第25話 絡まれたのはお前だ!
感電したゴブリンは、3体とも倒れた。
俺に刺された1体は、多分それが致命傷だったようだが、残りの2体は体から煙を吹き出しながら絶命したのだ。
数秒とはいえ俺も感電していたのだが、超身体強化の影響か、超回復のお陰か、はたまた両方の効果か不明だが、とりあえず問題はないように思える。
(俺の知ってる雷撃って、瞬間的な威力というか効果で、あんな何秒も帯電して焦がし尽くすもんじゃないんだよな)
常識知らずのローゼは、常識外の魔術を使う事を脳裏に留め、ゴブリンの魔結晶を拾った。
「なあローゼ、とりあえず雷属性の使用は禁止な」
「どうしてですの?! わたくし、初めて自分の攻撃で魔物を倒したんですの。これからは雷属性を極めようと考えていたんですの」
ローゼの気持ちは分かる。だが、俺の事も考えてほしい。
「俺もゴブリンと一緒になって痺れてたのを見てたか?」
「ピクピクしたご主人様が可愛らしかったですの。それでいて面白かったですの」
「俺はちっとも面白くなかった。むしろ戦場に面白さは必要ない」
あれを見て面白いと思えるローゼの神経にびっくりだ。
「ここのゴブリン……っていうか、シューレーンダンジョンの魔物ってのは、低レベルで根本的に弱いんだ」
「地上のゴブリンより、ですの?」
「ゴブリンに限らず、ダンジョンの魔物は死んで暫くしたら湧き返る。だから殆どレベルが上がらないから、地上の魔物より弱いんだ。詳しい生態がどうとか追い追い知ればいいから、それだけは覚えておけ」
「わかりましたの」
俺も詳しい生態はなんとなくしか知らない。だから今は事実だけ知っておけばいいのだ。
「でだ、そんな低レベルゴブリンだから死んでくれたけど、もしローゼの一撃で死ななかった場合、俺がとどめを刺さなきゃならない。でもな、俺も痺れちゃったら攻撃できないんだ。だから雷属性は禁止。わかった?」
「わかりましたの……」
せっかく役に立てたと思ったら、即座に封印を命じられたのだ、ローゼとしてはショックだろう。
「でもローゼの雷属性が凄いって事は分かった。今は使い時が難しくて使えないけど、いずれ役立つ時はくる。まあなんだ、所謂必殺技みたいなもんだ」
「必殺技ですの?!」
「そうだ。必殺技ってのは、そう簡単に使っちゃいけない。違うか?」
「違いませんの!」
はうぅ~、必殺技ですの、とか言ってローゼは蕩けているが、既に使えない理由を聞かされた後の後付けの理由で、ここまで陶酔できるちょろさが心配になる。
そんなこんなで、その後も何度かゴブリンを打ち倒していると、このダンジョンに入って初めて他所の冒険者を視界に捉えた。……だが、何か様子がおかしい。
(もしかして、ヤツらはアレを?!)
俺の想像しているとおりなら、ローゼには見せたくない行為だ。
「あれ、あそこに冒険者の方々――」
どうやらローゼも冒険者に気付いてしまったらしく、俺は慌てて彼女の口を塞いだ。そして耳元に口を近付け小声で語りかけた。
「いいか、大声を出したり物音を立てないように。分かったか?」
こくこくと頷くローゼの口を開放する。
「これはダンジョンで他所の冒険者を見かけた際の流儀ですの?」
ローゼがいい具合に勘違いしてくれたので、俺はそれに乗っかり「そうだ」と答えた。
「では、この後はどうなされますの?」
真剣な表情で問うてくるローゼに対し、俺は即答できない。何故なら、ローゼに見せたくない状況でありながらも、一度はローゼに見せておきたい状況でもあるからだ。
「あら?」
俺が答えあぐねている間に、ローゼは冒険者を凝視していたのだろう、何かに気付いたしまったようだ。
「あの方々は、ご主人様に絡まれ方々ですの」
(絡まれたのはお前だ!)
ローゼにツッコみたい気持ちになるも、今はそれどころではない。
俺たちの前方に円柱が密集している場所があり、その隙間から見えるのは、世紀末な雰囲気のヒャッハーな三人組だ。しかも、腕力がないヤツがする、腕を曲げないインチキ腕立て伏せのような動き――腕立て伏せに見えなくもないが実際は腰をヘコヘコしているだけ――をしている。
(こうなったらローゼに見せておいた方がいいな)
既にヤツらを目にしてしまったのだ、今更ローゼに適当な事を吹き込む方が難しい。だから俺は腹をくくる。
「いいかローゼ、これから何があっても、絶対に騒ぐな」
「ご挨拶をしてはいけない、という事ですの?」
「そういう事ではない。――これからあそこで人が死ぬ。だが心配はない。だからそれを見ても大声を出すな」
「なっ! 人が死ぬと分かっていて、ご主人様はそれを見捨てろと――」
「これは絶対だ!」
「うっ……わ、わかりましたの」
ローゼの声を遮った俺がキツい口調で命令すると、彼女はピクリと体を震わせた後、『不本意ながら』と言いたげな表情で了承の意を口にした。
(これって隷属の強制的な命令なのか?)
