サクランボ
川での授業では、お魚の数を数えてみたり、お魚の種類を調べてみたり、春にはまだ子どもだった虫が大人になるとどんなすがたになるのかが紹介されました。
みなさんも、学校で似たようなことを習ったことがあるのではないでしょうか?
ココロ先生の授業でも、もちろん、教室で計算問題をやってみたり、本の朗読をすることもありますが、お外に出て学ぶほうが多いようです。
こんなにきれいな場所なのですから、当然ですね。
それに、ココロ先生はいすにすわって、生徒が問題を解くのを待ったり、朗読する声に聞き入ったりしていると、ついつい居眠りをしてしまうのだそうです。
「ぐう……」
「ココロ先生、立ったまま寝ないでください。みんな、川のことは調べ終わってしまいましたよ!」
サイディアさんが口をとんがらせます。
「あら、ごめんなさい。ぽかぽかで気持ちが良いものだから……」
「ココロ先生! 眠たいのなら、わたしがお昼の買い出しを代わってあげましょうか?」
声をあげたのはクローディアです。
「ありがとう。でも、買い出しは昨日行ったから、今日はおやすみなの。クローディアもみんなと遊んだらどうかしら? 昨日の夜は遊び足りなかったでしょう?」
「買うべき物はいくらでもあると思うのだけど」
クローディアは不満そうです。
川の次は、少し先の“フクロウのいびき”まで足をのばして授業を続けます。
フクロウのいびきでは、みんなは声をひそめて授業をするのです。
昼の森の中では、夜行性の生き物たちが、夢を見ている最中なのですから。
「ほら、見てください。サクランボの木が実をつけていますよ。ちょっとここで、つまみぐいをしちゃいましょうか」
ココロ先生は、小さな声をさらにひそめて言いました。
「授業中ですよ。つまみぐいより、数を数える勉強に使うべきだと思います」
サイディアさんは、真面目くさって、真っ赤で可愛らしい実を数え始めました。
「サクランボはひとふさにふたつ。一本の木に実のっているふさの数と、森に生えているサクランボの木の数をかけあわせたら、いくつだろうか?」
サイディアさんの眼鏡がかしこそうに光りました。
「おい、サイディア。正解は出ないと思うぜ」
グロブさんが何か言います。
「何を言ってるんだい? ちゃんと数えれば分かることじゃないですか」
「あれを見てみなって」
サイディアさんが赤い手ぶくろの指さす先を見ると、みんなはもう、サクランボをもいで食べているところでした。
「数えてる最中にも、数が減るんだもんな」
グロブさんは大笑いです。サイディアさんは眼鏡がずり落ちました。
「なあなあ、お昼からの鬼ごっこ、どこでやる?」
男の子の声が聞こえます。
「お昼からはお城ごっこですわよ」
女の子の声も聞こえます。
どうやら、リーデルくんとフィーユちゃんは、遊びの相談をしているようです。
「鬼ごっこだろ」「お城ごっこですわ」
ふたりは昨日と同じように、にらみあいです。
「別に、やりたい遊びに別れて遊べばいいよ」
モモが枝からサクランボをもぎながら言います。
モモは、もいだサクランボのふさをちぎって、片方を足元にやってきていたリスにあげました。
「モモの言うとおりだ。お昼からは鬼ごっことお城ごっこで別れて遊ぼう」
「それがかしこいですわね」
ふたりがうなずきます。
フラハはあきれました。今は授業中です。
もっとも、かのじょもあきれながらも、背中にちゃんと羽が生えてくるかどうかに気を取られていたのですけど。
『きみは、サクランボを食べないのかい?』
誰かにたずねられました。おじいさんのような声です。
フラハは声のしたほうを見ましたが、誰もいません。サクランボの枝で、小鳥の夫婦が実を分けあっているだけです。
「誰? どこにいるの?」
『わしはサクランボの木じゃよ』
「なあんだ」
そういうことかと納得したフラハは、また羽について考え始めました。
『おーい、食べないのかい?』
また聞かれました。考えごとは中断です。
「だって、別に食べたくないもの。今、授業中だし。おじいさんは、食べられるのが好きなの?」
『いや、そういうわけじゃないけど……。わしら、実をつける木は、種を遠くに運んでもらわなくてはならないからね』
「ふうん。種を遠くに運んでもらうと、どうなるの?」
『おやおや、きみはそんなことも知らないのかい。芽が出て、またサクランボの木になるのだよ。植物が遠くに行きたいときは、そうやってだれかに運んでもらうんだよ。この森は、仲間がいっぱい過ぎて、もうせまくなったからね』
