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第27話 ヒルデの家

――コンコンコン


「はいはぁ~い」

「こんばんはですの」

「急に押しかけてしまってすみません」


 俺とローゼは、早番とやらで既に帰宅していたヒルデの家へやってきた。

 ヒルデは俺とローゼが自分に用があるなら、家にくるようにとギルド職員に伝えており、地図付きのメモを手渡されてしまったために伺うしかなかったのである。


「ヨシュケ様、ここでは畏まった話し方でなくてもかまいませんよ」

「それもそうか」


 人の目がある場所では、俺はヒルデに敬語で話し掛けている。コソコソと耳打ちする場合はその限りではないのだが、どんな自分でいるのが正しいか、正直自分でもよく分かっていない。


「ご主人様って、腰が低かったり偉そうだったり、コロコロ態度が変わりますの」

「俺も自分で自分がよく分からなくなってる」

「今のヨシュケ様は、実年齢と見た目が乖離(かいり)してるものね。要らない軋轢を生まないように、外では見た目年齢っぽい言動にしたほうが無難かもしれないわ」

「そうするよ」


 俺の言動に何か言ってくる事のなかったローゼだが、何も感じていない訳ではなかったようだ。

 ヒルデはフレンドリーモードになっているが、言っている事は至極真っ当なので、忠告は有り難く聞いておく。


「それにしてもギルド職員ってのは、随分と儲かるんだな」

「そんな事ないわよ」

「俺たちが借りてる宿なんて目じゃないくらい広くて、綺麗で立派な家に住んでるじゃないか」


 僻み根性丸出しな俺の言葉に、大人びた笑みで答えてくれたヒルデによると、この家はギルドが用意した物件ではなく、冒険者時代の蓄えに余裕があるので一軒家を借りているの事だった。しかも、”新人”の肩書が取れた事で、この家を買い取る予定だったらしい。――が、俺と隷属の契約を結んだ事で、買取はキャンセルしたようだ。


「どうせ退職後はヨシュケ様のパーティに入るのだし、親睦を深める意味でも、宿を引き払ってここで暮らしてもいいわよ」

「えっ、ヒルデさんもシュッツシュバルツに入るんですの?」

「あら、ローゼ様はヨシュケ様から聞いてらっしゃらないのですか?」

「聞いてませんの」

「すまん、言い忘れてた……」


 俺の隷属スキルは、ローゼには知られたくない。となると、ヒルデを隷属した事をローゼに伝えられないため、説明が面倒になってしまい、伝えるのを躊躇ったまま忘れてしまっていたのだ。


「細かい経緯(いきさつ)は置いておくとして、私がヨシュケ様にパーティ入りをお願いしたのですよ、ローゼ様。これでも私、一年前までAランク冒険者でしたし」

「Aランクと言うことは、ヒルデさんはお強いんですの。――クラスはなんですの?」

「今は【初級】の事務ですけれど、以前は【上級】魔導騎士でしたわ」

「凄いですの!」


 面倒な説明を端折って、ローゼに考える隙を与えないヒルデの話術に感心しつつ、俺は傍観者に徹した。


「ヒルデさんは合格ですの」

「えっとぉ~、私は何に合格したのでしょう?」

「シュッツシュバルツに加入する事ですの。――ご主人様はザコですの。なので、ご主人様をお守りする(シュッツシュバルツ)、それがわたくしの役割ですの」


 ご主人様をザコ呼ばわりとか、ローゼ様ってなかなか酷いわね。とヒルデが耳打ちしてきたが、俺は苦笑いで答えておいた。


「【上級】魔導騎士のヒルデさんなら、ご主人様をお守りするお力がある筈ですの。なので合格ですの」

「それはありがとうございます」


 冒険者ギルドで職員をしている影響か、元Aランク冒険者であれば横柄な者が多いのだが、ヒルデはローゼに対して慇懃に接している。……というか、俺に対する態度より丁寧な気がするのだが、気の所為だろうか。


「それより、宿の方はどうします?」

「ヒルデが良いと言うのであれば、お世話になりたいかな」


 実は、手持ちがだいぶ怪しくなってきてるんだ。そうヒルデに耳打ちすると、彼女は何も言わずにニコリとしてくれた。散財の事情(ローゼの身請け)を知っているだけに、ヒルデの笑みには『任せておいて』といった意味が込められているように感じた。


「ご主人様、ヒルデさんにお伝えしないといけないんですの」

「そうだった」


 ヒルデの家は成金邸宅のように無駄な豪華さはなく、一見地味なようでさりげなく置かれた調度品が落ち着いた雰囲気を醸し出しており、すっかりリラックスしてしまっていたが、まだ肝心な話をしていない事をローゼに気付かされた。


「例のアレ(・・)だが、早速目撃したぞ」

「初日でいきなり遭遇したのね」


 俺はダンジョンで目撃したあらましを、ローゼを刺激しない言い回しでヒルデに伝えた。


「やはりあの三人組なのね」

「やはり、ですの?」


 ヒルデの口ぶりからして、ギルド側はすでに目星を付けていた事が伺える。そしてそれが正解だったと確信したのだろう。

 ローゼはかわいらしいキョトン顔をしてるが、とりあえずシカトだ。


「アイツらは何者なんだ?」

「Cランクに上がれないDランクの者たちね」


 冒険者はBランクまで上がれたら一流と認められるが、大体は中堅と呼ばれるCランク止まりで、引退時の最終ランクがCランクである事が多い。

 しかし、長く続けてもCランクに上がれず、一般冒険者扱いであるDランクで足踏みする者は相当数いるのも事実。

 そしてあの三人組は、20代半ばでDランクの落ちこぼれ冒険者だとヒルデは言う。


「冒険者は貢献ポイントを積み重ねれば、自然とランクが上がるのではないいんですの? 20代半ばであれば、普通に依頼をこなしていればポイントは溜まりそうな気がしますの」


