第3話 隷属契約
本日3話目の投稿です。読み飛ばしにご注意ください。
『お久しぶりです~。それにしても、与助さんがチュートリアルをクリアするのに、まさか18年もかかるとは思いませんでした~』
俺の脳内に突如響いてきた謎の美しき声音は、旧知の仲であるかのように話しかけてきた。
そして、『お久しぶり』と言われてもこの声に聞き覚えがない俺の意識は、白濁した微睡みの中で彷徨っているような感覚で、意識がかなり混濁している。
『懐かしいですね~。日本で濁りきった魂を持つご両親に虐待されても、魂の輝きを失うどころかむしろ輝きを増していた与助さんを見つけ、思わずときめいてしまったんですよね~』
(なんだこれ? ここ何処?)
『勢いでこちらに連れてきてしまった頃は、まだまだ初々しい15歳の少年だった与助さんも、今では初々しさがすっかりなくなっちゃいましたね~。33歳ともなれば、それも仕方ないですけどね~』
(声が聞こえるってより、脳に直接伝わってくる感じがするな。瞬きもできないし視線は固定されてるし、マジなんなの?)
聞こえる内容よりも、瞬きもできず、目に映るのは白以外何もない世界、という状況に俺は戸惑う。
『それはそうと、与助さんであれば数年でこの世界に馴染み、未通女性と交わると思ってチュートリアルのクリア条件を設定したのですが、予想が外れてしまいました~』
(いや、マジで意味が分からん)
『何はともあれ、チュートリアルをクリアなさったので、”神の拘束”は解除しますよ~。これで与助さんも、この世界の正式な住人となりました~」
(ん?)
俺はようやく真剣に声へ意識を向けたが、内容がまったく理解できない。
『予定どおり体のほうは、スタート時の15歳当時に戻しますね~。一週間くらいかけてゆっくり戻りますので、周囲の方から違和感をもたれる心配などありませんよ~』
(予定どおり? ん、15歳当時の体を戻すってなんだ? 175cmの70kgの俺を155cmの40kgにするって事か? 一週間で身長が20cm縮んで体重が30kgも減ったら、絶対に違和感もたれるって!)
『それでは与助さんお待ちかねの、クラスについてお知らせします~』
(いや、待ってねーし!)
『流石に与助さんのご希望そのままという訳にはいきませんが、極力ご希望に沿う形で実装しましたよ~。しかも、与助さんのお名前に相応しい内容になってます~』
(おい、俺の話を聞けよ! 日本人だった記憶はあるけど、あんたと会話した記憶なんてないのに、俺が希望したクラスってなんだよ?! それと俺の名前に相応しいってなんだ?!)
『それから、チュートリアルをクリアするのに時間がかかってしまった事に対する補填として、ステータスに記載されないおまけを付けておきましたよ~』
(おまけどうこうの前に、クラスについて説明しろよ! そもそも『チュートリアル』や『実装』に『補填』って何だよ?! ゲームかよ?! それともう一回聞くけど、俺が希望したクラスって何なんだよ?! あんた説明不足すぎるぞ!)
『おまけのひとつは、むふふぅ~な感じでお使いください~』
(おまけじゃなくてクラスの説明しろよ! ってか、むふふぅ~な感じってなんだよ?!)
『では、これからが本当の異世界ライフです~。ご両親、特にお母様から酷く虐待された悲しい過去を忘れ、第二の人生をこの世界で謳歌なさってくださいね~』
(いやいや、俺この世界で18年も生きてきたんだぞ? 日本よりこっちの生活のほうが長いっての。むしろ第三の人生だよ!)
