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第8話 緑色の子ども

「えいっ、ですの」


――ドゴーン!


「凄いですの! えいっ、ですの」


――ドガーン



 一先ずステータス確認を終えた俺は、彼女に何も教えずに休憩を終え、再び移動を開始した。

 しばらく歩くと、膝丈の草がお生い茂るそこそこ広い場所があった為、俺はローゼに魔術を試してみるよう伝える。

 いくら魔力が増えたとはいえ、いきなり魔術は使えないだろうな。でも撃てたらラッキーだよな。などと、俺はワンチャンを期待して軽い気持ちで持ちかけたのだ。

 するとローゼは、ルビーの如く紅い瞳をキラキラせさ「いいんですの?」と言うやいなや、さっそく火の玉を打ち出してみせた。

 魔力が殆どなくても魔術を使えるように練習していたローゼだ、魔力さえあれば簡単に火の玉を繰り出せるほど努力を重ねていたのだろう。


「楽しくなってきましたのー! えい……あら、なんですの?」


 魔術が使えた事がよほど嬉しいのだろう、取り憑かれたように火の玉をぶっぱするローゼだったが、不意に雰囲気が変わった。


「どうしたローゼ?」


 もしかして魔力切れか? そんな事を思った俺だが、ローゼの表情を見るにそうではなさそうだ。


「あそこに緑色の子どもがおりますの。しかも10人以上いると思いますの」


 しばらくローゼの様子を見た後、俺はすっかり気を抜いて地べたに寝そべり、地面が爆ぜる音をバックミュージックに、少女を見上げるように眺めていた。――なかなかの絶景だったと言っておこう。

 だがローゼの発言に嫌な予感を感じた俺は、慌てて腰を上げると彼女が指差す方向に視線を向ける。


「なんでこんな所に!?」

「どうしたんですの?」


 この辺りの街道は、魔物が出現しないと言われている。

 サイーキーで冒険者として5年暮らしていた俺は、頻度が少ないながらもこの街道を使って移動する事もあり、実際に一度も魔物に遭遇した事がない。

 なのに今、街道から少しだけズレた草原に、小鬼と呼ばれる魔物”ゴブリン”が出現しているのだ。


 俺は日本人時代、ファンタジー世界の創作物でゴブリンを知っていたが、最弱に近い扱いをされていたと記憶している。

 しかしこの世界に実在するゴブリンは、戦闘クラスではない一般人なら成人男性でも倒してしまうほどで、決して弱い魔物ではない。いや、確かに魔物としては弱いかもしれないが、実際に俺が1人でゴブリンと対峙するなら、スキルを駆使して3体か4体が倒せる精々の数だ。10体を超えるとなると、とてもではないが倒せない。

 そんなゴブリン共は、既にこちらへ向かって走ってきている。


「逃げるぞローゼ!」

「あの子たちを放っておいていいんですの?」


 俺が焦りを隠す事なくローゼに『逃げる』と宣言したというのに、彼女は驚くほど暢気で、ゴブリンを『あの子』呼ばわりだ。


「あれは人型の魔物、ゴブリンだ」

「あれが魔物ですの?!」

「俺ではあの数に対応できない。だから逃げる」


 ローゼは少女とはいえ女性だ。女性の前で『逃げる』と発言するのはみっともない事だが、変なプライドで突っかかって殺されては元も子もない。

 ゴブリンとの戦闘は、ゲームでも空想の物語でもない。やり直しの効かない命懸けの戦いで、遊びでも何でもない現実なのだ。


「分かりましたの」


 俺の本気が伝わったようで、ローゼもようやく危機的状況にあると気付いてくれた……と思ったのだが――


「わたくしがやっつけて差し上げますの!」


 変なスイッチが入ってしまっている様子のローゼは、大きな目をキュッと細め、らしからぬ笑みを浮かべて妙な事を口走った。つい先程まで保護対象だったモノを、今はやっつけるなどと……。

 しかし、今はそんな事など問題ではない。俺では対応できない数だから逃げると言ったのに、初めて魔術を使えた程度の初心者が、戦闘経験もないに10体以上のゴブリンを倒せると思っているのが問題なのだ。


「ふざけてる場合じゃ――」

「行くですのぉ」


(なんで魔術士が突っ込んで行くんだよ!?)


