第18話 受付けのお姉様
早寝したローゼは、夜も開けやらぬ時間から起き出すと俺を叩き起こしてきた。
それに対し睡眠が十分でなかった俺は、彼女に何度となく【催眠】スキルを使って二度寝を試みる。――やる気に満ち溢れているローゼは、前回よりも抵抗が強かったように思う。
俺は絶対に二度寝をすると決め、ムキになって何度も何度も【催眠】スキルを使ってローゼを寝かせた。
無駄な努力の末、二度寝をガッツリかましてしまった結果、朝食抜きで冒険者ギルドに向かう事に……。
道中でローゼにぶつくさ言われ続けたたが、どうにか宥めてギルドに到着したのだが――
「うわぁ~、むさ苦しい方々が大勢おりますの! 如何にも冒険者ギルドっぽいですの!」
ローゼはいきなり失礼な事を言いだした。しかも大声で……。
ここシューレーンは、新人冒険者が多く集まる町なので、ギルドにいる冒険者の年齢層は比較的低い。しかし、全員が全員新人な訳ではなく、そこそこ年を食った冒険者もいる。
なので、他所の冒険者ギルドに比べてむさ苦しさはマシなのだが、ローゼにとっては十分むさ苦しいのだろう。だからといって、それを口に出すのはいただけない。
そしてここは、冒険者ギルドっぽいではなく、冒険者ギルドそのものだ。荒くれ者が少なからず存在する場所である事を、ローゼには自覚していただきたい。
「おうおう、お嬢ちゃんよー、随分な言い草だな」
「初めてギルドにきたみてーだけど、むさ苦しいとか思っても口に出しちゃダメだぜ」
「ヒャッハー、これは教育が必要だぜー」
シューレーンのような新人が多い冒険者ギルドでは、テンプレのような『新人に絡む古参冒険者』というシチュエーションは滅多にお目にかかれない。だというのに、ローゼが余計な事を言った所為で見事に絡まれてしまったのだ。それも如何にもうだつが上がらなそうな三人組に……。
(ヒャッハーってお前、どこの世紀末からきたんだよ)
面倒事は勘弁と思っている俺は、早々に面倒事を起こしたローゼに呆れつつ、世紀末な三人組に失笑しそうになるのを堪えて場を鎮める事に。
「俺の仲間が失言してしまってすみません」
「んだテメー?」
「わたくしのご主人様ですの」
「ローゼは黙ってて」
「あうぅ……」
「チッ、主人様だ?! テメーらガキのくせして結婚してやがんのか?!」
こういった場面で尻込みしないローゼの胆力に感心するが、その所為で余計な事を口走るのは困ってしまう。
「すみませんね、この娘は初めてギルドにきた、世間知らずでアレな娘でして」
俺はそう口にしながらローゼの姿を三人に見せる。
ローゼの冒険者らしからぬ服装は、ガッツリ着飾っている訳ではなくても良い所のお嬢様なのが伝わるだろう。今日は淡い水色のワンピースだ。ローズゴールドのツーサイドアップと非常にマッチしている。
伯爵令嬢でなければ、いつでも襲い掛かりたくなるくらい可愛い。
(ローゼたんマジ女神)
女神の化身のことはさておき、冒険者についてだ。
冒険者はランクが物を言う職業で、爵位を持ち出すのはご法度であり、冒険者間では一般社会の地位は意味を成さない。それ故、一般的に知られていないだけで、偽名で冒険者をしている貴族が何気に多いらしい。
そして、冒険者間で貴族が爵位などを持ち出さないからといって、これ幸いとばかりに貴族と思しき冒険者に絡んだりしない。
あくまで冒険者同士である間は対等な関係だが、貴族側が冒険者を辞めた場合、貴族という身分で報復できるからだ。――それをする貴族がいるかどうかは別として。
そういった諸々があり、通常は貴族側の方が気を遣い、貴族は自分が貴族である事を隠す。それどころか、後々は冒険者時代に良くしてくれた者を貴族家に抱え入れたり、指名依頼などの便宜を図ってやる。
だから冒険者の方も、相手が貴族だと分かっても表面上は普通に接し、将来を見据えて穏便にしているのだが……。
「おう兄ちゃん、冒険者がバックを持ち出すのは厳禁だって知ってるか? それにもしかして、兄ちゃんもアレなのか?」
「俺の事はいいとして、あくまで俺は、世間知らずな少女が初めてきた場所で、何も知らずに不用意な発言をしてしまった事を伝えただけです。なので、先輩方の広いお心で、軽く流して頂けると助かります、という話です。俺の方で改めて教育しておきますので、ここは一つ……」
