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風吹く、あの緑の丘へ  作者: 鳥遠かめ
3.すてきな思い付き
19/42

トムとフラハ

 フラハは重い足取りで丘を登ります。

 髪をゆらす風も止まり、かのじょの風色の髪は“どどめ色”になってしまっていました。


 反対に、はるか彼方(かなた)の海に向かってしずみ始めた太陽は、丘と風車を照らし、緑の()える丘を、赤に燃える丘へとぬりかえて、とてもきれいでした。

 フラハの季節色の瞳は、それを見るのがいやというふうにまぶたにかくされ、少しだけ開いたすき間から、ゆがんだ地面を映すばかりです。


 もう、帰る時間です……。


 帰れば、“ありがとうパーティー”の計画を知ったココロ先生に「ありがとう」とか「うれしい」とか言われるでしょう。

 ついでですから、ドレスのプレゼントを用意していることもばらしてしまいましょう。

 そうすれば、ココロ先生はもっと「楽しみ」になるはずですから!


 でももう、「ありがとう」はお腹いっぱいでしたし、期待されるのもうんざりでした。

 フラハは、そんなふうに感じる自分を、自分勝手で、とてもいやな子だと思いました。


 そして、自分が本当はなんの妖精なのか、分かった気がしました。

 分かったといいますか、決めてしまえばいいのです。

 妖精の教科書だって自分で書くのですから、自分がなんの妖精なのかも、決めてしまっていいはずです。


 フラハは、砂の妖精ではなく、“親切なふりの妖精”です。

 親切なふりの妖精は、親切なふりをするのが役目で、ちょうど、黄色の丘でみんなにあれこれとたのまれていたのを引き受けていたように、やりたくもないことを引き受けて、「ありがとう」がなくてもすましているのです。

 それから、できもしないことや、やったこともないことでも、できるふりをして引き受けます。

 親切なふりをしているので、相手は親切だと思ってくれていて、失敗をしても許されるのです。

 黄色の丘のみんなは許してくれないことも多かったのですけど……。

 いっそのこと、わざと失敗をして、ぬかよろこびをさせたほうがいいでしょう。あくまでも、“ふり”なのですから。


 帰ったら、教科書のためのノートを用意して、第一ページ目には“できなくても「いける」と答えろ”と書かなくてはいけません。


 さあ、ここまでひらきなおってしまえば、ちょっとは気が晴れます。

 楽しくなってきたということは、それが本当の自分にちがいありません!

 きっと、魔法も芽生えてくるでしょう!


 ……ということを考えながら、フラハは丘の原っぱを、どしどしと力いっぱいふみつけて登りました。


「ぎゃっ!」


 何かぐにゃりとしたものをふみました。カエルのつぶれたような悲鳴です。


「痛かった……」


 足元を見ると、べそをかいたトムが寝転がっていました。

 小さなトムが原っぱの中で寝転がっていたら、気付くのは無理ってものです。


「ごめんね。どうして、こんなところに寝ていたの? 泣かないで」

「泣いてないよ」

 そう言うトムのほっぺは、夕陽が照らして、涙の川のあとが光っています。


「泣いてるわ。痛かったのでしょう?」

 フラハはかわいそうやら、申しわけないやらで、トムの頭をなでてやりました。

 ですが、その手はふりはらわれてしまいます。


「さっきまで、泣いてたの。フラハお姉ちゃんは、悪くないよ! ほかのみんなが、いじわるなんだ!」


 トムはおこったように言います。


 事情を聞いてみると、こういうことです。


 トムはココロ先生とパンカフェでお茶をしていましたが、ココロ先生がほかのお客さんたちの相手ばかりをするのでたいくつになって、フラハと同じように、自分もおてつだいをしようと、パン工房に入ろうとしたらしいのです。

