内戦
ファルカナス民主共和国が成立してから一月。とうとう北部にある王都から征伐軍が派遣されるとの情報が入る。訓練を受けている正規軍である騎士団の規模は、ジュリアさんとランベルトさんの予想の中間である4000人。ついでとばかりに集められた冒険者の数は3000人だ。計7000人の軍を、こんな辺境の反乱鎮圧に使うってペイできるのかな?
「どうやら王国は、うちらを全員奴隷にするつもりらしいで。だからギリギリ儲けは出る範囲やな」
「奴隷って、そんな高値で売れるんだね。あとは王国の根幹を揺るがしかねないから、確実に勝つために規模は大きくなったのかな」
「……で、何人を潜り込ませたんや?」
「60人だけだよ。逆に向こうのスパイは、数人が紛れ込んだだけかな」
ここ半月で分かったことは、ジュリアさんが想像以上ガチレズで、商人のランベルトさんが思っていたよりも有能だったこと。アンヘルの街の長を決める投票で、圧倒的に票を獲得したモリスさんが元アンサル領主であるナガーロさんの部下で要注意だってことぐらいかな。
まあモリスさんは、私に共感したと言ってアンヘルをファルカナス民主共和国に属させてしまったから、よっぽど危なくならない限り手のひら返しはしないはず。冒険者集団には、60人ほどを紛れ込ませたから情報はある程度入って来るし、何ならそこで民主化運動もしてくれるはず。
で、この国も軍隊を編成することになりました。村々から屈強な男を集め、総勢約100人の常備軍を結成。総隊長には元ナガーロさんの私兵で、活動初期から色々と融通してくれていたガチ屑ロリペドキザ野郎であるマリオンさんを据える。こいつ10歳の私に求婚したやべー奴なんだけど、軍事面では有能だから扱いに困る。
まあ、一兵卒から上がれなかったような人物だから底は知れてるけど。一応軍事学校を出ているようなので戦略面でも期待は出来る。マウロ兄ちゃんは一兵卒スタートです。ニートから兵士にジョブチェンジ出来て良かったね。
冒険者は使いたいけど、この世界で冒険者というと格好良く魔物を討伐して大金を稼ぐような職業ではなく、国の公共事業みたいなもので日々雑用や雑務をこなして日銭を稼ぐ存在だ。ぶっちゃけ日雇労働とそんなに変わらない。日雇労働者と違うのは、国からお金が出ているということで、今現在ファルカナス民主共和国の中にファルカナス王国の冒険者ギルドがある状態。
冒険者ギルドのトップ層とは話し合いが進んでいないので、冒険者の集団を軍として編成することは難しい。まあ、今ある中で何とかやりくりしていくしかないね。どうせこんな辺境にいる冒険者に、強い冒険者とかいないし誤差だよ誤差。まだナガーロさんの私兵を再雇用する方が安いし強いわ。
……ファルカナス民主共和国の4万人の内、15歳から55歳の男性は15000人程度か。訓練期間に、相手の軍が到着するまでの2週間は使えるし、わざわざ冒険者を集めなくても何とかなりそうだね。何なら、常備軍の100人は捨て駒のように使っても良さそう。
幸い、収穫の季節まではまだ時間がある。常備軍と徴兵軍の両方で王国軍に対抗できるだけの数は揃えられるし、隣の国に助けも求めようかな。
王都から出立した冒険者の集団である軍は、3000人という規模であり、この軍だけで勝手に独立宣言を行ったファルカナス民主共和国を打倒出来ると冒険者集団の指揮官は考えていた。
しかしアンサルまでの道のりの半分を過ぎたところで、過激な民主派集団が補給路を襲って兵糧を強奪したという報告が入る。また、いくつかの部隊の士気が壊滅的な状態になり、王国は間違っていると叫ぶような人間も現れた。
民が自分たちで政治を行い、自分たちで行く先を決める。実際にファルカナス民主共和国の内部は生活が豊かになったという情報が、軍にも届いていた。その情報の大本はライラが設立した新聞社の発行する新聞であり、情報には過剰なまでの装飾が為されている。
そして厄介なことに、この新聞は大量に刷られており、どこからか運び込まれた新聞があっという間に軍内部に広まる。行軍中に娯楽などない冒険者達にとって、それを読まずにいることは難しかった。
何より王国軍の指揮官も、事態の不味さを正確に認識することが出来なかった。これは戦争がここ十数年なく、冒険者集団を率いていたのが若い指揮官だったことも影響している。何より、敵の情報を入手する方法や情報を手に入れる重要性については軍事学校で学んでいるが、敵の情報を遮断する方法や情報が入ることの危険性について彼は軍事学校で学んでいなかった。
足取りが重くなったところに、王国の正規軍である騎士団が合流する。彼らには上流階級の息子や娘が多く、中には王族もいる。彼らは、民主主義の影響を受けた冒険者達を嘲笑った。
「民が政をして上手く行くはずもない。経験がなければ、学もないからだ。貴様らはただ、偉大なる王の言うことを聞いていれば良い」
騎士団にとっての正論は、冒険者集団に遺恨を残した。やがて兵糧が滞るようになると、冒険者集団は脱走者が何人も出るようになる。新聞でファルカナス民主共和国が常備軍を編成したという情報が届き、食事の量が少なくなったことで圧勝ムードがなくなってきたからだ。
……もちろん、この脱走兵はライラの仕込んでいたことになるが。ライラが潜入させた60人の冒険者の内、脱出したのは最初の1人だけだ。その最初の1人が周囲に伝えてから抜け出したことで、負の連鎖が始まる。
アンサルの手前まで来た時には、脱走兵の数が100人を超えていた。この時期になると騎士団の面々も嫌な雰囲気というのは感じ取っており、嫌みを言う回数も減っている。そんな彼らの前に、武装した集団が現れた。
王国騎士団3960人と、冒険者集団2890人。ファルカナス王国側6850人対ファルカナス民主共和国側2000人の戦争が始まる。