遠くを見つめているようでした。
みんなはどうしているでしょうか?
イチョウやモミジなどの葉がはらり、はらりとまい落ちる中を、丘にくらすものたちが通り過ぎていきます。
いそがしく落ち葉をふみ鳴らして、どこかへとかけてゆく子どもたち……。
早足で配達や買い出しへ向かう大人たち……。
冬支度にいそしむ動物たち……。
この世界の秋は、だれしもが何かを急ぐような、どこかへ向かうような、そんな季節なのです。
「おっと、行きすぎた。この辺にしようぜ!」
子どもたちがもどってきました。
今日はめずらしく、おそうじの妖精のファギオさんや、ふだんは見かけない赤い髪の女の子の妖精もいっしょです。
ちらほら、マフラーや手ぶくろを使う子もいるようですが、みんなをひきいるリーデルくんは、年がら年中、半ズボンで膝小僧を出してるようですね。
「では、このあたりの落ち葉をはいて、広場を作るとしよう。……サッサカホイサノホコリガペンッ!」
おひげをほうきのように結んだファギオさんが、ねっとりとあごをしゃくりながら魔法の呪文を唱えます。
すると、地面に積もった落ち葉がいっせいにまいあがり、宙で赤いうずがおどります。
それはじょじょに広がっていき、土のむき出した円形の広場を作り出しました。
「よし、これなら燃え移る心配もないじゃろう」
「ありがとうございますわ、ファギオおじいさん。昨日作った広場は、くだものの妖精たちがダンス会場に使ってらっしゃるし、二日前に作ったぶんも、もう落ち葉が山もりでしたから」
フィーユちゃんが、頭に乗っかった落ち葉をはらいながらお礼を言いました。
「んじゃあ、おイモを入れる山を作っとくれ」
赤い髪の女の子が言います。
かのじょは、ほかの子どもよりも背が低く。トムと同じくらいで、髪は短く切りそろえていて、この辺りでは見かけないむらさき色の“着物”を着ています。
それから、妖精ですので、背中にはすきとおった羽がしっかりと生えています。
かのじょの名前は、焼きイモの妖精の“マイモ”ちゃんです。
マイモちゃんは、おイモのおいしい季節に活やくする妖精で、秋を追いかけるようにこの世界のあちこちを旅しています。
今は、緑の丘に秋がおとずれていましたので、最近のマイモちゃんは、この丘で毎日のようにだれかと焼きイモをしています。
焼きイモは、集めた落ち葉に火をつけて、その中でおイモをこんがりと焼くものですが、火事のおそれがあるので、必ず大人の人といっしょにしなくてはなりません。
「お水は、ここにありますからね」
一応、大人のサイディアさんがいっしょです。かれは水のたっぷりと入ったバケツを持っています。
もっとも、マイモちゃんは焼きイモの妖精、つまりはプロフェッショナルなわけですから、かれの出番はありませんけど。
「きゃあ!」
マイモちゃんがおイモを放り投げて引っくり返りました!
みんなが心配してのぞきこみます。
「た、助けておくれ。おイモが動いた……」
マイモちゃんの指差す先、地面に転がったおイモの中から、何かが出てきました。
……緑色のぶっとい青虫です。
「あら? あなた、どこかで会わなかった?」
青虫に問いかけるのは、砂の妖精のフラハです。
かのじょが主役なのに、今回ご紹介するのがおそくなったのは、フラハもすっかりと秋色に衣がえしていたために、わたしが気付かなかったからです!
