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第19話 知られてはいけない人物

「――ヒルデさん、これからとても重要な話をします。なので、今から聞く事は絶対に他言しないと約束してください(・・・・・・・・)

「何やら事情があるようね。元よりギルド職員の私が情報の漏洩なんてしないけれど、……そうね、約束するわ(・・・・・)


 気の良いギルドのお姉さんから厳しい雰囲気へと様変わりしていたヒルデに、俺が重苦しい気持ちで他言無用を申し出ると、彼女は片目を(すが)めて約束してくれると言ってくれた。

 職員らしく丁寧だった口調も、なにやら厳しくなっていたが気にしない。


 それから数瞬――


『ぱんぱかぱぁ~ん。――ヨシュケさんとブリュンヒルデちゃんの契約成立よ~』


 俺の脳内に響くのん気な声。言わずと知れた、女神アンネミーナの美声だ。

 その声に俺は困惑してしまう。

 ”管理師”クラスのユニークスキルに『契約』があったのは知っている。だが、契約スキルは【隷属特化】の括りにある為、それ以外の契約はできないと思っていたのだ。

 しかも、今のは単なる口約束で、契約ですらない。……とはいえ、まかり間違ってスキルが発動してくれないかな、などと思っていたのは確かだ。

 だから俺の困惑は、本当に契約が成立してしまった事に対してであり、『どどどどうしよう?!』というような焦りの気持ちはない。


(あれ? ちょっと待て。この契約が成立したからってどうなる?)


 俺は今、この契約に重大な問題がある事に気付いてしまった。なぜなら、この契約を破った場合の罰則がわからないのだ。

 もし仮に、ブリュンヒルデが他言した瞬間、即座に彼女の命を失うような罰であれば、俺はとんでもない契約をした事になる。

 逆にデコピン一発くらいの罰であれば、たいした拘束力がないので契約した意味がない。

 なんとなくその場しのぎで”口約束”という”契約”に賭けてみたものの、成立した契約自体が意味を成していないのだ。


(どどどどうしよう……)


「ヨシュケ様。……あなた今、私に何かしたわね?」

「えっ?」


 俺が思い(あぐ)ねていると、ヒルデが思わぬ問を発してきた。


「とぼけなくてもいいわ。あなた、契約の類のスキルを持っているのね」

「どうしてそれを……」

「まさか『約束』程度の言葉で契約が結ばれるとは思っていなかったわ」

「…………」


 俺はどうやら勘違いをしていたようだ。

 ローゼと隷属契約が成立した際、彼女は変わった反応をしていなかった。それが俺の持つ契約スキルの特性だと思っていたが、単にローゼが何も知らず何も考えていなかったからなのだろう。

 普通に考えてみれば、契約は一人ではできない。一対一、一対多、多対多、どんな契約であれ、契約を結ぶには相手が存在する。であれば、相手が承認して契約が成立した場合、成立した事を知らされるのではないか?

 俺の場合は、それがアンネミーナからの通知だ。だが、相手側も何らかの通知が行っていてもおかしくない。

 一方的な契約など、それは詐欺みたいなもんで、契約と呼べないだろう。


「今は何の契約でも、術式の込められた魔術契約書を使うけど、公正取引士の上位クラスには、口頭で契約できるスキルがあると言うものね。まあ、そんなスキルを持ってる人は殆どいないらしいし、殆ど使われていないようだけれど」

「…………」


 俺の持つ契約スキルはユニークスキルだ。しかも【隷属特化】などというおかしな括りにある。多分、中級クラスだと思われる”管理師”なので、他のクラスでは上級や超級でなければ使えないようなスキルが、珍しい形でイラギュラ―的に使えるようになっているのかもしれない。


「まあいいわ。既に契約は成立されてしまったのだもの。従うしかないわね。――どうせ契約を反故にしたら、死に準ずるような罰を受けるのだろうし」

「――――!」


(マジか!? 契約ってそんなに重かったのかよ)


「何を驚いた顔をしているの? 罰則内容はあなたが考えて、その上で契約をしたのでしょ? 大丈夫、私は死に急いでる訳ではないし、口外するつもりはないわ。だけどそこまでの契約をするのだもの、詳しく話してもらいたいわね」


(俺が罰則内容を考えて……って言われても、まったく何も考えてないんだよな)


「ヒルデさんは何者なんです?」

「私? 私はようやく新人の肩書が外れた、ただの冒険者ギルド職員よ」


 目が笑っていない笑顔を見せるヒルデだが、そんな筈はない。

 ヒルデを意識的に観察してみると、一分の隙もなくかなりの手練だとわかる。それに、ただのギルド職員が纏うオーラでもない。


 俺は日本人時代の虐待が原因で、他者を注意深く見る癖がある。自分の身を守る為には相手の挙動を観察し、事前にできる限りの防衛策を巡らせ、如何に虐待を受けないで済ませるか、それが大事だったのだ。

