パンカフェのおてつだい
パンカフェのお客さんにココロ先生も加わって、お店はいよいよ大盛況のおおいそがしです。
お店の中では、走ってはいけないのですが、ムギちゃんやセイロンさんもぱたぱたと小走りになってしまっています。
バケリおばさんも、つまみ食い用のお菓子とまちがえてお客さんに出す料理をつかんだりしてしまっていますよ。
トムのことはココロ先生が見ていてくれるようですし、ここは妖精のフラハの出番です。
フラハは砂の妖精で、魔法は使えませんが、おてつだいは大の得意。
大好きなムギちゃんも助けられますし、トムを連れてきてお店の中のおやつどきの感じを悪くしたことのおわびもこめて、おてつだいをしようというわけです。
良い思い付きでしたので、フラハはすぐにバケリおばさんに提案しました。
「フラハさんが手伝ってくれるのかい?」
「まかせて、いけるいける」
「それじゃあ、カウンターのおくのパン工房で、イーストさんのおてつだいをしてくれれば助かるねえ」
というわけで、フラハはパンの妖精イーストさんとともに、パン作りに挑戦します。
パン工房の部屋に足をふみ入れると、肌に、じゅっと張り付くように空気が熱くなりました。
フラハは黄色の丘のお昼どきを思い出して、少しなつかしい気持ちになります。
こんなに暑いのは、パンを焼くためのオーブンが二台とも全力で動いているからでしょう。
作業台は、ひどい散らかりようです。
真っ白なパン生地たちが、オーブンに入れる黒い天板で順番待ちをしており、瓶に入った色とりどりのジャムが、あっちこっちに置いたままになっています。
“ローリングピン”なんて、作業台から落っこちそうになっています(ローリングピンは生地をのばすために使う棒で、持ち手の部分が工夫してあって、ころころしやすくなっているので、ふつうの麺棒よりも上等なものです!)。
「わお! フラハおじょうちゃんが、わしを手伝ってくれるのかい?」
あげパンのようなイーストさんの顔も、粉まみれで、まるで砂糖をまぶしたようになっていて、ひどい散らかりようですね。
「わたしも妖精ですから。なんでも言ってください」
フラハはちょっと気取って返事をしました。
「それじゃあさっそく、作業台の上を片付けてくれないかい? ジャムの瓶があっちこっちに行ってしまって、さがすのがひと苦労なんじゃ。ふたも無くなってしまって、せっかくプルッパたちが作ってくれたのに、傷めてしまったら、おこられてしまうよ」
おてつだい上手の妖精は「まかせて」と返事をすると、作業台の上の瓶とふたをならべ始めました。
イチゴ、リンゴ、イチジク、アンズ、ピーチ、パイナップル。ブルーベリーにオレンジマーマレード。
タマリロのジャムにハチミツ。それからチョコレートソース!
どれも似たような瓶に入っていて、ふたなんて全く同じ形状です。
それでもフラハは、ふたのうらについたジャムやソースの色で見分けて、まちがわずにジャム瓶にふたをしていきます。
虹のように並べられた瓶は見ていて気持ちの良いものです。
ジャムが虹なら、パン生地はふわふわの雲といったところですね。
ついでに、ローリングピンはのばす前のパン生地のそばにもどしておきましたし、よごれてしまった布巾も新しいものに取りかえておきました。
「わ、作業台がきれいになってる……」
おどろきの声を上げたのはムギちゃんです。
「お母さんが、フラハちゃん来てくれたんだし、せっかくだからふたりで仲良くイーストさんを手伝ってこいって……」
「店内のほうはだいじょうぶなの?」
「グロブさんが……おれは子どもじゃないんだから、こういういそがしいのはほっとけないんだ。ぐうぜん、パンカフェを手伝ってやる用の手ぶくろをまちがって持ってきちまってたからな! なんて言って、手伝ってくれてる。今はセイロンさんと、どっちのほうが紳士的に接客のお仕事をできるかの競争をしているの」
「それは……ご苦労さまね!」
ふたりは顔を見合わせて笑いました。
「おじょうさんがふたりも来てくれたら、千人力じゃ! わしは、ココロ先生に出すお花のパイのしたくをせにゃならんから、おじょうさんがたには、ほかのパンとタルトのしたくをたのむよ」
ふたりはそろって「はーい」と返事をしました。
……が、フラハはイーストさんの受け持っているココロ先生のパイのほうをやりたいと思いました。
ですが、ここはがまんです。
パンの妖精のイーストさんのほうが上手に作れるでしょう。
