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第24話 誰これ構わず

「うぇっぐ……ごめんなさいですの」


 浅慮な行動をしたローゼに、俺はキツいお灸を据えた。その結果、泣かれてしまったわけだが……。

 必要な叱責だったとはいえ、美少女に泣かれるのはなかなかキツい。しかし、命にかかわる事だ、心を鬼にしなければローゼの為にならないのだから、これは仕方のない事であった。


「そういえば、ローゼは”大魔道士”になるんだよな?」

「なりますの。うぇっぐ……」


(泣いてても、それは断言するんだな)


「じゃあ、探索系の魔術とか使えるんじゃないの?」

「ひっく……やってみるですの」


 ”攻魔の才”の影響で、攻撃魔術しか使えない……と思われるローゼの事だ、探索系はきっと無理だろう。しかし、万が一という事もある。試すの価値はあるだろう。


「使えませんの。わたくしは役立たずですのー。おーいおいおい。おーいおいおい……」


(なんちゅー泣き方だ)


「いや、ほら、まだ慣れていないから今は使えないだけだって。誰かにちゃんと教えてもらえば、多分……もしかしたら……ほんの僅かな可能性かもしれないけど、使えるかもしれないし」

「…………」

「何?」


 ローゼが泣きはらした目で俺を睨んできた。


(泣き腫らして目元が赤いローゼもかわいい)


「わたくしは、ただの足手纏ですの。何のお役にも立てませんの。わたくしなんていなくなった方がいいんですの」

「何を言ってるんだ。俺はな、ローゼがいてくれるだけで、やる気が湧いてくるんだ」


(隷属の解約を覚えるためにレベルを上げなくちゃだし、ローゼが生き延びるために鍛えてやる必要があるからな。やる気というか、やらざるを得ないし)


「俺にはローゼがいない生活なんて考えられない」


(現状のままローゼがいなくなったら、俺は伯爵家の追っ手に怯えながら生きなくちゃだし)


「だから俺は、ローゼが夢を叶えるその日まで、例えローゼが嫌だと言っても、俺はローゼから離れない」


(絶対に性女になんてしないけど、隷属を解消してローゼが穏便な生活を送れるようになれば、俺も平穏な日常に戻れる……はず)


「だから、いなくなった方がいいなんて言うな」


(いなくなられると、マジで困るから!)


「ご、ご主人……さま。そこまで、わたくしの……事を、お考えに……なって、くださってたん、ですのね」

「ああ」


(すまん、90%自己保身だ! 10%は、ワンチャン嫁にしたいと思ってる)


「わたくし、ご主人様のお役に立てるよう、精一杯頑張りますの」

「期待してるぞ」

「はいですの」

「ほら、ローゼに涙は似合わないよ」


 俺は柄にもなくハンカチなんかを取り出して、ローゼの涙を拭ってやった。


 そんな茶番を終えた俺とローゼは、慎重を装う(・・)俺の先導のもと、ちゃっちゃと第1階層を踏破し、第2階層へと進んだ。


(ハッキリ言ってシューレーンの第1階層は戦闘訓練というより、罠やスライムの襲撃を意識する、要は”探索とはなんぞや”というのを体感する場所だからな。新人だけのパーティとかじゃないと訓練にもなんないんだよね)


 いくら俺が初級クラスの実力しかないとはいえ、冒険者としての経験があるため、初心者のローゼを連れていても第1階層は余裕すぎるのだ。

 そしてローゼの方は、余程スライムが嫌だったのだろう。当初は”ガンガにこうぜ”みたいな感じだったのが、今ではかなり周囲を警戒している。であれば、次の段階へ進むべきだ。


(ローゼは単独行動可能な冒険者を目指してるようだけど、多分それは無理だろうからな。警戒する事だけを覚えてくれれば、当面は問題ないだろう。となると、問題は魔力制御の方だな)


 魔力制御が微妙なローゼが第1階層で魔術を使うと、俺が危険に巻き込まれる可能性が高い。それを回避するには、わざとらしく闘技場のようなフィールドが用意されている第2階層の方が、ローゼに向いている。

 ならば第1階層は用なしだ。



「この階層は、途中途中で広場のような場所があるんですの?」


 第2階層へ降り、さっそく地図を眺めているローゼは、視線を地図に向けたまま俺に質問してきた。


「あからさまではあるが、その広場のような場所で行う戦闘は、魔術系を使う者の良い練習場になっているな」

「とはいえ、道中も気を抜いてはいけませんの」

「そのとおりだ」


 やはりローゼは、実践の中で経験を積ませた方が覚えがいい。しかも、失敗をさせた上で糧にさせるのが合っているだろう。

 その証拠に、引き締まったとても良い表情をしている。思わず抱きしめてしまいたくなるほどに。


 さて、俺たちは第2階層の探索を開始した。

 レンガ調の石畳の敷かれた、縦横がそれぞれ4メートルほどの回廊は、上部に上手く光が届いていない。天井までしっかり見えていた第1階層に比べ、視界が開けていない場所がある第2階層は、それだけで緊張感が高まり、精神の摩耗が激しくなる。


