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第26話 憤慨するローゼ

「物凄く気分……と言いますか、気持ち悪いですの」


 ローゼの心境は分からなくない。

 男女の営みは、ローゼにとって最上級の行為なのだろう。それがあからさまに無理やりであっても、ある種脳内がお花畑なローゼの中では、"羨ましい"と思えてしまうほどに。

 しかし殺人は、さしものローゼでも許容できなかったようだ。当然だろう。


 なんとあの世紀末な三人組は、新人と思しき女性冒険者との事が終わやいなや、一切の躊躇もなく斬り殺したのだ。

 前もってそうなる事をローゼに伝え、なおかつ羽交い締めにして口を塞いでいおいたのだが、案の定ローゼは飛び出そうとした。

 15歳当時の貧弱な体に戻った俺では、ローゼを抑え付けるのは難しいと思っていたのだが、身体強化スキルのお陰だろう、どうにか抑え付ける事に成功し、俺たちは連中に気づかれずに済んだ。


 ヒャッハーなアイツらは、俺たちより先にダンジョンへ入っていたようで、程なくして強制退出させられたのだろう、すうっと姿が消えていった。

 それから約30分、怒りなのか恐怖なのか分からないが、震えるローゼを背後から抱きしめていると、俺たちも強制退出でダンジョンから出される。

 出入陣から出て無言で通路を歩き、冒険者ギルド内の食堂へ向かう。

 隅の席に腰を落ち着け、しばしの沈黙の後にようやくローゼが口を開いた。

 それが気持ち悪い発言だ。



「ご主人様、彼女たちは本当に生きてますの?」

「それはヒルデにでも聞けば分かる。被害にあった彼女たちはヒャッハーズにダンジョンの事を教えてやる、とか言われてパーティを組んだと思う。だからヒャッハーズと一緒にいた女性冒険者の事を聞けば、その後の事も分かる」

「仮に生きていたとしても、カウンターに顔を出さずに帰った可能性もありますの」

「ギルドはダンジョンに出入りした……いや、正式には出入陣を通過した時間が、自動で記録されているんだ。だからヒャッハーズの少し前に、死亡退出させられた女性三人組がいたかどうかを調べてもらい、名前を照らし合わせて確認する」


 ダンジョンの仕組みを知らないローゼと問答していても仕方ないので、俺はシューレーンダンジョンについて教える事にした。


 先に、シューレーンダンジョンは強制退出があるから、新人冒険者に人気があるとローゼに説明したが、人気の一番の理由は『死亡しても強制退出時に蘇生(・・)される』事だ。


「それが本当であれば、新人には心強いですの」


 ローゼはどこかホッとした表情を浮かべた。


「でもな、それには重いデメリットがあるんだ」

「デメリットですの?」


 死亡から強制退出での蘇生は、詳しい事が解明されていない。一説には、蘇生ではなく時間遡行だと言われている。

 というのも、蘇生者はダンジョン内での戦闘を含めた記憶がすべて消え、身体や装備品がダンジョンに入った時と遜色がないのだ。その事から、入場時の状態まで時間が巻き戻されている、と考えられている。


 それの何がデメリットかと言うと、死亡前に獲得した素材は入手できていない事だ。だがそれは、命が助かったのだからどうでもいいだろう。

 しかし、死亡までの出来事が記憶にないというのは、どのような理由で自分が死んだか分からない。それは、次回の対策が立てられないという事で、由々しき問題だ。

 また、せっく苦労して得た素材や知識、経験といったものがすべて無かった事になるのは、深刻な問題なのだが、『命が助かる』という事実に比べれば些細な事のように思われる。

 人は経験を糧に学ぶ生き物だ。失敗という経験は、かけがえのない財産である。それが無になるのだから、デメリットもまたかなり大きいのだが……。


「自分が死んだ事を覚えていない……ですの?」

「そうだ。魔物に殺されたのか、他の冒険者に殺されたのか、何も覚えていないんだ」


 そして違う意味でのデメリットは、犯罪行為が無かった事になってしまう重大な事実だ。

 他の冒険者が得た素材を奪い、元の持ち主を殺しても、奪われた方は何も知らずに生き返る。そして奪った方は、ゆうゆうと素材を入手してしまう。これも大きな問題だ。

 だが何より、ヒャッハーズが行なった女性に対する卑劣な行為。

 女性が無理やり襲われて泣き叫んでも、彼女らは殺されてしまえば、その事実を知る事もなく生き返る。そして平和な日常がまた始まるのだ。


「いくら生き返るとはいえ、殺人は良くないですの」

「そうだ。許されない行為だ」

「それが分かっていて、ご主人様はなぜ見過ごしたんですの?」


 ローゼが俺を睨みつけるように言ってきた。

 プンスカかわいく怒っているのではなく、本当に怒っている事を表す非難めいた眼差しだ。

 俺はローゼの様々な表情や態度を見ているが、彼女がこれほど憤慨しているを見たのは初めてだった。


「彼女たちには申し訳ないが、ローゼにシューレーンダンジョンの仕組みを、直接見て知ってほしかったからだ」

「わたくしは何でも目にしなければ覚えられないほど、物覚えが悪いと思われてますの? 情けないですの」


 今のローゼは、自分が馬鹿だと思われている事に怒っているのではなく、そう思われていた事で被害者を出してしまった自分に不甲斐なさを感じ、そんな自分自身に怒っているのだろう。