 ですが、バケリおばさんにも、イーストさんにも止められてしまい、面白くなくてパンカフェを飛び出したのでした。


「まだ小さいから、おてつだいはだめだって言う! どうして!? フラハお姉ちゃんもムギちゃんも、小さいのに!」

 トムはかんかんです。


「失敗して、パンカフェのお客さんにめいわくがかかっちゃうからよ」

「ぼくだって、ココロ先生においしいパンをごちそうしたい!」


 フラハは、黒パンを食べたココロ先生を思い出して、それができないトムがかわいそうになりました。

 だれかの幸せそうな顔を思い出して、だれかがかわいそうになるなんて、でたらめです。


「そうだわ。おてつだいじゃなくて、トムが主役でパンを作りましょう。それで、ココロ先生にプレゼントをするの」


「ぼくが主役で!?」

 トムの顔が、ぱっと明るくなります。


「そうよ。“かぜはなの家”のキッチンで作りましょう。それなら、カフェのお客さんにはめいわくがかからないわ」

「でも、失敗したらどうしよう。おいしくないかも……」

「わたしも、心配だったの。でも、おいしくなってくださいって、お願いをしたらいけたわ」

「フラハお姉ちゃん、手伝ってくれる?」


「まかせて! いける、いける!」

 フラハは力強く言いました。


 なにせ、親切なふりの妖精ですから。

 パンカフェでのことが上手くいったのは、ぐうぜんで、お願いなんかでパンがおいしくなるなんてことが無いのは、百も承知(しょうち)のことでした。

 「おいしくなあれ」の呪文は、あくまで気分の問題です。


「フラハお姉ちゃんは、親切だ」

 トムは言います。親切なふりの妖精の思うつぼです。


「それに、やさしいから、大好き」

 可愛いトムは、フラハにぎゅっとだきつきました。


「そうよ、わたしはやさしいの。わたしも、トムが大好きよ……」


 フラハはすてきな言葉を使いました。

 それなのに、すごく、胸が痛くて、いやな気持になりました。


「みんなはいじわるだから、きらい。クローディアも、モモも、マルティンも、きらい!」

 おや? また、おこり始めましたよ。

「あのね、聞いて、聞いて」

 トムはつたない言葉で説明を始めました。

 親切者の妖精は、それをじっと聞きます。


 パンカフェを飛び出したトムは、とある妖精に出会いました。

 “うわさ話の妖精”です。

 うわさ話の妖精は、緑の丘で流行しているうわさをトムに教えました。

 “ココロ先生、いつもありがとうパーティー”の件です。

 もちろん、トムだって参加したいに決まっています。

 町からもどってきたクローディアたちに、「ぼくも手伝う!」と言ったのですが、これまた「小さいから、だめ」です。


「小さいと、どうしてだめなのって聞いたら、みんな逃げて、かくれちゃった! 面倒をかけないで、なんて言うんだよ!」

 フラハは、ぴんときました。どうして病のことで、みんなはうんざりしているのです。

「ぼくは、面倒なんかじゃない。ぼくはトムだ!」

 トムはその辺に生えていた草を引き千切ると、ぽいと投げ上げました。


「それに、ココロ先生にはぜったいにないしょだから、先生のところにも行くなっていじわるを言うの!」

「それは、ないしょのほうがよろこんでもらえるからよ。うわさ話の妖精は、先生にも話をしたの?」

「うーん……してないと思う。パンカフェのみんながココロ先生ばっかりとおしゃべりをするから、妖精さんは、ぴゅーってどっか行っちゃったもん」


 ココロ先生に知られて、がっかりにはならないですみそうです。

 フラハは「良かった」とつぶやきました。


 ……が、あわてて首をふります。


「それで、すねてここに寝転がっていたわけね?」


「ちがうよ。ぼくね、死のうと思ったの」


「死ぬ!?」

 フラハはおどろきのあまり、気絶しそうになりました。


「どうして、そんなことを?」

「あのね、死んだら、お祝いでしょ? そうしたら、パーティーだもの」

「パーティーならココロ先生のをするでしょう?」


「だめなの。だって、ずるいもん。みんな、先生ばっかり! 死んだら、死んだ人が主役だよ。神父さんが言ってた。死んだら、見えないし聞こえないって。だからぼくは、ここで寝転がって、目と耳をふさいで、じっとしてたの……」


