第2話 アンネローゼの旅立ち
本日2話目の投稿です。読み飛ばしにご注意ください。
第2話は、短編として投稿した『「性女は聖女の見習いですの!」 ~残念勘違い伯爵令嬢は立派な娼婦を目指す~』と同じ内容です。
短編をお読みになった方は、読み飛ばしても大丈夫です。
「わたくし、立派な聖女になれるよう、頑張りますの」
「うむ、アンネローゼが聖女になれる日を心待ちにしている」
「行ってまいりますの」
親から命じられた『聖女』という道を目指すアンネローゼ・フォン・シーベルグは、14年間暮らしたシーベルグ伯爵邸を出る事に。とはいえ、聖女になるのは簡単な事ではなく、むしろ聖女になれない事のほうが多いと聞かされている。
だからアンネローゼは思う――
聖女は最終目標で、そこに至るまでどう頑張るか、何を行い何を成すか、それが大事なのだろう、と。
出発当日、急遽出立の時間が早まってしまう。突然の変更だった為、母と別れの挨拶ができなかった事は、アンネローゼの心残りであった。
ならば、一日でも早く母と再会できるよう頑張れば良いのだ、そう考えたアンネローゼは、寂しさをやる気に変換する。この旅立ちを、今生の別れにさせない為に。
初めて邸の敷地外へ出たアンネローゼは、まだ見ぬ外の世界に胸を膨らませるが、馬車の窓は閉じられており、残念ながら外の景色は見えない。
道中の食事やトイレ、体を清めたりなど、それらの一切は従者が面倒を見てくれている。従者は御者を含めてみな女性で、全員初対面だ。それでもとても親切なので、アンネローゼは助かっていた。
ただし、馬車の外に出るには必ず目隠しをさせられるので、少しだけ不便に思う。
従者が言うには、修道院に入る前に余計なものを見て心が穢れないようにする為の処置、なのだとか。アンネローゼはその説明に納得仕しきりであった。
途中で何度か馬車を乗り換える。
邸を出た際は箱馬車であったが、最初の乗り換え以降は幌馬車という荷台に幌を張った馬車だ。ふかふかのソファーシートではなく、シートとも呼べない板張りの台になった事で、アンネローゼは少しお尻が痛くなった。
だが、修道女が移動に使用する馬車だから慣れるように、と言われてしまう。そんな事も知らなかったアンネローゼは、少し恥ずかしくなったが気を引き締め、どう座ればお尻が痛くならないか研究しはじめた。
旅も一月経った頃、新しい従者さんが修道女のお仕事について、軽く教えてくれた。この従者さんは男性だったが、柔らかい笑顔の親切な方だ。
どうやらアンネローゼが最初に取り組むのは、修道女の役割の一つである”娼婦”という職らしい。仕事内容は『民の体や心を癒やす肉体労働』との事。
そしてまずは、性女のクラスになり、性女を極めろと言われた。
”性女は聖女の見習い”クラスなので、娼婦として頑張れば頑張るほど技が磨かれ、より早く聖女に近付けるのだとか。慣れるまで少し大変かもしれないけど頑張れ、と優しく励ましてもらえた。
しかしアンネローゼは、『民の体や心を癒やす肉体労働』がどのようなものか想像がつかない。そこで従者さんに聞いてみたが、作業内容は修道院によって違うらしく、現場の人によく聞いて覚えるように、との事だった。
アンネローゼは魔力が殆どない。その為、魔術士として冒険者になる、という夢を捨てる事になったが、聖女として人々を幸せにするよう仰せつかったのだ。
聖女になる為には、まずは修道女として修行をする必要がある。その第一歩が”娼婦”という役割で、性女になるのが早道だとしっかり覚えた。
肉体労働どころか仕事をする事自体が初めてのアンネローゼは、少々緊張している。しかし、仕事をする事は緊張を上回るほど楽しみであった。
「ここが修道院ですよ。しっかり頑張って、一日も早く性女になってくださいませ。焦って聖女を目指すのではなく、まずは性女でございます」
「はいですの。性女は聖女の見習いですの! わたくし、頑張って性女になりますの」
長い旅の末に辿り着いた修道院を前に、馬車内で柔らかい笑顔の男性従者さんからそう言われ、アンネローゼは決意の程を語った。
「お前さんの名前と年齢は?」
目隠しを外されたアンネローゼの前に、厳つい顔の男性が座っていた。きっとこの方が上役の方なのだろうと察したアンネローゼは、スカートをちょこんと摘み、邸で磨き上げたカーテシーをしてみせる。
「は、はじめましてですの。わたくし、アンネローゼと申しますの。えっと~、あ、14歳ですの。よろしくお願いいたしますの」
緊張のあまり少したどたどしくなってしまったが、しっかり挨拶ができたと安堵の表情を見せるアンネローゼ。
「んじゃ、お前さんの源氏名はローゼだ」
