先生の授業
どたばたの歓迎パーティーが終わり、その翌日です。
「こけこっこーっ!」
大きな風車の回る丘で、ニワトリが朝を知らせました。
そよ風とやわらかな日差しの、とてもすっきりとした快晴です。
フラハは、ニワトリが鳴いてもまだ眠っていましたが、まぶたの向こうが急に明るくなったので、それで目が覚めました。
カーテンが風でゆれて、それで光が差しこんだのでしょう。
ベッドから身体を起こして髪をはらうと、おかしなことに気が付きます。
「わたし、ベッドで寝ていたっけ?」
ベッドにはココロ先生を寝かせて、自分はいすを借りていたはずです。
部屋の中はだれもいません。ロッキングチェアーがひとりで静かにゆれているだけです。
フラハはつくえの上に置いてあった手鏡とブラシを借りて、髪をとかします。
黄色の丘にくらしていたときは、砂まじりの風がずっと吹いていたものですから、どんなに手間をかけてセットをしても、台無しになってしまうのです。
でも、今日からしばらくはその心配も無いでしょう。
ブラシでなでつけてやると、風色をした髪の毛もよろこんでいるようでした。
髪をとかすと次は、顔を洗いたくなります。
フラハは水場を探してココロ先生の部屋をあとにします。
砂漠ではオアシスまで足をのばさないとならなかったのですが、“かぜはなの家”ではどうやって顔を洗っているのでしょうか?
「おはようございます、フラハさん」
ろうかで知らない男の人にあいさつをされました。
フラハはあいさつを返しましたが、急に知らない人と会うとは思っていなくて、どきっとしました。
よく見ると、かれは眼鏡をみがいています。そういえば、声も聞いたことがある気がします。
「うら手の水場で顔をあらってきてはどうですか? 水が冷たくて、気持ちが良いですよ」
そう言って、男の人は眼鏡をかけました。
「あっ、サイディアさん!」
「どうしました?」
「なんでもありません」
フラハは、少しはずかしくなりました。
それから、自分をごまかすために「眼鏡をかけていると、かしこそうな別人に見えるわ」と考えました。
さて、“かぜはなの家”のうら手には、井戸があります。
井戸というものは、地面の下を流れる水をくみ上げて使う設備です。
ここでは手押しの井戸を使っているようで、子どもたちがポンプのレバーを交代で動かして、水を出していました。
「フラハちゃん、おはよう」
「おはよう、みんな」
ここで顔を洗っている子どもたちは、通いの生徒ではなく、“かぜはなの家”に住んでいる子たちです。
男の子のマルティンと、女の子のモモと、ちょっとお姉さんのクローディアです。
もうひとり、トムという小さな男の子がいるはずなのですが、ここには見当たりません。
授業が始まるとやってくる子どもたちもあわせると、両手ふたりぶんでも足りないくらいですが、全員の名前をここに並べると大変なので、出番のときにおいおい注目していくことにしましょう。
「トムは起きてきた?」
クローディアがモモの髪をまとめてあげながら言いました。
ふたりともウマの尾っぽのように結んだおそろいの髪型です。
「見てないかも」
モモはのんびりと、おけから手で水をすくって顔をあらいながら答えます。
「じゃあ、トムの部屋まで行って、ぼくが起こしてくるよ」
先に顔をあらい終えたマルティンが、かけていきました。
「フラハさんは、どこで寝ていたの? けさ起こしに行こうと思ったけど、フラハさんの部屋は無いわけだし、でも見当たらないし」
クローディアにたずねられて、「ココロ先生の部屋よ」と答えると、なぜか笑われてしまいました。
横で聞いていたモモは「いいなあ」と言いました。
「あなたの髪、きれいね。何色っていうのかしら? 今度、結ばせてね」
クローディアがどうして笑ったのか分かりませんでしたが、たずねようとしたときにはもう、かのじょはポニーテールをはねさせながら、“かぜはなの家”に帰っていってしまいました。
「どうして、笑ったのかしら?」
「ココロ先生と寝てたんだよね? クローディアはお姉さんだから、そういうのは子どもっぽいって笑うの。それに、クローディアはおてつだいもたくさんして、えらい」
モモがあくびをしながら代わりに答えます。
「ふうん……」
