第28話 想像以上
「むっふふ~。これではわたくしが魔術師である事を隠しきれませんの」
非難めいた言葉の割に、だらしないくらいに表情が緩んだローゼ。
ダンジョンに入る為の出入陣の待機列で、左手に魔杖を持ち右手を俺と繋いだローゼは、フードの付いた黒いマントを羽織っている。その装いがよほど気に入ったようで、彼女は殊の外ごきげんであった。
それもこれも、俺がヒルデに窘められた結果だ。
昨日ヒルデにこんな事を言われた。
『ヨシュケ様は、冒険者の装備を軽視してるのですか?』
口調こそ丁寧なものの、深碧の瞳が笑っていない笑顔の時点で、途轍もない威圧感を与えてきたのだ。
貧乏でも”一応”主人である俺は反論してみたのだが、『言い訳は結構です』と切り捨てられ、逆にお説教をされてしまう始末……。
それでもヒルデは、俺が貧乏なのはローゼの身請けした結果だと理解してくれているため、当面の生活資金を渡してくれた。――まるでヒモ時代に戻ったような感覚である。
さらに、ヒルデが魔導騎士に至る過程で、魔術師として活動していた際に使用していた、ローブや魔杖をローゼに貸し出してくれていた……のだが、ローブは高身長のヒルダに合うサイズで、ローゼにはダボダボすぎたため、レインコート代わりにしていたというマントを借り受けた。
しかもこのマント、表が赤で裏が黒のリバーシブルという優れもの。しかしローゼは、裏返して黒を表にしていたわけだが、俺とお揃いの色にしたいという可愛らしい理由……だったらいいな、と俺は思っている。
「ほれローゼ、いつまでも浮かれてないで行くぞ」
「はいですの!」
終始ごきげんなローゼの手を引き、出入陣で12時間の設定を済ませると、俺たちは二度目のダンジョン探索に向かった。
「あら、ここはどこですの?」
昨日降り立った広々とした第1階層のエントランスでなかった事で、ローゼは戸惑っている。多分、彼女は勘違いしているのだろう。
ダンジョンは、行った事のある階層に直接行ける。しかしローゼは、毎回第1階層から進むと思っているに違いない。
「ということは、ここは第2階層ですの?」
「そう。――今日はローゼの魔術練習を中心にやるつもりだから」
「魔杖を手にしたわたくしの実力を、ご主人様にお見せしますの!」
魔術はからっきしの俺からすると、魔杖の有無がどれほど効果に差が出るのか知らなかったのだが、ヒルデに言わせると雲泥の差があるのだとか。
それを聞いたローゼは、少ない魔力を魔術に昇華させる為に使っていた魔杖が、魔術そのものの効果を上げたり魔力の調整をする為に使えると知り、やる気にみなぎっているのだ。
「さあご主人様、早速魔物を探してくださいですの」
「とりあえずバトルエリアまで移動する。道中の罠は、破壊せず作動だけさせてみな。魔杖があれば威力調整できるだろ?」
「お任せですの!」
魔術師の練習用のような闘技場風エリアまで、道中は罠との格闘になる。
前日は威力の調整ができないローゼによって、罠はことごとく破壊されてしまったが、今日は魔杖の力で上手く調整できる……と信じている。
移動のルートは前日と同じだ。破戒された罠が自動修復されているのを、ローゼに見せるためである。
「ここ覚えてる? ローゼが昨日、最初に破壊した罠があった場所だけど」
「お、覚えてますの」
(これは覚えてないな……)
「罠の規模にもよるけど、数時間から1日で修復されるから、一度破壊したからって油断するのはダメだぞ」
「わかりましたの……」
「んじゃ、今日は出力の調整をして魔術を撃ってな」
「はいですの」
僅かに気落ちしてしまったローゼだが、それを引き摺るようなヤワな娘ではない。既に気持ちは切り替わっているようで、真剣な表情で早速ぶつくさつぶやき出したローゼは、「えい」っといういつもの掛け声と、バサッというマントが翻る音と共に石の球を放出した。
――カコン、バッ、シュ
