どうしてきたの?
自己紹介を無事に終え、「羽が無くてもおかしくない」と言ってもらえたフラハでしたが、じつはちょっとだけ面白くありませんでした。
羽の生えていない妖精だとしても、フラハは故郷の黄色の丘では、立派に妖精としての役割を果たしていたのですから。
妖精にはそれぞれ担当する仕事があるものです。
例えば、パンの妖精でしたら、パンをふくらませたり、パンを配ったりするのが仕事で、リンゴの妖精なら、リンゴの木をお世話して、秋には実を赤くそめ上げる仕事があります。
変わったところでは、あなのあいた長ぐつの妖精や、脱毛の妖精なんていうものもいます。
この世界では、草木や物、色々なできごとのひとつひとつに、妖精がいるかもしれないのです。
フラハは砂の妖精なので、砂が山積みになった黄色の丘で、さがし物や道案内をしていました。
黄色の丘は目印の無い砂漠なので、喉のかわいたラクダをオアシスまで連れて行ったり、迷い込んだ旅人を丘の外まで案内したり、砂の中に落としてしまった“失せもの”をさがすのを手伝ったり、暑くて参ってしまったトカゲに、よく冷えて気持ちの良い砂山を教えたりしてきたわけです。
フラハは、こまっている人を放っておけない性格なので、いつでもだれかを助けていました。
黄色の丘ではたったひとりの妖精で、みんなにたよりにされていたので、「羽が無い」と言われるのは、「おまえは妖精じゃない」と言われたみたいで、胸に何かがつっかえたようになってしまったのですね。
「ここの子どもたちや妖精は、先生に色々なことを教えてもらっているくせに、ずいぶんとえらそうだわ」と少し腹も立ってきました。
それでも、子どもたちが遠くからやってきた新しい友達のことを聞きたがって、たくさん黄色の丘のことについてたずねたので、フラハは得意になってきました。
新しく“かぜはなの家”に来る子どもは、だいたいが緑の丘のふもとの村や、“フクロウのいびき”というの森の向こうの村に住んでいます。
でも、フラハのくらしていた黄色の丘は、森をこえて、海をわたって、それからまた、いくつも山や森を通り過ぎたところにあるので、子どもたちはフラハがどんなくらしをしているのか、考えても分からないのでした。
そんな遠くの地で、親切なしっかり者としてやっていたフラハが、どうしてこの“かぜはなの家”に来ることになったのか、気になるかたも多いでしょう。
子どもたちもその点に気が付いて、同じ質問をしました。
ところが、質問をされたフラハは口ごもってしまいました。
なぜならフラハは、自分が“かぜはなの家”に来た理由が、ずいぶんと格好の悪い事情で、自業自得というものだと思っていたからです。
ある日、いつものように黄色の丘でおてつだいをしていると、見たことのない男の人の一団とでくわしました。
かれらは“砂金”をさがす人たちで、黄金にかがやく黄色の丘にも砂金が無いかと考えてやってきたのです。
ところが、丘にあるのは、本当にただのしみったれた砂ばかりでしたので、骨折り損のくたびれもうけとなっていたのです。
そのうえ、例によって例のごとく、迷子になって干からびかかっていたのでした。
もちろん、フラハはかれらをオアシスまで案内して、それから、帰りの方角もしっかりと教えました。
ところが、男たちのひとりが、フラハが砂の妖精だと聞いて、「黄金の砂である砂金の場所も見つけられるのではないか」と言いました。
また、別のひとりは「いや、羽が無いから妖精なのはうそだろう。子どもの想像だよ」と言いました。
これまた別のひとりは「妖精でも羽が無いやつもいるし、大人になれば生えてくるやつもいる」と言います。
フラハは、道案内や失せものさがしが大得意ですから、「任せて! いける、いける!」と自信満々に言いました。
自分の役目だったから、ということもありますが、男の人たちは本当につかれた顔をしていて、とてもかわいそうに思えたのですね。
こうして、フラハは砂金さがしの一団と共に丘を出たのですが……思いのほか、砂金さがしは難しくて、どこをさがしても見つからず、川できらきらしたものを見つけたと思ったら、よく似ているだけの“まがいもの”だったりしたのでした。
男たちはがっかりしました。
見つけられないのでは仕方がないので、フラハにはお礼をして黄色の丘に帰ってもらおうと話をしていたのですが、砂金をあきらめきれない男もいて、言い争いになってしまいます。
争いは言葉だけでなくなり、相手をゆさぶったり、こぶしでたたいて分からせたりの大乱闘になりました。
背の高い大人の男のけんかです。砂漠のトカゲやフェネックがするものとはわけがちがいます。
フラハは男たちがおそろしくなって、だまって逃げ出してしまいました!