 ローゼは初心者講習で習った知識から、自分の考えも含めて推察したのだろう。


「それは新人であるEランクからDランクに上がる時だけだ。それ以上は、貢献ポイントを貯めた上でランクアップ試験を受け、合格する必要がある」

「でもローゼ様、特定の依頼をクリアしたり、有力者からの推奨などがあった場合、試験免除でランクアップできる事もあります。なので、必ずしも試験に合格する必要はございませんよ」

「なるほど……ですの」


 多分、ローゼはなんとなくしか理解できていない。

 だが今はそれでいい。一々説明していては話しが進まないのだから。


「ねえヨシュケ様、新人はシューレーンで修行してDランクに上げ、そして旅立つのが普通よね」

「まあそうだな」

「でもCランクに上がれないからって、再修行でシューレーンにやってくる冒険者はほぼいないの。ではどんな人がシューレーンに戻ってくるか、ヨシュケ様はご存知でしょ?」

「昇格を諦めて新人の指導に励むか、開き直って楽しむためのどちらかだな」

「そのとおり。だからギルドでは、新人と組んでいないDランク以上の冒険者は、動向を窺うようにしているの。後者の場合を警戒して」


 シューレーンのダンジョンは、デメリットもあるが命の危険がないメリットはやはり大きく、多くの新人冒険者が集う。

 とはいえ、経験値効率や稼ぎは良くないため、一定の知識や技術を身に付けたり、Dランクに昇格したらシューレーンの町を出ていくのが暗黙の了解だ。

 そんな町に戻ってくる冒険者は、第二の人生を始める資金が貯められなかった者が、新人の指導をしながらほそぼそと生きていくため、仕方なく冒険者にしがみついている場合が多い。

 なにせシューレーンダンジョンなら、万が一死んでも生き返れるため、命を賭けなくても冒険者を続けられる。老いてもどうにか食いつないでいける、ある意味安住の地なのだから。


 一方、開き直った性質(たち)の悪いヤツもいる。

 それこそあの三人組のような快楽を貪るため、”新人の指導”という名目で女性冒険者に近づく最低なヤツらだ。


「それでね、あの三人組がシューレーンにきてから、死に戻りをする女性冒険者が増えているのよ」

「あのぉ~」

「どうかなされましたかローゼ様」

「あの方々が悪人だとわかっているのなら、捕まえて罰してしまえばよいですの。どうしてすぐに捕まえませんの?」


 ローゼがおずおずと挙手したかと思うと、新人らしい率直な疑問をそまま口にした。


「疑わしきは罰せず、というのが冒険者ギルドとしてのスタンスなのです」

「――つまり、現行犯……犯行中の現場で取り押さえないと、ギルドは罰する事ができないんだ」


 ローゼがヒルデの言葉がうまく理解できてなさそうな表情を見せたため、俺が具体的な言葉を使う。するとローゼは、合点がいったようで納得の表情を見せた。……と思ったら、また新たな疑問が浮かんだようだ。


「それですと、新人の多いシューレーンダンジョンでは、格上冒険者の犯行現場を取り押さえるのは大変ですの」

「そうですね。なので、ある程度の情報が集まり次第、新人の指導をしてくれている信頼の置ける冒険者に依頼し、そいうった輩を捕まえてもらうのです」


 上位クラスへの昇格を諦めたCランク冒険者などは、新人の指導をしつつもダンジョンの警備員的な役割も負っている。

 明確にはギルド職員ではないのだが、ギルドから秘密裏に依頼を受ける、準職員的な立ち位置でもあるのだ。


「本当に至れり尽くせりですの」


 ローゼはようやく全てに納得ができたようで、満面の笑みを浮かべた。


「という事でローゼ様、もし犯行現場を見かけても、捕まえようとしないでくださいね。生き返れるとしても、非常に危険な行為に変わりありません。場合によっては、ローゼ様が痛い目をみる事になりかねませんので」


 ちょろっとだけ、ローゼの性格などについてもヒルデに伝えてあったため、彼女は特攻しそうなローゼに釘を指してくれたようだ。


「あれは確かに痛いですの。――わたくし、まだ未熟者ですの。なので、ご主人様と練習しなければなりませんの。ご主人様意外の方を癒やして差し上げるのは、わたくしにはまだ早いんですの」


 どうしてそうなったのか不明だが、ヒルデの言わんとする事が、ローゼには誤翻訳されて伝わったっぽい。


(何で言葉どおりに受け止められないんだろ?)


 無駄な翻訳機能の付いたローゼの残念な脳をどうにか正常化したい俺だが、なかなか簡単ではないと知っている。ここは辛抱強く、ゆっくり改善していくしかないだろう。


 さて、とりあえず伝えるべき事を伝え一段落したので、ヒルデが淹れ直してくれた茶をすすっていると――


「ところでヨシュケ様」


 (まなじり)を少し上げたヒルデが、あまりよろしくないオーラを纏って俺の名を呼んできた。


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