フラハだっておてつだいをしますし、子どもといえば子どもですが、役目を持った妖精なのです。
「フラハちゃんは、グロブさんやファギオおじさんと同じ妖精なんでしょ? 魔法も使えるんだよね。すごいなあ」
モモはそう言って、にっこりと笑います。
フラハは、どきりとしました。
たしかに砂の妖精です。ちゃんと役目がありますし、羽が無くてもみんながそうよぶので、妖精でまちがいないでしょう。
ですが、妖精が魔法を使えるなんて話は、ここに来るまで知りませんでしたし、知らないものは使ったこともありません。
この話題になるたびに、なんだか情けない気持ちになります。
「みんな、自分の部屋があるの?」
フラハは話題を変えました。
こうすれば、「魔法を使ってみせて」なんて、せがまれないですみそうですからね。
「あるよ。寝るときと、考えごとをするときにしか使わないけど。でも、わたしは、ココロ先生といっしょのお部屋がいいなあ」
モモはうらやましそうに言うと、なぜかもう一度、顔をあらい始めました。
それから、「まちがえた。おしゃべりしてたら、顔をあらったのをわすれちゃった!」とひとりでに笑いました。
みじたくをすませたら、次は食堂に集まって朝食をとります。
長いテーブルには、ぴかぴか眼鏡のサイディアさん、ほうきのようなお髭のファギオさん、それから、子どもたちがつきます。
ココロ先生はもう、いすにすわっていて、鼻ちょうちんを作っています。
朝食のメニューは、ニワトリさんの産んだ卵で作った目玉焼き、早朝にバケリおばさんがとどけてくれたバタークロワッサン、うら手の野菜畑でとれたお野菜をふんだんに使ったスープ、そして、いつもの三倍の量のミルクです。
これだけの料理を全員分したくするには、たくさんの食器をならべる必要があります。
ココロ先生が「今日もクローディアさんが朝早くから起きて、おてつだいをしてくれました」と、お口の前で両手の指を合わせて言いました。
子どもたちは口々に「さすが」とか「えらい」とほめます。
クローディアは「当然よ」と軽く流しましたが、ポニーテールはぴょんとはねていました。
「ま、めしのしたくをしたのはココロ先生だけどな。ところで、今日のミルクは多すぎやしないか?」
グロブさんがげっぷをしました。
かれは“かざはなの家”にすんでいませんでしたが、よくここに食べに来ています。
朝食を終えると、片付けはファギオおじさんにお任せして、みんなは表へ出ます。
天気のよい日は、ココロ先生の授業があるのです。(雨が降ったらおやすみです!)
「おっはよー、みんな!」
いちばん最初に元気よく走ってきたのはリーデルくんです。そのあとを、ほかの子どもたちや、可愛い服とくるくるヘアーを決めて気取って歩くフィーユちゃんが続きます。
「おはよ、フラハちゃん……」
あいさつと共にフラハの手をにぎってきたのは、ムギちゃんです。
ムギちゃんはすでに、バケリおばさんやイーストさんのおてつだいをしてきたようで、頭に白い粉がついていました。
フラハは「えらいなあ」と思いながら、小麦粉を落としてやります。
子どもたちがそろうと、授業の開始です。
今日の授業は「春のにおいと夏のにおいのかぎわけ」です。
緑の丘に春がやってきてから、ずいぶんと経っていて、そろそろ夏が近づいてきています。
ほとんどのところはまだ春ですが、場所によっては草木や生き物たちが夏をむかえる準備を始めています。
ココロ先生は、そのちがいや、変化を教えるために、みんなを連れて、丘のふもとにある、“チョウチョのねどこ”とよばれる原っぱに向かいます。
チョウチョのねどこはすてきな場所です。
春夏秋冬、いつでも何かの花がさいていて、香りがいつでも楽しめますし、丘から吹きおろす風を受けた草は、ささやくように歌っています。
フラハは、どこかでその歌を聞いたことがあるような気がしました。
思い出そうとしてみましたが、昨日見た夢のように、思い出すことができません。
「わ、フラハちゃん、見て! お花畑が空を飛んでる!」
ムギちゃんが何か言っています。お花畑が空を? そんなわけありますか!
フラハも「しょうがない子、夢を見ている真っ最中のようだわ」と思いつつも、ムギちゃんの指さすほうを見ました。
すると、どうでしょう!?
本当に、お花畑が空を飛んでいたのです!
