第10話 仲間
「急に話を変えて申し訳ないんだが、今日の成人の儀式に失敗した理由を教えてくれないか。話せる分で構わない」
「わ、分かったです。でも分からないことも少しあって、全部説明できるかは分からないのです」
恐らくトラウマになているだろうから無理に話させたくは無いんだが、聞いておかなければ後々取り返しのつかないことになる可能性がある。未知の状況では情報は剣にも盾にもなりうる最強の武装だ。ここ30日の生活でそれを嫌と言うほど学んだ。
「分からないことがあるのは仕方ない。話せる分で構わなから」
「最初に言ったように猫獣人の成人の儀式は輪廻の葉を回収することなのです。この森の中心部から少し離れたところに輪廻の木と言うのがあり、そこになっている葉が目的のものなのです」
輪廻、か。何かしら魔法の力を秘めていると考えるのが妥当だな。暇があれば実際に言って確認してみるのもいいかもしれない。
「猫獣人の村はこの森の外周部にあるのです。今日で森を出発して大体60日。もう直ぐ目的の場所だったのですよ。ですが、急にマンティコアが現れたのです。マンティコアはこの森の主の内の1体なのです。過度な戦闘力を持たない猫獣人にはなす術もなく、逃げようとしたのですが追いつかれ喰われそうになったのですよ。しかも何でマンティコアが現れたかも分からないのです」
……もしかして、ステアを襲ったのって、道中俺が倒したマンティコアだったりするのか?ここ一帯の主と言う話だったし、大量に生息していると言うことはないだろう。
それにしても外周部からここまで、60日か。基礎的な身体能力でここまで差が出るとは。
「ですが、私を1口喰らったら、そのままどこかに走り去っていったのですよ。意識がもうろうとして詳しくは覚えてないのですが、まるで何かから逃げるような様子だったのです。もし逃げ去らなかったら、私は2口目で確実に殺されていたのですよ」
間違いない、さっきのマンティコアだな。それにしても、まさか直ぐ近くにいたにもかかわらず倒れ伏しているのに気が付かないとは。集中することは良いことだが、視野が狭くなって証拠か。
(申し訳ございません、私がいたにも関わらず、気づくことが出来ませんでした)
(いや、仕方ない。一応助けられたのだから、今悔やんでもな)
「そのあとは、目が覚めるとこの場所に寝かされていたのです。傷が治っているのを見て『この人が治してくれたんだな』と思っていたのですよ。でも、少しパニックになってしまって……起こしてしまってごめんなさいです」
「気にしてないよ。それで、なるほど、おおむね理解した。助けるのが遅れて申し訳なかった。君がマンティコアに食われている時、その近くを通ったんだ。マンティコアを撃退することに気がとられて、君の存在に気が付くことが出来なかった」
「謝らなくていいのですよ!助けてもらっただけで、幸運だったのです。ロドスさん、本当にありがとうございます、なのです!」
「そうか、こちらこそありがとう」
しばしの沈黙。今までの会話のほとぼりが冷めるように、空洞の中に風が流れ込んでくる。集中していて気が付かなかったが、もう夜の帳は降りたようだ。体を撫でる風は、心地の良い冷気を纏っている。
「それで、どうする?一緒に来るか?」
自己紹介から始まり、話に熱中してしまったことで本題を忘れていた。
「もし、良いのであれば私はついていきたいのですよ。行く当てもないのです」
泣きそうな表情だ。
そうか、そうだよな。成人の儀に失敗するということは、獣人の村では追放と同義だ。輪廻の葉を持って帰ることが出来なかった以上、もう村に入ることはできない。15という年齢でそれを突き付けられたのだ。俺でも泣きそうになる。
「ありがとう。それもそろそろ仲間が欲しくなってきたころだった。一緒に来てくれるのであれば心強い」
「グスッ、ありがとう、なの、です、よ。本当に、ありがとうなの、です」
安堵からか、涙が堰を切ったようにあふれ出す。
「ふにゃ!?」
思わず抱きしめてしまった。何となく、そうした方がいいような気がしただけ。でも、逆の状況だったら俺は誰かに甘えたくなるだろう。人のぬくもりを感じたくなるに違いない。
これで嫌われたら、その時はその時だな。
世界一美しい土下座を見せてやる。
「にゃ~。ふにゃ、にゃー。ゴロゴロ」
理由は分からないが何となくこれで良かった気がする。腕の中でふにゃふにゃしている。やっぱ可愛いな。
「にゃ、うにゃ。……」
暫く甘えるように鳴いていたが、寝てしまったみたいだな。また明日からはこの森を出るための生活が始まる。だが、今までとは違う、仲間の居る生活が。
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