活動開始
集会で明日から本格的に活動するよと言って、その日の晩に放火&強盗殺人を決めた日の翌日。いつもの集会場所へ赴くと、見慣れたおっさん達が居た。こいつらのほとんどが冒険者や日雇い労働者とはいえ、この朝の時間帯に来るのかよ。あ、私は看板娘を卒業したので今日から無職の自称政治活動家です。私が一番ヤバそうだな。総資産は日本円で50億円ほどあるけど。
思っていた通り100人の同志の内、朝方から来れたのは28人だけ。うん。予想よりは多いし前向きに行こう。まずは、木の板に民主主義について書いた看板を街のあちこちに立てて貰う。
「立札か。そんなもの勝手に設置していいのか?」
「今、領主さんは大変だろうから大丈夫だよ。とにかく色んな人に伝わるよう、色んなところに立ててきて」
「……他にその看板はどこにある?」
「この例の通りに作って。お金なら払うから、周囲の暇そうな冒険者にも声をかけていいよ」
私に立札がどこにあるのか聞いてきたランベルトさんは、お金なら払うと聞いて目を光らせた。おっさんが目を輝かせてこちらを見てきても、私個人としては嬉しくないね。立札がそのまま売っていることはないけど、木の板と木の棒なら大きい商会で売っているから仕入れてきてくれるだろう。
『自分たちのことは自分で決めよう!』
『悪い領主を追い出そう!私が領主になったら、収入に対する税金を半分にします!』
『一番悪いのは国王!生まれで人の偉さは決まらない!』
『民主主義は、多数決で物事を決めることが出来るこの世で一番完璧な方法です!』
この世界の識字率は、結構高い。これは教育がしっかりしていない国だとまずあり得ないことなんだけど、流石は異世界。常識なんて簡単に打ち崩してくれる。まあ豊かな国なら自然と教養が高くなるし、これはこの世界が戦争の少ない平和な世界である証だ。これからは民主政治陣営と王政、帝政陣営との戦争に明け暮れる日々になるだろうけど。平和な世の中で成り上がるなんて不可能だから、出来れば大戦争は何回か起こしたいね。
ここアンサルは人口1万人とファルカナス王国の中でも少ない方だけど、隣に同規模のアンヘルという都市があり、周囲の村々を含めれば人口は4万人を超える。王都からは距離があって、平和な地域のはずなんだけど、重税のせいで夜盗や強盗が増加。街から離れた村の治安は悪化傾向。
というか街中でも日本と比較すると治安が良くない。だから立札を撤去して回るような人はいないし、その防御意識の低さを活用する。というか活用した結果が強盗殺人&放火です。久しぶりの大事件だけど、犯人はいまだにわかってないらしいよ。この世界の警察は無能だね。私がトップになったら徹底的に改革しなきゃ。
立札には、共感してくれた人は中央広場へ集合とも書いていた。なのでしばらくすると街の飯屋の中でもそこそこ有名なところの看板娘が面白いことをしているということで、人が徐々に中央の広場へ集まって来る。昨夜に領主の館が燃えたこともあり、まだ領主には伝わっていない模様。燃やした本人であるマウロ兄ちゃんはケロッとした顔で集会に参加しているからマジでサイコパスだね。あとで100ゴールドぐらいあげよう。時給1000円なら妥当だな。
「なぜ消火が遅れたのだ!お蔭で館まで火が回ったではないか!?」
アンサルとアンヘルを中心とした地域一帯を統治しているナガーロ=カーティスは激怒した。館が全焼し、崩れ落ちてしまったからだ。
館の内部に居た人間は、森が火事になるとそれを見るために外へ出た。水魔法を使える人間が何人かいたため、総出で消火活動も行った。しかし火は大きくなるばかりで、館まで到達しそうな勢いがあった。
そして一部の人間、ナガーロの側近達は館の中の物を持ち運び始めようとする。万が一を考慮しての行動だったが、これが裏目に出た。館の中に戻った時点で、ライラが放った火は宝物庫周辺を燃やしていた。森の火事が館の中にまで到達したと勘違いした側近達は慌てて館を出ようとするが、その中の数名は崩れ落ちる館に飲み込まれて死亡した。その最大の原因は、この世界では解明されることがないがライラが去り際に撒いた油のせいだった。
この側近達の死はナガーロにとって痛手だった。実務能力はともかく、大局観や行動力などはある方だったナガーロは決して無能な領主ではなかった。むしろ年々税率を吊り上げる国に対し、極力民から徴収する税を少なくしようと努力する倹約家だった。その結果、盗賊団を討伐するお金すらなくなったが。
ライラは収入の半分も税として取られると嘆いていたが、別の見方をすれば半分しか取られていないと言える。そもそも、五公五民であれば税率としては一般的であり、昔の日本やこの世界の他の国とも遜色がない。
今まで四公六民だったからこそ民も不満を漏らしているが、普通になっただけなのだ。しかしそのようなことは知っている者にしか分からないことであり、この街は重税だと住民の多くが声高々に叫べば、ただ日常生活を送っている人々にとって、この街は重税だということになる。
さらにナガーロ自身も完璧な人間ではなく、村々から売られる口減らしの娘を買い漁り、壊すことを趣味としていた。この趣味が契機で化け物が生まれたのだから、ナガーロ自身にもわずかにではあるが責任はある。
「ナガーロ様、恐れ多いのですが中央広場にてナガーロ様のことを批判する者達が集っているようです」
「そのような者よりも早く館へ放火した者を捕まえろ!金遣いが荒くなった者を徹底的に調べあげるのだ。怪しいものは即座に投獄し、反応を見ろ!」
ナガーロの死んだ側近の中には私兵を動員する者も含まれており、そのトップが居なくなったことで現場はさらに混乱した。結果、ナガーロとその一派は中央広場で開かれる演説を止めることが出来なかった。
もしもこの場で反領主の人間が集まっていることに少しでも警戒心を持つ者が居れば、ライラの飛躍はあり得なかった。しかしそのような人間はおらず、結果的にナガーロとその一派は、暗君の烙印を押されることになる。