デザイナーとモデル
元気を取りもどしたフラハは、翌日から、ココロ先生のドレスづくりに精を出しました。
まずは、季節外れのスノードロップを、野菜畑のおじさんにたのんで、球根ごと植木鉢に移しかえてもらいます。
それを、ミシンの妖精のネーマシーネさんのところへ持って行って、デザインを考えます。
フラハとトムは、当初はふたりだけでココロ先生に似合うドレスを考えていたのですが、やっぱりふたりだけの意見では自信が持てなかったので、“かぜはなの家”のほかの子にも力を借りることにしました。
モモは、たまにココロ先生に似合うドレスについて考えていましたし、イメージしたものを伝えあうには、マルティン画伯の力が必要不可欠でした。
クローディアには、ドレスの件だけでなく、パーティー全体として、ココロ先生に気付かれないように、裁縫店や鍛冶屋などの、パーティーのしたくをしている拠点に寄る必要が無くなるように、おてつだいなどで立ち回ってもらいました。
小さなトムにも大役がふたつあります。
ひとつは、“ココロ先生に甘えること”です。
トムが「眠い……」と言って目をこすると、ココロ先生が部屋で寝かしつけてくれるのですが、トムが寝たふりをしておけばココロ先生のほうが先に眠ってしまうので、“かぜはなの家”で準備を進めたいときには、その手を使ったのです。
もうひとつは、パン作りです。
パーティーに出す料理のひと品として、トムの作ったパンを使った料理を出すことにしました。
まだ小さなトムが主役でパン作りをするのですが、フラハやムギちゃんが助手としておてつだいをしましたし、それから、イーストさんの特別の魔法がかかった粉でふくらませるので、パーティーの当日まで焼きたてと同じ状態で保管しておけるので、万事ばっちり上手にできました。
ただひとつ、問題がありました。
作ったのが白パンで、あまりにもふかふかのふわふわにできてしまったために、トムが「ココロ先生は、パンを、ふとんやまくらと、まちがっちゃうかも」と言ったのです。
ばかげた話かもしれませんが、“かぜはなの家”の子たちはちょっぴり不安になりました。
わたしも不安です。みなさんはどうですか?
さて、緑の丘やそのご近所では、ちゃくちゃくと準備が進められていきます。
ドレスづくりのほうも、おおよその案がまとまって、試作品が完成しました。
ところが、ここで難題が持ち上がりました。
ココロ先生のドレスのサイズが不明なのです。
ココロ先生のタンスから拝借してきた衣装から、だいたいのサイズは推測できたのですが、やはり、格好良くすてきに見せるためには、身体に合わせて腰回りをつめたりしなくてはいけません。
ほかのドレスのサイズは、あくまでそのドレスのサイズなのです。
だれかが代わりに試着するにしたって、フラハや子どもたちでは背丈がちっとも足りませんし、ネーマシーネさんは背は近くて美人なものの、やせすぎでした。
となれば、ココロ先生に似た体型の女の人をスカウトしてくるしかありません。
裁縫店のフィーユちゃんのご両親いわく、丘のふもとの村や、“フクロウのいびき”の向こうの村にはふさわしい女性はいないとのことです。
かれらは、このふたつの村の服の仕立てや修理を受け持っているので、おおよそのサイズに詳しいのです。
このお店の台帳にのっている数字だって、あくまでも特定の身体の部分の太さだけしか分からないので、それだけでは不十分なのでした。
残るは、港町ということになります。
港町なら、村よりもたくさんの人がくらしていますし、遠くの土地からの人の出入りもあります。
『お願い、フラハ。わたしも連れて行って』
出かけぎわに、植木鉢のスノードロップが言いました。
モデルになっているあいだはずっとだんまりだったのに、急に話し始めたので、フラハは少しおどろきました。
理由をたずねると、『海を見てみたいわ』とのことでした。
今日はお買い物に行くわけではないので、荷物の心配はいらないでしょう。
「スカウト隊、行ってまいります」
フラハは、植木鉢を小脇にかかえて、いかめしい顔をして裁縫店のみんなにあいさつをしました。
「けんとうを祈ります」
クローディアが代表して、直立不動のしせいで送り出します。
港町は丘から少し離れていて、人も多く、迷子になりやすいので、子どもだけで行くには難易度が高い場所です。
そこで、子どもでも妖精であるフラハと、大人でココロ先生の助手でもあるサイディアさんのふたりで、スカウト隊を組むことにしたのでした。
港町へ向かう道中では、多くの人や妖精、それから動物たちに遭遇しました。
たとえば、脱毛の妖精のカルヴィーツィエが道ばたで、知らないおじさんの毛をむしっているところ。
かれが言うには、今回は役目としてではなく、“脱毛の妖精のふり”をしているのだとか。
その抜いた毛を使ってかつらを作り、“ありがとうパーティー”でおしゃれをするんですって。
フラハは、知らないおじさんの肩を叩いて「大切なことなのよ」とはげましておきました。
次に会ったのは、ムギちゃんです。
かのじょは汗だくで、編みパンのような三つ編みをあばれさせながら、走っていました。
「そんなに急いでどうしたの? いける?」
「いけないの。このままじゃ……」
ムギちゃんは息も絶え絶えです。
「事件ですか? 大人の力が必要ですか?」
サイディアさんの眼鏡がきらりと光ります。
「あのね、イーストさんが、パーティー用のケーキの試作品をたくさん作ったの。わたしとお母さんがそれを食べていたのだけれど、お母さんが……」
話すのも苦しいらしく、ムギちゃんは言葉を切りました。
もしかして、バケリさんがケーキを喉に詰まらせて倒れてしまったとか……?
