かちりとはまった!
雨宿りのツバメのように裁縫店へかけもどったフラハは、みんなにスノードロップの調子が悪いことと、ココロ先生の代役にふさわしいモデルが見つからなかったことを伝えました。
こうなってはもはや、想像だけのぶっつけ本番で、ドレスを仕上げなければなりません。
ドレスを仕立てる係のネーマシーネさんふくめ、みんなは「どうしよう」となったのですが、フラハだけは「絶対に上手くいくわ」と言い切ったのです。
砂の妖精の心には、願いがありました。
とても強い願いです。
いつもみんなに、幸せを教えてくれるココロ先生に笑顔をとどけたいという、強い強い願い。
もちろん、かのじょだけでなく、クローディアやトム、モモやマルティンも……“かぜはなの家”の子だけでなく、多くの者たちが大小なりとも同じ想いを持っています。
フラハはその願いの砂粒をかきあつめて大きな山を作るように、パーティーの成功を祈ったのでした。
この妖精のくらすおとなりの世界にも、神様はあります。
ですが、わたしたちの世界と同じように、神様を見た人や会った人はありません。
神父さんですらそうなのですから、砂だらけの国にくらしていたフラハがたよるはずもなかったのです。
なので、フラハは自分でも、いったい何に願いをかけているのか、何に祈っているのか、知りませんでした。
願いにつき動かされたかのじょたちは、できることを精一杯やります。
少しでも、ココロ先生の身体にぴったりとなるように、あのやさしい妖精の先生を、先生との思い出を心にえがいて、腰のしめ具合や、スカートや袖の広がりの調整に取りかかりました。
そして、ミシンの妖精ネーマシーネさんが、そのイメージとデザインを受け取って最後の調整に入ります。
……砂時計を何十回もひっくり返すくらいの時間が経ちました。
「ネーマシーネさんの仕事を疑ったことはないが、この気持ちはフィーユが生まれた日のものとそっくりだよ」
裁縫店の店主さんはずっと仕事部屋の前でうろうろしていて、すっかり汗だくになっていました。
ネーマシーネさんがミシンの仕事をするところはひみつで、店主さんやそのおくさん、ふたりの娘であるフィーユちゃんですらのぞくことができません。
おくさんとフィーユちゃんも、いすにすわって、たがいに手を取り合いながら、部屋のとびらを見つめています。
トムは、ふだんはこういう何もしないでいる時間が苦手で、ココロ先生のように居眠りをするのがお約束でしたが、今日は、ぱちっと目を開けて待っています。
だれかれ構わず、「どうして?」と質問をあびせるようなこともしません。
マルティンは、廃案になったり、改良されるまえのデザイン画を見つめています。
モモは、ネーマシーネさんがこもってから、ずっと腕を組んで「うーん」とお得意の考えるポーズのままです。
クローディアは、しばらくはおとなしく待っていたものの、外へ出て、ほかの準備の手伝いに走り回りました。
ですが、もう帰ってきて、また待つか手伝いに出るか迷って、ずっとそわそわとしています。
サイディアさんは、みんなの休憩のためにお茶をしたくしたり、かたづけたりして過ごしました。
そして、フラハは、花びらの落ちかかったスノードロップと見つめ合い続けていました。
「お願い、スノードロップ。かれないで」
『お願い、砂時計。わたしをからさないで』
ふたりは言葉を発しませんでしたが、どこか深いところで通じ合っていて、おたがいに何を考えているか分かっているようでした。
……ふと、ネーマシーネさんのミシン部屋からずっと鳴っていた、かたかたという音がやみました。
みんなは、長く長くためこんだ息をはきだします。
「お待たせしました」
ミシンの妖精が真っ白なかたまりをかかえて、仕事部屋から出てきました。
かのじょがそのかたまりをふわっと広げると、根雪の下でずっと春を待っていた一輪のスノードロップが花開くように、贈り物のドレスが現れました。
みんなは、まただまってしまいました。
その理由は、いったいなんだったのでしょうか。
ドレスが失敗作だったのか、それとも、すてきすぎて言葉を失ったのか……。
「何かが足りませんね」
サイディアさんが言いました。だれもそれに反対意見を出しません……。
フラハは、できあがったドレスではなく、まだ植木鉢を見つめていました。
『お願い、ひと思いにやって』
季節外れの花が願います。
フラハはうなずくと、なんと! スノードロップを茎の部分からぽっきりと折り取ってしまいました!