「自分では行かないの?」
『いけないのさ。枝や木の“うろ”には鳥や虫が住んでいるし、根っこの部分に穴をほってくらすウサギやキツネも守らなくてはいけないからね』
「あなたも、みんなのおてつだいをしているのね……」
『きみもひとつ、わしの手伝いをしてくれないかい?』
「いいわよ。わたしもおてつだいが得意なの。おてつだいは妖精の役目だから、クローディアよりも得意だと思う」
『それはたのもしい。ならば、いつでも構わないから、どこか遠くに行ったときに、わしの種を植えてきてほしいのじゃ。そこのミソサザイの夫婦は、種はよけて食べてしまうし、毎朝やってくるはらぺこな青虫は、種までばりばりかみくだいてしまうのだよ』
フラハは「まかせて、いける、いける」と答えました。
今は帰り道が分からなくなっていますが、いつかは遠くの黄色の丘へ帰る予定です。
『それでは、いちばん日当たりの良い枝の実をわたそう。いくつか持っていっておくれ。ちゃんと、おいしいかどうか、味見もしてな』
木がそう言うと、高い所の枝が下がってきました。
そのサクランボたちは、ほかの実よりも大きくて、かがやいていて、まるで宝石のようです。
「甘くて、酸っぱくて、おいしい」
ひとつ味見をすると、しゃっきりとした実が口の中ではじけました。
春と夏を混ぜあわせた香りが、口から鼻へと通り抜けていきます。
もしも、黄色の丘に、こんなルビーのような実をつける緑の木が生えて、鳥やリス、キツネなんかが遊びに来たら、どんなにすてきでしょうか。
フラハは、いちばん大きなサクランボの兄弟を、そっとつみました。
「フラハちゃんのサクランボ、すごく大きいね」
ムギちゃんが目をまんまるにして、フラハの手をのぞきこみます。
「サクランボの木が枝を下ろしてとらせてくれたの。その代わり、種を遠くへ持っていく約束をしたわ」
「木とお話したの? す、すごい」
ムギちゃんは、目をもっともっとまんまるにして言いました。
それから、フラハの背中にかくれると、木に向かって「おいしいサクランボをありがとう」とお礼を言いました。
「わーっ! うそつきがいるもんね!」
誰でしょうか。大きな声が聞こえました。フラハが顔を上げると、男の子がひとり、こちらを指差していました。
あの子は、昨日の自己紹介のときに会った、(けれどみなさんにはまだ紹介していない)“ミミク”くんです。
「うそつきって、わたしが?」
「そうだよ。サクランボの木がお願いをするなんて、ありえないもんね!」
「でも、確かに……。ねえ、おじいさん!」
フラハはサクランボの木を見上げました。しかし、おじいさんは何も言いません。
「ねえ、おじいさん!」
ミミクも木を見上げて言いました。フラハの口真似です!
「フラハちゃんは、妖精なんだよ! うそつきじゃないよ!」
ムギちゃんがバケリおばさんみたいな大きな声で言います。
「羽も生えてないのに? フラハちゃんは、妖精になりたい子どもなんだもんね! やーい、うそつき!」
ミミクはもう一度、指をさすと、笑いながら逃げだしました。
フラハは胸の奥がぎゅっとなって、少しふらついてしまいます。
「ねえ、グロブさん! グロブさんは、サクランボの木の声が聞こえる?」
ムギちゃんは急かすようにたずねました。
「サクランボの木の声だって? おれには、聞こえないよ。だけど、手ぶくろの声が聞こえるな」
「手ぶくろの声が!? すごい!」
「ははは、うそだよ。手ぶくろが口をきくわけがないだろ。でも、そこをくみとってこその手ぶくろの妖精ってわけさ」
グロブさんは小さな羽をぴんと張って言いました。ムギちゃんはずっこけました。
「こら、きみたち。フクロウのいびきでは、静かにしないとだめじゃないか」
サイディアさんのおしかりです。
「だって! だって……」
ムギちゃんはおこられてしまうと弱いのです。
バケリさんみたいな声から、イモムシのような声に変わってしまいました。
「わたし、見てました」
挙手をしているのはクローディアです。
「ミミクがフラハさんのことをからかって、それでさわぎになったんです。ミミクはきっと、またうその話をでっちあげて、いじわるをしたのよ」
ミミクは遠くにはなれていましたが、ちゃんと聞こえていたようで、びくりと立ち止まりました。
それからふり返って、「うそじゃないもんね! うそつきはあの子だもんね!」とこうぎします。
