表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/28

第5話 逃避行という選択

「――――って事だ」

「ヨシュケの言いたい事は分かった」


 精気の抜けたような表情をしているであろう俺は、娼館主と顔を突き合わせてローゼを手放すよう必死に説得した。


 俺の話を聞いた娼館主は言う。

 ローゼが奴隷契約もしてないのに従順だったのは、奴隷商から『娼婦とは修道女の役割の一つ』などと言われたのを真に受け、自分の意思でここにきたからだと。

 なんでも娼館主が懇意にしている奴隷商は、上物であれば丁重に扱い、言葉巧みに言いくるめ、奴隷紋のない女性を売り込んでくるそうな。

 しかも、娼館によって必要な知識や技術が違う為、上手く意識を誘導するだけで余計な事は教えない徹底ぶりで、非常に重宝している娼館主は、その奴隷商から何度も女を買っているのだと言う。


 俺がこの娼館を贔屓にしているのも、奴隷紋の無い嬢が多い、という理由がある。奴隷紋が目につく嬢だと、金で売られたり攫われてきたのか、などと勘ぐってしまい、可哀想な気持ちが湧いて気分良く抱けないのだ。


(あっ、そういえば奴隷って、首を一回りする首輪みたいな奴隷紋があるんだった。久しく見てなかったから忘れてたな)


 ローゼの首に奴隷紋はなかったというのに、その存在を失念していた俺は、バカ正直に『ローゼって、奴隷なの?』などと尋ねた事を思い出し、少しだけ恥ずかしくなった。だがそんな事はもうどうでもいい。


「少々お高い娼館をやってる以上、そんな問題が起こるのは覚悟の上だ。つってもよ、御令嬢が純潔であればこのまま開放して、しらばっくれるのも可能だった。でもな……」

「俺は客だぞ。出された商品を正規の値段でいただいた(・・・・・)。何もおかしくないだろ」

「それはそうなんだが……純血を散らした実行犯(・・・)はヨシュケだよな?」

「……わかってるよ。だから俺が責任持って身請けをするって言ってるんだ。文句ないだろ」

「ああ。まあそういう事で、あの女はウチとは無関係だった。それで頼むぜ」

「任せてくれ……」


 娼館主としては大赤字になってしまう話だったが、俺がローゼの身請けをする事はすんなり決まった。

 そもそもローゼを身請けするのは、俺が隷属してしまったからだ。そしてそれは、ある意味で娼館主を救ってやった事になる。

 伯爵令嬢などという大問題を抱えた商品を入手した娼館が、それを知らずに商品の純血を散らして欠陥商品にしてしまった。しかしながら、そもそも娼婦という商品を扱う娼館として、仕入れた娘を客に提供するのは当たり前の事だ。

 とはいえ、そんな事が伯爵家にバレたら娼館主は首を撥ねられるだろう。


 一方の俺は、この娼館に近付かなければ何の問題もない。――本来は。

 しかし俺は、ローゼを奴隷にしてしまった。ステータス表記をごまかせない以上、純血がどうのは二の次だ。ローゼのステータスに”奴隷”の表記があり、その主が俺となっている限り、伯爵家の標的は俺なのだから。――まだ見られていないが。

 だから俺は、商売を始める準備資金として貯めに貯めた金を、身請け金として娼館主に渡した。

 しかも間の悪い事に、冒険者を辞めて商売を始めようと踏ん切りをつけたのは今日だ。それもこの娼館に向かっている最中だったというのに、その日に貯蓄がほぼ無くなってしまった……。


(それにしてもローゼは、本当に無知な上に素直なんだな。奴隷商の言葉を鵜呑みにして、娼婦が修道女の役割の一つだと思ってたって訳だもんな。――で、『性女は聖女の見習い』とか教えたのもこの奴隷商だろうな)


 碌でもない事を教えた奴隷商も大概だが、それを鵜呑みにしたローゼに頭が痛くなる。彼女にまともな思考能力があれば、娼館にくる事もなかっただろうに、とグズグズ考えながら、俺はローゼの待つ部屋へ戻った。



