第7話 目指せ”大魔導師”
「なんとか町を出られたな」
「…………」
「あ、もう喋っていいぞ。それと頭に巻いてるのも取っていいよ」
「よろしいんですの?」
「かまわない」
町を出る際、自身を証明する何らかの身分証が必要だ。
俺は冒険者証があるのだが、ローゼは娼館に引き渡された際に証明書がなくなっていた。――あっても使う訳には行かないが。
そこで偽装証明証が必要なのだが、これがなかなかお高い。だが娼館主が用意してくれたのだ。なるべく早く面倒の種を引き離したかったのだろう。
そうして偽装証明証を入手したのだが、ローゼが喋るとおかしな事になりそうだったので、門を通る前に彼女には「一言も喋るな」と言い聞かせておいた。
いざ門を通った際、ローゼは門衛から質問をされたのだが、「この娘は声が出ない病気なんだ」と俺が説明し、さしたる問題もなく通過できたのだ。
頭に巻いていたのは、ローゼが所持していた長めのストール。
ピンク系の髪は若干珍しい為、ストールを頭と顔に巻いて何処ぞの中東民族のようにし、ローゼの髪を見えなくしておいた。多少でも痕跡を消したいので、ちょっとした迷彩だ。
ちなみに、俺の黒髪は更に珍しい。この世界で、俺が自分以外の黒髪を目にしたのは2人だけだ。なので俺も、手持ちにあった適当な長い布を、ターバンのように巻いて髪を隠していた。
「ご主人様、嘘はダメですの」
「そうだな、嘘はダメだな。でもこうして町の外に出られただろう?」
「出られましたけど……やっぱりダメですの」
「これも社会勉強だ」
身分証は絶対に信用できそうだが、実際にはこうして不正できる。勉強になったか? などと俺は言いつつ、これで今からローゼが戻って本当の事を言えば、嘘を見抜けなかった門衛が罰せられて、下手したら死罪になるな。
そんな事を冗談交じりに言ってみると、ローゼは門衛の人が可愛そうですの、と泣きそうになっていた。
(美少女が泣きそうになってる表情って、なんかそそるもんがあるな)
「まあ、今回は良くないやり方だったけど、少しずつ勉強していこう」
「はいですの……。ですが、あまり人様に迷惑がかかったり、嘘をつくようなお勉強はしたくないですの」
「そうだな。まっとうな方法でローゼが勉強できるように検討するよ」
(まあ、ローゼが冒険者登録をする次の町に入るとき、もう一回嘘を吐くのは確定なんだけどな)
自分で言うのもなんだが、俺は基本的に真面目だった。多分、虐待されていた日本人時代の影響だろう。
だがこの世界で年齢を重ねるごとに、少しずつ考え方などが変わっていき、良くも悪くも一般的な人の思考に近くなっていった……と思う。
それでもヒモ生活をしていた頃は、『女の金で生活している』という、傍から見たらクズな生き方をしていた。――実際にはちゃんと主夫をしていたと思うが。
しかし、冒険者に復帰してしばらくすると、俺の性格は徐々に歪んでしまっていたのを自覚していたのだ。
(俺の事はいいとして、ローゼの生真面目すぎる性格はちょっと厄介かもしれないな)
ローゼが他者の意見を真に受けるのは、娼婦になった状況からも分かる。それに加え、隷属化の影響か分からないが、今のところ俺の言うことをしっかり聞いてくれていた。
だがローゼは、生真面目すぎるきらいがある。場合によっては俺の言葉を聞かず、正義感に駆られて余計な事をしでかす可能性がないとも言い切れない。
俺は一抹の不安を覚えた。
「さて、そろそろ飯にするか」
「はいですの」
街道を歩き続け、程よい時間になったので昼食休憩をする事に。
ここまで歩いて思ったのは、やはりローゼは体力がある、という事だ。
道中では何度か水分補給を兼ねた軽い休憩をしているが、それでもお嬢様には少しキツイであろうペースで歩いていた。にも拘らず、ローゼは遅れる事なくついてきていたのだ。そして今も、若干疲れてるかな、くらいの僅かな疲労しか見せていない。
俺は【収納】から二人で座るのに丁度良いベンチを取り出すと、ローゼは笑顔で俺の左側にちょこんと腰掛ける。そして買い置きしていた保存食をローゼに渡した。