フラハは、少し前に夕焼けの丘でトムとしたおしゃべりを思い出しました……。
「お母さんが、こんなにケーキを食べまくっていたら、あんたはあたしそっくりになるにちがいないさね! って笑ったの! あたし、いやよ! お母さんみたいに大きくて太っちょになるのは!」
ムギちゃんは、そういうわけで、食べたぶんをやせるためにダイエットにはげんでいたのでした……。
じっさい、パーティー用のおしゃれな服が少しきつくなっていたそうです。
フラハは、もしも、ムギちゃんがバケリおばさんそっくりに太ったら、「こねこねしがいがありそうね」と、ついつい見えないパン生地をこねる手つきをしてしまいました。
「その手、何してるの?」
「これはね……、なんでもないの。わたしたちは今から、ココロ先生のドレスのサイズ合わせにぴったりな大人をさがしに行くの」
「大人ならいいの? お母さん呼んでくる?」
「とんでもない! ドレスがやぶれちゃう!」
「あっ、そうだね。とんでもないね。走りすぎてて、そんなことも分からなくなっちゃったよ……。じゃあ、あたし、ダイエットがあるから……」
ムギちゃんが走り去ります。フラハは「ほどほどにね」と言って見送りました。
パーティーのことで走り回っているのは人間と妖精ばかりではありません。
森のクマとキツネは、果樹園や野菜畑に負けない食材を集めるために情報交換にいそしんでいましたし、小鳥たちは、かしの木に集まって、パーティー会場の食べこぼしをいかに上手に片付けるかの会議を開いていました。
みんな、じつにいきいきと楽しそうです。
フラハはうれしくなってきました。
自分の思い付きが広がって、パーティーが始まる前から、丘にあふれんばかりの幸せをまねいていたのですから。
うわさ話の妖精だって、こんなすてきな話ばかりを広めてくれたら良いのに……おっと、これはココロ先生にはないしょなので、広めてもらってはこまるのでしたね。
……おや? こまるといえば、こまった子の代表が向かいから歩いてきます。
作り話の得意なミミクです。
ここのところ、作り話でも面白い話しかしなくなっていたかれですが、今日は何やら様子が変です。
なぜなら、口に布をぐるぐる巻きにしたうえに、スケッチブックを持って歩いているのですから。
「ミミク、今日は何をやらかしたの?」
フラハはたずねます。
ミミクは眉をひそめて、口の布を指差したあとに、スケッチブックに何やら書きました。
……「今日はまだ、何もやらかしてないもんね!」だそうです。
ミミクは続けて、スケッチブックに文章を書きます。
どうやら、かれは、よけいな作り話をして、ココロ先生にパーティーのひみつがばれないようにするために、自ら口を封印したというのです。
「えらいわ。ミミク」
フラハは感きわまって、手を差し出しました。
しかし、ミミクは首をふり、「パーティーはまだだもんね」と、スケッチブックで決意を表明しました。
「りっぱになりましたね。パーティーが終わったあかつきには、ぜひ、ぼくとも握手をしてください」
サイディアさんも感動したようです。
「じゃあ、がんばって。わたしも試着のモデルさがしをしに、港に行くの」
フラハはミミクに別れを告げ、旅路を急ごうとしました。
ところが、ミミクがフラハの手を引いて引き止めました。
何やら、伝えたいことがあるようです。
サイディアさんが、ミミクのスケッチブックを読み上げます。
「ええと、なになに……。ぼくのパパは、港で働いてるんだ。パパは、ぼくにいつも、港で観察したきれいな女の人の話をしてくれるから、知っているかもしれない! だって!」
「ありがとう! あなたはスカウト隊の名誉隊員だわ!」
フラハたちは大きなてがかりを手に入れて、港に向かう足取りを軽やかにしました。
港町は、おだやかでのんびりとした村や丘とはちがって、たくさんの人が行き来していて活気にあふれています。
家よりも大きな船から、木箱や樽を下ろすたくましい男の人のすがたや、ちょび髭を生やした商人が金縁のじゅうたんを広げるすがたがあります。
町に家を持つ人々も、村の人々よりもおしゃれな服を着て、少し気取っているように見えました。
ここなら、試着に相応しい女性も見つかるはずです。
まずは、ミミクのパパの働いている事務所に行くことにしました。
かれは、貿易関係のむずかしい仕事をしているのです。
ミミクの作り話の材料の輸入先には、パパが仕事で聞いた話もふくまれているのですね。
「ミミクのお父さん、こんにちは」
「おや、これはフラハさん。いつも息子がお世話になっています」
ビジネススーツでばっちりと決めたパパが、礼儀正しくえしゃくをしました。
事務所では、同じようにスーツを着こんだ人たちが、ペンを武器に書類を相手にふんとう中です。