今回は罠を破壊する事なく、しっかり作動させてみせたローゼ。
眼前では、壁から長い棒が飛び出している。
「ご主人様、罠を壊さずに発動させられましたの!」
褒めてくださいですの、とは言っていないが、紅い瞳はそう云わんばかりに輝いているため、俺は「凄いな」と言いながらローゼの頭を撫でてやった。
(それにしても、魔杖があるだけでこんなに変わるもんなんだな)
元々ローゼは、魔力制御のスキルを持っている。それでも昨日までは威力やコントロールの制度は高くなかった。
しかし、魔杖を使っただけで今日のローゼは見違えるほどだ。
ヒルデが言うには、この魔杖は高価な物ではないらしい。という事は、魔杖は安くても持っている事に意味がある。それほど大事な物なのだと実感させられた。
その後は、罠を破壊したり作動させたりと、ローゼに加減を覚えさせながら進み、程よいペースでバトルエリアに着いた。
「魔力の方は問題ないか?」
「大丈夫ですの」
実は、俺からローゼに付与していたと思われる『主からの供給による時限スキル』の”体力増強”と”魔力増強”が、既に残0%となっている。
それは、冒険者に登録する前に気付いていたのだが、ローゼ本人はまだ魔力があると申告しており、実際に魔力切れで倒れる事も無かった。
更に言えば、鑑定晶で魔力量の測定をした際、黄色く発光していたのだ。
鑑定晶での測定は、魔力量を数値で見れないが、色でおおよその判断ができる。
無色透明な鑑定晶は触れた者の魔力に反応し、白→青→緑→黄→橙→赤→紫→虹と色を変えていく。
白は無級、青は初級、緑は中級、黄は上級、橙は超級、赤は宝級、紫は伝説級、虹は神級とされている。
ちなみに俺は神級とされる虹で大騒ぎになり、神殿に手厚く迎え入れられたのだが、魔術が使えないどころか魔力譲渡もできなかったため、魔力タンクにすらならないと熱い手の平返しを食らい、放り出された過去がある。
俺の事はさておき、魔力量の級とクラスの級は直結していない。
魔力量が神級の俺が、どのクラスでも初級までしかなれず、魔術系統のクラスに至っては選択肢すら表れなかったのだから。
それで言うと、魔術士は魔力量だけでクラスが決まる訳ではない。――といっても、魔力量が多いに越した事はないのだが。
それはそうと、魔力量が無に等しい無級だったローゼが、俺からの供給が途切れた現在でも、上級の魔力量を保有している。それ即ち、保有魔力上限の上限値が引き上げられた事の証だ。
もしかしたら、俺からの供給が続いていれば、超級や宝級もあったかもしれないのだが現状は上級でも十分だ。……が、それでも魔力切れを起こす可能性はある。
だから俺は、時折ローゼに魔力残量の確認をするよう心掛けているのだ。
「お、ゴブリンが……4体だな」
「ご主人様、氷属性の練習をしてもいいですの?」
乱立する円柱の隙間から、ゴブリンの姿を捉えた俺が報告すると、ローゼはまだ試していない氷属性の使用許可を求めてきた。
「でも使えるのは球系統だよな? 連射も効かないのに、4体を相手にするには向かないんじゃないのか?」
【初級】クラスの魔術士は、最初に覚えるのが”球”の魔術だ。
これは俺の知らない世界の話になるが、魔術士はクラスを得ると、無意識下に球系統の魔術術式を勝手に覚えるらしい。
普通の魔術士ではなく攻魔術士であるローゼも、今まで使えた魔術は球系統だけなので、氷属性でも同じだろう。
「チッチッチ!」
右手人差し指を立てたローゼが、俺の眼前でその指を左右に振り、小馬鹿にしたような表情を見せた。すると、ふんっと鼻を鳴らすように軽く仰け反り、にやけた表情で目を薄っすらと開き、俺を見下すような感じで口を開く。
「”攻魔の才”を持つわたくしにかかれば、術式をいじるのは造作もない事ですの」
「って事は?」
「氷の投げ槍、アイスランツェをお見せしてみせますの」
(何か自信満々だけど、魔術の術式って簡単にいじれるもんなのか?)
