第16話 不健全な感じのスキル
「ご主人様はまた嘘を吐きましたの」
「そうしないと門を通過できないってローゼも理解してるだろ?」
「……でも、良くありませんの」
「大丈夫、この町で冒険者登録するし。そしたら正式な証明書が手に入るから、これからは堂々と門を行き来できるぞ」
門の前まで送ってくれたおっさんと別れ、俺とローゼはナーモナイ町の門をくぐった。そして、何ら問題なく門を通過できた訳だが、やはりローゼが偽装証明証を使用した事に文句を言ってきたのだ。――想定内なので問題なし!
「さあローゼ、これから冒険者ギルドに行くぞ」
「冒険者ギルド……ですの」
「そうだ。これからローゼは冒険者になるんだ」
「わたくしが冒険者ですの?」
「ああ、ステータスの職業欄が冒険者なるぞ」
「わたくし、冒険者ローゼですの!」
(相変わらずちょろいな)
ローゼは生粋のお嬢様として育った所為か、はたまた持って生まれた性格なのか、とにかく素直で疑う事もなく、俺の言葉を鵜呑みにする。
一般常識を教えないような親に育てられたにも拘らず、よくここまで真っ直ぐに育ったものだ。
「ま、まあなんだ、シューレーンの町に行けば正式な冒険者になれるし……」
「…………」
「マジですまん!」
「…………」
なんと、このナーモナイ町の冒険者ギルドはただの出張所であり、冒険者登録ができなかったのである。
「わたくしは初めて冒険者になるんですの。別に冒険者見習いの登録でも良かったですの」
「冒険者の規約で年齢の制限とかあるから……」
冒険者見習いとは、10歳以上13歳未満という年齢制限があり、薬草の採取などが認められただけの存在で、”冒険者見習い”という名称であるが、冒険者として認められていない。
14歳のローゼは、13歳以上のカテゴリである『新人冒険者』として登録する必要がある。新人冒険者は冒険者ランクEの正式な冒険者であり、冒険者見習いとは明確に違う立場なのだ。
だから冒険者ギルド出張所では、冒険者見習いしか登録できないという……。
「とりあえず宿を探すか」
拗ねたローゼに屋台で買った串焼きなどを与え、どうにか機嫌が直ったので、俺は本日の寝床確保を口にした。
「お風呂に入りたいですの」
「…………」
一般常識に乏しいローゼは、風呂付きの宿がどれほど贅沢か知らない。だから簡単にそんな事を言ってくるのだ。
ただでさえ串焼きで散財したと言うのに……。
だから俺は、ローゼの言葉に答えずに適当な安宿を探した。
「一泊でお願いします」
「お二部屋ですか?」
宿屋のカウターの奥から、恰幅の良い中年女性が問いかけてきた。多分だが、彼女がここの女将さんだろう。
「あー……」
今晩だけ泊まれればいいと思い、如何にも個人経営といった感じの安そうな宿を見つけて入ったのだが、俺は部屋割について考えていなかった。
元々ローゼとは、娼館で客と娼婦という出会いをしている。だから何も考えずに同じベッドで寝た。
道中の野営でも、特に考える事もなく仲間として同じテントで寝ている。寝袋が別なら同衾ではない、という冒険者的考えから、テント内という同じ空間で寝ても問題などなく、俺的にはむしろ当たり前の事だった。
だが宿に宿泊するのは別だ。
テントという狭い空間で、万が一を考えて気を張りながら寝るのとは違い、ベッドもある場所で気を抜いてゆっくり休む。そこに男女が一緒になると、女性のほうは気が休まらないのを知っている。そうなると、男性側もちょっと意識してしまうのだ。
「二部屋で」
「かしこまり――」
「ちょっとご主人様! どうして二部屋なんですの?!」
俺はローゼの事を思い、割高になる個室を二つ頼んだのだが、なぜか突っかかられた。
「いや、ローゼもゆっくり休みたいだろうし……」
「わたくしはご主人様の愛玩奴隷ですの。いつも一緒ですの!」
「ちょっ、おまっ……!」
よりによってローゼは、宿屋の女将さんと思しき女性の前で、自分が俺の『愛玩奴隷』だと声高に宣言したのだ。
ローゼの発言で、女将さんは『あらあら』とでも言いたげな笑みを浮かべ、「二人部屋のほうがよろしいですか?」と聞いてくる。俺は恥ずかしさで茹だったような顔で、「お願いします」と力なく答えた。
「なあローゼ」
「なんですの?」
「ローゼは娼婦を名乗るのもおこがましいって言ったよな?」
「聞きましたの」
「それなら愛玩奴隷ってのも口にしちゃダメだ」
「どうしてですの?」
「愛玩奴隷というのは、娼館で客と娼婦の一時的な関係だからだ。今のローゼが娼婦でない以上、俺とローゼの関係はご主人様と愛玩奴隷じゃない」
「でしたら、わたくしとご主人様の関係はなんですの?!」