逃れたのはよいものの、こまったことに帰り道が分かりません。
でも、こわい人たちからはなれたことで元気を取りもどして、「せっかく、黄色の丘から出たのだから、丘のみんなにおみやげ話をこしらえよう」と、外の世界を探険することにしたのでした。
帰り道だって、探険をしているあいだに見つかるに違いありません。
フラハは「だいじょうぶ、いけるいける」とひとりごとを言いました。
はい。「やめとけばよかったわ……」と思ったのは、おひさまがかたむいたころですね。
ただでさえ、自分がどこにいるのか分からないうえに、暗くなってくると景色はさらにちがったものになり、ちょうど森にさしかかったところだったので、コウモリが頭の上をうるさく「きーきー!」とわめいたり、ミミズクが不気味に「ほーほー!」とおどかしたりしてきたのです。
これはあとから気が付いたのですが、コウモリやミミズクはめずらしいお客さんに興味があって声をかけただけで、別にいじわるをしたわけではなかったようです。
だから、かれらに道を聞けばよかったのですが、あとのまつりというものですね。
暗い道を必死に走って逃げたので、くらしていた黄色の丘は、はるか遠くとなってしまいました。
フラハは明るくなってから、人のたくさんいる町へ行きました。
おひさまが出れば元気も出ますし、森での失敗もちゃんと考えていましたから。
ところが、町の人に黄色の丘の場所をたずねると、「どの黄色の丘のことだい?」という答えが返ってきました。
なんということでしょう。黄色の丘は世界にたった一つの場所ではなかったのです!
こうなったらお手上げ降参というものですが、町の人から「船で海をこえればどんな遠くにも行ける」という話を聞いたので、フラハは「これだ! いけるいける!」と思って、船に乗せてもらうことにしました。
船は水にうかぶ大きな木の家のようなものでしたが、やたらとゆれて居心地の悪いものでした。
フラハは船の上に出て外を見ると、おどろいてしまいます。
なんと、辺り一面が、ずっとずうっと遠くまで水なのです。
え? あたりまえだって?
じつは、フラハは、海というものを知らなかったのでした。
見たことのある水場といえば、砂漠のけちくさいオアシスと、砂金の出ない浅い川くらいのものでしたから。
それでようやく、帰る手段をまちがったことに気が付いたものの、一度出航した船は風任せなので、引き返すことができません。
もっと悪いことに、船の行き先も確かめずに乗りましたし、乗った場所の名前すらも知らないので、船がどこかに着いても、戻るための船すら分からなくなってしまいました。
迷子になったうえに、船にゆられ続けてふらふらになったフラハは、見知らぬ波止場にほったらかしにされた木箱の山の上で、膝をかかえて泣きました。
そこを通りがかったのが、港町へお買い物にやって来ていた、ココロ先生なのでした。
先生は木箱の上にすわったフラハを見つけると、かのじょの頭をやさしくなでて、「どうしたの?」と聞いてくれたので、フラハは自分のしでかした失敗をあらいざらい話したのです。
そうして、ココロ先生の提案で、フラハは自分の黄色の丘の場所が分かるまで、“かぜはなの家”でお世話になることになったのでした。
「フラハちゃんはどこから来たの?」
男の子が聞いています。
「黄色の丘よ。おひさまが元気で、一面ぴかぴかの砂のきれいなところなの」
「黄色の丘なんて知らない。どうしてここに来たの?」
「えーっと……」
道案内と失せものさがしの得意な砂の妖精が迷子になったなんて、口がさけても言えませんでした。
「聞いたらかわいそうだよ」
ほかの男の子が言います。
「“かぜはなの家”に住む子は、お父さんとお母さんがいない“みなしご”ばかりなんだから」
「そっか、ごめんね、フラハちゃん」
男の子は謝ってくれましたが、フラハは「失礼ね」と思いました。
確かに自分にはお父さんもお母さんもいません。見たことも聞いたこともありません。
初めからいなかったので、自分がかわいそうだと思ったことなんてなかったのです。
「ちがうわ。わたしはみなしごなんかじゃないし、妖精なんだから!」
フラハがおこったように言ったので、男の子のかたほうは砂の中のトカゲのように固まってしまいました。
「じゃあ、なんで来たんだよ!」
もういっぽうの男の子が、負けじと大きな声で聞きました。鼻水をたらしたままのくせになまいきです。
「わたしは、ココロ先生のおてつだいをするために来たの!」
フラハは言ってやりました。
すると、男の子はココロ先生のほうを見て、「先生、本当?」とたずねます。
どうしてそんなことを言ったのか、フラハは自分でも分かりませんでした。
ココロ先生とそんな約束はしていなかったのです。
ずっとにこにこしていた先生も、目を丸くしてしまっています。
たずねた男の子は目を三日月のように鋭くして、「フラハちゃんはうそつきなの?」と聞きました。
これからここでやっていくのに、うそつきと思われてはこまります。
ところが先生が、「フラハちゃんの言うとおりですよ。フラハちゃんはわたしのおてつだいをしてくれますよ」と答えてくれたので、フラハは胸をなで下ろしました。
ですが、先生はにこにこ笑顔には戻りません。
フラハがこまったときと同じくらいに眉毛をよせて、小さな声で「うーん、うーん」と、うなっているのです。
それから、フラハは子どもたちに「おてつだいをするために来たなんて、さすが妖精だ。えらい!」とほめたたえられて大人気になったのですが……。
ココロ先生がこまった顔のまま、「フラハさん、ちょっと先生の部屋に来てくれませんか?」と言ったときには、さすがのフラハも「いける、いける」とは思いませんでした。
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☆妖精の世界のひみつ、その二☆
「妖精は、大切な役目や、誰かに親切をするためにいるのよ」