先生は何しているのかな?
「ココロ先生が何をしてるか、だって?」
リーデルくんがサンドウィッチをもぐもぐしながら聞き返します。
「そう。ココロ先生って、いつも色々なことをしてますわよね? 勉強を教えて、“かぜはなの家”の子のお世話やお買い物をして、さっきはわたくしたちとも遊んでいましたし」
フィーユちゃんは、ちゃんとサンドウィッチを飲みこんでから続けました。
「家事やおそうじは、サイディアさんやファギオさんもしてるよ」
マルティンが教えます。
「ですわよね? なら……今日は買い出しに行かないということですから、予定は無いわけでして……代わりに何をするのか、気になりませんこと?」
「気になる。昨日は、あたしのおうちに家庭訪問に来てたよ」
ムギちゃんが言います。
「ココロ先生はお昼寝をすると思うわ」
フラハが意見を言うと、朝寝坊をしていたはずのトムも「ぼくも眠たい……」と言いました。
トムはみんなより小さいので、たくさん寝なくてはいけないのですね。
フラハたちは、草原で昼食をとりながら、ココロ先生のことを話題にしていました。
昼食はみずみずしい野菜と玉子焼きのサンドウィッチと、野菜とくだものの味が百種類もするスムージーです。
これは、ムギちゃんのお母さんのバケリおばさんが、みんなのぶんも一緒に届けてくれたのでした。
「わたし、考えたんだけど……」
声をあげたのはモモです。モモはとちゅうまで言いかけて、スムージーをひと口飲んでから続けます。
「ココロ先生は、スパイなんじゃないかと思う」
スパイですって!
みんなはおどろいて、「ごくり」と、つばを飲みました。
「一体全体、なんで、そう思うの?」
マルティンが聞きます。
「だって、先生っていつも、わたしたちが何をしているかとか、よく知ってるでしょう? それに、どこでも見かけるし……」
モモは答えると、またスムージーを飲みました。
「確かに。先生はぼくらより早く起きて、ぼくらよりあとに寝るんだ。それは、みんなの行動を把握するためかもしれない」
マルティンはそう言うと、眼鏡を押し上げるしぐさをしました。
かれは眼鏡はかけていませんが、そうすると、かしこそうなサイディアさんのように見えます。
これは、“かぜはなの家”に通う子どもたちのあいだでの“はやり”ですが、マルティンはとりわけ気に入っているのです。
「はあ……。スパイだなんて、とんだ妄想ですわ」
ため息をついたのはフィーユちゃんです。
「気になるって言ったのは、フィーユじゃんか。おれは、あると思うな」
リーデルくんが反論します。
「フクロウのいびきを出るときに、先生はニンジャごっこをした。ニンジャはスパイの仲間だろ? それに、さっきの鬼ばば役のときの身のこなし! おれたち騎士団が束になっても、追い付けなかった!」
一理あります。みんなはさっきの、お城ごっこを思い出してうなずきます。
フィーユちゃんも「スパイは変装ができるから、ごっこ遊びも女優なみに得意ですわね、きっと」と深刻そうな顔になりました。
「もしそうだったら、こわい! 昨日、お母さんのこと、調べられたかも……」
ムギちゃんは、フラハのワンピースのすそをぎゅっとつかみました。
「ココロ先生は、こわい人じゃないわ。絶対にちがう」
フラハは力強く言いました。
でも、フラハはまだここに来て間がありません。もしかしたら……ということもあるかもしれません。
ここは、もっと長く“かぜはなの家”にくらしていて、たくさんココロ先生のおてつだいをしているクローディアに聞くべきでしょう。
フラハはクローディアに「ちがうよね?」とたずねます。
ですが、クローディアは食べかけのサンドウィッチを見つめたまま石像のようになって、返事をしません。
「だいじょうぶ? いける?」
フラハは心配になりました。
「具合が悪いの?」「眠いのかも」
マルティンとトムも心配します。
「お皿~♪ お皿~♪」
みんなのところに、男の子がひょっこりと現れました。節をつけて、歌うように「お皿、お皿」とくり返しています。
「ミミク!」
固まっていたクローディアが立ち上がります。
いきなりだったもので、のぞきこんでいたフラハとマルティンとトムは引っくり返りました。
「ココロ先生の正体、知りたい? 知りたーい?」
ミミクはもったいぶったようにたずねます。
フラハは起き上がって、「教えて」と言いました。
「ココロ先生は……スパイの妖精だもんね!」
なんということでしょう! フラハの中で、まどガラスが「がちゃん!」と割れるような大きな音がしました!