ローゼの言動が気になったが、今の俺が意識を向けるのはそこではない。
世紀末なヤツらに視線を向けた俺は、そちらに向かってゆっくりと動き出す。そして、まだローゼに教えていないハンドサインを使い、なんとなく伝わるであろう指示を出した。彼女もなんとなく分かったようで、しっかりと頷いている。
興奮状態のヒャッハーズは、ちょっとの事ではこちらに気付かないだろう。
俺とローゼはゆっくり距離を詰めた。
「はうっ……!」
なにやら声を出しそうになってしたローゼだが、慌てて口を塞いで声を押し留めている。
珍しく懸命な判断だ。そんなふうにローゼを評価していると、彼女が俺の上着の裾をちょいちょいと引いて合図をしてきた。
俺が「どうした?」と小声で問いかけると、ローゼが少しばかり不貞腐れた表情で答える。
「あの方々は娼婦ですの。しかも性女ですの。ダンジョンの中で性技の訓練をしてますの。ズルいですの。――でもあれは、少々痛いですの」
ローゼの言うあの方々とは、ヒャッハーズに組み敷かれている女性冒険者の事だろう。
一般常識を持つ者が見れば、”彼女たちは犯されている”と気付くはずだが、独自の感性を持つローゼには、性女が”性技の訓練”をしているように見えるらしい。
しかもローゼは、テクニックのない俺に純血を散らされ、経験はその一度であるが故に、痛い行為だと認識している。
(すまんローゼ。俺が未熟な所為で……ってそんな事じゃねーっつーの!)
「はっ! 旅商人の方が、シューレーンには新人娼婦が多いと仰ってましたの。わたくし分かりましたの。こうしてダンジョンで性技の訓練をし、性女を極める努力をされているんですの。間違いありませんの。――ご主人様、ここはわたくしも性技の訓練を……痛っ」
勝手に盛り上がるローゼをこのままにしておくと、収集がつかなくなると感じた俺は、いつものようにチョップを喰らわす。
「いいかローゼ、娼婦と客はしっかり契約をし、娼婦はご主人様である客を癒やすんだ。でもあれは違う。古参の冒険者が無理やり新人冒険者を犯……癒やしを強要している」
(危ない。うっかり犯されてるって言いそうになってしまった)
「あくまで癒やしと言うのは、修道院に対する喜捨の対価として娼婦が客へ与えるものであって、客が娼婦に強要するもんじゃない」
「そうでしたの?」
「ああ。修道女の中でも娼婦は特別だ。祈りを捧げにきた者に、回復や解毒といった癒やしを行うのとは違う。多額の喜捨を行なった者に、心身をリフレッシュさせる特別な癒やしを行う。娼婦とはそんな特別な存在なんだ」
(マジで何言ってんだ俺)
「だからこそ、中途半端なローゼでは娼婦を名乗れない」
「ぐぬぬ……」
「そしてあれは、娼婦ではないただの冒険者に、高尚な娼婦の役割を強要している。とても許し難い行為だ」
「そうですの。娼婦は尊い存在ですの。成敗しなければいけませんの!」
「そう焦るな」
「どうしてですの?!」
娼婦を神聖な職だと思っているローゼが、ヒートアップしてしまったので宥める。――まあ、俺が煽ったようなもんだが。
それはそうと、本来ならヒャッハーズに声が聞こえてしまうような距離だ。これ以上はさすがに不味い。
(ってかアイツら、いくらゴブリンの階層だからって気を抜きすぎだろ。そんな油断をかませるほど腕が立つのか?)
「とにかく、騒ぐな。――で、これから起こる事を前もって伝えておく」
「何が起こりますの?」
「あの女性冒険者たちは、もう暫くしたらアイツらに殺される」
「……えっ?」
ローゼにとって、あまりにも予想外すぎる言葉だったのだろう。
先程、俺はあそこで人が死ぬと伝えたが、ローゼは魔物に襲われるとでも思っていたに違いない。だから俺の言葉の意味を瞬時に理解できず、意味を飲み込むのに数瞬を要してしまう。
そして、ようやくローゼから出てきた声は気が抜けており、表情は大きな目を更に見開いたキョトン顔だった。
(あっ、ローゼのこの表情もかわいい)
持って生まれた美貌に、純粋無垢で飾りっ気のない感情をそのまま表情に表すローゼは、いつも俺の心を潤してくれる。だが今はそんな場面ではない。
俺は緩みそうになる表情をどうにか固定し、重々しそうな雰囲気を纏った。
「細かい事情は、ダンジョンを出たら説明する」
「ですが、彼女たちが殺されてしまうとご主人様が言いましたの。放っておけませんの」
「大丈夫だ。今は信じられないだろうが――――だから問題ない」
「そんな事ありえます、の……」
俺の言葉にローゼが絶句してしまった。
すみません、ストックが切れました。
少しストックを貯めて前後の整合性を調整する必要があり、暫く投稿できません。
週末には1話くら投稿したいと思っています。