俺としては、アレを『ちょっと頭が……』の意味で使ったので、貴族令嬢である事を強調していない。多少誘導したような格好なっているが、俺はローゼの爵位を持ち出していないと言い切れる。
「だったらオレらが現場の教育をしてやんよ」
どうやら穏便に済ませようとする俺の気持ちは届かなかったらしい。
(ってかあれか、袖の下でも期待してんのか? そんな無駄金なんてねーぞ)
「いやー、この娘はおしゃべり好きでしてね、これから帰宅したら今日の出来事を面白おかしくお伝え……ではなく、お話しするでしょうね。あっ、この娘はまだ冒険者ではありませんので」
「なっ……」
少しイラッとした俺は、ちょっとした強硬策を取った。
ローゼが帰宅するのは宿屋で、話し相手は俺だ。でもこの三人組は、この事を彼女の両親に伝えると思ったのだろう。しかもまだ冒険者ではないローゼは、爵位を持ち出しても問題ないのだから、親がしゃしゃり出てくる可能性もあるのだ。
実際に親がしゃしゃり出てくるような事態になれば、本当に拙いのは俺なのだが、三人組はそんな事情を知らない。だから使えるものを使ってハッタリをかました。
「ま、まあ何だ、兄ちゃんがしっかり教育するってんなら、オレらの出番はねーな。――なあ?」
「あ、ああ、そーだな」
「おう兄ちゃん、冒険者はオレらみてーな心の広い先輩ばかりじゃねーんだから、しっかり教育しておけよ」
「ご忠告ありがとうございます」
どうやら世紀末な三人組は納得してくれたようで、「新人の相手してやるのも楽じゃね―な」などと言いつつ、ギルドから出て行った。
「ローゼは人の気を逆撫でる言葉とか知ってるか? とりあえず宿に戻ったらお仕置きだな」
「どうしてですの!?」
「はいはーい、そこのお二人さーん」
俺がローゼを叱っていると、ギルドカウンターから朗らかな声が響いてきた。
「君たち新人でしょ? ここで登録できるわよ」
声をかけてきたのは、受付嬢と思しきギルド職員だ。
彼女は、赤と言うよりオレンジに近い朱色の髪をポニーテールにしている。パッと見、高圧的に見えそうな切れ長な目をした美人さんなのだが、どうやら気の良いお姉さんタイプのようで、カウンターから身を乗り出して人懐っこい笑顔で手招きしていた。
「わたくしの事ですの?」
「そうよー」
「ご主人様、受付けのお姉様にお呼ばれされたですの」
「はいよ」
先程のお小言など既に忘れたのだろうか、ローゼは俺の手を引っ張ってとことこと歩いて行く。
「大変だったわね」
「大変だと思ったなら、助けてくれても良かったのでは?」
「ギルドはね、冒険者同士のいざこざには介入しない決まりなのよ。まあ、暴れだしたら流石に止めるけどね」
「知ってましたけど、新人の多いシューレーンでもそうなんですね」
「新人が多いからこそ、身を以て冒険者の流儀を知ってもらうのよ」
銀行員が着ているような、ピシッとした冒険者ギルド職員の制服に身を包んだ受付のお姉さんは、20歳前後に見える。熟練した職員、といった感じではないが冒険者のあしらいは上手いようで、俺が軽く嫌味を言っても笑顔で流されてしまった。
「さて、私はブリュンヒルデよ。気軽にヒルデと呼んでね。で、貴方たちは?」
「俺はヨシュケで、この娘はローゼです」
俺が自分とローゼの名を告げると、俺の隣に立つお嬢様奴隷は、冒険者ギルドに凡そ相応しくないカーテシーをしている。それを見た受付嬢のブリュンヒルデは、何かツッコミを入れる事もせずに、ただただ優しく微笑む。
(美人は気の強いイメージがあって苦手だけど、この人は馴染みやすい感じがしていいな)
「ヨシュケくんとローゼちゃんね、よろしく。――それで、ヨシュケくんはもう冒険者のようだから、今日はローゼちゃんの冒険者登録かしら?」
ヨシュケくんと呼ばれる事に違和感を覚えたが、自分の体が小さくなっている事を思い出し、それも致し方なしと納得する。
「はい。今日はローゼの登録をして、そのまま講習も済ませる予定です」
仕事モードに切り替わったブリュンヒルデ――ヒルデは、キリッとした凛々しい表情でテキパキと作業を進める。
俺は働くお姉さんをじっくり観察。
体に張り付くようなピッチリとしたベストから見るに、推定A……いや、抑え付けられてる事を考慮してギリBカップだろう。座っているのでよく見えないが、良く引き締まったスレンダー体型のようだ。
そんな事をしていると、あれよあれよと言う間に別室に移動させられる。
(170cmくらいあるかな?)