「ちょっと待てローゼ。そこに罠の気配がある」

「何処ですの? わたくしには全然わかりませんの」


 俺は索敵系の初級クラスである”盗賊”の【感知】スキルを使っているが、適正クラスではない”管理師”の状態で使用している状態だ。

 初級クラスで使えるスキルで、スキルレベルも高くなく、更に適正外クラスの影響で効果は半減。それでもそれなりに使う事ができる。


「あそこのレンガ、アレを踏むと壁から棒が突き出てくる。槍じゃないから突き刺さるような事はないが、当たれば打撲くらいはするだろうな」

「全然気付きませんでしたの」


 いくら警戒したところで、経験もスキルもないローゼには、巧妙に隠された罠は見抜けないだろう。


「そういった罠は、どうするんですの?」

「可能であれば罠を解除するんだが、俺にはそれ系のスキルはない。まあ、これくらいの罠なら問題ないんだが、勉強の為にわざと発動させようと思う」


 壁に目を凝らせば、それっぽいのは確認できる。

 4メートル幅の通路に対し、3メートルの棒が突き出てくるので、退避できるスペースがあるのだが、あえて口にしない。


「なあローゼ、あのレンガに向かって、土属性の魔術を撃ってみてくれ」

「わかりましたの」


 キリッとした表情のローゼが、いつものように何やらぶつくさつぶやくと、天に向けた右の掌の上にソフトボール大の土球が現れる。そして「えいっ」というよく聞くローゼの掛け声と共に、土球が勢いよく飛んでいき――


――ドガーン


 地面が爆ぜた。罠が発動する事もなく、仕掛けを破壊してしまったようだ。


「やってやりましたの」


 さっきまでのキリッとした表情が、『褒めてくれてもいいんですの』な顔になっているローゼ。だが俺は唖然としてしまい、褒めてあげる事ができない。


「……俺は罠を発動させてほしいんであって、罠を壊してほしかった訳じゃないんだが」

「そう言ってくだされば、わたくしももう少し調整しましたの」


 狙うべきレンガのあった場所と、爆心地となった場所は少しズレている。ただでさえ命中精度が低いのに、威力調整までローゼにできるとは思えない。


(ローゼは細かい調整ができない? 逆に考えるんだ、それなら破壊させてしまえばいいのだと)


 いずれはそんな事を言っていられなくなるだろうが、現状は小難しく考えない方向で行こうと思った。


 それからもローゼに罠を”破壊”させながら進み、広々とした空間に到着した。


「広いですけど、周囲が良く見えませんの」


 この場所は、幅や奥行きもかなりあるのだが、高さも相当ある。したがって、光量が心もとない。しかも直径1メートルくらいの円柱が、あちこちで不規則に何本も乱立している為、場所によっては円柱が壁のようになっていて、先が見通せないのだ。

 それでも戦闘スペースは十分にある。落ち着けばなんら問題はない。


「ああローゼ、ここのエリアは他の冒険者がいる可能性が高い。周りに迷惑をかけないよう、今まで以上に俺の指示に従うように」

「了解ですの」


 他の冒険者が相手にしている獲物に手を出すのは、禁止されている訳ではないが嫌われる行為となる。魔物を見かけたら即攻撃ではなく、他者の獲物でないか確認する必要もあるのだ。


「おっ、早速ゴブリンがいたぞ。数は3で無警戒。――ローゼ、この距離での攻撃は可能か?」

「届くと思いますの。倒せるかは……ちょっと分からないですの」

「……それなら、水の玉球をゴブリンの周囲一体に広がるように飛ばして、続け様に雷の玉をゴブリンの付近……濡れてる場所に飛ばすってできる?」


 以前所属していた冒険者パーティで、水属性が使える回復職の女性が周囲を水浸しにし、雷属性を使える魔術士が辺り一面の魔物を黒焦げにしたのを見た事がある。詳しくは分からないが、水を通して雷撃が周囲にも伝わるらしく、単発の雷撃攻撃が範囲攻撃になるのだとかなんだとか。


「同じ属性でも、二発目を飛ばすのに時間がかかりますの。他属性だと更に時間がかかると思いますの」


 分かってはいたが、流石に魔術を覚えたばかりのローゼには無理なようだ。

 しかしダンジョンの魔物は、地上の魔物より弱い。しかもここは低階層だから尚更だ。


「んじゃ、失敗してもいいからやってみて」

「頑張りますの」


 気合を入れたローゼは、ぶつくさつぶやき始めた。そして、『いけますの!』とでも言いたげな視線を俺に向けてくる。

 俺がそっと頷くと、ローゼは水の玉を発射した。


――ギギャ?!


 突如水浸しにされたゴブリンは、驚いた様子で周囲をキョロキョロしている。


(もしかしてローゼの雷撃が間に合うんじゃね?)


 既に剣を抜いて飛び込む用意をしていた俺は、もう少し待機する事にした。……が、どうやら時間切れのようだ。俺たちに気付いたゴブリンが、こちらに向かって突っ込んできてしまった。


「まあ、3体なら問題ないだろう」

「えいっ」


 ゴブリンをローゼに近付けまいと俺が飛び出した瞬間、僅か後方から気の抜ける掛け声が聞こえた。


――グギィイィ

――ギギャアァ

――ゴギュアァ


 ローゼの撃ち出した雷の玉が、先頭のゴブリンに着弾したらしく、そのゴブリンの叫びに続き、僅かな時間差で2体目、3体目が悲鳴を上げた。

 しかし、絶命まではさせられていないようで、ゴブリン共はその場で棒立ちのまま痺れている。


「美味しいところ取りみたいだけど、しっかりとどめを刺しておくか!」


 俺は踏み出した足をそのまま進め、まずは先頭のゴブリンに剣を突き刺す。


「うりゃあー……あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛! 何だこれ、痺れるんですけどぉー」


 ゴブリンの胸に剣先が突き刺さった瞬間、剣を通して俺にも電流が流れ込んできたのだ。


(マジか?!)


 俺は勝手な思い込みで、敵にしか効果がないと思っていたのだが、雷の電流は誰これ構わず流れるのだと知った。


「……ふんっ!」


 これは不味いと思った俺は、どうにか体を動かし、痺れる腕で強引に剣を抜く。

 すると、体の痺れは数瞬で治まった。


「ローゼの雷属性は、しばらく封印だな」


 雷属性の恐ろしさを身を以て体験した俺は、即座にそう誓った。


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