「ミミクはすぐにうそをつくから、信用できません。フラハさんはおてつだいをする良い子なのに、ありえません」
クローディアはフラハを見てにっこりと笑います。
「ミミクくん、ちょっといいかな」
サイディアさんがそう言いかけると、ミミクは顔を真っ赤にしてさけんでさえぎりました。
「うそじゃないもんね! クローディアの言いつけ屋! 昨日、歓迎パーティーのしたくで、割ったお皿をかくしたことを言いつけるからなーっ!」
すると、クローディアも顔を真っ赤にして、だまってしまいました。
でも、サイディアさんはそれに気付かなかった様子で「まったく、あのいたずらっ子は」とため息をついています。
サイディアさんがミミクを信用しなかったのは無理もありません。
ミミクはふだんから、たくさん作り話をしたり、ほかの人のまねっこばかりをして“うそつきミミク”なんてよばれているのです。
じつは、昨日のフラハとの自己紹介のときも、「ぼくはフラハちゃんよりも遠くから来て、お父さんもお母さんもいないんだもんね!」、なんて言っていました。
でも、ミミクにはご両親がいますし、家は緑の丘のふもとの村にちゃあんとあります。
「みなさーん。静かにしないと、フクロウさんやヤマネコさんのめいわくになりますよ。今日はもう、授業はお開きにして、あまった元気を遊びに使いましょうね」
ココロ先生が提案をしました。もちろん、みんなは大はしゃぎ……となってしまうでしょうから、口の前に人差し指を立てながらです。
それから、ココロ先生は「ニンジャごっこですよ~」と言いながら、ぬき足、差し足で森の出口を目指し始めました。
みんなは面白がって、草や土をふむ音すら鳴らさないで、先生ニンジャに続きます。
「はい、森を脱出しました~。ニンジャの任務はおしまい。放課後のお遊びの時間ですよ!」
おひさまの下にもどると、ココロ先生が「ぱちん!」と手を打ちます。
みんなは、風船が割れたようににぎやかになって、遊びの相談を始めます。
ところでフラハは、遊ぶつもりはありません。先生のおてつだいをするつもりです。
羽が生えてこなかったときのために、すてきな点として、おてつだいが上手ということが挙げられると考えたからです。
同じく妖精のグロブさんはもう、「果樹園の人たちの作業用の手ぶくろを修理しなくちゃな」と言って、出かけています。
おてつだいとは別に、クローディアのことも気にかかっていました。
かのじょは、ココロ先生におてつだいの提案もしなければ、鬼ごっこ派にもお城ごっこ派にも加わろうとしません。
まだ、顔を真っ赤にしたまま、両手をぎゅっとにぎって立ちつくしています。
「ふたりは、遊びに行かないの?」
ココロ先生がたずねます。
「わたし、先生のおてつだいをします」
フラハは胸を張って言いました。
「みんなと遊んできたらいいのに。昨日はあんなに楽しかったでしょう?」
「だいじょうぶ。おてつだいがしたいの」
「子どもは遊ぶのも役目ですよ」
「わたしは妖精だし、おてつだいも役目よ」
「うーん、先生は、ひとりでもだいじょうぶ。いける、いけるですよ」
あらら、まねをされてしまいました。それを言われては、フラハは弱いのです。
でも、やっぱり、羽のこともありますし、ココロ先生にはいっぱいやさしくしてもらっているので、いくら手伝っても手伝い足りないと思うのです。
だから、先生へ感謝の気持ちを率直に話して伝えました。うそつきなんかじゃありませんからね。
それから、フラハは「羽が生えなかったり、魔法が使えなくても、ココロ先生みたいにやさしい妖精になれたらすてきだと思う」と付け加えます。
「まあ! うれしいおはなし!」
ココロ先生は、おいしいものを食べたときのように、ほっぺたを押さえながら言いました。
あんまり幸せそうなもので、フラハまでうれしくなってしまいます。
「でも、わたしみたいになりたいのなら、たくさん遊ばないとだめですよ。先生が子どものときは、おてつだいが一で、遊びが十くらいでしたよ?」
ついでに、「あと……お昼寝が百くらいかな」と小さな声で付け加えました。
「むむむ……」
やっぱり、フラハは納得ができません。今日はおてつだいは一どころか、ぜろですからね。
「そっかあ。それじゃあ、しょうがないな~」
ココロ先生はそう言うと、ドレスの腰に左手を当てて、右手の人差し指を空に向かって高くあげました!
