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「三神さん」

 僕は彼の腕を引き、ぎゅっと目を閉じたまま後ろへと下がった。少しでも窓から離れなければ。よく分からないけれど、あれはいつまでも眺めていて良い光景じゃない。

「三神さん、チエちゃんからの頼まれ物を探さないと」

「……お、ああ。そうであった」

 三神さんは覚醒し切らないふわふわとした声を出し、

「何を、見つければ良いのだったかな?」

 と首を傾げた。

「えーっと」

 僕は瞼に焼き付いて離れない赤い川の残像を振り払うように、無理やり室内へと向き直った。「しゅ……朱色の、風車を」

 三神さんは呆けたように頷くと、ゆっくりと体を反転させて見るともなく視線を巡らせた。そしてなんとなく気乗りのしない、詰まらなそうな顔を浮かべて部屋の端から端を見渡すと、迷うことなく箪笥の一つを指さした。「あの中にある」

「え?」

 僕は驚愕し、半信半疑のままその箪笥の前に立った。

「一番上の引き出しだろう」

 と三神さんは言う。僕は喉を鳴らして唾を呑み込みながら、そっと箪笥の一段目を引き抜いた。

「……あった」

 しかしそれは朱色というよりも、真っ赤な血の色をしていた。風車は、蓋のない横長の木箱の中で、四角い小さな紙箱の上にちょこんと乗せられている。僕は風車だけを持ち上げようとしたのだが、持ち手の棒とその下の紙箱がリボンで結われ、固定されていた。

「これは?」

 僕は紙箱ごと引出しから取り上げ、三神さんのもとへと戻ろうとした。

「……ん」

 三神さんが低い声を発し、目を細めた。「新開の、そのまま離すなよ」

「え」

 僕は慌てて立ち止まり、「な、なんですかいきなり」。

「お前さんが今手にしとるのは呪物だ。中を見てみんことにはどんな代物か分からんが、一度触れた物を不用意に手離してはいかんぞ」

「呪物ですって?」

 何の変哲もない、十センチ四方の白い紙箱である。十字に括られたリボンが風車と同じ鮮血の色をしている以外は、まるで上等な和菓子でも入っていそうな佇まいなのだ。

「でもこれ、チエちゃんからの頼まれものですよ?」

 実際両手を受け皿にして触っている僕自身、特に何も異変を感じない。しかし三神さんは視線を小箱に据えたまま首を捻り、

「それは風車の方であろう。問題はその紙箱だよ」

 と言って譲らない。「しかし何だろうな、この感じは……」

「僕はどうすればいいですか?」

「そのまま持っておれ、ワシが開けよう」

 三神さんは自ら出向いて僕の前に立ち、両手でリボンをそろりと解いた。右手で風車を持ち上げると、それをそのまま作務衣の胸元に刺した。そして左右の指先で慎重に紙箱の蓋を固定し、ゆっくりと真上へと持ち上げた。

 箱の中には、干からびた梅干しの種のようなものが入っていた。真綿のような詰め物の上に、それはちんまりと座っているように見えた。

「なんですか、こいつは?」

 至近距離で見ても、それがなんだか分からない。

「さあ、ワシも初めて見る」

 三神さんも僕の手の中に視線を落とし、じっと見つめる。

 色は、赤と茶色の丁度中間色であり、皺が多く、やや大振りな梅干しの種だ。一瞬臍の緒かとも思ったが、それにしては大きいし、もう少し赤みがかっている。それに干からびて見える割には肉厚で、歪ではあるがころんと丸い形状をしていた。

「桃、か?」

 と三神さんが独り言ちる。確かに似ている。しかし桃の種だとして、なぜ紙箱に入れて保管するのだ。ご丁寧に十字にリボンを掛け、地底深くに作られた謎の座敷に隠す必要などどこにあろうか。

「はあ……」

 思わず僕が溜息をついた、その時だった。

「ああッ」

 僕と三神さんは同時に声を上げた。


 桃の種かと思われたソレが、ピクリと動いたのだ。


「なんだ……」

 動いたぞ、とは僕も三神さんも言わなかった。動いたのはその一度切りではなかったのだ。桃の種は僕たちが見つめる中、ゆっくりと、そして確実なペースで動き始めたのである。それはまさに……。

「こいつァ、驚いた。新開の、これは……」

「もしかして、これ」


 …‥心臓ですか?


