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第20話 あまりいい気はしない

「この部屋は盗聴防止、さらに防音と二重の魔術が施されていますので、会話内容が漏れる心配はありませんよ」


 会議室だか応接室だか分からないが、そこそこ調度品のある一室に連れて来られた俺は、ローテーブルを挟んでヒルデの向かいに座る。そしてお茶を出してくれたヒルデが、音漏れの心配がないことを伝えてくれた。


「では、教えてください」


 朱色のポニーテールを揺らすヒルデは、すっかり剣呑な雰囲気を霧散させ、にっこりと楽しそうな笑みを浮かべている。既に事務的な要件は終わり、ここからはプレイベートな会話をしましょう、と言わんばかりの表情だ。

 そんなヒルデは、ただの気の良い美人なお姉さんに見えきて、俺の気も多少なりとも緩んでくる。


(相手を油断させる手段かもしれないし、油断しすぎないようにしないとな)


 警戒を怠らないよう、自分で自分の気を引き締めた。


「まず最初に、ローゼは何らかの手段で誘拐されたのでしょう、娼館に売られていたのです」

「それホント?」

「できれば最後まで話を聞いてください」

「ごめんなさい」


 いきなり話の腰を折ってきたヒルデを(たしな)め、俺は事実をアレンジして話を聞かせる。といっても、大体が事実だ。

 ローゼの純血を散らしてしまった事は、できれば伏せておきたかったが、ここを伏せると話に矛盾が生じると思い、しっかり事実を伝える事にした。

 ぼかしたのは女神とのやり取り。これを言っても、むしろ現実味がないと思ったからだ。


「要するに、ヨシュケ様は娼館に客として行って、娼婦であるローゼ様の純血を散らした。そしたら予期せぬクラスチェンジが起こり、その際にローゼ様が隷属されていた」

「そうです」

「で、新しいクラスの能力でローゼ様のクラスを変更し、あまつさえ魔力の殆どなかったローゼ様に魔力を分け与えていた。そして、どうにか隷属を解消しようとしたけれどそれができないので、身請けして逃避行を開始した」

「はい」

「それで、性女は聖女の見習いだと勘違いしているローゼ様にそれらを伏せ、隷属の解消手段を模索する時間を利用して、資金稼ぎも兼ねて冒険者として育てようとしてシューレーンにきた」


 俺はかなり長々と語ったのだが、ヒルデはすっきり端的に纏めてくれた。


「あなたがなんだか凄いクラスを得たのは置いといて、どうしてローゼ様に勘違いさせたままなの?」


 とてもフレンドリーな感じのヒルデから、あまり聞かれたくない事を尋ねられてしまった。


「不可抗力と言っていいのか分かりませんが、ローゼの純血を散らしたのは俺じゃないですか」

「そうね」

「でもそれは、ローゼが勘違いして受け入れてくれているから、今も問題が起こってないんです。――実際のローゼは、修道院ではなく娼館に売られ、修道女の役割だと思っていた娼婦は、実は金で体を売る(けが)れた職業で、自分を買った男に貴族令嬢として守らねば成らぬ純血を散らされた。そんな事を伝えたら、逆にローゼが可哀想じゃないですか?」


(俺がローゼに幻滅されたくない、っていう打算もあるけど)


「確かにそうね。世間知らずなお嬢様がとんでもない現実を知ってしまえば、ショックはかなりものもでしょうし」

「でしょ?!」


 俺はここぞとばかりに、激しく同意を求めた。


「そう考えると、ローゼ様って可哀想……! いや、むしろ良かったのかもね」

「どうしてです?」


 俺としては、愛くるしいローゼと一緒にいられるのは嬉しく思うが、それ以上に伯爵令嬢を奴隷にしている、という事実に対する恐怖心がある。完全に縁を切るのは勿体なく思うも、それが最善だというのもわかっている。

 しかしそれは、俺の立場の考えで、俺の勝手な思いだ。

 ではなぜローゼが良かったのか? それは俺にはわからない。


「だって、『魔剣姫』であるお母様に憧れ、冒険者を目指したかったのに、魔力が殆どなくて諦めざるを得なかったのよ? それがどんな出会い、どんな形であれ、あなたとの縁があって『攻魔術師』なんてクラスに目覚め、魔力も得られた」

「確かに」

「まあ貴族令嬢にとって、純血はかなり大事だけれど、それを守っていても成れなかったであろう聖女を目指すより、今のほうがローゼ様は幸せだと思うの。――といっても、平民(・・)である私の勝手な感想だけれどね」


 俺は自分本位で、自分が逃れる事ばかりを考えていた。ちょっとした偽善で、ローゼに一般常識を、なんてくらいは考えたが、彼女を魔術士にするのも俺の身を守る為だ。決してローゼ目線で考えた訳ではない。