ヒルデは女性にしては長身な部類だ。そして見立通りスレンダーだったが、タイトなスカートに包まれた桃はしっかり熟れているようで、なかなかいい感じだ。機会があれば揉み解してみたいな、などと俺は思ってしまう。
ローゼの所為で欲求不満な俺は、どうにも思考がそっち方面に行ってしまいがちだ。
そんな頭が桃色な俺は、ヒルデに気掛かり点を見つける。それは、僅かに左足を庇うように歩いていた事だ。
俺が不埒な事と気掛かりな事を気にしていると、とある一室に通された。俗に言う鑑定室だ。
明かり取りの小さな窓のある部屋の奥側に、水晶の置かれたテーブルがあり、奥と手前に一脚ずつ椅子ある。その左手側に長椅子があるので、俺はそっちに腰を下ろした。気分はすっかり保護者だ。
「ではローゼちゃん、この水晶に両方の手の平をピタッと付けてくださいね」
奥側の席に腰掛けたヒルデが、手前の席にちょこんと座ったローゼへ水晶を触るよう促した。
「はいですの」
(俺も18年前、冒険者登録をした時に水晶に手を付けて、その後に文字が出てきて凄くびっくりしたんだよな。そんでこの水晶は魔力測定もできるから、歴史上数人しかいないと言われる虹色に輝いて、当時は大騒ぎになったっけ。まあ、適正が無いと分かったら『魔力の無駄』とか言われて、熱い手のひら返しをされたんだよな)
感慨にふける俺の目の前で、ローゼは嬉々として水晶に手を伸ばした。
「ステータスチェックは久しぶりですの!」
「…………」
「ヒルデさん、どうしましたの?」
「ローゼ様、しばしお待ちを。……ヨシュケ様、少々よろしいですか」
「ん、何でしょう?」
鑑定席に座っていたヒルデが、ローゼの問に答えず何故か俺に近づいてきてた。
(あれ、呼び名がローゼ様とヨシュケ様に変わってたよな? 口調や雰囲気も、さっきまでの気安い感じじゃなくなってる気が……)
軽い異変を感じた俺の耳にヒルデの吐息がかかり、彼女の甘い香りが俺の鼻孔をくすぐる。
(あ、いい匂い)
「ローゼ様の首に、奴隷紋ありませんよね?」
「――――!」
女性特有の甘い匂いに鼻をクンクンさせている間抜けな俺を他所に、切れ長の目をジトッとさせ、力強い緑色――深碧の瞳で見据えてきたブリュンヒルデが、衝撃の一言を放ってきたのだ。
(すっかり忘れてた!)
冒険者ギルドで行える鑑定は、スキルなど戦闘スタイルに直結する情報は表示されない。しかし、名前や職業、クラスなどの一定項目は表示される仕組みだ。
そして職業が見えるという事は、ローゼの『職業:貴族令嬢/奴隷』が見られてしまった訳で……。
(貴族令嬢を奴隷にしてるのを知られってしまったやんけ!)
何の対策もしていなかった俺は、誰にも知られてはいけない情報を、ノーガードで開示してしまったのであった。