そして、そのしおれてくたくたになった花を、ネーマシーネさんにわたして、ドレスの胸の部分にぬいつけてもらいました。
すると、どうしたことでしょう!
もはや、押し花にも使えないようなありさまだったスノードロップが、今まさに咲いたところといわんばかりにしゃっきりとしたのです!
かれかかっていて、季節外れで、手折られたはずの花が!
……白いドレスの胸に、白い小さな花。
それは一見、目立たない取り合わせでしたが、たしかに、そこにあって、咲いていたのです。
『ありがとう、フラハ』
春の日差しにとけゆく雪を見守るような花が、風もないのに凛とゆれました。
そして、“ココロ先生、いつもありがとうパーティー”の日がおとずれました。
会場は“チョウチョのねどこ”と“フクロウのいびき”の境目。
のっぽの風車が回り、今日はいつもより張り切った風が吹きおろしています。
空は高く、木々の天井が引き受けた夏の日差しは、地面を宝石箱へと変えています。
ふだんは緑一色の木々も、今日はたくさんの飾り付けでおしゃれをしていました。
その中では小鳥が、根元ではけものたちが、そして、人々と妖精たちが、主役の登場を今か今かと待ちわびています。
もちろん、ココロ先生には早く来てほしいのですが、この楽しみを目前に待つ時間もまた、胸のはずむようで、ずっと続いてほしい気がしてふしぎなのでした。
さあ、春色の髪の女性がやってきましたよ。
かのじょは、目かくしをされて、真っ白ですてきな花になって、“かぜはなの家”の生徒たちに手を引かれてやってきます。
「なあに? 何があるの?」
ココロ先生は、楽しそうでもあり、ちょっとだけ不安そうでもありました。
ドレスはすでにネーマシーネさんが着付けてくれていますが、目かくしはその前から付けていたので、まだひみつです。
そうして、みんながかこむパーティー会場の真ん中に到着して、いよいよ目かくしがはずされます。
「ココロ先生、いつもありがとう!」
感謝の言葉が、「どっ」とふり注ぎました。まるで、春の嵐のようです。
「えっ、ええと……?」
ココロ先生は、きょろきょろとあたりを見回したり、自分の着ているドレスを見て、「わっ、すてき」とほおをそめたりしています。
もちろん、胸にかざられた、小さな雪どけの花は、今さっき咲いたかのようにほこらしげです。
「ココロ先生への日ごろの感謝を伝えるために、みんなでパーティーをしたくしたのよ」
クローディアが言います。
「うれしいわ。そうでなくっても、最近はたくさんおてつだいをしてもらったり、お昼寝もたくさんさせてもらっていたのに……」
「ドレスも、みんなで作ったの。ぼくは、パンも、作ったんだよ!」
先生の足元で、トムが鼻息あらくいばります。
「トムも、がんばったのね。でも、いったい誰が、こんなすてきなことを……?」
「えっとね、ぼく……知らない!」
トムは、ぷいとそっぽを向きました。
ココロ先生は、クローディアたちのほうを見ましたが、首をふられてしまいます。
フラハも、そうしました。
ないしょのままのほうがすてきだと考えて、みんなに口止めをしていたからです。
ほかのみんなも、ひとづてにパーティーの話を聞いただけなので、だれが考えたことなのか答えることができません。
フラハは安心していました。いくつかの困難はあったものの、パーティーは無事に開催できましたから。
でも、どこか、スノードロップをぬい付ける前のドレスのように、物足りないところがありました。
「そろそろ、ダンスを始めてもいい?」
デンシさんがオウムのような衣装をふるえさせてたずねます。
「あたいも、歌っておどりたい」
ピネちゃんが言いました。
きっと、おどればすっきりするでしょう。
フラハも、今日は上手におどれる気がしています。
これで、ココロ先生にもらったたくさんの「ありがとう」をお返しすることができたのですから。
「ありがとうパーティーを考えたのは、黄色の丘からやってきた、羽の無い妖精の子どもだってうわさ!」
……だれでしょうか!?