今のフラハの髪は秋爽の風色。瞳は落ち葉のとけた栄養たっぷりの土色。
春夏に着ていた、すっきりした白のワンピースも、秋にふさわしい長そでの落ち葉色のものになっていました。
そして、かのじょの背中にも、小さくて可愛らしい羽があります。
ココロ先生への感謝のパーティーをしたときに顔を出したものですが、あれから時間が経って、ほんのわずかながら、羽は大きくなっていました。
「これはこれは、妖精さん。確か……春の終わりに、野菜畑で会ったね」
「やっぱり。あのときのはらぺこの青虫さん。どうしたの? まだサナギになってないの? 病気? いける?」
フラハはおどろきとともに、心配になりました。
「お気づかいどうも。ぼくは、わざとイモムシのままでいるんだ」
「チョウチョになりたくないの?」
「なりたいさ、もちろん。でも、チョウチョになると花のみつしか食べられなくなるし、それじゃあ大きくなれない。ぼくには、だれよりもでっかいチョウチョになる夢があるから、イモムシのあいだに、たくさん食いだめておかなきゃならないのさ」
「夢……」
フラハは青虫の言った言葉に、ぼうっとなりました。
真夏のころのフラハには、なやみや考えごとがたくさんありました。
自分が羽の無い妖精であることや、緑の丘と、こきょうの黄色の丘のちがい……。
羽は出てきましたし、くらしのちがいについては、すっかり緑の丘に根っこを生やしたフラハが、考えることは減っていました。
妖精なのに魔法が使えないことこそ、まだ気にしていましたが、心を占めるなやみがそれだけになると、それは、喉に引っ掛かった魚の骨というよりは、胸のおくをじんわりと熱くさせる、楽しみのようなものになっていました。
ここのところのフラハは、自分の夢について考えます。
夏に“ココロ先生、いつもありがとうパーティー”を大成功させたように、たくさんの人を笑顔にするすてきなことがしたい。
大人の妖精になったら、ふしぎな魔法で、あるいは魔法が無くっても、みんなをココロ先生のようににこにこ笑顔にしたい。
そう、強く願っていたのです。
それが、かのじょの将来の夢でした。
もうひとつ、かのじょをとらえていた“夢”があります。
……眠りの中で見る夢。
フラハはどこか知らない、ここではない別の緑の丘で、知らない大人の女の妖精と手をつないで歩いています。
その妖精は、ココロ先生に少しだけ似ていて、でもココロ先生ではなくて、どちらかというと、フラハ自身に似た感じのする人でした。
ふたりは話しながら、そよ風の丘を歩いて、あれこれと楽しいことを話します。
しかし、夢の終わりは必ず、どこからかはげしい砂嵐が、大蛇のような竜巻となってやってきて、フラハを落ち葉のように高くまい上げて、遠くへ吹き飛ばしてしまうのです。
そして目が覚めると、夢の女性の顔も、ふたりで話していた内容も、砂の上にかいた絵のように消えてしまい、楽しかった気持ちはいつもおそろしい黒にぬりつぶされてしまうのでした。
ここのところ、夜の眠りのときに、同じ夢をくりかえし見るものですから、フラハは少し寝不足です。
「フラハさん、今日も眠そうね」
となりで言うのはクローディアです。
ウマの尾っぽのような髪はしゃっきりしていましたが、かのじょも大きなあくびです。
お気に入りのカーディガンをはおって肩を抱いていたので、まるで寝起きでした。
「クローディアこそ、夜はよく眠れているの?」
「あまり。わたし、最近は夢にいそがしいの」
フラハは、どきりとしました。
ちょうど、夢について考えていたところでしたから。
「あなたも、悪夢を見るの?」
「悪夢? 見ないわ。寝たらすぐに朝だもの。それがもったいなくて、おそくまで起きてノートを書いているの。聞いてくれる?」
クローディアは話しました。
かのじょにも夢があるそうです。
将来は、ここではないどこかに広くて可愛らしい家を持って、そこで、身寄りのなくなった子どもを引き取って、親代わりとなって世話をしたいのだそうです。
最近は眠る時間をけずって、その計画をノートにしたためているのでした。
「ココロ先生ほど上手には、きっとできない。わたしは物知りじゃないし、辛抱強くないから、教師にも向いてないけど……」