「何かご用事でしょうか?」
「ええと、フラハさん。ぼくがかれにたずねてみますね」
サイディアさんが買って出ました。
きっと、かれも活躍がしたいのでしょう。フラハは一歩下がって、それを返事としました。
サイディアさんは、なぜかふつうに話さずに、ミミクのパパに耳打ちをしました。
すると、パパの顔は見る見る赤くなって、仕事の仲間のことを見回したのです。
「それは、どこで聞いたんですかな?」
「ええと、うわさ話の妖精からです」
おや、話がちがいます。情報源はミミクです。なぜ、うそをつくのでしょうかね。
「それで、その妖精はどこへ?」
「かれは風のようにすぐどこかへ行ってしまいますから、もう遠くに行きましたよ」
「そうか、それは良かった!」
ミミクのパパは「わはは」と笑いました。
「だが、残念なお知らせがある。きみたちは、ココロ先生と同じくらい美しい女性をさがしているようだが、それはこの港町にくる旅人をふくめたどこにでも……ええと、わが妻をのぞいてほかにはおらん。そして、妻はココロ先生よりも美人なかわりに、背が少し小さいから、フィッティングモデルにはなれないだろうね」
「別に、ぶすでもいいわ」
フラハは言いました。それと、ミミクのママを見たことがありましたが、ココロ先生のほうがきれいだと思いました。
「だが、わたしはその、不細工な……ごほん! 季節外れの花には、くわしくないのだよ」
「そうですか。ご協力、ありがとうございました」
フラハたちは気を取り直して、港町で観察や聞きこみ調査をしました。
ですが、だれもがココロ先生と背丈や体格がちがいましたし、髪の長さなども合わないのです。
美人なかたもそれなりにいましたが、やっぱり、ココロ先生のあの春色の長い髪や、ふわふわとした雰囲気まで似た人はひとりもいないのでした。
いっぱしのデザイナーになっていたフラハは、理解してしまいました。
背かっこうが似ているとか、美人だというだけでは、モデルは務まらないのです。
服と着る人の両方を合わせて作品なのです。百点満点のドレスを作るためには、ほかの人ではだめなのです。
もはや、港も町もみんな用無しでした。
とんとんびょうしに行っていた計画に、雨雲の気配が近付いてきました。
一方で、港町のお昼の空は太陽がさんさんとふり注いでいて、海もこれでもかというほどにかがやいていて、いやみに思えます。
『さっきのひと、失礼しちゃうわ。季節外れの花を、ぶすのたとえに使うなんて! 確かに、あまりきれいには咲けないけれど……』
植木鉢のスノードロップが声をあげました。
「元気を出して。あなたはとってもすてきだわ」
『ありがとう。でも、かれの言う通りでもあるの。本当の季節と場所でなければ、花は真の美しさをはっきすることができないの。それは、お花の世界では常識なの。だからわたしは、ほかのお花とはちがう形でがんばりたかったの……』
スノードロップは下を向いた花びらを重そうに、ふにゃりと茎をしならせました。
「だいじょうぶ? いける?」
『むり。わたし、じきに死ぬわ。しおれてきたもの……』
「そんな、こまるわ! まだ、ドレスは完成していないのよ!」
フラハは植木鉢に向かってよびかけます。
風が吹くたびに、白い花は土に近付いていくようです。
『潮風がこんなにつらいものだとは知らなかったの。でも、最後に海が見れてうれしかった』
「しっかりして! まだ、モデルの仕事は終わっていないのよ。完成したドレスをココロ先生が着てよろこぶのを見届けるまでが、わたしたちの仕事なの!」
フラハにはスノードロップが友達のように思えたのでした。
スノードロップは、ほとんど植木鉢ですましていただけでしたが、みんながデザインを考えるあいだ、何度も見つめられて、ほこらしげに咲いていたのです。
そんなスノードロップを見て、フラハもまた同じようにほこらしい気持ちになっていたのでした。
だから、分かったのです。スノードロップだって、ここで散ってしまいたくなんてないのだと。
「サイディアさん、急いで帰ろう!」
フラハは返事を待たずに走りだしました。
潮風が追い付けないように、猛然と走りました。
走るフラハの髪は風に乗り、海色を追いこして、春の始まりにおこる嵐のように流れてゆきました。
途中で、へばっていたムギちゃんを追いこし、脱毛の妖精を感動させて、裁縫店へと急ぎます。
「お願い、スノードロップさん、死んでしまわないで。わたしといっしょに、ココロ先生を幸せにして!」
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☆妖精の世界のひみつ、その二十☆
「フラハさんの風色の髪は、そのときの風もようや気分によって、いろいろな色になるようですね」




