うす暗い部屋で
お昼ご飯をすませて、フラハとムギちゃんとフィーユちゃんとミミクは“かぜはなの家”のポーチに集まりました。
あとはマルティンだけですが、トムを寝かせに行ったきり、なかなかもどってきません。
「どうして、マルティンくんはもどってこないんだろう……」
ムギちゃんが首をかしげます。
すると、ミミクが「ぼく、知ってるよ」と言いました。
「ココロ先生につかまっちゃったんだよ。今ごろは、スパイの“ごーもん”っていうのにかけられているんだもんね!」
ごーもん。拷問です。
知っていますか? 痛いことやこわいこと、つらいことをして、ひみつを話すまでやめてあげないという、おそろしいこういなんです!
「そ、それって……」
ムギちゃんは顔を目玉焼き二個乗せトーストのようにすると、「あたしのお母さんも、スパイってことかも!」と言いました。
みんなはおどろきの声をあげます。
「どうして、そう思うんですの?」
フィーユちゃんはあきれ顔です。
「だって、お母さん、返事がおそいと、大きい声になって、こわい。ごーもんだ……」
「何言ってらっしゃるの。拷問というのは、もっときびしいことですわ。わたくしなんてこの前、売り物の服を着て遊んでよごしてしまって、罰としてボタンのぬい付けを百個やらされましたわ。ボタン付けなんて楽勝ですけど、ひとりぼっちでもくもくと作業することのみじめさったらありませんわ。そういうのを拷問というのですわ!」
「なるほど。そもそも、返事がおそくなくても、声は大きかった……」
ムギちゃんは、はにかんで頭をかきました。
「ふーん。フィーユちゃんは、お店の服をよごしちゃったんだー?」
ミミクは白い歯を見せて「にしし」と笑います。
「言いふらしたりしたら、きらいになりますわよ!」
フィーユちゃんはぴしゃりと言うと、ミミクと同じ笑い顔を見せました。
ミミクは「い、言うわけないもんね」と、テントウムシの羽音くらいに小さな声で言い返します。
「それに、ミミクだって拷問されてましたわよね?」
「えっ? ぼく、ごーもん、されてないよ?」
ミミクは首をかしげます。
「あら? じゃあどうして、先日、おたくの前で立たされていたのかしら?」
するとミミクの顔は、妖精が秋にリンゴをぬるように赤くなっていきます。
「おおかた、うそでもついて、罰を受けたんでしょうけど!」
「ち、ちがうもんね! ぼくは、おうちが大雨で流されないように見張ってただけだもんね! 大雨の妖精が、パパとママにいじわるするんだもんね!」
「妖精は手伝いはしても、意味無くいじわるはしないって、イーストさんが言ってたよ?」
ムギちゃんが首をかしげます。
さて、みんなのやりとりをよそに、フラハはココロ先生のことで頭がいっぱいになっていました。
拷問だなんておそろしいこと、あのやさしい妖精がするはずありません。
「わたし、見てくる」
フラハは木のとびらを開けて、ココロ先生の部屋を目指すことにしました。
ムギちゃんに「あぶないよ」と言われましたが、「だいじょうぶ、たぶん」と返事をして、ひとりで乗りこみます。
すると、ココロ先生の部屋の前のろうかに、クローディアが立っているのを見つけました。
「もしかして、拷問で立たされてるの?」
フラハはクローディアのひみつを知っています。昨日のパーティーでお皿を割ってしまって、それをかくしているのです。
そのひみつがばれて、ココロ先生にお皿のかくし場所をはくように、立たされているのでは……。
「別に。見てただけ」
クローディアはそう言うと、足早に自分の部屋へと帰ってしまいました。
かのじょはどうやら、ココロ先生の部屋の中をのぞいていたようで、少しだけとびらにすきまがありました。
フラハもこっそりと、中の様子をうかがってみることにします。
ふむ……何やら、ココロ先生が赤いふかふかじゅうたんの上に、膝を折った姿勢――つまりは正座――ですわって……鼻ちょうちんを作っていますね。
その向かいには、マルティンがいます。
かれは、先生と向かい合い、鉛筆を使って、スケッチブックに何かをかいているようです。
「先生、寝ちゃだめです! 足もくずさないでください!」
マルティンがぴしゃりと言います。
「ご、ごめんなさいね」
ココロ先生はにっこり笑いの顔になりました。
フラハには何をしているのかは分かりませんでしたが、マルティンが拷問をされているようには見えません。
かれの顔は見えませんが、ココロ先生はいつものにこにこ笑顔です。
「だいじょうぶだわ」
安心して、長い長いため息をつきます。