パーティー会場を、楽しげな声がはずんで、風のように通り過ぎ去ってゆきました。
フラハは、あわててダンスを始めようとしました。ごまかそうとしたのです。
会場のみんなは、はしゃぎたくてざわついていましたし、今のうわさ話は聞こえなかったかもしれません。
でも、ココロ先生は、フラハのことを真っ直ぐと見つめていました。
だれが計画したのかが分かってしまえば、「ありがとう」と言われてしまうでしょう。
そうすれば、「ありがとう」をもらい過ぎてお尻がむずむずしていたのを解消することができません。
フラハは、「でも、ココロ先生がよろんでくれたなら、それでいっか」と思いました。
ところが、ココロ先生は「ありがとう」と言わずに……瞳から涙を流し始めてしまったのです!
フラハは、どうしたらいいのか分からなくなりました。
ココロ先生を笑顔にしてあげるためのパーティーだったのに、泣かせてしまったのです。
こんなに、がんばって、みんなでやったのに、泣かせてしまうなんて、どこかで大きなまちがいをおかしてしまったのかと、心臓から身体の全部がこおっていって、ふらふらとくずれ落ちそうになりました。
何が悪かったのか、たずねなければならなかったのですが、砂の妖精は、自分のいるべき砂嵐の中に帰らなければいけないと強く思いました。
小さな砂山が竜巻で吹き飛ばされるように、粉々になってしまいたい、そんな気持ちでした。
「どうして泣いているの?」
小さな男の子が、スノードロップドレスのすそを引いてたずねます。
トムの“どうして病”です。
フラハにはどうしても聞けなかったので、助かりました。でも、同時に、聞きたくなんてありませんでした。
「ひとは、よろこびのあまりに泣いてしまうこともあるのよ」
ココロ先生は答えると、花びらが風に流されるように、フラハの前へとやってきました。
「あなたは、知らなかったのね」
やさしい――いいえ、どこか悲しい声――がしたかと思うと、フラハは温かくて甘い、ミルクのような、花のような香りに包まれました。
そうして、ドレスのサイズがぴったりだったことや、先生が本当にうれしさのあまりに泣いてしまったことを知ったのです。
――かちり。
どこかで音がしました。そして、フラハもまた、泣いていました。
ですがそれは、悲しいわけでも、先生と同じでうれしいからというだけではありませんでした。
フラハはしばらくのあいだ泣きました。
ほんのささいなにわか雨です。でもそれには、ふしぎな長い物語を聞き終わったかのような、よいんがあったのでした。
「ココロ先生、大好き」
「わたしも大好きよ、フラハさん」
ぎゅっと抱き合い、身をはなして、おでこやほっぺを合わせます。
そうすると、ふしぎなよいんが消え去り、どこからか、真新しい本を開いたときのようなにおいが鼻にとどいたのでした。
ずっとずっと、こうしていたい。
そういう気持ちでした。
ところが、ココロ先生はいきおいよく離れてしまいました……。
「フラハさん!」
先生はやっぱり笑顔ではなく、目をまんまるにしてしまっています。
「あなたの背中!」
ココロ先生の手が、フラハのワンピースの背中をなでました。
すると、なぜか、背中の……みょうです。背中の先っちょというべきでしょうか、今まで感じたことのない場所をくすぐられた気がしたのでした。
「わたしの背中が、どうかしたの?」
「羽が生えているのよ。まだ小さい、つぼみのような羽だけど」
「本当!?」
「本当です!」
先生がもう一度なでると、羽の先からうれしい気持ちがあふれ出て、フラハの全身をかけぬけました。
それから雨の音――ちがいます、はくしゅのかっさいです!
「おめでとー! フラハちゃんもやっぱり妖精だった!」
ムギちゃんがダッシュで飛びこんできます。
フラハはムギちゃんを受け止めて、ココロ先生もろとも、こねこねしてやりました!
それから、ふたりにたっぷりと仕返しをされました!
「へっ、これでフラハも正真正銘、おれの仲間ってわけだ」
いちばん大きなはくしゅをしているのは、手ぶくろの妖精のグロブさんです!