 フラハはとても悲しくなりました。

 ぎゅっと、ぎゅっと胸のおくをだれかに強くにぎられているような気持ちです。


「でも、なかなか上手にいかないの。フラハお姉ちゃん、手伝って!」


 トムがせがみます。フラハは、小さな声で、「いけないわ……」と答えました。


 そうしてまた、自分がでたらめで、よく分からないものだと思えてきました。

 なぜなら、――少し前にも説明をしましたが――この世界では、人は死んだら妖精に生まれ変わるので、わたしたちの世界のように、悲しむことはふつうではないのです。

 妖精は、人間や動物よりもえらくて大切なものとされているので、妖精に生まれ変わるのはおめでたいことなのです。

 それなのに、トムのやろうとしたことを考えて、とめどなく涙があふれてきたのでした。


「フラハお姉ちゃん、悲しいの? お祝いなのに」

「そんなはずないわ」

「でも、泣いてるよ。どうして?」


 トムが背のびをしてフラハの顔に手をのばそうとします。


「トムは大切なことを忘れているわ、死んで妖精になってしまったら、トムはトムではなくなってしまうのよ」


 これも本当でしたが、うそでもありました。


 たとえお祝いだとしても、トムがトムでなくなるなら、フラハは悲しいことだと思います。

 ですが、それ以上に、フラハは自分がどうしてフラハなのか、どうしたらフラハといえるのかが分からなかったから、よけいに泣けてきたのです……。


「本当だ! 死ななくて、良かった! ありがとうね」

 トムは、フラハの両手を取って、大きな大きな笑顔を見せました……。

 夕陽が本当にまぶしくって、トムは燃える光の中に、とけて消えてしまいそうでした……。


 フラハは“ふり”ではなくなってきていました。

 トムに「死んでほしくない」と思ったことと、それから、おたがいに「死ななくて良かった」と気持ちを同じにしたからです。


「ねえ、トム。わたしって、なんの妖精だと思う? 砂の妖精じゃなかったら、の話だけど」

「うーん……」


 トムはむずかしい顔をして考えこみます。


「分かんない。でもね、でもね。フラハお姉ちゃんは、妖精じゃなくても、フラハお姉ちゃんだよ」

「そうね、ありがとう……」


 トムはやさしい子です。

 でも、やはり、フラハが自分でそう思えなければ、足りないのでした。


「だいじょうぶ? いける?」


 トムはフラハの顔を見上げて、心配そうにしています。

 小生意気(こなまいき)に、フラハの教科書記載候補(きさいこうほ)の金言を口にしています。

 フラハは声を出すと、このまま悲しみが終わらなくなる気がして、だまりこみます。

 涙もこぼれてしまわないように、目もぎゅっとつぶりました。


 太陽の残したむらさき色の空気すらも消えて、真っ暗な(やみ)がおとずれます。


 フラハは帰りたくなりました。

 ふるさとの黄色の丘ではなく、“かぜはなの家”に。そこは、フラハの本当の家ではないのに。


 帰りましょう。


 ……悲しみをおしこんで、帰ろうとしたときです。


「元気を出して。すごいもの、見せてあげる」

 トムがかけ出しました。フラハは小さなトムに引っぱられてしまいます。


「そろそろ帰らないと!」「いいの!」

 フラハはやっとのことで注意をするも、トムは止まりません。


「ココロ先生が、うそついてたの」

「うそを?」


 聞きずてならないことです。フラハは、その“うそ”とやらを確かめることにしました。


 そうして、トムに連れられてやってきたのは、“チョウチョのねどこ”の小川(おがわ)にかけられた、小さな橋のそばです。


「見て、お花が()いているよ。これ、冬の終わりのお花だって、先生に習ったのに!」


 トムの言う通り、たったいち輪だけ、小さな白い花が咲いています。

 お花は、元気をなくしたように花びらを下に向けていました。


「スノードロップっていうお花なんだよ」

「しおれてしまっているのかしら?」

「かわいそうだね。お日さまが当たらないから、寒いのかな?」


 フラハはかがみこみ、橋のかげでひっそりと咲く花をのぞきこみます。



『しおれてなんていないわ!』



 声がしました!