「分かるわ。わたしも、ココロ先生ほど、りっぱですてきな妖精にはならないかもしれない。だけど、あの人のように、みんなを幸せにしたいの」
ふたりの女の子は顔を見合わせて笑いました。
そのあいだを、紅のモミジがかけ抜けます。
「……いつか、ここを出て行くことになると思う」
クローディアは風でみだれた髪を耳に引っかけながら言います。
「フラハさんも、いつかは帰ってしまうのよね?」
「多分ね……。でも、それは今じゃないと思う……」
「まだ、こきょうの黄色の丘が分からないの?」
「うん。でも、そういう理由とは、少しちがうかもしれないわ……」
フラハ自身も、自分でよく分かっていないのでした。クローディアも、何がちがうのかとたずねませんでした。
ふと、地面に視線を移すと、秋のじゅうたんの上を、太った青虫が去って行くのが見えます。
「あいつ、この前も野菜畑のおじさんをこまらせてたわ。もう、あいつ用に育ててたぶんじゃ足りなくって、あっちこっちで根っこや葉っぱをかじるようになったみたい」
「どんなチョウチョになるのかしら」
「毒蛾にならなきゃいいけれど。みんなに迷惑をたっぷりかけてるんだから、うんときれいなチョウでお願いしたいところね」
「わたしたちも、悪い大人になってしまわないかしら」
フラハの問いかけは、どこか独り言のようです。
「どうしてそんなことを? わたしたち、とっても良い子だわ。フラハさんだって、ココロ先生にそっくりな色の羽が生えてきたじゃない」
「先生に比べたら、ガラガラヘビと風車くらいちがうわ」
「そうね、でも……。少なくとも言えることがひとつ。今のわたしたちは、ココロ先生にそっくりっていうこと」
と、クローディアはまた、大きなあくびをしました。
「そうね。居眠りにかけては、今は負ける気がしないわ」
フラハもつられてあくびをします。
ふたりは、眠気覚ましに、深呼吸をします。
折り重なる落ち葉のにおいに混じって、少しけむたい、甘くこうばしい香りが鼻に届けられます。
「おイモ、焼けたよう。みんな、おあがんなさいねえ」
マイモちゃんののんびりとした声が聞こえます。
フラハたちも、落ち葉の山へとかけていきました。
マイモちゃんは枝をけずって作った棒を、くすぶる落ち葉の山につっこんで、あつあつのおイモを取り出します。
「さあさあ、みんなにひとつづつあるからねえ。熱いから、やけどをしないようにねえ」
今日のおイモは、“サツマイモ”です。むらさき色の大きなイモは、皮がところどころがこげて、中の黄色くて甘そうな部分を見せています。
マイモちゃんの焼きイモは、サツマイモに限らず、ジャガイモのときもあります。
この前、ジャガイモを川原で焼いたときには、ウシが大きなバターのかたまりを背負って参加しました。
秋の野外で食べるジャガバターは最強です。
ところが、ウシのバターがあまりにも大きくて油がたっぷりだったせいで、火が燃え移ってしまい、ウシはあやうく丸こげになりかけるという大事件が起きました。
「今年はモウ、焼きイモはかんべん!」ということで、ここのところはサツマイモばかりです。
「うーん、サイコロに切ったおイモを、蒸しパンに入れてもいいかも……」
モモが、割った焼きイモから立ちのぼる湯気を見つめながら言います。
「つぶして“あん”にしてイモアンパンにしたり、生地に練りこんだもっちりイモパンもおすすめだよ」
ムギちゃんが言います。ムギちゃんはもう焼きイモを半分たいらげていました。
ここのところ、「食欲の秋!」と言ってよく食べるので、少しバケリおばさんに似てきました……。
フラハも、おイモを半分に割って冷ましながら、おしゃべりをする子どもたちをながめます。
……みんな、将来の夢を持っています。
ムギちゃんは、パンのことにくわしくて、パンカフェのおてつだいが得意です。
将来は、バケリおばさんのパンカフェとは別の、静かでおしゃれなパン屋さんを開くのだそうです。
モモは、「考えてるけど、やりたいことが多すぎて、決まらない」そうですけど、哲学者が有力候補だそうです。
マルティンは画家を目指してますし、リーデルくんは鍛冶屋をついで、機械じかけで動く乗り物を作りたいといいます。
裁縫店のご令嬢フィーユちゃんは、デザイナーか女優かで、なやみ中なんですって。
