表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/28

第6話 馴染んだ町

「お腹いっぱいですの。――さてご主人様、わたくしを立派な娼婦にしてくださいですの。早く性女(・・)になりたいんですのー」


 女神アンネミーナに似た美しくも可愛らいい姿で、母性を溢れさせまくっている超絶美少女のローゼ。彼女は思いの外肉食系なのか、それとも多大なる向上心があるのか不明だが、必要以上に娼婦の技術を高めようとしている。

 しかもあろうことか、聖女と同じ(・・・・・)超級クラスの性女(・・)を目指しているため始末に負えない。

 俺としては、隷属契約がなければすんなり受け入れられたのだが……。


「……あ~予定を変更して、これから買い物に行くから」

「お買い物は明日ではないんですの? わたくし、早くご主人様を気持ち良くして差し上げたいんですの」

「…………」


 ローゼの申し出はこの上なく魅力的だ。慈愛に満ちた目尻の下がった双眸の奥で、紅く輝く魅惑的な瞳に吸い込まれそうになり、親子ほど年の離れた少女に甘えたくなる。だがその申し出は危険だ。受け入れる訳にはいかない。


「ローゼには社会勉強も急務だ。まずは街に出てみよう」

「わかりましたの。お買い物も初めてですの。楽しみですの」


(あっ、グズらないんだ。まあそうか、邸の外の事を知らないから、ローゼの興味を惹く事はたくさんあるしな)


 一般常識に疎いローゼは、基本的にちょろいので思いの外苦労は少なそうだ、そう感じた俺は、世間知らずのお嬢様を連れて街に出た。



「うわぁー、人がたくさんいますの」

「いや、これは少ないほうだぞ」


 花街から少し離れた商業区画にやってきた。

 昼食帯もすぎてやや落ち着いた街並みを見たローゼは、「凄いですの、人がゴミのようですの」と少々興奮気味だ。――しれっと酷い事を言っていたのは聞かなかった事にしておく。


「あれはなんですの?」

「ああ、あれは――」

「それはなんですの?」

「ん、それは――」

「これはなんですの?」

「これはあれだ、こうやって――」

「なんですのなんですの?!」


 長い睫毛に縁取られ、垂れ気味ながらパッチリとした大きな目を、これでもかと言わんばかりに見開らいたローゼの好奇心が止まらない。

 放っておくと今にも走り出してしまいそうなローゼの右手を、俺は左手で握って手綱を制御している。雑魚な初級クラスでしかない俺は、175cmで70kgと大柄でもない。それでも、150cmもない小柄なローゼを制御するくらいは可能だ。

 そんな俺は生来の性格か、はたまた長年ヒモとして女性のご機嫌取りをして生きていた所為か分からないが、面倒くさいと思っても女性を無下にする事はなく、問われればしっかり答えてしまう。その為、好奇心旺盛なローゼの質問攻めが止まる気配はなかった。


「ご主人様、お買い物は楽しいですの」

「そうか、それは良かった」

「はいですの」


(笑顔が眩しすぎる)


 白いノースリーブのブラウスに、淡い水色のロングスカートという清楚な出で立ちのローゼ。金の輝きを放つ桜のような淡い色合いのローズゴールドの長い髪は、背中の中程まで伸びており、両サイドは赤に白いラインの入ったリボンで結われたツーサイドアップにされている。――まあ、髪を結ったのは俺なんですけどね。


(髪を全部結い上げるツインテールも可愛いんだけど、ツンデレや高飛車感というかキツさを感じちゃうんだよな。となると、ほんわかした雰囲気のローゼには、後ろ髪を残して両サイドを結い上げるツーサイドアップ! これこそ至高!)


 初対面時のローゼは美しい髪を真っ直ぐ下ろしていたのだが、風呂上がりの湿った髪を乾かす際、これは勿体ないと感じた。

 確かに、自然のままストンとまっすぐ落ちた長い髪も素晴らしい。だが俺の持論は、”ローゼのような美少女にはツーサイドアップこそ至高”というもので、自分の気持ちに従い、俺好みにすべく手を加えたのだ。

 長年の髪結いの亭主、所謂ヒモ生活で女性の髪の手入れなど慣れていた俺からすると、これくらいお手の物のであった。


『わたくしも自分でできるようにならないとダメですの。それにご主人様の長い黒髪も、わたくしがお手入れしたいですの。お手入れの方法、わたくしにも教えてほしいですの』


 髪を結った後、俺の目の前に立つローゼが胸前で手を組み、可愛くお願いしてきた時は、鼻の穴をおっぴろげて何度も首を縦に振ってしまったものだ。だがよくよく考えてみると、それこそ本当に髪結いの亭主になってしまいそうだと気付き、『追い追いな』と曖昧に話を濁した。


 ちなみに俺は、おしゃれで髪を伸ばしている訳ではない。ただ無精なだけで、とりあえず首元で結っているだけにすぎないのだ。


 ローゼが興味本位で移動するなか、それでも俺は必要な物を買い集め、買い物が無事に終了すると娼館に戻る。そして俺とローゼは、ベッドの端に腰掛けた。


「さあご主人様、娼婦のお時間ですの。わたくしに性技を教えてくださいですの」


 何故か落ち着きのなかったローゼは、俺が一番好きな慈愛溢れる聖母の笑みを浮かべている。ただ口にしている言葉が、聖母とかけ離れすぎたおかしな内容なのが玉に瑕だ。


 それはそうと、けっこうな時間街中をぶらぶらしていたのだが、お嬢様で体力がなさそうなローゼは、疲れた様子も見せずに俺を誘惑(?)してきた。

 外出時と同じ服を着ているローゼだが、娼館という閨事に特化した部屋の中で見るからだろうか、外では健康的な美少女に見えていた彼女が、なんだか妖艶な雰囲気を纏っているように俺の目に映ってしまう。