 そんな俺の勘が伝えてきた。この女性は只者ではない、と。


「私の事なんていいの、ヨシュケ様のお話を聞かせてちょうだい」


 受付嬢らしい温和な笑みを浮かべ続けるヒルデだが、やはり深碧の瞳は笑っていない。

 俺としては、もう少しヒルダの情報がほしかったのだが、彼女は俺がそう思っているを分かっているのだろう、情報を開示する事なく話を進めようとしている。そして――


「ねえ、どうしてあなたが、『魔剣姫』の娘である伯爵令嬢様を奴隷にしているの?」

「なんで……それ、を……」


 ヒルデのこの言葉に、俺は心底驚いた。

 ローゼの素性はステータスに表示されているのだから、それを見て知ったと分かる。しかしそれは、ローゼが伯爵令嬢だと分かる程度の情報でしかない。彼女の母が『魔剣姫』である事まで分かるはずはないのだ。


 この世界にはさして多くないSランクや、それなりの人数がAランク冒険者として活動していると言われている。クラスにしても、上級や超級の者もそれなりにいるのも確かだろう。

 しかしこの広いトレランツ帝国では、いくら優れていても帝国中に名を轟かせる、などと言う事はない。精々が、自分の活動している範囲近郊の情報しか持っていないのだ。小説や漫画のように、”誰もが知っている冒険者”などという非常識な存在は、この世界にいないのである。

 そしてここシューレーンは、ローゼの母がいるシーベルグ伯爵領から一ヶ月以上の距離。いくら超級クラスの『魔剣姫』とは言え、この地では無名と言っても差し支えない存在なのだ。


「私ね、帝都に強い憧れがあって、少し帝都で冒険者をやった後、シーベルグ領のダイッニー町で冒険者をしていたの」

「―――!」

「あの辺りで活動する女性冒険者、それも剣を使う者であれば、誰もが『魔剣姫』であるあの方(・・・)を知っているし、憧れていたわ。もちろん私もね」

「…………」

「それにしても、一度も姿をお見せした事のない御令嬢様に、こんな離れた場所でお会いできるなんて、私ってば幸運ね。しかもさすがわ『魔剣姫』の娘といったところかしら、『攻魔術士』なんて聞いた事もないクラスを得ているなんて。――で、どうしてそんな御令嬢様があなたの奴隷に?」

「…………」


 自分の事などいいと言っていたヒルデだが、なぜか饒舌に語り初めた。それも顔を赤く染め、恍惚とした表情で。


(知られてはいけない人物に知られたしまった。どうする……)


「あ、大丈夫よ。私はもう冒険者を辞めているし、契約(・・)も交わしてしまったんだもの、ベラベラ喋ったりしないわ。ギルド職員としての守秘義務もあるしね。だからこれは、あまり褒められた行為ではないのを承知で、単に私が知りたいから聞いているだけなの」


 契約の罰則は、未だに確定情報がない。しかし、ヒルデは”死に準ずる”と思っている。ならば、ある程度話しても大丈夫なのではないか。

 現状のヒルデは、ローゼの実家に直接の関わりはないようだが、危険人物なのは確かだ。ならばこそ、そんな者を放っておくより多少なりとも事情を話し、こちらに引き入れておくほうが安全なのではないか?

 俺の脳内は目まぐるしく動いていた。


「……ヒルデさん、本当に他言無用でお願いしますよ」

「分かっているわよ。こんな美味しそうな……ではなく、重要そうなお話、ギルド職員として知ってしまったからには、今後起こり得る問題に対処する為に、事前に知っておかないとね。でもそれは、あくまで私が登録の担当をしたというだけで、他の職員には話さないわ。何かあれば私が対処するし、問題ないのよ」


 本当に知りたくて堪らないのだろう、暗い色合いだったヒルデの深碧の瞳は、いつしかキラキラ輝きはじめている。興味本位で何でも知りたがる子どものように。


「ヒルデさ~ん、この後はどうするんですの~?」


 すっかり放置されていた、何でも知りたがる子どものようなローゼが、つまらなそうにこちらを眺めながら質問してきた。


「ヒルデさん、ローゼには聞かせたくない話なんですけど」


 ヒルデに耳打ちした俺は、懇願するように彼女の瞳を見つめた。


「それなら、一度別室に移動しましょうか」

「お願いします」

「ローゼ様、ヨシュケ様と別室でお話がありますので、もう少しだけお待ちいただけますか」


 俺と軽い打ち合わせを済ませたヒルデが、ギルド職員用の笑顔を貼り付け、ローゼに”待て”を促す。


「わたくしがご一緒してはダメですの?」

「すまんローゼ、本当に大事な話なんだ。――そうだ、これを食べて待っててくれ」


 不満そうな表情を見せるローゼに、俺は買い置きしていた焼き菓子を【収納】から取り出して渡す。するとヒルデは、俺の動きに呼応するように茶を用意し、さっとローゼの前に出してくれた。


「わたくし、しっかりお留守番してますの」

「すまんな」


 チョローゼは満面の笑みで焼き菓子を手にすると、嬉しそう留守番を受け入れてくれたのだが、あまりにも単純すぎて彼女の将来が心配になってしまう。


「ではヨシュケ様、こちらに」


 ヒルデに促され、俺は別室に移動した。


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