でも、みんな、今はそんなことをわすれて、おイモに夢中のようです。
「みんながおいしそうにしていると、もっとご奉仕したくなってくるわあ。たまには、面白い魔法をやるかねえ」
マイモちゃんは着物のそでをふりふりしながら言いました。
「マイモちゃんの魔法は、どんな魔法なの?」
フラハがたずねます。
「んーと、イモをふかしたガスの中に、どこか遠くの、“おイモと関係のある景色”をうつしだすもんだねえ。うちが旅行好きだから、使えるようになった魔法だよお」
「ふうん、すてきね!」
「ありがとーう。んじゃあ、やるよう!」
マイモちゃんは、おイモを焼くのに使ったかれ葉の山に向かって呪文を唱えました。
「スイート、フカフカ、ファートガプウ!」
すると、かれ葉から白い湯気がもくもくと立ちのぼり、その中に人影がぼんやりとあらわれました。
「おんや? めずらしいこともあるもんだ。これは、だれかの夢の中の景色だよ」
焼きイモの妖精はおどろきの声をあげます。
「夢、だれの夢?」
フラハは心配になりました。
もしも、自分の悪夢がうつしだされて、みんなをこわがらせたら、いやでしたから。
それに、自分の夢を勝手にのぞき見られるというのは、着がえてるときにだれかが部屋に入ってくるようにいやな気持ちになるものでした。
「分かったもんね! これ、ココロ先生だ!」
ミミクが湯気を指差して言います。
心配が深くなります。湯気の中の人物は、何かを追いかけているようでした。
「まって、まって! 行かないで!」
とても悲しそうな女性の声です。
「分かったもんね! ココロ先生は、お昼寝をしてておイモを食べそこなったから、おイモを追いかける夢を見ているんだもんね!」
「あはは、ばっかじゃないの」
ミミクのおはなしをクローディアが笑います。
「いや、ばかとも言えない」
否定したのはマルティンです。
「このかたちは、たしかにココロ先生だし、かのじょが追いかけているのは、羽の生えている……」
フラハは目をこらして湯気を見つめます。
すると、うつされた景色がくっきりとしてきて……。
羽の生えたおイモを「まって~」と追いかけるココロ先生が現れました!
フラハはずっこけました。湯気の中のココロ先生も転んで、おイモは空高くのぼって行ってしまいます。
「あはは、ミミクの言う通りだった!」
クローディアは、ばか受けです。笑いながらミミクの背中を、ばしばしとたたいたりしちゃってます。
ミミクも本当にそうだとは思ってなかったようで、大笑いです。
「がーん……。さっきのわたしの夢……」
また、悲しげな声が聞こえてきました。今度は湯気の外からです。
木のかげから、ココロ先生がこちらを見ていました……。
「こ、これはちがうよう。わざとじゃないんだよう。ごめんよーう、ココロ先生」
マイモちゃんは、着物のそでとおかっぱ頭をふりながらつくろいます。
それから、あわてて木の枝でかれ葉の山をかきまわします。
「おわびに焼きイモを……。あ、そうだった。焼きイモはみんな売り切れだった……」
「がーん……」
ココロ先生はダブルでショックを受けて頭をかかえます。
みんなはそのめずらしい光景が面白くって、失礼ながらも笑ってしまいました。
小さなトムがかけていって、自分のぶんのイモを割って、先生へと差し出しました。
「はい、はんぶんこ」
それは……はんぶんこと言った割には、ずいぶんと小さい欠片でしたけど。
「ありがとう。でも、いいのよ。トムはこれから大きくならなきゃいけないから。たくさん食べてね」
ココロ先生はにっこりとほほえみます。
「うん、そうする」
おイモはあっという間に引っこめられて、トムのお口へと消えました。
ココロ先生は「あっ……」とかなんとか言いました。
「「やれやれ、しょうがないわね」」
フラハと、もうひとりが声をそろえて言います。
それから、ココロ先生は両手に焼きイモを持ってにこにこ笑顔になって、フラハとクローディアも顔を見合わせて笑ったのでした。
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☆妖精の世界のひみつ、その二十二☆
「うちの着物は、ほかの世界から伝わってきたっていう、ふしぎな衣装だよお」