 俺の言葉を遮ったローゼは、事もあろうかゴブリンに向かって走り出してしまった。


「チッ」


 思わず舌打ちをしてしまった俺は、【健脚】スキルを使ってローゼを追い、【収納】から武器を取り出そうとするが、現状に則した武器が何か逡巡する。

 ローゼを守るのだから盾……では意味がない。守ったところでゴブリンを攻撃する者がいないのだ。

 ならば剣、いや、槍……もダメだ。俺ではこの数を捌けない。


(ん? ゴブリンとの距離が結構あったからかな、ヤツらバラバラで近づいてきてるぞ)


 人間の子ども程の体高しかないゴブリンだが、膂力は成人男性を上回る。しかし、知能は限りなく低いので連携して攻撃などしてこない。ただ本能の赴くまま襲い掛かる、それしかできないのだ。

 そんなゴブリンが、”団”ではなく”個”としてバラバラやってきている。彼我の距離があったお陰だが、対個ならやりようがあると俺はふんだ。


(これならタイマンと変わらないな。まあ2体までなら同時でどうにかなるし。問題は俺の体力だが……考えても仕方ない。戦いながらローゼを引かせ、切りのいいところで俺も逃げよう。そうと決まれば獲物は剣だ)


 俺は【収納】から剣を取り出すと、既に追い抜いていたローゼを更に突き放し、先頭のゴブリンに襲いかかった。


「フンッ!」


――グギャーッ


「えっ?!」


 俺は驚きの余り、間抜けな声を漏らしてしまった。

 一撃でゴブリンを倒せる力など俺にはない為、いくら対個であっても手数が必要だと思っていたのだ。それが一撃で倒してしまったのだから、自分でも予想外すぎて驚いてしまったのである。


(もしかして、【(ざん)】スキルを発動してたのかな?)


 斬る事に特化した【斬】は、意識しなければ発動しないスキルだ。しかし、状況的にスキルなしでこうはならない。半ば無意識にスキルを発動していたのかもしれないが……。


(まあいい。このままゴブリンを各個撃破する!)


「フンッ!」


 目の前の状況は刻々と変化している。俺は無駄な思考を停止し、眼前のゴブリンを斬り伏せた。


――ドゴーン!


 順調に2体目3体目と斬り伏せていく俺の耳に、少し前までバックミュージックにしていた、”地が爆ぜる音”が響く。もしかしなくても、ローゼが魔術を打ち込んだ音だ。

 少し先で弾け飛んだ数体のゴブリンの内1体が、俺の前に飛んできたので切り捨てる。


「この距離なら届きますのぉ~」


 戦場と化した草原に似つかわしくない、どうにも気の抜けた声が響く。

 声の主は言わずと知れたローゼだが、彼女の言い草から察するに、魔術攻撃が届く範囲に移動したのだと分かる。だが、何も言わずに駆け出したのはいただけない。とはいえ今は状況が状況だ、お説教は後にし、現状を打破するのが先だろう。

 とりあえずローゼの攻撃は、意図しているのか不明だが、ゴブリンに直撃していない。それでも、火の玉が地に着弾した衝撃でダメージを与えている。俺もすこぶる調子がいい。このまま殲滅してしまおうと判断した。


 そして程なくしてゴブリンの殲滅が終了。


「ご主人様はお強いですの。わたくしは1体も倒せませんでしたの」

「いや、俺は強くない。今回はローゼのお陰……」


 戦闘が終了し、微笑んだり気落ちしたりと忙しく表情を変えるローゼに、俺は普通の対応をしてしまいそうになった。しかし、そもそも戦闘する予定などなかったのだ、しっかり言い聞かせておかないといけないだろう。