「ローゼの面倒は俺が見る事になった」

「ご主人様がずっとわたしくしのご主人様ですの?」

「ああ……そんな感じかな」


 ”身請け”という言葉を使いたくなかった為、俺がローゼの面倒を見る担当者なのだと伝えたつもりだ。


「わかりましたの。幾久しくよろしくお願いいたしますの」

「お、おう」


(なんだろ、プロポーズの返事のような言い草だな。ちょっとドキッとしちゃったよ)


「まぁそんな訳で、明日は街で買い物して準備ができたら旅に出るぞ」

「旅、ですの?」

「そうだ」


 ローゼが聖女を目指せない事実は覆せない。――あえてその事は伝えない。

 それはそうとなぜ旅かといえば、ローゼの隷属を解消するまでの時間を稼ぎ、伯爵家から逃げる為、謂わば――


 旅という名の逃亡、”逃避行”だ。


「でもわたくし、この娼館修道院(・・・・・)で娼婦として民を慰める仕事がありますの」


 困りましたの、とか言ってるローゼは、もしかすると娼婦が天職なのかもしれない。


「まあなんだ、ローゼは世の中を知らなすぎる。今のままでは、民が本当に望む癒やしを与えられないだろう」

「そう、ですの……」


(うっ……、ローゼに悲しい顔をさせてしまった。だが今は許してくれ)


「その為の修業だ」

「修行ですの?」

「ああ。ローゼが邸を出たのは今回が初めてだ。当然、買い物をした事もなければお金の種類や価値も知らないだろ?」

「知らないですの……」

「知らない事だらけでは、民が本当に苦しんでいる事にローゼは気づいてあげられない。それで聖女になれると思うか?」


(実際は、聖女どころか修道女にもなれにんですけどね! 俺の所為で……)


「無理……ですの」


 ベッドの上で膝を抱えたローゼは、心底悲しそうな表情になってしまった。


「だからこその旅だ。まずは冒険者になり、あちこちを巡って様々な事を覚える」

「冒険者ですの?」

「そうだ」

「わたくしの両親は冒険者でしたの」


 冒険者と聞いて、ローゼの表情が一気に明るいものに変わった。


「伯爵なのに?」

「はいですの」


(ローゼの親は、貴族なのに冒険者なんてやってたの? いや、貴族だからこそか)


 不思議に思った俺だが、ふと思い出した。

 どんなクラスであれ、レベルを上げるには魔物を倒すのが一番てっとり早い。そのため、仮に戦闘クラスでなくても冒険者になり、手っ取り早くレベルを上げる貴族がいるという事を。


(まあローゼの親も、パワレベとかで一気にレベルを上げて、それから貴族の仕事をいてるんだろうな)


「ですが両親は、魔力の殆どないわたくしに冒険者は無理だと言いましたの。わたくしも冒険者になりたかったんですの……」


 俺はローゼのスキル構成を確認していないが、伯爵令嬢などという平民では見る事のないクラスなのだ、きっと戦闘向きのスキルはないだろう。


「ローゼはどんな冒険者になりたいと思ってる?」

「せっかく”攻魔の才”の加護があるのですから、攻撃魔術を使ってみたいですの。今もわたくしの体中を巡る魔力を、ドッカーンと放出してみたいですの」

「いや、室内で使うなよ」

「魔力が殆どなかったからこそ、どうにか魔術が発動できるように勉強してましたの。当然、魔術が危険である事は知ってますの」


 何も知らない無知でちょっとアレな()だと思われたローゼだが、伯爵令嬢なだけあって、必要な教育はしっかり受けていたようだ。一般常識は皆無だが……。


「魔術も楽しみですけれど、いろいろな事をたくさん学びたいですの。それと、ご主人様をご満足させられるようなご奉仕も、しっかり覚えたいですの」

「なんで俺?」

「わたくしは未熟者ですの。民をしっかり癒せるように、未熟な私を既に知ってらっしゃるご主人様に、十二分にご指導していただきたいんですの。そしてご主人様をご満足させられるようになれば、わたくしも立派な娼婦ですの!」