マルティンの無事をみんなに報告するために、その場をあとにします。
すると、フラハのお耳が「ぴくり、ぴくり」と動きました。
これは、フラハの“こまっている人センサー”です。
かのじょは誰かがこまっていると助けたくなるたちで、その季節色の目や可愛らしいお鼻、それからお耳が、こまっている人を見つけて知らせてくれるのです。
聞こえてきたのは、すすり泣きの声です。
ぴーん! 場所は……クローディアの部屋。
フラハはとびらと開けて、中をのぞきこみました。
部屋の中は、夜のようにうす暗いです。
せっかく外は良いお天気なのに、カーテンがすき間なく引かれています。
暗くても、可愛らしいタンスや、勉強づくえなどが置いてあるのが分かり、フラハは「いいなあ」と思いました。
黄色の丘では、タンスやつくえのどころか、まず屋根がありませんでしたから。
そして、やはり可愛らしいベッドの上で、クローディアは膝をかかえています。
かのじょは、さっきとはちがって、ぶかぶかのカーディガンをはおっていました。
この部屋は、どこからか寒い風が吹いている気がします……。
そういえば、フラハが迷子になって港の木箱の上にいたときも、海から吹く潮風がとても目にしみて、風がいじわるに思えたのでした。
「だいじょうぶ? いける?」
フラハが背中をさすってあげると、クローディアは身体を「びくり!」とさせました。
「……ひとの部屋に、勝手に入ってこないで。マナー違反よ」
「ごめんなさい。黄色の丘には、部屋とか無いから、知らなかったの」
「……フラハさんは、ココロ先生のおてつだいをするために、黄色の丘から来たんだっけ」
クローディアは顔をちょっとだけ上げて、こちらを見ました。
とびらのすき間からの光が顔を映し出し、目のはしをきらきらと光らせます。
「おてつだいって言ったわ。でも、本当はね……」
フラハは、おてつだいはうそで、「迷子になったところをココロ先生に見つけてもらったから来た」という本当のことをクローディアに教えました。
それから、「これは、ないしょなんだけどね」と付け加えました。やっぱり、少しはずかしかったのですね。
「わたしも、ないしょなんだけど、お皿を割ってしまって、こっそりかくしたのよ」
「知ってる。ミミクが言ったのを聞いてたの。ごめんね」
フラハがあやまると、クローディアは「それはミミクが悪い」と首をふりました。
「でも、ちょっとだけミミクのおかげかも。フラハさんの話を聞いたら、やっぱり、ちゃんと言ったほうがいいって、はっきりしたから」
「そっか。おてつだいができてよかった。ちょっとだけ、格好が悪いけど」
「わたしも、おねえさんぶってたのに、格好悪いところみせちゃった。やれやれ、だわ」
クローディアはため息をつきます。
「じゃあ、これも……」
「「ないしょで」」
ふたりは同時に言うと、すっぱいものを食べたような顔で笑い合いました。
「お皿の話をするとき、いっしょにいてくれる? ほかの人はいないほうがいいけど」
「まかせて」
フラハは胸をはって言いました。
ところが、クローディアは「でも、先生はいそがしいからなあ……」と言って、かかえた膝にあごを乗せました。
「おこられるかもしれないと思って、いそがしいなんて言ってない?」
「ココロ先生がおこるわけがない。わたしは……はっきり、正直に言って、ココロ先生をがっかりさせるのがいやなだけなの!」
「分かる」
フラハは力強くうなずきました。
「それに、本当にいそがしいのよ。さっき、もう一度、おてつだいをさせてって言ったのだけど、あとで大事な用事があるから、今日は間に合ってるって言われたの。先生のおてつだいをしたあとで、失敗を話そうかなって思ったのに。おてつだい無しで言おうとしたけど、勇気が出なかったの」
どうやら、部屋の前に立っていたのは、そういう事情のようです。
「大事な用事ってなんだろう?」
「何をするかまでは聞いてない。言っておくけど、スパイの仕事じゃないよ。あれは、ミミクのうそ!」
「じゃあ、ココロ先生はなんの妖精かしら。クローディア、知ってる?」
「えっ、そういえば、わたしも知らない……」
ふたりそろって首をかしげます。
「あっ! 居眠りの妖精じゃない?」
クローディアが言いました。
「分かる! でも、いそがしいから眠たいんじゃないの?」
「ひまなときでも眠そうよ? それに、大人は子どもよりも寝なくても平気なのよ。反対に小さなトムは、お昼寝をたくさんするし、夜は早く寝るわ!」
「居眠りの妖精の魔法って何かしら?」