ココロ先生にお出しする料理は、よりおいしいほうが良いに決まっていますから。
「タルトをやろう」
ムギちゃんは何やら真剣な顔をして、おこった毛虫のようなとげのついたローラーを取り出します。
これは、ピケローラーといって、タルト生地に小さなあなをたくさんあけるために使う道具です。
生地にあなをあけると、タルトの底が平らできれいに焼き上がりやすくなります。
「ローラーが、新しくなってるわ」
「そうなの。ピケローラーの妖精さんが来て、新しいのをくれたの。古いのはお母さんの背中のマッサージに使ってる」
ピケローラーの妖精。本当になんにでも妖精がいる世界ですね。
生地にあなをあけたら、次は紙のシートをしいて、そこに重し代わりのきれいな石をしきつめます。
この石を入れておけば、タルト生地のかべの部分がしゃっきりきれいに焼き上がります。
フラハは、“ロッゲンヴァイツェンフォルコルンブロート”(つまりは色の黒いライ麦パンの一種……緑の丘に来てからひと月あまり、パンカフェの手伝いも慣れてきて、こんなむずかしい名前のパンも作れるようになったのです)のしたくをしながら、ムギちゃんの作業の様子を見ていました。
「あぶないわ。そっちの重石は使っちゃだめ」
フラハは、重石の山の入ったざるへとのびたムギちゃんの腕をつかんで止めました。
「使うなら、こっちのざるのにしなくっちゃ。その石は、ついさっきパイシートを焼くためにイーストさんが使ってたわ」
そうなのです。この石はオーブンから出て間もない、あつあつでかんかんのちんちんになった石です。
そのままつかんだら、ムギちゃんは大やけどをしてしまっていたでしょう!
フラハは工房に入ったときに、ちゃんと石のことをはあくしていました。
「わ、ありがとう」
「冷めた石はこっちよ」
ムギちゃんに近いほうのざるを指し示しました。
おてつだいが得意というのは、だてではありません。
イーストさんがあわてんぼうなので、まちがえないように熱いほうを遠くに置いておいたのですが、こういう事故も起こるようです。
フラハは「次からは作業台とは別のところに置くようにしよう」と思ったのでした。
タルトがオーブンの順番待ちの列に並ぶと、次はロッゲンヴァイツェンフォルコルンブロートの生地をこねます。
材料の混ぜあわせはフラハがしたくをしました。
パンに使う粉のライ麦粉の配合が半分以上で、小麦粉と塩と砂糖、それからイーストさんの魔法の粉に、お水にヨーグルトを少々。
これらを混ぜたものを台の上に出してこねます。
「「おいしくなあれ、おいしくなあれ」」
ふたりは料理人の呪文を唱えながら、かわりばんこに生地をこねます。
半分に折って重ねて、ぎゅっと体重をかけてつぶして、向きを変えてもう一度。
こうやってこねていくのですが、ふたりは女の子で体重が軽いですし、なにせ百回はこねなければいけないので、大仕事なのです。
フラハはトムの面倒を見て少しつかれていたので「わたしひとりだったら、やられていたかもしれないわ」なんて思ったのでした。
ちなみに、身体の大きなバケリおばさんなら、片腕につきふたつの生地をいっぺんにこねることができますし、百回こねたていどではつかれません。
その代わりに、お客さんにお出ししたときの量が、みょうに少なくなるのですけどね。
フラハは、ムギちゃんがよいしょと生地をこねているあいだ、イーストさんのパイづくりを見つめていました。
ココロ先生の注文した“お花のパイ”です。
お花のパイとひと口にいっても、色々な種類があります。
パイのかたちをお花のように作ってあるもの。食べられる花びらを本当に使ってあるもの。
ここでお出ししているものは、薄切りにしたくだものを花びらに見立ててならべたもので、日によってちがう砂糖漬けのくだものを使うので、注文するまでなんのくだものを使ったパイなのかお楽しみになるのが特徴です。
今日は黄桃とサクランボを使ったパイで、甘酸っぱい花びらの真ん中には小さくて可愛い緑のミントが乗っているものでした。
「うーむ、今日はお店がにぎやかだから、パイも負けないようににぎやかにしたいんじゃがな……」
イーストさんは、ほとんど完成したパイの前で、むずかしい顔です。
フラハも、良いアドバイスができないものかと考えこんでしまいました。
ムギちゃんに腰をつつかれてわれに返り、生地をこねる仕事にもどります。
「よし、サクラの花びらを散らすとしようかの! アクセントになってばっちりじゃ!」
ひらめいたイーストさんは、サクラの花びらを乗せて完成としました。