「お城ごっこする人、この指とーまれ!」
すると、声を聞きつけたフィーユちゃんたちが、あわててかけて来ました。
「先生も、お城ごっこするんですの!?」
「しちゃう!」
「それはよい考えですけど……こまりましたわ」
フィーユちゃんは、ものうげに先生の顔を見上げます。
「まだ決まってない役は、鬼ばばのまま母役しかありませんの」
「えっ!?」
「でも、本当は良いまま母で、悪い魔法で鬼ばばに変えられてる設定なんですの」
「そっか~、よかった~。やっつけられちゃうかと思った」
ココロ先生は胸をなでおろします。
「フィーユたちばっかり、ずるいぞ! おれたちもココロ先生と遊ぶ!」
やってきたのは鬼ごっこ派のリーデルくんたちです。
「あら。先生はお城ごっこよ? リーデルたちは気が変わったの?」
フィーユちゃんが「ふふん」と笑って言いました。
「その通り! でも、鬼ごっこもする! ミミクから聞いたけど、この中に“悪い鬼ばば”がいるみたいじゃないか?」
「悪い鬼ばばじゃなくって、悪い魔法で鬼ばばに変えられたまま母ですわ」
「問答無用! さあ、騎士団のみんな、鬼ばば退治だーっ!」
リーデルくんが腕をふりあげると、鬼ごっこ派の子たちがいっせいにココロ先生を追いかけ始めました!
「きゃあ~! ちがうのよ~! 悪い魔法をかけた魔女がいるの~!」
ココロ先生も悲鳴をあげながら(でも、顔はにっこりです)逃げ始めます。
「ああっ、待ってくれ騎士団長! わが妃は、鬼ばばではないのだ!」
そう言って、くずれ落ちたのはフィーユちゃんです。どうやら今日は王様役のようですね。
「フラハさん、クローディアさん! 助けて!」
ココロ先生が逃げてきました。
「まかせて!」
フラハは騎士団の前におどりでます。
「フラハちゃん、武器も無しに騎士団と戦おうなんて、無茶だよ……」
ムギちゃんが言います。
「だいじょうぶ、いける、いける」
大好きなココロ先生を守るためです。丸腰でもがんばります。
「いけないのよ、フラハちゃん……」
ムギちゃんが悲しそうな顔になりました。いったいなぜでしょう?
「はっ、もしかして!」
フラハが気付いたときにはもう、手遅れでした。
ムギちゃんは剣を抜いて、フラハのことをくしざしにしていたのです!
「あたしは、鬼ごっこ派だったの……だから、しょうがないの」
「そんな……、ムギちゃん。お友達、だった、のに。無念……っ!」
フラハはやられてしまったので、くずれ落ちます。
それをムギちゃんが「ごめんね、しょうがないの」と、受け止めました。悲しい結末です。
ところが、ムギちゃんはこともあろうか、フラハのことをくすぐり始めました!
「きゃっ、あははは! ずるい! わたし、やられたのに!」
「さっき、こねこねされたお返しだよ……」
ムギちゃんは舌をぺろりと出して、くすぐり続けます。
パンカフェのむすめの本場のこねこねに、フラハは笑いが止まりません。
そのうちにフラハもぎゃくしゅうに出て、ふたりはたっぷりと笑って、草の上に転がりました。
胸いっぱいに息をすいこむと、ちょうど、そばにドクダミが小さな白い花を咲かせて香っていました。
なんとなくですが、ドクダミが「もうすぐ、雨の季節だよ」と言った気がします。
空を見上げれば……雲ひとつない真っ青な空でした。
「遊ぶの、楽しいね」
ムギちゃんが言います。
「うん、そうだね」
フラハは、もう一度ドクダミの花をにおいます。
すると、小さな花の向こうで女の子がひとり、ぽつんと立っているのが見えました。
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☆妖精の世界のひみつ、その十一☆
「植物とお話ですって? できますわよ。わたくし、背景の木の役だって手をぬきませんことよ?」




