第7話 1か月
森の中を風が駆け巡る。ただし、風と呼べるような生易しいものでは無く、その風に触れたもの全てを粉々に粉砕し微塵切りにしていく、狂気を帯びた風。自然に誕生したものではない、人為的なものだろう。
その風から必死に逃げ回る生き物が1体。
深紅の体毛に身を包み、尾には巨大な毒針が。全身の筋肉は限界まで引き締まり、その恐ろしい形相は否応なしに万人に恐怖を抱かせるだろう。マンティコアと呼ばれる巨大な四足獣だ。
しかも、この個体はレファスト大森林で独自の進化を遂げた上位個体。その戦闘力は他の追従を許さず、この広大な樹海の中で、最強の一角を担っている。食物連鎖の頂点に立つはずの魔物だ。
そんなマンティコアの特殊個体が、鬼のような形相を絶望と、恐怖に歪ませ必死に逃げている。分かっているのだ。己が後ろを追従してくる風、そして、その更に後ろにいる生物に追いつかれれば一瞬で殺されることを。
最初は己に戦いを挑んでくる下等生物をどう殺そうか悩むほどの余裕は持ち合わせていた。実際、食事中だったのを態々中断して相手をしようとしていたほどだ。だが、この魔法が自分の眼前に合った一切合切を破壊するのを見て、ようやく悟った。
追ってくる死の風とマンティコアの移動速度はほぼ同じ。マンティコアはまがいにも高位の魔物だから、そうそう体力が切れることは無い。それに比べ魔法は魔力が減少するほどその威力と速度は減衰していく。このまま行けばマンティコアが追いつかれることは無いだろう。それに気が付いたのか少しだけ余裕が出てきたように、全身の緊張が弛緩してきた。息が上がり死を目前にしている時よりは冷静な判断が出来るだろう。
1つだけ、マンティコアの誤算があるとすれば。この風から逃げ切れば問題ない、追ってくる生物を撃退すればいいと考えているところだ。マンティコアの体から、緊張が抜け落ち、疲労によって走る速度が少し落ちた。その瞬間、後ろを追従してきていた風は急激に加速した。そのことに気が付いた時には、無残にも強靭なはずのマンティコアの体は粉みじんに切り刻まれ、血液すらも消滅するように、全てが霧散した。
魔法は多量の魔力を込めることにより、発動後でも強化することが出来る。魔力の量的には費用対効果が釣り合わないから使うことは滅多にない。
だが、マンティコアがこの事実を理解していたところで結果は変わらなかっただろう。これは戦いでは無く、一方的な狩りだったのだから。
マンティコアを追っていた男がその傍に降りたった。この世界では珍しい黒髪、黒目の青年だ。程よく引き締まった肉体と鋭利な刃のような雰囲気を宿している。
「思ったよりも粘ったな」
新しい拡張魔法を手に入れたから使ってみたが、燃費が悪い。もっと弱い相手で試せばよかった。最後に滅茶苦茶に魔力込めて倒したが。
もともとこれだけ逃げ回るのは想定外だった。パっと撃って即ご臨終の予定だったのに。
(先に進言したではないですか。マンティコアで試すと、追尾効果だけでは移動速度的に釣り合ってしまいますよと)
……ごめん。でも試してみたかったんだ。
なんか実際に謝るのは何となく負けた気がするから心の中でだけ誤っておく。いやでも、伝わってしまうのか?
(ま、まあ。何にせよ実験は成功したし!この話はやめておこう)
(逃げましたね)
避難の目を向けてくるリースのことは無視だ。
それにしても、今日で30日目か。ここにいるとずいぶん時の進みが遅く感じる。まだ、6分の1だ。丁度1か月だ。
あれから色々あった。と、言いたいところだが、実態は何にもない暇な1日を30回繰り返しただけ。
それこそ日記でも付けたら悲惨なことになるだろうよ。歩いた。食べた。寝た。ぐらいしか書くことが無い。
そんな中での数少ない変化と言えば、リースと少しだけ親しくなったこと、名前が付いたこと、幾つか魔法を習得したことぐらいか。
「ステーテス」
名前:シュラーツ・ロドス
年齢:0歳
性別:男性
種族:魔法生命体
称号:黒の継承者
能力:【黒光】【???】【???】〈???〉
魔法:(火属性魔法)(水属性魔法)(風属性魔法)(光属性魔法)(闇属性魔法)(拡張魔法)
技能:(魔力知覚)(空間把握)
備考:自立型補助人格
この中で特筆するものと言えば、「拡張魔法」ぐらいだ。今回マンティコアを倒すときに使ったのがこれだな。直接的な攻撃の魔法では無くて、射出する魔法に追加効果を付与するものだ。効果は有能だが、魔力消費量が跳ね上がるから意外と使いにくい。
(拡張魔法)には種類があって、いま俺が使えるのは範囲、威力、追尾の3種類だ。
魔法の範囲を拡張する(拡張魔法・範囲)。
威力を高める(拡張魔法・威力)。
移動する相手を自動的に追尾する(拡張魔法・追尾)。
強制的に魔法を強化するものだから理解はできるんだが、魔力消費がネックとなって正直連発はできない。切り札として扱っている。
(魔力知覚)と(空間把握)は似通った能力で、(魔力知覚)は自然に存在する魔力から周囲の地形や環境を読み取る能力。
(空間把握)は空気の流れや、音を頼りに周囲の環境を読み取る能力だ。どっちも敵に見つからないようにと逃げ隠れしながら行動していた時に習得した。
こんなものかな。戦闘力も結構伸びたが新しい魔法を習得しただけで特に目新しいものがあるわけでは無い。
因みに名前はリースと相談して作った。先代の黒の継承者の名前はノヴァ・ロドスだったらしい。この世界は名⇒性の順だから、ロドスの性はそのまま使わせてもらった。個人的には結構いい名前になったのではないかと思っている。
さて、そろそろ行動再開と行くか。
(リース。マンティコアについて行ったせいで本来の道とはずれているだろうから、ナビはお願い)
(そうですね、極端に別方向と言う訳では無いですが、結構それてしまってますね)
確かにマップを確認してみるとズレが生じている。
リースの指示に従って本来の道に戻る。20日を過ぎた時点で【黒光】が生み出した道は消えてしまった。
もう1回放って新しく作っても良かったけれども、不要な自然破壊は控えておこうと思ってそのまま獣道を進んできてる。獣道と言っても、甚だしく木々が成長しているわけでは無い。
マップの力もある、平坦な道でなければ進めないという訳では無いからな。
(そういえばリース。今の全体でどれぐらい進んだんだ?)
(正確には分かりませんが25%程度かと)
あれ?予定ではまだ、15%から20%のはずが。
(思ったよりもマスターの移動速度が速いためです。このまま行けばあと90日ほどで森の外周まで辿り着くかと思われます)
これは嬉しい誤算だ。元は180日の予定だったから60日分短くなっている。最初まだ6分の1と言うことに辟易したが少し気力が出てきた。
(もう少しペースを上げてもよさそうだな。今の速度が負担になっているわけでもない)
(そうですね、なるべく早く抜けるに越したことはありませんからね)
しかし、リースの話によるとさっき倒したマンティコアはここ一帯の主だったらしいな。死んだことで何か大きな変化が起きなければいいけど……。
うん?フラグかな?
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