「源氏名? ここでは祝福名の事を源氏名と呼ぶんですの?」
アンネローゼは神職に就くと祝福名を頂ける事を知っている。なので、源氏名とは祝福名の事なのだと気付いたが、呼び名が独自のものなのかどうか確認した。
「まあそんなもんだ」
「わかりましたの。わたくしの源氏名はローゼですの」
「ん。そんでローゼの年齢は15だ」
「いいえ、わたくしまだ、14歳ですの」
「そういう決まりだ。お前は今日から15歳。分かったか?」
「わ、わかりましたの」
納得できないアンネローゼ改めローゼであったが、ふと思い出した。昔は今と違って生まれた時点で1歳としていた、と教わった事を。
きっとこの修道院ではこの形式を使っており、ここでの自分は15歳なのだと気付き、ローゼは納得した。
「早速だが、仕事を覚えてもらうぞ」
「はいですの」
長旅の疲れが残るローゼだが、仕事を教えてくれると言うのであれば、疲れなどなんのそのだ。
「……いや、今は不味いな」
「どうしましたの?」
上役の方が何かを思い出したようだ。
「ウチの娼館はちょっとお高いんだ。そこらの娼館みてーに、帰りがけの冒険者がちょろっと寄ってく感じじゃなくて、しっかり金を貯めて休息日にガッツリ遊びにくるんだ」
娼館という名称を初めて耳にしたローゼだが、きっとこの修道院の名なのだろうと思い、忘れないように頭に叩き込んだ。しかし、それ以外の内容は少々難しく、一度で覚えるのは難しそうだとローゼは感じた。
「そうですの?」
「ああ。だからウチは、夜より昼のほうが客が多いんだがな、今日は大事な客から予約が入ってる。その客にはオレが対応しなくちゃならねーんだ」
「それは大変ですの」
ローゼに詳しい事は分からないが、上役の方が忙しいのであろう事は理解できた。
「ローゼも旅で疲れただろ?」
「疲れてますけど、大丈夫ですの」
「まあそう言わず、今日はゆっくり休め。仕事はオレの都合がついてから教える」
「わかりましたの……」
やる気という導火線に火が点いた矢先に出鼻を挫かれたローゼだが、無理は言えないので素直に言うことを聞いた。
その後、上役の方に連れてこられたのは、実家の馬小屋より少しマシ、といった程度の部屋。そこには藁の上にシーツを敷いただけの粗末な何かがあったが、そこが寝床だと言う。『これでは正に馬小屋だ』と思ったローゼだが、邸を出た事で自分が無知なのだと知った。だからこそ、何も疑う事もなく言われた事をそのまま受け入れるようにしていたのだ。
とりあえずベッド(仮)に腰掛けたローゼだが、お尻が痛かったので体を横たわらせた。
「おいローゼ!」
「……――な、なんですのぉ~?」
どうやらローゼは寝てしまっていたらしく、粗末なベッド(仮)の上で上役の方に揺り起こされた。
「これから客についてくれ」
「……お客さん、ですの?」
「そうだ。その客が仕事の事を全部教えてくれる」
「まあ、本当ですの?!」
「ああ。ローゼは客の言われた事を、聞いて覚えて実践しろ」
「わかりましたの。頑張りますの」
段階的な目標を設定し、第一目標と定めた性女。そして最終目標の聖女を目指すローゼにとって、初めの一歩となる仕事が命じられた。その仕事内容は、これから会うお客さんが教えてくれるらしい。
上役の方に連れられ、とある部屋の前で止められた。
「中に入ったら挨拶をしろ。その後は何も考えず、聞かれた事に答えて言われたとおりにしてりゃーいー」
「わ、わかりましたの」
どうやら上役の方はここまでらしく、ローゼは一人で入室した。
「わ、わたくし、アンネ……ではなく、ローゼと申しますの。よ、よろしくお願いしますの」
伯爵令嬢として何度もしてきたカーテシー。しかし今、ローゼは伯爵令嬢アンネローゼではなく、修道女の”娼婦”ローゼとして、そして仕事として初めて人前に立っている。自分でもわかるほどぎこちないカーテシーだった。
「アンネローゼね」
「ち、違いますの。それは本名でして、しゅ……源氏名はローゼですの」
緊張のあまり、どうやら本名を名乗っていたらしい事に気付いたローゼは、早速失敗をしてしまった事であたふたしてしまう。さらに、源氏名を祝福名と言い間違えそうになり、余計に混乱してしまった。
「ローゼは幾つだい?」
胸の前で手をバタバタさせ、首を左右に振ってローズゴールドの長い髪もバッサバッサと荒ぶらせているローゼを他所に、ベッドに腰掛けた黒髪で黒目の男性が落ち着いた声音で年齢を問うてきた。
(黒髪黒瞳とはとても珍しいですの。お兄様以外で初めて見ましたの。ああお兄様、お兄様は今何処で何をしているんですの。なんだかお兄様に会いたくなってきましたの。……ダメですの。今はお仕事に集中しなければいけませんの!)