「お、おそろしい……」
ムギちゃんはフラハのうしろにかくれました。
「でも、証拠が無いよ」
マルティンが言います。そうです、証拠なんてありませんよね。
「あるかも……」
そう言ったのはモモです!
「ココロ先生、いつもお昼寝とか居眠りをするでしょ? スパイは夜に仕事をするから、夜は寝れないんだよ」
「ばかみたい。みんな、ミミクの作り話よ。うそつき!」
クローディアは、つばをはくように言いました。
「ちがうっていう、しょーこはある? つごうの悪いことは全部、かくしているかもしれないもんね!」
ミミクはにやにや笑いをうかべた顔を、クローディアの顔へ近づけました。
「うそばかりついていると、悪魔になるんだよ。あんたは今に、悪魔になる」
言い返すクローディアの顔のほうが悪魔みたいになっています。
それでもミミクは、うすら笑いをやめません。
「だれが言ったの? しょーこは?」
「お母さんが言ってた。悪魔は人をだましてばかりいるおそろしいやつだって」
「そんなのいないもんね! そもそも、クローディアには……」
ミミクはそこまで言うと、急に真面目な顔になってだまり、それからまた、にんまりと笑いました。
「じゃあ、確かめてみればいいもんね! スパイの妖精なのに、ちがうふりをしてるってことは、本当はスパイどころか、悪魔かもしれないもんね!」
フラハは心臓が、はげしくどきどきして、頭もふらふらになりました。
本当に、ココロ先生はスパイかもしれないと思い始めたのです。
なぜなら、ココロ先生は、自分ではなんの役目の妖精か言ったことはありませんし、魔法だって使ってみせたことがありません!
スパイならば、便利なスパイ魔法のことはないしょにしておくはず……。
ああ、なんていうことでしょう! 思い出しました!
フラハは、ココロ先生から“ないしょの地図”をもらっています! それはスパイの道具に、ほかならないではありませんか!
さすがに、「悪魔かも」とは思いませんでしたけどね。
このすてきな緑の丘のある、わたしたちのとなりの世界では、「悪いことをすると悪魔になるぞ」と言って、子どもたちをこわがらせる風習があるのです。
フラハも黄色の丘では口うるさい長老ガラガラヘビに、何度も悪魔の話を聞かされていたので、良い子にさせるためのうそだと見抜いています。
……もっとも。
悪魔は、本当にいるんですけどね。
この妖精のいる世界の、となりのとなりに悪魔の世界があります。
つまりは、わたしたちの世界の「お・と・な・り」です。
連中は、世界をひとまたぎで越えてやってくるので、みなさんも気を付けたほうがいいでしょうね。
わたしは寝るときに悪魔につかまれないように、布団から足を出さないように気を付けています。
「よいことを思いつきましたわ!」
フィーユちゃんが手を打ちました。
「わたくしたちは探偵になりましょう。それで、ココロ先生を調査して、スパイや悪魔ではないと証明すればいいのですわ!」
「おれは反対だよ。探偵はゆっくりついていかなきゃいけないし、かけっこのほうが面白いよ」
リーデルくんは、あまり本気にしていないようですね。
「スパイに見つかったら、どうなるんだろう……?」
ムギちゃんがふるえだします。
「うーん。……分からない」
モモはくびをかしげ、目を閉じて考え始めました。
「おれは、先生が悪者ものだったときのために、騎士団を結成しておいてやるよ! 今度こそつかまえられるように、かけっこ訓練をしようっと」
リーデルくんは立ち上がり、ほかの男の子のところへと走って行きました。
それから、「みんな、やばいことになった。逃げるぞ!」と言いました。あらら……。
「あたし、先生が悪魔かどうか、確かめたい……。もし、悪魔だったら、もう、しょうがない」
ムギちゃんは目をぎゅっと閉じて、「しょうがない、しょうがない」とくり返して、それからフラハの顔を見ました。
もちろん、フラハも先生の正体を確かめたいですし、ムギちゃんがふるえているのを放っておけません。
それに、お互いに手をにぎりあっていないと、フラハもふらふらと倒れてしまいそうでしたから。
「ばかみたい。わたしはやらないから」
クローディアはみんなから背を向けます。