「…………」

「性女は聖女の見習いですの! 性女を極めるには立派な娼婦になればいいんですの! そしてどこに出ても恥ずかしくない娼婦になれば、わたくしは民を癒やす事ができますの!」

「…………」


 とんでもない事を口走っているローゼだが、彼女は性女が聖女の見習いだと本気で思っているのだろう。だからこそ、娼婦の仕事に嫌悪も侮蔑も羞恥などもなく、本気で立派な娼婦になりたいと思っているに違いない。

 だが俺は、ローゼを下々の者に抱かせるつもりなどない。無事に隷属契約を解除し、ちゃんとした修道院に送り届け、まっとうな人生を歩んでもらうのだ。


(あーでもローゼって、まだちょっと若いけど単純に俺好みなんだよなー。それに大金も(はた)いたし、隷属解消してお別れってのも切ないな……。でもローゼの純血を散らした事が伯爵様にバレたら事だし、無事に縁を切る事だけを考えるべきなんだよな。――――!)


 煮え切らない思いを内心でグズグズと考えていた俺は、とある事に気付いてしまった。


「…………」


(隷属契約を解消しても、ローゼは非処女になっちゃったから修道院に入れないじゃん! 処女検査みたいなのがあるか分からないけど、もし非処女がバレて修道院から伯爵家に連絡が行ったとしたら、きっと純血を散らした憎っくき奴を探すよな……)


 俺は愕然としてしまう。


「…………」


(隷属解消しても、結局ローゼを開放できないって事か? いや、ローゼを上手く言いくるめて他の奴が相手だったと言わせる? それとも、本当に他の奴に抱かせて、上手く俺の記憶だけを消すとか?! いやいや、そんな都合良く事が運ぶ訳がない。それに、ローゼが他の男に抱かれるのってのも嫌だし。現状のローゼは俺しか男を知らないし、女神のような美しい少女を知ってるのは俺だけなんだよなー。ちょっとした優越感ってやつ? こうなったらこのまま、ローゼを嫁にしちゃうか?! ……はやまるな俺! 落ち着け俺!)


 極限状態に追い込まれた俺は、思考が現実逃避を始めてしまう。

 俺は長期間ヒモ生活をしてきたが、それでも女性を大切に扱ってきたつもりだ。このような自己保身に走った事はない。

 しかし、”なんかヤバい”という認識しかない貴族という未知の存在に対し、必要以上に恐怖が俺を追い立てるのだ。


「…………」


(今はいろいろ考えるのを止めよう。まずは隷属契約の解消、それだけを考えるべきだな)


「ご主人様、わたくしなんだか楽しくなってきましたの。早く娼婦に必要な性技の訓練をしますの。性女は一日にして成らず、ですの!」


(そういえばこの娘、娼婦に対して妙に前向きなんだよな)


 ローゼの無意味な前向きさに、俺は頭が痛くなる。

 そして、今後のローゼがどうなるか不明だが、クラスチェンジに情婦系の変な選択肢が出ないように、体の関係を持つのは本気で止めておくべきだと思った。


(とりあえず性技は他の事を覚えてから、とかなんとか適当に理由をつけて後回しにするか)


「よし、飯を食おう」

「はいですの。食後は娼婦に必要な性技のお勉強ですの? あ、可能でしたら、なるべく痛くないようにしてほしいですの」

「…………」


 照れるでもなく、楽しそうに性技の訓練を申し出てくるローゼを見て、俺は胃の辺りをさする。


(食後はどうやって申し出を断ろう……)


 時間はまだ昼過ぎ。寝るには早い時間であり、場所は事を行うのに特化した娼館の一室。

 無邪気な天然令嬢によって、俺はひっそりと追い詰められていたのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読みいただきありがとうございます!
『ブックマーク』『評価』『感想』などを頂けると嬉しく、励みになります

下のランキングタグを一日一回ポチッとしていただけるのも嬉しいです
小説家になろう 勝手にランキング
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