やがて、祝福の雨がやみ……パーティーが始まりました!
「さあ、おどろうじゃん! しめっぽいのは終わり!」
だれかがフラハの手を取りました。パイナップル頭の妖精、ピネちゃんです!
フラハはふと、かのじょの手から教科書をはたき落としたことを思い出します。
「ピネちゃん、この前はごめんね」
「この前? あー、あたいは気にしてないよ。なんてったって、頭が常夏だからね!」
「そっか、ありがとう!」
フラハがお礼を言うと、ほかのくだものの妖精も「ありがとう」とか「ごめんね」とか言いながらやってきました。
「でたらめなので、ありがとう!」
赤い服を着た妖精のオレッ……プルッパさんが言いました。
「わたしこそありがとう!」「おれもサンキュー!」
プリッピーとオレッポもお互いにえしゃくをします。
それから、辺りのだれかれ構わずに、えしゃくとありがとうをし始めて……それがどんどんと伝染して……なんだかそういうダンスみたいになりました。
「おどれば楽しいじゃん?」「そうね!」
妖精たちはでたらめに手足を動かします。
それは、いやなことや面倒ごとをいっさい寄せつけないステップでした。
「こらこら、ぼくよりも上手におどるなよっ!」
デンシさんがぷりぷりと対抗してステッキをふりふりします。
そして、ダンスの妖精の魔法の合図がぱちんと鳴らされ、大人も子どもも、けものも鳥も、かけっこ好きも運動おんちもプロダンサーになります。
バケリおばさんなんて、さっそく料理をつまんでいたので、両手にサンドウィッチとジュースを持って、もぐもぐしながら足だけコサックダンスです。
「ダンスもいいけど、わたしたちのプレゼントも見てよ!」
けものたちはラインダンスをひろうしながら、木の実やキノコの盛り合わせですとか、花のかんむりなんかをココロ先生にささげてゆきます。
「贈り物は、料理とドレスだけじゃないぜ!」
声をあげたのは、鍛冶屋の息子のリーデルくん。
かれのひきいる、通いの子どもたちのチームは、ドレスとは別の贈り物をしたくしていたのです。
「じゃーん! これを見ておどろけーっ!」
なにやら、布のかけられた木のそばに子どもたちがいて、一斉に布を引っ張りました。
あら? 木ではなかったようです。これは何か、人のかたちをした……りっぱな羽の生えた……妖精のかたちをした……。
「ココロ先生の像だよ! 今日からこの森と草原のあいだに置いて、ここを“ありがとうのさかいめ”と名付けることにしよう!」
ココロ先生に似せて作った、森の木に負けない背丈の像!
子どもたちとリーデルくんのご両親が用意したものだそうです。
「わ、わあ! うれしいなあ!」
ココロ先生は口の前で両手を合わせて笑顔になりました。でも、ほっぺたと耳が赤くなっています。
それを見てフラハは、くすくすと笑いをもらしてしまいました。
さいわい、ドレスほどぴったりそっくりというわけではなかったようですけど、これはなかなかのものです。
「ぼくのパンを使った、お料理も食べて!」
トムが持ってきたパンには、ドレスに似た花びらと、宝石みたいなくだものが乗っています。
そのふたつのかがやきを、焼き立てパンとすてきなバターの香りが包みこんでいて、はなれていてもよだれがでてきそうです。
ココロ先生は「あーん」をして食べさせてもらったあと、トムを抱きあげてぐるぐると回転しました。
スノードロップのスカートがふわりと花開きます。
「おいしかった?」
「とっても、おいしかった。わたし、今、とーっても幸せよ!」
ココロ先生がそう言うと、またも歓声と拍手の嵐です。
今日の緑の丘は、晴れたり嵐になったり、おおいそがしです。
そして、そのすてきなお天気は、その日いっぱい続きました。
日がしずんで、夜がふけて、みんなが遊びすぎのふらふらになるまで、ずっとずっと続いたのでした……。
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☆妖精の世界のひみつ、その二十一☆
「みんな、ココロ先生のことが好きだけど、ココロ先生もみんなが大好きってうわさ!」