 そのようだ、と言って三神さんは頷いた。

 偶然見つけた紙箱に収められていた果実の種らしき干物は、鼓動を連想させるリズムでトクトクと動き始めたのだ。サイズは小動物のそれに近い。しかし鳴動するその干物はやがて干物と呼べぬほどの色艶を取り戻し、気が付けば心なしか大きくなったようにも思えた。

「三神さん、これ……これが、チエちゃんの探し物じゃないでしょうか。もしかしてこれ、チエちゃんの心臓なんじゃありませんか!?」

 さしもの三神さんも、信じがたい現実に両手で髪の毛を掻き上げながら呻き声を漏らした。額には汗が滲んでいた。彼は僕の手の中にあった紙箱を「呪物」と言ったのだ。三神さんがそう感じたならばそれが事実だろう。だとするなら、やはりチエちゃんは呪いを受けていたことになる。彼女の治せない病気の正体は、なんらかの呪いで間違いなかったのだ。次々と病変に見舞われるチエちゃんの心臓は見せかけだけの紛い物であり、本当の意味では彼女の肉体には存在していなかったのである。チエちゃんの本物の心臓は今僕の手の中で、弱々しくも精一杯生きようと、必死にもがき続けていた……。




 古骸信仰を連綿と受け継ぐ古い集落を率いる人蔵家の地下には、赤い川が流れる光景を肉眼で目の当たりに出来る、謎の部屋が存在していた。そしてその部屋に安置されていたのは、なんと当主の孫の心臓であったのだ。

 それでもチエちゃんの希望する探し物は、紙箱ではなくあくまでも朱色の風車だった。その部分に、僕と三神さんは僅かな救いを感じとった。少女がどこまで自分の置かれた奇異な状況を理解していたのか分からないが、おそらくこの事態を仕掛けた人物、あるいは人物たちの胸中に存在したのは、チエちゃんに対する末恐ろしい憎しみや恨みではないように思えたのだ。心臓を抜き取られた少女はそれでも十六年生きていたわけで、その心臓も人目に触れることのない下界から断絶された部屋に安置されていた。

 しかし、チエちゃんはあの部屋を「眺めの良い部屋」と手紙に記した。武田さんが首を傾げた「サイジョウ階」が「最上階」ではなく、「斎場」もしくは「祭場」の階であったと仮定すれば、少なくともチエちゃんはあの部屋の存在を知っており、訪れたことがあるのではないかと想像することも出来るのた……。

 謎の尽きない村を後にし、僕と三神さんはチエちゃんのもとへ風車と紙箱を持ち返った。その道中僕は秋月六花さんに連絡を取り、R医大病院で待ち合わせることにした。既に眠りについていたチエちゃんの枕元に紙箱を置くと、あとは六花さんの到着を待って、彼女の神通力が奇跡を起こす事を祈るばかりである。

 月光を吸い込むほどに青白く儚い色をしていた少女の頬に、赤味がさし始める様子を想像する。やがてチエちゃんは健康を取り戻し、文乃さんは自身の肉体を探す旅に出発できるだろう。

 僕はあの部屋で見た赤い川の流れを思い返し、またいつか訪れたいと考えている自分に気がつき、薄ら寒さを覚えて頭を振った。

 寒いかね、と三神さんに問われて「少し」、と答えると、彼は苦笑いのような表情を浮かべて小さくこう呟いた。……今は、忘れなさい、と。





『同体共生による弊害、懺悔と希望、そして幻想』、了。



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