『ここまでのお相手は、みんなの女神アンネミーナ・ムトゥーでした~。それでは、与助さん改めヨシュケさんの第二の人生に幸あれです~。』
(えっ、ちょっ、おまっ! 説明し――)
お互いに一方通行だった会話にならない会話が途切れ、俺の前に美しい女性がふわりと姿を現す。すると美女は、目尻をへろっと下げた優しい笑みを浮かべ、俺の額に軽く口付けすると、すぅーっとその姿を消した。
この慈愛に満ち溢れた美しい笑みを見たのは初めてではない、俺がそう思うやいなや、パチンッと意識が途切れてしまう。
「――――ん、んぁ~……」
「や、やっとお目覚めですの」
「こ、ここは……って、アンネミーナ?!」
「ち、違いますの。わたくしはアンネローゼ……ではなく、ローゼですの。女神様とお間違いになるのはいけませんの」
俺が目を覚ますと、すぐ目の前に既視感のある女性、否、さきほど一瞬だけ姿を現した女神、アンネミーナが少し若くなった姿でそこに顕現していた……と思ったのだが、実際にいたのは新人娼婦のアンネローゼもといローゼであった。
俺は思う。ローゼを初めて見た際に既視感を覚えたのは、多分だが転移時に女神アンネミーナと会っていて、その記憶が無意識下に残っていたに違いない、と。
逆にアンネミーナを見た際の既視感は、直前までローゼを見ていたからだろう。
少し大人な女神と、少し少女な新人娼婦は、見た目の年齢が若干違うだけでかなり似ており、どちらもとびきり美しく可愛く母性が溢れまくっている。
簡単に言うと、俺の好みそのものだ。
「ご主人様が急に意識を失われて、わたくしビックリしましたの」
俺がまだ現状に意識が戻りきらずに頭を悩ませていると、ローゼが気遣わしげに不思議な事を言っていた。
「ご主人様?」
「はいですの。お客様はご主人様で、わたくしは愛玩奴隷ですの」
続け様にローゼが不思議な言葉を被せてきた為、俺は首を傾げてしまう。
「俺がご主人様でローゼは愛玩奴隷?」
「はいですの。――先程ご主人様が教えてくれましたの」
そういえばそんな事を教えたっけな、と思い出していると、またもや脳内に声が聞こえる。
『ぱんぱかぱぁ~ん。――ヨシュケさんとアンネローゼちゃんの契約成立よ~』
凛とした美しい声音ながら、間延びして可愛らしさもある声は、女神アンネミーナの声で間違いない。
それは分かった。だが言ってる意味が分からない。
「あっ、その関係は契約時間までの関係ですの。なので、ご主人様は明朝までのご主人様ですの」
ちゃんと覚えましたの。褒めて褒めてですの。と言わんばかりの表情をしたローゼだが、俺の黒い瞳には映っていない。
「契約って何の契約が成立したんだ?」
「ふえっ? 契約は明朝までですの。わたくし、何か間違ってますの?」
多分渋い表情をしているであろう俺を見たローゼは、頭上に『?』が浮かんだような表情をしていた。
「俺とアンネローゼ……じゃなくってローゼの契約が成立したそうだ」
「成立ですの?」
ベッドに横たわる俺の左側で上半身を起こし、ペラッペラな肌掛けを体に巻き、左手でそれを押さえた可愛らしいローゼ。
少女でありながら何気に女性らしい体を持つそのローゼが、右手の人差し指を下唇に当てコテッと小首を傾げる。その拍子に、錦糸のような艷やかで輝きのある淡いローズゴールドの髪が、さらりと肩から流れる様が艶やかで、幼さを残す無垢な表情と相まって非常に愛らしい。
――ドキンッ!
(あれ、ローゼは将来美人さんになると思ったけど、でここまで可愛いかったか? 確かに俺の琴線に触れたけど、それは今後の成長に期待、って感じだった筈なんだけど……)
俺は心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚え、それがローゼを見た事に起因すると気付く。だがしかし、同時に違和感も覚えた。
「ご主人様?」
「どうした?」
「急にお腹の中が熱くなってきましたの。しかもそこから、体中に魔力がみなぎってきてるような感じがしますの」
「良い事じゃないのか?」
(初めての情事で体が活性化して、魔力の制御ができなくなってるのか?)