 だから今、ヒルデの言葉を聞いて初めて本気でローゼ視点で考える事ができた。


「ところでヨシュケ様」

「なんです?」

「あなたの使える回復って、どの程度の効果があるのかしら?」


 俺はローゼの怪我を治せる事もヒルデに伝えた。しかし、本当に隷属した者に限定されているのか、また、その効果がどれほどか等々いろいろ分かっていない。


「ちょっと分からないですね」

「そうなのね。――じゃあ、それっ」


 なぜかヒルデは、胸に挿してあったペーパーナイフを取り出し、自分の腕に切り傷を付けていた。激しい出血ではないながらも、ゆっくりと血が流れ出ている。


「何やってんだ!」


 俺は丁寧な口調を心掛けていたが、咄嗟の事で思わず崩れた口調で声を荒げてしまった。


「私はヨシュケ様の奴隷ではないでしょ? それでもあなたの回復が私に効くのか、ちょっと試してみようと思って」

「俺としてはありがたいけど、あまり変な事はしないでほしい」

「ごめんなさいね。――で、どう?」


 ヒルデの問いかけに、俺は首を横に振った。

 明確な発動方法がわからない俺の回復の術だが、それっぽい事を試していたのだ。だが効果は現れなかった。


「やっぱり、あなた自身が想定しているとおり、隷属した者にしか効果がないようね」

「そうみたいだね。それより、俺は今ポーションを切らしている」

「大丈夫よこれくらい」


 ヒルデはそう言うと、タイトスカートからハンカチのような綺麗な布を取り出し、傷口を縛っていた。


「でも不思議ね」

「何が?」

「回復系って、あまり縛りがないじゃない。あるとしても、自分には不可、とかだけでしょ」

「そういえばそうだね」

「って事は、対象が限定されるのは、それだけ効果が高いと思うの」


 ヒルデは推理したりするのが好きなのだろうか、うむうむとか言いながら、何やら考えているようだ。


「ねえヨシュケ様」

「なんですか」

「私をあなたの奴隷にしてくれないかしら?」

「――――」

「聞いてる?」

「…………」


(コノヒトハ、ナニヲイッテイルンダ)


 あまりの衝撃に、無理やり動かした俺の思考はギリギリ稼働するも、正しく動いてはくれなかった。


「私ね、こう見えても1年前までAランク冒険者だったの。クラスも上級の魔導騎士なのよ」

「――――!」


 ヒルデの口から出てくる追加情報は、またもや驚愕の言葉だった。


「『魔剣姫』に繋がる剣士ではなく、私は騎士のクラスになっちゃったから、超級では『魔剣姫』になれないけれど、それでもあの方と肩を並べられるところまで後一歩だったのよ」

「…………」

「でもね、いろいろあって左足を怪我してしまって、回復が間に合わず障害が残ってしまったの」

「…………? ――――!」


(そういえばヒルデは、左足を庇うように歩いてたな)


「そうなると、ほんの僅かなミスが命取りになる高次元での戦闘はできない。それでも多分、今の私でもBランクの下位くらいの実力はあると思うの。でもね、完全な状態でなければ超級クラスは無理だわ。だからスッパリ冒険者を辞めたの」


 俺が促した訳ではないが、ヒルデは自身の過去を饒舌に語っている。ヨシュケ様より今の私のほうが強いんじゃないかしら、などと(おど)けた事も言っていたが、きっと本当に俺より強いだろう。

 そんなヒルデの口は止まらない。


「私があの方に憧れたように、私も誰かから憧れを抱かれるような冒険者になりたかった。でもそれはもう叶わない。だからね、新人冒険者の集まるこのシューレーンでギルド職員になって、新人のお手伝いをしようと思ったの」

「…………」

「とはいえ未練があったのかな、ヨシュケ様の話を聞いて、やっぱり冒険者を続けたくなってしまったの」


(なんでだ?)


「俺の話に、冒険者を続けたくなる要素はなかったと思うけど?」

「あなたの奴隷になれば、通常ではありえない何かを得られる、そう感じたの」

「いやいやいや。確かにローゼは魔力を得たし、レアなクラスにもなれたよ。でも隷属の解除ができないから、自由を奪われた奴隷なんだ。もしヒルデさんが俺の奴隷になっても、一生そのまま俺の奴隷かもしれないんだよ」


 俺は奴隷が欲しいんじゃない。むしろ、どうやってローゼを奴隷から開放できるか考えている。なのに奴隷が増えては本末転倒だ。


「それに、俺の能力は不確定要素が多いんだ。どんな恩恵があるか分からず、開放されるかもわからない。それなのに奴隷になってもいいの?」

「まだヨシュケ様の人物像を把握できた訳ではないけれど、話してくれた内容や、やり取りした際の雰囲気っていうかな、それらからあなたが悪い人ではないと感じられたの」


(人ってそんな簡単に見抜けるもんじゃないけどね)


「俺が極悪人だったらどうする?」

「う~ん、そうなったらそれで仕方ないかな。私ね、よくわからないデメリットより、よくわからないけど希望がありそうなメリットに賭けてみたいのよ」


(思ったより楽天的なのかな?)