「14……ではなく15歳ですの」
落ち着きを取り戻したローゼは、しっかり答えようとしたのだが、つい今までの年齢が口から出てしまう。が、修道院年齢を答えていない事に気付き、即座に正しい年齢を伝えた。
目の前で腕組みをしているお客さんは、黒い瞳でローゼを見ている。怒っているようには見えない。
少々バタついてしまいましたが、どうやらここまで問題ないようですの。そう感じたローゼは安堵する。
「さて、さっそく始めよう」
「は、はいですの」
しばらくローゼを眺めていた男性が口を開き、ゆっくり立ち上がる。安堵して少しだけ気の抜けていたローゼは、お客さんが突然動いた事で反応が鈍り、どもった返事をしてしまった。
しかし、これから仕事を教えてもらえるのだろう、そう直感したローゼは、どんな事を教えてもらえるのか楽しみで仕方なかった。
「…………」ふんすふんす。
「…………」にこにこ。
(どんなお仕事を教えてもらえるんですの? 早く教えてほしいですの)
「ローゼはこの仕事は初めてで、何も知らないんだったね」
「違いますの。お仕事をする事自体が初めてですの」
鼻息を荒くしたまま仁王立ちを続けていたお客さんは、ローゼが修道女――いや、娼婦の仕事を知らないと思っているようだ。それは半分正解で半分不正解。ローゼは娼婦の仕事どころか、仕事自体した事がないのだから。
何か齟齬があってはいけない、そう考えたローゼは、仕事未経験者である事をしっかり伝えた。
「じゃあ、まずは俺の服を脱がせてくれるかい」
「はいですの! …………どうすればよいのか、わ、分かりませんの」
少しだけ驚いたように片眉を上げたお客さんは、いよいよ仕事の指示を口にした。ローゼはそれがとにかく嬉しく、娼婦の仲間入りができたと実感し、自分で自分を褒めてあげたくなるような良い返事をしていたのだ。……が、初仕事であるお客さんの『服を脱がせる』という行為が、ローゼにとっては既に難問であり、何をどうすればよいのか見当もつかなかい。いきなりの失態である。
ローゼが途方に暮れていると、お客さんはあれやこれやと指導してくれた。だが彼女は上手くできない。
そんなローゼは、お客さんに言われるがまま行動していた筈が、あれよあれよという間にあれこれされ、気が付くとなんだか気持ち良くなり、その後に激痛を感じていた。
「よく頑張ったな」
「…………ひっく、……い、痛かった、うぇっぐ……ですの」
嗚咽の止まらないローゼの頭を、お客さん……ではなくご主人様が優しく撫でる。
「こんな、お仕事……ひっく、とは、思ってなかった、ですの。……うぇっぐ……ですが、ひっく……これが、わ、わたくしの……うえっぐ、お仕事……役割、ひっく、ですの。……うぇっぐ」
下腹部がジンジンと痛む感覚が治まらないローゼ。娼婦の役割であるご主人様を癒やす行為が、まさかこのような痛みを伴うと思っていなかったのだ。
しかし、娼婦となったからには泣き言など言っていられない。きっと、この痛みに耐える事こそが試練であり修行なのだろう。そう解釈したローゼは、修道女の第一歩である娼婦の役割をきっちりこなしたい、という思いが強く湧き上がった。
(娼婦としての役割をしっかりこなせるようになるまで、聖女を目指すなどと言えませんの! まずは立派な娼婦になり、性女になますの。そして胸を張って『わたくしは娼婦ですの!』と言えるようになるまで、聖女を目指している事は心の奥底に封印しますの!)
聖女の見習いである性女にもなれていない現状で、聖女になるなどと言える訳もない。だからローゼは、誰にも知られずとんでもない決意をしてしまったのだ。
(でも、痛くなる前はなんだか気持ち良かったですの。あの感覚は初めてでしたの)
そして、知らなくて良い感覚を知ってしまった勘違い令嬢ローゼの、暴走性活が始まってしまうのであった。
本日はもう1話投稿します。