「ここでは多くの新人が、死亡からの蘇生を経験する。だから見て見ぬ振りをする事も多い」

「生き返るのだから放っておけと言いますの?」

「残念だがそうだ」

「――――!」


 詰問するようなローゼだったが、それでも俺が否定すると思っていたのだろう。俺が想定外の返事をした事で、驚きの表情を顕にした。


「中には少し慣れた新人冒険者が、興味本位などでダンジョン内の殺人をする場合もある。しかし、新人狩り(・・・・)をする者の大半が、DやCランクの上位冒険者だ。そういった者に正義を振りかざして突っかかって行っても、やられるのは目に見えている」

「だから見て見ぬ振りをしろと仰いますの」

「その場は見過ごし、ギルド職員に報告する。それが新人の正しい立ち回りだ」


 他のダンジョンでも、極稀にダンジョン内の殺人はある。しかし、シューレーンは特有の死者蘇生機能があるため、ダンジョン内の殺人は他所とは比べ物にならないほど多い。ただ記憶に残らないため、実際の被害は他所より少し多い程度となっている。


「腑に落ちませんの」


 ローゼは納得できていない事を隠さずに不満を顕にしているが、もう少し己を知ってもらいたい。

 正義感を盾に振る舞うのは美徳かもしれないが、今のローゼでは二次被害にあってお終いだ。

 もし俺の実力が抜けていて、ローゼを守れる強さがあれば、彼女の好きにさせるのもありかもしれない。しかし、俺の実力では俺までも返り討ちに合うだろう。それではなんの意味もない。

 自分の分を弁えた行動をするのも、冒険者には必要なのだ。


「それはそうと、人為的ではないデメリットも、実はこのダンジョンにあるんだ」


 俺は思いっきり話題の転換をした。


「なんですの?」


 若干目が据わったローゼが、まだ不機嫌なまま口を開いた。


「改めて言うが、シューレーンダンジョンは生き返る事ができる。だから新人が集まる。そんな新人の中には、素材が得られなければその日の食事代に困るものもいるくらいだ」

「命あっての物種ですの。生きていれば時間がかかろうとも、何度でも挑戦できるのがシューレーンダンジョンですの」

「でもな、体も装備も元通りなのに、腹だけは減るんだ」


 これが蘇生ではなく、時間遡行だと断言できない理由であった。


「体も装備も問題ない。だが腹が減れば食事が必要になる。でも稼げていない。それが何日も続いてみろ、稼ぎのない新人は餓死するぞ」


 記憶や経験を失うのだから問題点は改善されず、下手をすると永遠に同じミスを繰り返す。これは、犯罪行為がなくても起こる大問題だ。

 しかし新人ほど、『なんとかなる』という根拠のない自身があり、問題を問題だと思わない。そんな考えの者が、死因を知らずに同じ考えで何度も玉砕する。

 失敗という糧を得られない弊害は、想像以上に厄介なのだ。


「餓死は嫌ですの」

「経験値も稼げないから、強くもならない。毎日何一つ進化しないんだ。――いや、腹が減る分だけ退化してるかもな」

「それは怖いですの」


 例えばソロ探索。頼れるのは自分だけなので、死んでしまえば何も分からない。 例えばパーティでの探索。数の多寡に拘らずパーティが全滅すれば、誰も死亡状況が分からない。どちらも成長の糧を得られずじまいだ。

 しかし、パーティでメンバーが生き残っていれば状況が違う。

 生存者がいれば死亡状況の確認ができるのだから、その後の対策ができる。


 冒険者という職業は、何より生き残る事が大切だ。俺はその事を、ローゼにしっかり教えたい。


「せめて記憶があれば、自分が犯した失敗を繰り返さないようにできる。だが記憶がないからまた同じ失敗をする」

「うぅ~、なんか嫌ですの」

「だから冒険者ってのは、死なない努力をするんだ。ただ魔物を倒すんじゃなく、どう生き延びるかを考える。生き延びる算段をつけた上で、魔物と戦うんだ」

「倒すだけではダメですの」


 ダンジョン内殺人の件はとりあえず思考から消えたらしいローゼは、新たな話題に集中して考えを巡らせているのだろう。その顔は、先を見据えて何かを真剣に考えている……っぽい気がする。

 少々ポンコツ気味なローゼだが、課題を与えれば考える事は可能だ。しっかり考えてもらおう。


(俺の力ではローゼを守りきれないからな。ローゼの親にローゼの亡骸と対面させるような事になったら……恐ろしい)


 綺麗事や小難しい事を言っている俺だが、結局は自分が可愛いのだ。

 もしローゼが死んでしまうような事があれば、俺はローゼの親に殺されてしまうだろう。

 なにせローゼは、『君子危うきに近寄らず』とは間逆な人間で、正義感に駆られて、『火中の栗を拾う』タイプの要注意人物だ。何も教えなければ、率先して死地に向かうに違いない。

 ならば、俺がローゼを危険から遠ざけるより他ないのだ。


(それでもローゼの戦力をアテにしなければならないジレンマが……)


「とりあえずヒルデに報告して、その後は宿に戻ってゆっくり休もう」

「はいですの。なんだか疲れましたの」


 ダンジョンに入り、罠を警戒して戦闘もし、見たくない場面も目にした濃密な12時間。初心者には刺激が強すぎる出来事のオンパレードで、心身ともに疲弊しただろう。


(死者蘇生関係は、機会があれば別の日に……って考えてたけど、まさか初日に遭遇するとは思わなかったからな。ローゼにはかなり負担をかけてしまった)


 本来なら、疲れているローゼを席に宿へ帰らせたいのだが、彼女に単独行動をさせるのは不味い。なので、連れ立ってヒルデの元へ行き、ダンジョン内での顛末を一緒に報告する事となった。


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