「お外でお食事をして、こうしてのんびりするのも楽しいですの」
「そうだね」
体験する事すべてが新鮮なのだろう、つまらない保存食での食事でも、ローゼは本当に楽しそうに食べていた。
「ご主人様、冒険者はやはり剣を最初に覚えるんですの?」
「ローゼは魔術士になるんだろ? 剣も覚えて損はないけど、あくまで護身の為だから後回しだ。優先度の高いものから、少しずつ覚えていこうな」
ローゼが冒険者をどう思っているのか、どのような事を教わってきたのか知らない。だが今の言い分で、まずは剣が大事だと教えられていたと推測できる。
しかし、ローゼが自己申告した大きな魔力があるのならば、まずは”攻魔の才”を活かし、魔術を覚えて欲しいところだ。
この世界は所謂『剣と魔術の世界』で、クラスやそれに付随するスキルの影響が大きく、中級クラスでどうにか一人前と言われている。
そして俺は、中級にクラスにチェンジできなかった為、万年初級クラスで半人前の戦闘力しかない。駆け出し冒険者と比べればまだ強いのだが、少し強い魔物が相手になると俺の火力では苦戦する。その程度の戦力しかないのだ。
(隷属契約がすぐにすぐ解消できればいいけど、簡単にいかなそうな気がするんだよな)
貯金を限りなく減らしてしまった今、ローゼと生活を共にするとなると、冒険者をやりながら生活費を稼がなければならない。
実際は逃避行なのだが、建前である修行の旅に出るというのは、金を稼ぐ必須条件でもあった。だが俺だけの戦闘力では稼ぎは微々たるもの、ローゼの攻撃魔術に頼らざるを得ないのだ。
「優先度が高く、最初に覚えるのはなんですの? ――分かりましたの! 娼婦として、ご主人様を気持ち良くして差し上げる事ですの! ご主人様、これから性技を教えてくださいですの」
自分の思考に意識が向かっていて俺は何も喋っていないのだが、ローゼは自問自答していた。そしてとんでもない答えを導き出していたのだ。
(痴女かな?)
俺たちは魔物の出現しないと言われる街道を歩いてきた。今も街道の脇で休憩している。
現状は他の旅人と遭遇していないが、いつ誰と遭遇してもおかしくない。そんな場所で性技の指導とか、特殊性癖のある人しかやらないだろう。……そして俺にそんな趣味はない。
「ローゼ、まず覚えるのは魔術だ。そして今のローゼはまだまだ未熟すぎるから、性技の指導は当分先までない」
「そ、それでは立派な娼婦になれないですの。私は早く性女になりたいんですの」
「今のローゼでは娼婦になれない。娼婦を名乗るのもおこがましいほど未熟だからな。――そもそも性女は、ローゼが思っているほど簡単にはなれない」
性女は聖女の見習いなどではなく、聖女と同じ超級クラスなのだから。
「だから俺が良いと言うまで娼婦関係は忘れて、今は魔術士になる事だけを考えるんだ」
(今の俺って、ご主人様というよりお師匠様って感じだよな。なんかこういうのもいいな)
「わかりましたの。わたくしのような未熟者が、聖女の最下層である娼婦を名乗るのはおこがましいですの」
(いやいや、娼婦は聖女の対極みたいなもんだよ? 最下層どころか同列で考えちゃダメだから)
「なのでわたくし、まずは一人前の魔術士になりますの! そうすればわたくしも、胸を張って娼婦を、そして性女を目指すと言えるようになるんですの!」
(どうして『聖女を目指す』って言えないのかな? ローゼの考えどおりだとして、娼婦も性女も通過点でしかないのに。――まあ聖女を目指したところで、ローゼは処女じゃなくなっちゃったから、修道女になる事すら無理なんだけどね。性女は目指せるけど……)
「とりあえずその意気で頑張ってね」
「頑張りますの! 目指せ”大魔導師”ですの! そしてゆくゆくは立派な”性女”になり、民を癒やして差し上げますの!」
「う、うん……」
(なんだろ、魔術側の目標は”大魔導師”に飛躍してるのに、最終目標がおかしいままだ。いや、おかしいのはローゼの頭か?)
なんだか頭が痛くなってきた。頭痛を抑えるスキルとか生えてないかな、などと俺は軽い気持ちでステータスを思い浮かべていると、突如目の前に半透過で緑色のディスプレイが出現した。