草原にあった、色とりどりの花が、ぱっと地面をはなれ、空へとまいあがります。
「よかった。間に合ったみたい」
ココロ先生が空を見上げながら「ほうっ」とため息をつきます。
「きれいなチョウですね」
サイディアさんが言いました。
そうなのです。これは花びらがまっているのではなく、全て、チョウなのです。
眠っているチョウチョが目を覚まして、とまっていた草からいっせいに飛びたつので、まるで花畑が空を飛んだように見えたのです。
ちょうどかれらが目覚めるこの時間にしか見れない、特別な景色なのでした。
チョウチョたちも、みんなが見ていることに気が付き、目覚めのダンスをひろうしました。
赤や黄色、青や白に黒。とくにアゲハの仲間のダンスはかくべつで、みんなはため息が止まりません。
フラハも、チョウを夢中で見つめて、季節色の瞳でずっと追いかけました。
空でおどるお花畑に目をこらしていると、すいこまれてしまいそうです。
すると、ふらふらしてきて、思わずおでこを押さえて、地面に視線を落としました。
「あら?」
足元に、かれ葉色のイモムシがいます。
イモムシは、アリたちとごはんの交換をしているところでした。
「あなたは、まだチョウにならないの?」
「うん、ぼくは、もうちょっとしてからサナギになって、それからチョウになるんだ。でも、ぼくはダンスには参加できないかな」
イモムシは悲しそうに言います。
「どうして、ダンスに参加できないの?」
「大人になっても、きれいな羽が無いからね。ぼくらの仲間の羽は、地味で目立たないんだ」
「かわいそう」
フラハがそう言うと、イモムシはうなだれてしまいました。
アリたちがイモムシの頭をなでて、なぐさめてやっています。
「そうだった。ぼくはかわいそうなんだった」
「わたしも、きれいな羽が生えるかな?」
フラハは心配になって、ココロ先生にたずねました。
「心配ね。でも、だいじょうぶですよ。きっと、すてきな羽が生えますよ」
ココロ先生は、背中のきれいな羽をぴくぴく動かしながら言いました。
先生の羽は、チョウのダンスとお花畑を合わせたよりも、ずっとずっときれいに思えます。
あまりにもきれいなもので、フラハは「先生みたいにきれいな羽は、絶対に生えてこないわ」と口にしました。
ココロ先生は、しゃがんで、フラハと同じ高さになってから見つめて、「うーん」とうなったあと……うなだれたイモムシにささやきました。
「あなたたちは、アリさんと仲良しでしょう?」
「そうだった。イモムシはアリにかじられることも多いけど、ぼくたちは仲良しなのさ。それに、大人になっても地味な代わりに、かれ葉にかくれられるから、お腹をすかせた鳥をこわがらなくてもいいのさ。思い出させてくれてありがとう、ココロ先生」
イモムシはぺこりと頭を下げました。アリたちもとなりで触覚を下げてあいさつをします。
「もしも羽が地味だったり、生えてこなくても、その代わりにすてきなところがあると思いますよ」
ココロ先生はフラハにそう言うと、にこりと笑って立ち上がりました。
それから、「みなさん、小川の中でくらすお魚たちをのぞきに行ってみましょう。この前に見たときとのちがいを探してみましょうね」と呼びかけました。
子どもたちが小川のほうにかけて行きます。
でも、フラハはそれに気付かないで、「本当に、羽が生えてくるかしら」と、まだ心配をしていました。
ココロ先生の言った「代わりのすてきなところ」がなんなのかも分かりませんし……。
フラハは、辺りを見回します。
いつのまにか、みんなは小川のあるほうへと行ってしまって、子どもたちの声も小さくなっています。
チョウたちは、ほかの花畑におりて、朝ごはんの時間です。
丘の上には風車がどっしりとたたずんでいましたが、風は止まっていて、原っぱの歌もありません。
その代わり、遠くで野ウサギの親子が飛びはねるのが見えました。
草原の向こうには、“フクロウのいびき”とよばれる森があります。そこは夜は暗くて、とてもこわいところですが、今は木々のあいだを通り抜ける日光が、きらきらとかがやいています。
本当に、きれいなところです。
フラハもきれいだとは思いましたが、考えなければいけないことがたくさんあって、それどころではありませんでした。
黄色の丘にいたころは、こんなにたくさんの考えごとをしなかったのです。
「みんな、あっちに行っちゃったよ?」
ムギちゃんがフラハの手を引っぱります。
ですが、フラハは考えごとに夢中で、気が付きません。
ムギちゃんが三度目に引っぱったときに、ようやく気が付きました。
……おや? よく見ると、ムギちゃんはまだ、あちらこちらに小麦粉をつけたままです。
「しょうがない子!」
フラハは粉をはらい落としてやると、ついでにムギちゃんをパンのようにこねてやりました。
「くすぐったい! しょうがない子は、ぼーっとしてたフラハちゃんだよう!」
ムギちゃんは身をよじらせて笑います。
「ふたりとも! もう、みんなは小川のほうに行きましたよ! 遊んでないで、早く早く!」
サイディアさんが手をふってよんでいます。
今は、授業に集中するときです。
フラハは、考えごとを頭のすみに押しやると、ムギちゃんの手を取って、小川のほうへとかけていきました。
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☆妖精の世界のひみつ、その十☆
「こぼれたミルクをふいたぞうきんは、急いであらわないと、とてもくさくなるんじゃよ」