サクラの花びらは塩漬けされたもので、その塩味が甘さを引き立たせてさらにおいしくなる、という寸法なのです。
「まさに、春のような人にうってつけのパイじゃの! これでココロ先生のほっぺたをいただくとしよう」
イーストさんはいたずら坊主のように笑います。
「いいなあ、わたしもココロ先生に何か作ってあげたいなあ」
ついつい口から心の声がもれてしまいます。
「がんばって作ったのをお客さんがおいしいって言ってくれると、うれしいよね」
ムギちゃんがうなずきます。
「そうじゃないの。わたしは、ココロ先生に、作ってあげたいの」
「わー、分かる……。あたしも、ココロ先生にはいっぱいお礼をしたいから、作りたいな……」
「そうよね。お菓子やお茶だけでなくって、もっとたくさんのお礼をしたいわ」
フラハは鼻息あらくパン生地をこねます。
ちょっとむしゃくしゃしていましたが、「おいしくなあれ」は欠かしません。
このライ麦の黒パンをココロ先生が食べてくれたら、どんなにうれしいでしょうか。
でも、ココロ先生はあんなに大きなお花のパイを注文してしまっていますし、パンはどちらかというと、ふわふわな白パンのほうが好みなのです。
でも、もしも……もしもですけど、ココロ先生が食べてくれたら……。
そう考えると、フラハはよけいに懸命になって、こねずにはいられないのでした。
誰もが使えるお料理の呪文の「おいしくなあれ」も、「おいしくなってください!」と、お願いになってしまうくらいです。
さて、おてつだいがひと段落して、店内の様子を見に行くことにします。
やっぱり気になるのは、ココロ先生です。
先生はお花のパイをほとんど平らげてしまって、ちょっと苦しそうです。
それでも、ミルクティーは別腹なのか、セイロンさんにおかわりをもらっています。
フラハは、かかえていた紙袋を、ぎゅっとしました。
この紙袋には、ライ麦の黒パンが入っています。
イーストさんが、おてつだいのお礼として持たせてくれたものでした。
本当は、ココロ先生のお腹によゆうがあれば、食べてもらいたいなと考えていたのです。
ですが、お腹いっぱいで食べてもきっとおいしくありませんし、あとで食べるとしても、ロッゲンヴァイツェンフォルコルンブロートは時間がたつと、とってもかたくなってしまうのです!
ああ、ロッゲンヴァイツェンフォルコルンブロート!
どちらにしたってココロ先生は食べてくれて、「おいしい」と言ってくれるでしょう。
フラハにはおみとおしです。先生はやさしいのですから。
あの人は、フラハや子どもたちに何かをしてもらって、幸せそうにしないことはありません。
だからフラハは、「黒パンは自分の部屋で、ひとりでこっそりと食べよう」と決めました。
「おや、ココロ先生ではありませんか」
「先日はお世話になりました。やっぱり、先生の言った通りでして……」
ひと組の夫婦が、ココロ先生と話し始めました。
あの夫婦は、子どもたちの中で、いちばんわがままだったセルフィーくんのパパとママです。
セルフィーくんがあまりにもわがままなので、ココロ先生がご両親をたずねて、それからというもの、セルフィーくんは少し聞き分けがよくなって、みんなとも仲良く遊べるようになったのでした。
「まさか、わたしのことをまねていたとは思いませんでしたよ! わっはっは!」
パパが笑います。
「わたくしも、しかってばかりいすぎましたわ。おほほほほ!」
ママも笑います。
それから、パパが「でも、今日はセルフィーは遊びに行っていないので、たっぷり甘えてもよいわけだ」と言って、ママにケーキを「あーん」してもらいました。
ココロ先生は「仲がよろしくて、すてきですね」と言って、苦笑いです。
「そうだ。うちの子をいつも見ていただいているお礼に、先生に何かごちそうしよう」
「すてきな思い付きですわ」
「あ、あの……」
ココロ先生は、テーブルのうえのパイをちらっと見て、何かを言いかけました。
ですが、セルフィーくんのご両親には聞こえなかったようで、バケリおばさんにサンドウィッチの注文をしてしまいました。
「いつも、いつも、ありがとうございます。ココロ先生」
セルフィーくんのパパがサンドウィッチにお礼をそえてわたしました。
こんなふうに言われては、ココロ先生も断れないでしょう。
「あっ……!」
のぞき見をしていたフラハは大変なことに気が付きました。
サンドウィッチに使われているのは、フラハがムギちゃんとこしらえた、ライ麦の黒パンです!