「違いますの。わたくし、魔力が殆どありませんの」
「魔力が殆どない?」
この世界では、魔法や魔術が使える使えないを抜きにして、大小の違いはあれど、生きていれば必ず魔力を持っている。そして、極端に魔力保有量の少ない者がいるのも事実で、ローゼはそっち側なのだろう。
「そうですの。わたくし”攻魔の才”という攻撃魔術の加護を授かってますの。ですが、魔力が殆どないので魔術を使えませんの」
加護とは、先天的に持っている素質のようなもので、加護を持って生まれてくるのは非常に珍しく、物凄い効果がある。
この世界は、そんなものが当たり前に存在する世界だ。
例えば、RPGなどにあったようなクラスシステム。この世界にもそんなゲームシステム的なクラスというものが存在している。――日本人時代、ゲームとは縁遠い虐待生活を送っていた俺は実際にプレイした事はないが、家に帰りたくないので本屋で攻略本を読んだりして、中途半端だがその手の知識があるのだが、本当にそんな感じだ。
俺は村人という最底辺の一般クラスから初級クラスにはチェンジできたが、クラスチェンジに必要なレベルに達しても、中級クラスにはチェンジできなかった。
そしてそれこそが、俺の持っていた加護”神の拘束”による効果だったのだろう。先程、女神アンネミーナが”神の拘束”を解除したと言っていたのだ、俺の18年間に亘る縛りプレイが終了したと信じたい。
「薄っすらでも魔力が体内を巡る感覚は知っていますの。これは間違いなく魔力ですの。しかも、今までに感じた事のない程の大きな魔力ですの!」
なんですのなんですの、と興奮気味のローゼ。そんな彼女を微笑ましく思いつつも、俺は自分の思考に意識を集中する。
(そういえば、俺の希望に沿うクラスを実装したとか女神は言ってたよな。一切説明してくれなかったけど。――神殿に行けばクラスチェンジできるのかな?)
鑑定とか使えれば自分のステータスが確認できるのに、なんて事を俺が考えると、眼前に半透過で緑色のディスプレイのようなものが現れる。そこには――
名前:ヨシュケ・ムトゥー
種族:人族
年齢:33歳
性別:男
職業:冒険者
クラス:【■級】管理師 レベル1
ユニークスキル
【隷属特化】
・契約 レベル1
・管理 レベル1
・鑑定 レベル1
【超】
・体力回復 レベル1
・魔力回復 レベル1
・欠損回復 レベル1
・身体強化 レベル1
・魔力変換強化 レベル1
【淫魔術】
・催眠術 レベル1
・催淫術 レベル1
・状態異常無効 レベル1
スキル
・
・
・
加護:女神アンネミーナ・ムトゥーの寵愛
【隷属】
アンネローゼ・フォン・シーベルグ
「…………」
「どうしたんですの、ご主人様ぁ」
「…………ん、あ、いや……」
自分で自分のステータスを閲覧できた事に驚いだが、【初級】クラスの軽戦士だった俺が、【■級】クラスの”管理師”という意味不明なクラスにチェンジしている事でさらに驚いた。階級がバグっているのもそうだが、”管理師”というクラスなど聞いた事がないからだ。
さらに、もともと取得していたスキルとは別に、まったく知らないユニークスキルを取得している事にも驚いてしまうが、その内容に呆れてしまう。
だが今は、ツッコミどころの多いスキルは置いとくとして、一番の衝撃に目を向けた。
【隷属】
アンネローゼ・フォン・シーベルグ
ステータス表示の一番下にあったこの文字。何度見ても見間違いではない。
(これもバグの一種に違いない)
俺は現実逃避を試みる。
「ご主人様?」
「…………」
「ご主人様ぁ~」
ローゼに話しかけられ、あっと言う間に現実逃避を諦めた俺は、頭がぐわんぐわんするほど考える。
(…………はっ! さっきの契約成立って、もしかしてローゼとの隷属契約って事か? でもなんで……って!?)
『俺がご主人様でローゼは愛玩奴隷?』
『はいですの』
(もしかして、あんな遣り取りで隷属契約が成立しちゃったの?)
考えたくもない結果に辿り着いてしまった俺は、思わず頭を抱え込んでしまう。だがそんな事をしても状況は変わらない。
ならばどうすれば……。
(そういえば鑑定のスキルがあったな。もしかして、ローゼのステータスが見れたりするのかな?)
恐る恐る頭を上げた俺は、ローゼのほうに顔を向ける。
キョトンとした表情のローゼは、俺と目が合うとニコリと微笑んだ。
はいかわいい、などと思ってしまった俺の眼前に、またもや半透過で緑色のディスプレイが現れた。そこには――
本日の投稿はここまでです。
これからもよろしくお願いします。