俺を煽るようなローゼの態度はどうでもいい。むしろ、かわいらしくて抱きしめたくなる。
そんな事より、魔術にとことん縁のない俺には、ローゼの自信を信じて良いのか判断がつかない。
しかし、彼女が1体でも倒してくれれば、低階層のゴブリン3体を俺が倒すのは難しくない。ならばご希望どおり練習させてあげよう。
「確実に1体は倒してくれ。そしたら残りは俺が始末する」
「お任せあれ、ですの」
失敗する事などありえない、とでも言いたげな言動をとるローゼだが、仮に失敗しても問題ない。低レベルのゴブリンであれば、5体までなら俺がなんとでもできる。
しかもここは、死者蘇生のあるシューレーンダンジョンだ。万が一があってもどうにかなるのだから、ローゼにはとにかく実戦経験を積ませたい。
「んじゃ、ローゼのタイミングで仕掛けてくれ」
「了解ですの」
左手で魔杖の下部を持っていたローゼは、右手を魔杖の上部に添えて胸前で構えると、いつものようにぶつくさ唱え始める。
(マントを羽織って魔杖を手にしてるだけでもかわいいのに、こうして詠唱してると、本当に魔法少女みたいでかわいいな)
これから戦闘が始まるというのに、思いっきり場違いな事を考えている俺を他所に、ローゼは右手で魔杖を掲げると、いつもの『えい』ではない掛け声を発する。
「行きますの。アイスランツェ!」
ローゼの掛け声と共に飛び出したのは、全長1メートル、最大直径が20センチほどの円錐形の氷の槍だ。
俺としては、如何にも『槍』といった形状をイメージしていたが、それよりも頑丈そうな物体だったので、これはこれでありだと思う。
「感心してる場合じゃないな。俺も行かないと」
かわいらしい魔法少女の動向に意識が向いていた俺は、我に返って走り出した。が――
――グシャグシャグシャグシャ
狙ったのかたまたまだか不明だが、ローゼの放ったアイスランツェが4体のゴブリンを串刺しにしていたのだ。
「マジか……」
俺はやっとの思いでその一言だけをつぶやくと、しばし呆然と立ち尽くしてしまう。
「ご主人様、やってやりましたの」
「…………」
「ご主人様?」
「――あ、ああ、凄いな……」
あまりの衝撃に思考すら停止していた俺は、ローゼが駆け寄ってきた事も気付かず、ようやく彼女の存在に気付いても、語彙もへったくれもない簡潔な言葉しか出なかった。
「なあローゼ。ゴブリンを4体纏めて串刺しにしたのは、狙ってやったのか?」
魔術の事を尋ねても、きっと俺には理解できない。なので、見て分かる戦闘の部分の質問をしてみた。
「さすがご主人様ですの。わたくしの狙いをちゃんと分かってくれてますの」
「ゴブリンが一列に並んだ瞬間を狙ったって訳か」
「違いますの。それでは遅いんですの」
「遅い?」
「はいですの。アイスランツェの発射から着弾まで、僅かにラグがありますの」
「って事は……」
「ゴブリンが一列になるのを見越して、その直前に撃ちましたの」
「…………」
(攻魔の才って、単純に攻撃魔術に優れてるんじゃなくて、攻撃そのものに特化してるって事なのか? それとも、魔剣姫の血……戦闘民族の血から格闘センスも受け継いだのか? とにかくローゼの戦闘能力は想像以上だ)
普段はかわいいだけのちょっとアレな娘だが、こと戦闘に於いては、ローゼは只者ではない。いや、その片鱗は見え隠れしていた。だが、今まではまだ半信半疑だったが今回の事で確信した。
この娘は本物だ。
相手が低ランクのゴブリンだったからこその結果ではなく、他の魔物でもローゼはやってのけるだろう。
とはいえ、いきなりドラゴンを倒せるような力はさすがにない。これから経験を積む必要はある。だが、新人の枠は飛び越えているとみていい。
(でもなぁ……)
俺の心に、一抹の不安……ではなく、不満が過ぎった。