(どうせローゼの純血を奪っちゃったんだし、一回も二回も一緒か? でも一回なら事故で済ませられるかもしれないけど、二回目は故意だとバレるよなー)


 かつて、ヒモとして多くの女性を抱いてきたとは思えない、グダグダな優柔不断ぷりを発揮する俺。目の前には自身の好みどストライク――まだ少々幼いが――の()がお誘いしてきている。しかしこの娘は、しっかり健在している伯爵家の御令嬢。後々の事を考えれば、これ以上の問題を増やしたくない。

 とりあえず隷属契約を解消する。ローゼに手を出さない。と問題を先送りにする事を決めていた俺だが、あどけない笑顔で『性技を教えてくれ』と言うローゼを目の前にすると、どうしても心が揺らいでしまうのだ。


(ここはやっぱり……)


 早くですの、と言いながら既にベッドで待ち受けるローゼ。

 俺はゆっくりと立ち上がり、そそくさとトイレに逃げ込んだ。




「おはようございますの」

「ん、おはよう」


(起きたら目の前に女神がいた! まあ、女神にそっくりな俺の奴隷になってしまった可哀想な伯爵令嬢なんですけどね!)


 朝からおかしなテンションで脳内ツッコミをしてしまう俺。


 それはそうと昨夜の事だ。

 ローゼのプレッシャーに負けてトイレに逃げ込んでしまった俺は、妙案を思いついてトイレから帰還した。その妙案とは、性技の訓練の代わりとしてローゼに自分で着替ができるよう仕込み、ついでに俺の服の脱がせ方と着させ方も教える、というもの。


 ローゼは自分の着ていたブラウスのボタンを全部外すのに小一時間もかかり、ブラウスを着てボタンを留めるのには倍近い時間がかかったのだ。

 そのお陰で実践的な性技指導を行わずに済んだのだが、ローゼが俺の服を脱がすのは自分の脱衣より難しかったらしい。「申し訳ございませんの」と言いながら胸前で延々とモゾモゾされたのは、俺にとって精神を削られる苦行で、むしろ俺のほうが修行している気分だった。




「んじゃ館主、何かあったら予定通り俺に責任をふっかけてくれ」

「何もねー事を祈ってるよ」


 ローゼを買い取った娼館に長居するわけにもいかず、朝食を済ませた俺とローゼは、娼館主と軽い挨拶をして娼館を出た。


「ご主人様、冒険者ギルドには行くんですの? わたくし、冒険者になるのが楽しみですの」


 娼館の裏口から出て少し歩くと、当たり前のように俺の左手を右手で握ったローゼが、ルビーの如き煌めきを放つ紅い瞳で俺を見上げてきた。

 ツーサイドアップに結われたローズゴールドの髪の束は、楽しそうにゆらゆら揺れている。


「ギルドに行くのは、旅先の町に入ってからだな」

「どうしてですの?」

「…………」


 この地はローゼが売りつけられた最終地点である。そんな町の冒険者ギルドで冒険者登録をするのは、要らない足跡を残す事になってしまう。

 どこであろうと、冒険者登録すればその記録は残るのだが、極力足跡を分散させて少しでも撹乱したい、という俺の悪足掻きだ。


 それはそうと娼館主との取り決めだが、筋書きはこうだ。

 娼館主はローゼの身分を知らずに購入してしまった。そして手も付けずいきなり現場に投入。ローゼを買った客が彼女を気に入り、娼婦としてではなく嫁にしてから抱きたい。抱くのはローゼの体が出来上がる18歳頃の予定だから、今のうちに身請けさせてくれ、と言われてしまう。娼館主的に納得のできる金額を提示されたので、ローゼの幸せを思って身請けさせた。という陳腐なものだ。

 一応娼館主の言い分として、当娼館は法に則った行動をしているので、なんら落ち度はない。むしろローゼの純血が守られたまま送り出している。などという言い訳も用意した。


 ローゼを売りつけてきた奴隷商には娼館主のから話をし、大元の買取主などに迷惑がかかって困るようであれば、そっちで適当に話をでっちあげろ、と言っておくとのことだ。


「ご主人様?」

「……んぁ、悪い。実はちょっとヘマをしちゃってさ、できればこの町のギルドに顔を出したくないんだ」

「ご主人様がヘマをなされたんですの?」

「あー、ちょっと長くなる話だから、旅の途中で暇つぶしがてらに話してやるよ」

「楽しみですの」


(あの出来事は俺にとって胸糞悪い話なんだが……)


「あんま楽しい話じゃないんだけどな」

「あ、ごめんなさいですの」


 ヘマというのは、この場をごまかす言い訳だったのだが、俺は実際に冒険者ギルドへ顔を出しづらい状況になっている。それこそ、俺が鬱憤晴らしに娼館へ行ったのも、ギルドでの出来事が原因なのだから……。


(どっちにしろこの町に居続けるつもりもなかったし、丁度良かったのかもな)


 再度冒険者としてやり直す為に訪れたサーイキーの町。

 5年しか住んでいなかったが、たかが5年されど5年、それなりに馴染んだ町であり、思い入れも少なからずあった……が、今は名残惜しさもなくなっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読みいただきありがとうございます!
『ブックマーク』『評価』『感想』などを頂けると嬉しく、励みになります

下のランキングタグを一日一回ポチッとしていただけるのも嬉しいです
小説家になろう 勝手にランキング
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