「なあローゼ、どうして勝手に突っ込んで行った?」

「魔物を放置すると、付近の住人に被害が出てしまいますの。魔物は駆逐しないといけませんの」


 流石は領民の上に立つ領主の娘、といった綺麗事をローゼは言う。

 だがそれは、自身の戦闘力も含めて、戦える力を得ていて初めて言える事だ。今日初めて魔術を使えるようになったローゼが、そんな正義感を翳して魔物に突っ込んで行っていい理由にはならない。


「ローゼの志は立派だ。でもな、俺の指示を無視して勝手な行動をしていい理由にはならない」

「どうしてですの? わたくしはあまりお役に立てませんでしたが、ご主人様がこうしてゴブリンを倒しましたの」

「それは結果論だ。そもそもローゼは――」


 俺はローゼに説教を開始する。

 最初こそ反論してきたローゼだが、根は素直でいい子だ、最後は「ごめんなさいですの」と頭を下げてきた。

 ただし、ローゼの素直さを真に受けてはいけない。この娘は生粋のお嬢様で純粋だ。そして平民とは違う価値観で生き、一般常識に疎い。きっと今後も、俺の意図せぬ行動をするだろう。



「ご主人様、もう少し魔法(・・)の練習をしてもいいですの?」

「程々にな」

「はいですの」


 ゴブリンから回収できる物を回収し、戦闘現場から少し離れた場所で休憩していると、ローゼがやる気をみなぎらせていた。

 怒られた事は真摯に受け止めるが、彼女はそれをズルズルと引き摺るようなやわな女ではない。俺としては、もう少し反省の色を見せてほしいのだが、ローゼはびっくりするほど切り替えが早いのだ。


(まあ、それもローゼの良いところなんだろうな)


「えいっ!」


――ドガーン


「むっふふー、何発でも撃てますのー! えいっ! ふにゃ……」


 だからすぐ調子に乗り、こうして魔力切れで倒れる羽目になるのだ。


「まったく。無邪気な笑顔や寝顔は、本当に女神顔負けなのに、言動がな……とか思ったけど、あの女神も大概だったよな」


 野営の準備を済ませ、テント内で寝かせたローゼの寝顔を見て、俺好みの顔をした聖母の如き女神を思い出したが、彼女も残念な存在だった事を思い出してしまった。


「はぁー、なんだかなー。……とりあえず飯でも作るか」


 俺は調理をしながら、先程のゴブリン戦を思い返す。

 途中で意識的に【斬】スキルを発動したら、確かに切れ味は鋭かった。しかし、それによって最初にゴブリンを一撃で切り裂いたのは、スキル未使用だった事が判明した。

 なぜ? と思ったが、”管理師”クラスになった事で得た【超】スキルの身体強化が働いたのだと推測する。


「俺のほうはそれで納得しとくとして、ローゼだな」


 ローゼは初めて魔術の練習をし、使えるようになった日によりによってゴブリンと戦った。運が良かったのか悪かったのか、なんとも言えない。

 そしてどうやらローゼの制御はまだ甘かったらしく、ゴブリンに火の玉を直撃させられなかったようだ。だが、それでも十分に戦力になる事は実感させてくれた。

 むしろしっかりした制御ができるようになれば、俺がアシストする側に回ってローゼが主戦力となるだろう。それは想定していた事だが、彼女の成長次第では思ったより早くその日がくるような気がする。


「親子ほども年の離れたローゼに、俺のほうが助けてもらわないといけないのは恥ずかしいけど、不要なプライドなんて百害あって一利なしだからな。ここは素直に、ローゼの成長に期待しよう」


 身体強化で多少戦闘力が上がっても、俺のクラスは”管理師”で戦闘クラスじゃないしな、などと口の中だけで零しながら、俺は調理に勤しむのであった。


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