「それにね、私はあなたの秘密を知ってしまったわ。もしかすると、直接口にしなくても、何らかの形でこの秘密を誰かに伝えるかもよ」

「それは脅し?」


(やはり喋りすぎたか? まいったな……)


「だから私を奴隷にして。……多分だけれど、ただの契約より隷属契約のほうが縛りはキツイと思うの。それこそ私を簡単に殺せるほど。――だから私を奴隷にすれば、私は誰にも秘密を漏らせなくなるわ」

「本気で言ってる」

「本気よ」


(なんか上手いこと丸め込まれた気もしないでもないけど、こうなったら奴隷にするのが一番安全なのかな?)


「それと、これはヨシュケ様の利点なんだけど、ローゼ様には言えない事も多くて、確認できなかった事もいろいろあるでしょ? それを私を使って試せばいいと思うの」

「ああ、それは確かに利点だね」

「それなら決まりね。――では、私を奴隷にしてください」

「…………」


 ヒルデが切れ長の目で妖艶な視線を送ってくる。

 気の良いお姉さんタイプの彼女はとても美人なだけに、営業用の仮面を脱げば思わずゾクッとしてしまう表情も作れるのだろう。完全に女を武器にしている。


(確かにローゼでは試せないあっち(・・・)方面の事もあるし、ここは腹を括って受け入れよう)


「わかった」

「ありがと。――で、どうすれば良いのかしら? 私、ブリュンヒルデ・イェーリングは、ヨシュケ……様の奴隷になります。とか言えばいいのかな?」

「ローゼとは簡単に契約できたから、そこまで畏まったやり取りは必要ないと思うんだけど……」


(でも今後の事も考えて、しっかり型みたいのを作っておくか)


 ローゼは何も考えておらず、純粋ゆえに何でも簡単に受け入れていた。しかし、隷属などという契約が、簡単にできるとは思わない。【催眠】や【催淫】なんてスキルがあるのも、この契約を結び易くする為に用意されたのだろう。

 それ即ち、相手が本気で受け入れる、若しくは受け入れざるを得ない状況が必要ということだ。だからこそ、契約を受け入れてもらう為の文言もしっかりしておくべきだ、と。


「ブリュンヒルデ・イェーリングは、ヨシュケ・ムトゥーと隷属契約を結ぶに当たり、奴隷として知り得た主の情報、また、それに準ずる情報をどのような手段で以ても外部に伝えてはならない。契約の不履行があった際、相応の罰が与えられるものとする。――ブリュンヒルデ・イェーリング、主であるヨシュケ・ムトゥーに誠心誠意仕えると誓うか」

「はい。私ブリュンヒルデ・イェーリングは、主であるヨシュケ・ムトゥー様に誠心誠意お仕える事を誓います」


(尊大な物言いになっっちゃったけど、多分こんな感じで大丈夫だよな)


 どれほど効果があるか分からないが、俺は契約不履行時の罰も想定してみた。罰を考えるのは嫌な気持ちになったが、脳天気な契約ではダメだろう、そう思った俺は心を鬼にしたのだ。


『ぱんぱかぱぁ~ん。――ヨシュケさんとブリュンヒルデちゃんの契約成立よ~』


 ヒルデの宣言から数瞬、脳内に脳天気な声が響く。これでヒルデ俺の奴隷となってしまった。


(やっぱ隷属化って、あまりいい気はしないな……って、あれ?)


 何の罪もない人を奴隷にしてしまうのは、俺の良心が痛む。その事で嫌な気分になっていたのだが、ヒルデの深碧の瞳を見ていると、不意に俺の心が撥ねたのだ。

 ローゼを隷属化した際にも感じたのだが、ヒルデが絶世の美女に見え、彼女に心臓を鷲掴みされたような感じがする。


(これってもしかして、契約の証みたいなもんなのかな?)


 意識的に気を落ち着かせた俺は、少しだけ冷静になった頭で考えた。そして頬を赤く染めたヒルデの表情から、彼女も俺のような高揚感を与えられているのだと察っせられる。


 こうして俺は、流されるように二人目の奴隷を従えてしまうのであった。


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