「それはー……。寝ながらでも授業をしたり、歩いたりできる、とかじゃないかしら。見たことあるもの」
「なるほど」
フラハは納得しました。
「でも、格好悪いわ」
「そうよね。格好悪いから、かくしているのかしら? 何か、すてきなものの妖精だといいのに」
「それなら、調べよう。もしも、変な妖精だったら、ないしょにしておいてあげることにして」
「いい考えね。居眠りの妖精だったら、かくしても意味は無いけど……。わたしも、探偵ごっこにまぜてもらっていい?」
「もちろん!」
フラハがこころよく返事をすると、クローディアは、すてきな笑顔になりました。
それからかのじょは、ぶかぶかのカーディガンをぬぐと、ていねいにたたんで、一度やさしくなでたあと、まくらもとにそっと置きました。
「じゃあ、行こう!」
フラハはクローディアに向かって手を差し出します。
「えっと……手をつなぐのは、子どもっぽいから、なしで」
「手をつなぐと、ちょっと勇気が出るわ」
フラハが教えると、クローディアはほっぺたを赤くしながら手をにぎりました。
「……本当。でも、これもみんなにはないしょで。フラハさんは子どもでも妖精だけど、わたしは子どもでも年長だし」
「じゃあ、部屋の中だけでも」
提案をすると、フラハの手はちょっと痛いくらいににぎられました。
それからふたりは、そっと部屋を出ました。音を立てないように、こっそりとです。
ここから先は、ふたりは年長でも妖精でもありませんから。そうです、探偵です。
「あれ? ふたりともいなくなってる」
ココロ先生の部屋をのぞくと、もぬけのからでした。
ロッキングチェアーもぴたりと止まっています。
ふたりはとにかく、表へ出ました。
ポーチでは、みんながすっかり待ちくたびれたようすで、てすりやテーブルにもたれかかっていました。
どうやら、マルティンも合流したようで、かれはさっきと同じように、スケッチブックと鉛筆を持っています。
「ぼくをさがしに行ってくれてたの?」
「うん。ココロ先生と、何をしていたの?」
「“人相書き”を作ったんだ。先生をついせきするときに、道にいる人にたずねるのに便利だから」
マルティンのスケッチブックには、美人の女の人が正座ですわっている絵がかかれています。
髪が見事な春色にぬられていますし、羽もたくさんの色で表現されています。
「すごい。マルティンは絵が上手なのね」
フラハはびっくりしました。絵なんて、砂の上に木の枝でかいたものくらいしかお目にかかったことがありません。
「それに、頭も良いのよ」
クローディアが付け加えます。
「言うほどじゃないよ……」
マルティンはくちびるを口の中にしまって、指でこめかみをかきました。
ですが、ほかのみんなもスケッチブックをのぞきこむと、ようしゃなくほめたおしました。
「本当に、まだまだだよ。足をかくのがむずかしくて、先生には正座をしてもらわなきゃいけなかったんだ。何回か失敗したから、時間もかかったし」
マルティンは画家の目でスケッチブックをにらんでいます。
「それに、かしこさならモモのほうがすごいよ。モモはいつも考えごとをしてるから。探偵をするなら、ぜひともモモの知恵も借りたいんだけど……」
「わたし、呼んでくるわ。あの子のことだから、わたしに気をつかって来てないのね」
クローディアは、もう一度、家の中へともどって、手早くモモを連れ出してきました。
モモは相変わらず考え中らしく、クローディアとミミクを見比べて「うーん?」とうなっています。
「クローディアも、探偵ごっこするの?」
たずねたのはミミクです。
「そうよ。悪い?」
「悪くないけど……。ぼくのこと、きらいじゃなくなったの?」
「きらいよ」
クローディアは、にべもなく答えます。
ちょっと笑っているのを見つけましたが、フラハは知らん顔をしました。
「がーん、だ。……で、でも、ぼくは帰らないもんね!」
「ご自由に。さ、ココロ先生の正体を確かめに行きましょ」
年長もののクローディアは、ポニーテールをはずませながら歩きだしました。
みんなもそれにつきしたがって歩きます。
フラハもついていきましたが、立ち止まってふり返りました。
ミミクがついて来ていません。“かぜはなの家”のポーチに立ちつくしたままです。
「やれやれ、だわ」
フラハはお姉さんぶった感じに言うと、ポーチまで手早くもどって、ミミクをみんなのところへと引っぱったのでした。
* * * *
* * * *
☆妖精の世界のひみつ、その十三☆
「みんなと遊ぶのも楽しいけど、ひとりで考えごとをするのも好きかも……」




