第9話 猫獣人の少女
にゃー、にゃーー。
どこからか猫の鳴き声がする。なんだか聞いているこっちが心細くなるような弱々しい鳴き声。それに何だか、体がぐらぐらと揺れているような……。揺さぶられているのか?
「う、ん?ここは……」
「あわわわわ、起きたのです!目が覚めたのです!やっぱり揺らすのはアウトだったのですよ!?やってしまったのです!」
どうして俺は起きただけで驚かれてるんだ?……驚きすぎじゃない?え、そんな?
自動的に閉じていく目を意志の力で開けて、声がする方を見る。
え、可愛い。
金と白金の体毛、猫と言うには垂れ下がったおっとりとした目。耳は少しだけ前を向いている。顔は絶世の美女、というよりかは美少女。こうしている間も、表情はあわあわと忙しなく動き、落ち着きがない様子。その慌てている様子も庇護欲を誘う。
と、そこまで観察してから思い出した。眠りに落ちる前、獣人の少女を見つけたこと。その少女を死に物狂いで治療したこと。この様子な治療は成功したのか?
「もしかして、君は大怪我を負っていた獣人の子かい?」
「は、はい!」
こうして話していても、少し怯えた様子だ。それもそうか、気が付いたら密室に知らない男と2人きりなのだから。魔物に襲われたときの記憶もまだ残っているだろう。
俺が眠っている間に逃げればよかったのに。
「あの、あなたが私を助けてくれたのです?」
「助けたと言うと語弊があるが、まあ背中の怪我を治したのは俺だ」
「本当に、ありがとうございますなのです!」
……本当に俺がこの子を助けたかは分からなかっただろうに。それに、このまま奴隷にして一生……なんてこともあったかもしれない。不用心なのか大丈夫だと思い込んでいるのか。まあ、悪い子ではなさそうだ。
「そう言えば、怪我を負ったところはしっかり直っているか?魔力量に心配があって完全に治療で来たか不安だったんだが」
「大丈夫なのです!完璧に治っているです!痛みもないのですよ」
それは良かった。治ったかどうか不安だったから。これで目が覚めたら治ってなくて死んでました、なんてことになったら卒倒する。見知らぬ人とは言え目の前で死んでいくのは悲しいし悔しい。
思えば俺はこの子について何も知らないんだ。流れで助けてしまったが、できればこの後も俺と一緒に来てほしい。
この子にとっても何か事情はあるだろうけど、1人旅は疲れた。そろそろ仲間がほしいと思っていたところだ。
ここで俺が治療したことを対価についてこいと言えば断りにくいだろうがそれはしたくない。恩で縛るのは無しだ。もし彼女がついてきてもいいと言ってくれたら、その時だけ。
「このあと、君はどうするつもりなんだ?」
「私は、村の部族の掟で、成人の儀式のためにこの森に入ったです。この森にあるアイテム、成人の証である輪廻の葉を回収する必要があったのです。けれど、私は失敗してしまったのです……もう、村には……」
聞いた感じ、成人の儀式を成功させなければ村に再び入ることが出来ないのだろう。厳しいようにも思えるが自然の中で、自然と共存していく必要のある獣人族からしたらこれが普通なのかもな。
……ダメ元で誘ってみるか。
「なあ……もし行く当てがないなら、一緒に来ないか?」
「ふにゃ?」
「今俺は、この森を抜けて世界を見て回ろうと思っている。これと言った目的のないのんびりとした旅だが、良ければ一緒に来ないか?」
個人的に旅の中曲げ増えるのは嬉しいし、この森に詳しい人がいると、今まで以上に楽になるだろう。それに、ここで見捨てるのはどうかと思うしな。断られたら何とかこの森で息の残っていくための術を身に着けてもらおう。最後まで面倒は見ないと、関係を持ってしまったのだから。助けて後はお好きにどうぞとは言えない。
「ついて行ってもいいなのですか?正直私にはもう行く当てが無いのですよ」
「ああ。俺も一人で旅をするのは嫌だしな。一緒に来てくれるのであればありがたい。と言っても、まだあって間もない人間の言うことを信じれという方が難しいか」
ふと少女の方を見ると複雑そうな顔をしていた。少し迷うそぶりを見せた後口を開いた。
「えっと、お名前を教えてもらってもいいです?」
まだ自己紹介すらしていなかったのか。すっかり失念していた。名前すら知らない人間が語り掛けてきたところで猜疑心が生まれるのは当然だ。
「名乗りもせず申し訳ない。俺はシュラーツ・ロドスだ」
「ロドスさんって呼ぶのですよ」
(リース、黒の継承者であることは言った方がいいのか?)
(恐らく言った方が話は円滑に進むかと思います)
「一応、黒の継承者でもある」
「ふにゃ?黒の継承者って、あの黒の継承者なのです!?」
世間では黒の継承者と言うのはどのような評価を受けているのだろうか。先代の評価からして悪評だらけのようには思えないが、敵対していた国からすると厄介極まりない存在だっただろう。逆に自国の民からするとある程度の評価は得ているはずだ。
リースも伝えた方が話が円滑に進むと言っているし、少なくとも獣人族から酷評を受けていることはなさそうだ。
「で、でも、先代の黒の継承者様はお亡くなりになったと聞いたのですよ」
新しい継承者が生まれたことが世界に伝わることは無いのか。となると継承者の誕生は継承者自身が広める必要があるという訳だね。……ああ、だが広めないという選択肢もあるのか。先代は王として君臨していた絵からここまで情報が広まっているのかもしれない。
「確かに先代の黒は無くなった。俺は次の代の、つい最近生まれたばかりの黒だ」
「にゃんですと!こんなところで黒の継承者様にお会いできるとは思ってなかったのです」
やはりこの感じからして悪い印象は無いのかな?
「きみたち獣人にとって黒の継承者と言うのはどういう存在なんだ?」
「英雄なのです!まだ、私は生まれて15年程度なので詳しくは知らないのですが、黒国と呼ばれる黒の継承者の方が治める国は昔、色々な種族が争い内乱が絶えない国家だったそうなのです。でも、先代の継承者様はその険悪な種族間の関係を綺麗にまとめ上げ、今はや世界屈指の強大な国家として育て上げたのです」
そう語る彼女の顔はきらきらと輝き、スターを眼前にした子供のような無邪気さがあった。15年ということは言伝にい聞いた話が多いはずだが、それでもこれだけの信頼を得ている先代はどんな人物だったんだろう。
それにしても、何となく恥ずかしいな。自分の事ではないとわかっているがここまで言われると何だか誇らしく感じてくる。それと同時に先代の底無しの力に畏れも。
「それに、獣人、特に猫獣人は戦闘力の低い、所謂劣等種族なのです。蹂躙される側だった私たちにも存在価値を見出して、登用していただいたのも継承者様のおかげなのです」
「そうか……」
これが、リースが「人格者」と称した理由なのか。
「なるほど、話してくれてありがとう。ところで、君の名前は?」
「あっ、忘れてたのです。私の名前はステア、リカイッド・ステアなのです。種族は猫獣人なのです!」
やはり猫か。しかし、改めてみるとやはり美少女だな。
とまれかくまれ自己紹介は一旦切り上げよう。
今日のことについて聞きたい。
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