 辺りを見回しますが、トムのほかには、白い花以外は見つけられません。

 やはり、この声は……。


「スノードロップ、あなたが口をきいたの?」

『そうよ。さびしかった。だれも見つけてくれなかったし、ようやく、見つけてくれたと思ったら、わたしの声も聞こえない男の子だったんだもの』

「わたしは、たまに聞こえるわ」

『じゃあ、その“たま”のうちに、お願いを聞いてもらっていい?』


 フラハはこれまでに、何度かお花や木の声を聞いたことがありました。

 そして、それらは決まって、同じお願いをするのです。


「種なら、どこかにまいてきてあげるわ。今度、黄色の丘に帰ったときに、オアシスのそばに植えてあげる」

『黄色の丘!? いやよ! 砂だらけになっちゃう。それに、あんなところじゃ、サボテンくらいしか育たないって、うわさ話の妖精が言っていたわ』


 また、うわさ話の妖精です。フラハは、いやになってきました。


「じゃあ、どこがいいの?」

『あのね、わたし、季節外れのお花だから、仲間がいなくて種もできないし、もしも種がまけても、ちゃんと芽が出るか分からないし、ほかの人とちがうことがしたいの』

「ちがうことって?」


『分からないわ。お花って、種をまくか、実をつけるか、食べられるか、さもなくば、かれて死ぬしかないんですもの。でもそれは、わたしっぽくない』

 スノードロップは、つんとすましています。


 フラハは面倒になって、「いっそもう、“親切なふり”すらもやめてしまおうかしら?」と肩をすくめました。

 

「ねえ、お花さんはなんて言ってるの?」

 トムがフラハのワンピースをひっぱります。

「しおれてないって。太陽からもそっぽを向いて、お花のくせに変な子だわ」


『変! そう、わたしは特別なの! えっへん!』

 いじわるを言ったつもりが、スノードロップはよろこんでいます。


「そうかな。ぼくは、すてきだと思う」


「どこが?」『どこがよ?』


「下を向いたお花が、ドレスみたいで可愛いもの。だからね、いつもみんなにないしょで、見に来てるんだよ」


 そう言われてみれば、さかさになった花びらは、ドレスのすその広がったスカートのようにも見えます。



 フラハは、頭の中で雷が落ちたような気がしました。

 「びびっ!」ときたのです!

 その雷が、いっしゅんにして、むらさきの闇も、黄色の丘も、うわさ話や“ふり”の妖精も吹き飛ばしてしまいました。



「これだわ! すごい、やばい、きたわ!」



 フラハは、さらに「いける、いけるわ」とくり返しつぶやきました。

 それから、トムを「あなたはとってもすごい子よ!」と、抱きしめました。


『む、わたしより変な子だわ……』

「ねえ、スノードロップさん! わたし、お願いがあるの!」


 フラハは、お腹をすかせたヤギのようにお花に顔を近付けます。


『お願いをしているのはわたしのほうなんだけど……』

 スノードロップは心配そうに言いましたが、フラハは気にせず続けます。


「あのね、ココロ先生のドレスをデザインしたいのだけど、あなたにそのドレスのモデルになってもらいたいの!」

『わたしが、わたしなんかが、ココロ先生のドレスに?』

「お願いできる?」


『すてき……』

 白い小さな花びらが、風もないのにゆれました。


「ぼくも、手伝う!」

 トムが鼻息をあらくして言います。


「あたりまえよ! トムが見つけたスノードロップなのよ!」

 フラハはそう断言すると、小さなトムを抱き上げました。

 フラハもたいがいに小さかったので、重たいはずなのですが、どこからか力がわいてきてトムは軽々と持ち上がりました。


「あなたのお願い、確かに聞いたわ!」

 フラハがそう言うも、お花の声はもう聞こえませんでした。

 でも、これなら、よろこぶにちがいないでしょう。



「おーい、トム、フラハさん! どこにいるんだーい?」

 遠くから呼び声がします。サイディアさんの声です。



「ぼく帰る……。眠くなってきちゃった」

「そうね、帰りましょう」

「でも、サイディアさんより、ココロ先生がいいな……」

「わたしも。でも、今日のところはがまんしましょ」


 フラハはそう言うと、トムを抱きかかえて、足取り軽く丘を登り始めました。



*  *  *  *


  *  *  *  *

☆妖精の世界のひみつ、その十九☆


「うわさ話の妖精さんはひとのことばかりで、自分のお名前を言ったことがないんだって」

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