「確かめなくていいの? ま、悪魔じゃなくても、大人は悪い子をきらいになるもんねえ?」
ミミクが笑います。
「そんなんじゃない。あんたと遊ぶのがいやなだけ!」
クローディアはきつく言いました。あまりにきつく言ったので、肩とポニーテールがはげしくふるえます。
「……まるで、ぼくのことがきらいみたいな言いかたをするな?」
ミミクは悲しそうな顔で首をかしげます。
「そう言ってるの! わたしは、あんたが、きらい! みんなだって、きらいなんだから!」
クローディアはおこったネコのように何度も声をあらげると、草原を走っていってしまいました。
「がーん、だ」
ミミクは遠ざかっていくポニーテールのゆれに合わせて、頭をゆらしています。
「がーんって、まんがじゃないんですから。あなた、もしかして、気付いてなかったの?」
フィーユちゃんがため息をつきます。
「どうしてだよう! ぼく、きらわれるようなことしてないもんね! フィーユちゃんも、きらいなの!?」
「よく言いますわ……。わたくしはきらいとまで言いませんが、関心はいたしませんわね。“かざるのはよくとも、いつわるのはだめ”という、ミシンの妖精の金言があるのですわ」
フィーユちゃんはカールした髪の毛を、さらっと払って言います。
「みんなは、ぼくのこときらいなの?」
ミミクはみんなの顔を見回します。
「ないしょ……」
ムギちゃんはフラハのうしろにかくれました。
「眠い……」
トムはこっくりこっくりと舟をこいでいます。
「モモは?」
ミミクがたずねると、モモは「うーん」とうなって、スムージーのグラスに口を付けます。
それから、「わすれてた、からっぽだった」と言うと、立ち上がりました。
「わたしも帰る」
「モモも、やっぱりきらい?」
「ふつう」
「じゃあ、どうして帰るの?」
「クローディアがミミクがきらいだから、いっしょに遊べない。わたしは、クローディアが好きだから。わたしは、自分のお部屋で、先生の正体を考える」
モモは自分のぶんとクローディアのぶんのお昼のかたづけをすると、帰って行きました。
「よかった、あんまりきらわれてない……」
ミミクは胸をなでおろします。
「よくないよ」
そう言ったのはマルティンです。
かれは、トムを背中におぶっています。小さなトムはとうとう眠ってしまったようです。
「マルティンも帰るの? 探偵ごっこは?」
「ごっこじゃない。本格的な探偵だよ。トムがお昼寝の時間だから、寝かせてから、また来るよ」
「よかった。じゃあ、ぼくのこと、きらいじゃないんだ」
「それについては、保留だよ。もし、スパイの話がうそだったら、きらいになるかもしれない」
「わたくしも、だますのは、おしばいの中だけにしてほしいところですわ」
マルティンとフィーユちゃんにきびしく言われたからか、ミミクの顔が真っ赤になります。
「フラハちゃんは、どうなの? ぼく、やっぱり、サクランボの木とお話したのは、うそじゃないと、思うから」
ミミクは今にも泣き出しそうになっていました。
さっきのいじわるを無しにするとも言っています。
ですが、フラハは「分からない」と答えるほかありませんでした。
なぜなら、みんなは「うそはいけない」と言い、「うそをつくミミクがきらい」だと言いますが、フラハは、ミミクの言った「ココロ先生がスパイの妖精」という話がうそだったら、どんなに安心するかと思っていたからです。
うそだったほうが、まだミミクのことをきらいにならないですむ、そんな気がしていたのです。
でも、ひとりだけ意見がちがうのはこわかったので、「分からない」ということにしておいたのでした。
それに、クローディアのことや、自分の羽のことも考えなくてはいけないので、こんがらがってきていましたし。
とにかく、午後からは探偵団を結成して、ココロ先生を調査しなくてはなりません。
はたして、ココロ先生は、スパイの妖精なのでしょうか? まさか、わるーい悪魔ということはありませんよね?
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☆妖精の世界のひみつ、その十二☆
「悪魔なんていないもんね! 大人が考えたうそだもんね!」