でも先生は……それを前にして、口に手を当ててこっそりとげっぷをしています。
しかも、サンドウィッチに使われている具材にマリーゴールドがいます。
マリーゴールドは食べられるお花で、ココロ先生もよく食べているものです。
フラハはそれが……というよりは、食べられるお花全般が苦手なのでした。
見た目やにおいは大好きですし、味も平気です。フラハには基本的に好ききらいはありません。
でも、おてつだいで野菜畑のマリーゴールドをつもうとしたときに「食べないでください!」とお願いをされたことがあったのです。
それ以来、フラハはお花のサラダやケーキの飾りの花びらが苦手です。
「きらいなものは、目をつぶったり、鼻をつまんで食べればいける」と知っているフラハでも、ふたつある耳をふさぎながら食べることはできませんから。
そのフラハの苦手なお花の入っているのをココロ先生が食べるというのが、なんとも胸をいやな感じにしたのです。
付け加えると、セルフィーくんのパパの「ありがとう」にも腹が立ちました。
だってそれらは、フラハがやりたくてもがまんしたことなのですから!
「さあ、ぜひお召し上がりになってください」
セルフィーパパが気取って言います。自分が作ったわけでもないのに!
ココロ先生は、「いただきます……」と言って、サンドウィッチにかぶりつきました。
かくしているようですが、苦しそうな顔です。いっしょにくらしているフラハには、おみとおしです。
横にいたムギちゃんですら、「先生、お腹いっぱいじゃないかな?」と心配そうです。
「あら……?」
先生のお口が止まりました。
それから、お口に入っているぶんを飲みこんだあと、サンドウィッチのパンの部分だけ小さくちぎって食べます。
「ふしぎ……」
ココロ先生は春色の髪をかたむけます。
それから、ほっぺたを押さえて、幸せそうにしました。
「ややっ。これはとてもお上手に召し上がられますな。わたしもサンドウィッチを注文しよう」
セルフィーパパが何か言いましたが、フラハは気になりませんでした。
だって、ココロ先生は、本当においしそうにサンドウィッチを食べているのですから。
あまりにもおいしそうに食べるものですから、ほかのお客さんたちもこぞって黒パンを使ったサンドウィッチを注文し始めました。
「あっ! と言うまに売り切れさね!」
バケリおばさんはうれしい悲鳴をあげます。
「確かに、今日のサンドウィッチはかくべつだな。この黒パンなんか、過去いちばんにちがいない。さすがイーストさんだぜ」
そうほめるのはグロブさんです。
「さすがといえば、ココロ先生ですよ。トムの“どうして病”も治してしまいますし」
こちらは神父さんです。どうやら、かちかちの黒パンごっこがすんでも、まだお茶をしていたみたいですね。
「どうして病とはまた、なつかしいねえ。うちのムギも、ちっさいころにわずらって大変だったものさ」
バケリおばさんがそう言うと、ムギちゃんのほっぺが赤くなりました。
「先生は、なんでも治しちまうんだよ。おれは家を直すのが得意だが、ノコギリとトンカチじゃ、人の心や性格を直してやることはできやしない」
大工さんもべたぼめです。
お客さんたちは、おいしいおいしいとサンドウィッチを食べながらも、ココロ先生のほうをほめ始めてしまいます。
それでも、フラハはいやな気持ちになんてなりませんでした。
ココロ先生がフラハのこねたパンを「おいしい」と言ったのは本当ですし、お世辞ではないと分かったとたんに、みんなの先生に対する「ありがとう」が、好きになったのです。
そうしてまた、お尻がむずむずする感じがわき上がってきました。
みんなも同じ気持ちで、お礼がしたかったようで、次々に先生へ料理やデザート、お茶をごちそうし始めます。
「ねえ、フラハちゃん。あたしたちが作ったってこと、言わなくていいの?」
ムギちゃんがたずねました。
「うん。ないしょにしておかない? ひみつのほうがすてきなこともあると思うの」
「確かに。イーストさんのパンよりもおいしくできただなんて、照れくさすぎて、むしろこわい!」
こわいと言いつつも、ムギちゃんは声がはずんで、それから小声にもどして「ないしょね」とささやきました。
「あのね、わたし、とってもすてきな思い付きがあるの」
フラハはそういうと、ムギちゃんにささやき返します。
思い付きを聞かされたムギちゃんは、両手を合わせて「本当にすてきな考え……」と、うっとりとした顔になりました。
何を思い付いたのでしょうか? 残念ながら、こちらまでは聞こえないようです。
「さっそく、みんなに話して、今からしたくを始めるわ」
フラハはそう言うと、苦しそうな顔になったココロ先生には目もくれず、あわてたウサギのようにパンカフェから出ていったのでした。
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☆妖精の世界のひみつ、その十七☆
「食べられないお花には毒があるものも多いの。まちがって食べたら、いけないわ」