この際なので、ご主人様と奴隷の関係を少しだけ改善しようと考え、俺はローゼに説明した。そして、もう少し柔らかい関係性を築こうを考える。
「ローゼはこれから冒険者になる。そして冒険者と冒険者が一緒に活動するのはパーティメンバーだ。それは、対等な仲間ということだ」
「わたくしとご主人様は、対等な仲間ですの?」
平民の俺と伯爵令嬢であるローゼは、普通に考えれば対等ではない。しかし、ご主人様と奴隷の関係よりはるかにマシな関係だ。ましてや冒険者として一緒に活動する以上、先輩後輩の関係はあれど対等な仲間であるのが好ましい。
「そうだ。俺たちは主従関係ではなく仲間だ。そしてパーティメンバーだ」
「パーティメンバー……冒険者っぽいですの!」
「っぽいじゃなくて冒険者なんだけどな」
ローゼは冒険者パーティ……はうぅ~、とか言って夢見心地なので、とりあえずこの問題は片付いたとみていいだろう。だが問題はまだある。
俺にとってローゼは、正真正銘の奴隷だ。気持ち的な問題ではなく、ステータスにハッキリ記されているのだから。
しかし、彼女は無知な伯爵令嬢でもある。
確かに俺は、ローゼの純血を散らしてしまった。だからといって二度三度と体を求めてはいけない。万に一つの可能性として、隷属さえ解除できれば伯爵家から追求されない可能性があるからだ。
だがしかし、調子に乗ってローゼを手篭めにしてしまうと、隷属を解消できたとしても、彼女の実家にあれやこれやを吹き込まれ、俺の未来が閉ざされてしまう可能性が広がる。それは非常に不味い。
という訳で、俺はとても我慢をしている。
日課のように娼館通いをしていた俺が、やや幼いとはいえ俺好みの少女と行動を共にしているのだ。あまつさえ美少女に甘言を囁かれている状況で、俺の性欲が高まるのは当然と言えよう。それでも野営であれば、周囲を警戒するなどして気を紛らわせられる。
(でも宿屋で同室、しかも同じベッドで寝るとか、こんなんただの拷問でしかねーよ……)
これは俺にとって由々しき問題であった。
俺の年齢は33だ。しかし見た目が若い所為か、体が若返る以前から性欲が無駄に有り余っている。それなのに――
「ご主人様、お背中をお洗いしますですの。あっ、このままではお洋服が濡れてしまいますの。先にわたくしのお洋服を脱がしてほしいですの」
ローゼはそんな事を、平然と言ってきたのだ。
俺には【洗浄】スキルがあるため、わざわざお湯で体を洗う必要などない。
普通の日本人であれば、シャワーを浴びたり風呂に入るのは好きなのだろう。だが俺にとっての風呂は、ホースで水をぶっかけられ、デッキブラシでゴシゴシ洗われる場所だったため、正直言って苦手だった。
それでもこの世界に来て、滅多に入れない風呂が気持ち良かった事で、今では風呂が好きになっている。
だが湯桶を借りて体を洗うのは、入浴とはまったくの別物だ。それこそ【洗浄】スキルだけで事足りる。俺にとっては不要な行為意外の何ものでもない。
なのにローゼは、女将さんがお湯の用意は必要かと尋ねてきたきた瞬間、「はいですの」と即答しやがった。
そして今、届けられた湯桶を前に、ローゼは聖母の笑みを湛えている。
(これはあれか、もう我慢せずにやっちゃえって事か? 一回やっちゃったら二回も三回も同じだよな? ローゼ本人も望んでるし)
俺はローゼの誘惑に惑わされ、気持ちが楽なほうへと逃げていく。……が、俺はとある事を思い出した。
(確かユニークスキルに【催眠】と【催淫】ってあったよな? 後者は使っちゃダメなスキルだと思う。――となると、【催眠】を使ってローゼを寝かせちゃえば、この状況を有耶無耶にできるんじゃないのか?)
そう、俺が女神アンネミーナから与えられた『管理師』クラスには、【淫魔術】とかいう如何にも不健全な感じのスキルがある。
(ちょっと待て! 淫魔術って、もしかして魔術なのか? すると、無駄に多い俺の魔力って、この魔術を使う為だけにあるのか?!)
嫌な事に気付いてしまった俺だが、別の考えも思い浮かんだ。
(淫魔術って考え方もある。そうなると、魔術とは別系統の可能性もあるな)
どちらにしても、深く考える事でもないと思った俺は、とりあえず思考に蓋をした。
それはそうと、【淫魔術】は精神に直接作用する系統だろう。
(そういうのって道義に反する気がして、あまり使いたくないんだけど……後学のために効果を知っておいたほうがいいよな)
率先して使うスキルではないと思いつつ、ローゼの誘惑という危険から逃れるため、俺はスキルを使用する決意をした。
(他人の精神に関与するスキルなんて使った事ないけど、他のアクティブスキルのように使えばいいのかな? とりあえず【催眠】を使って、ローゼに誘惑をやめるように指示してみよう)
「ご主人様ー、早く脱がしてですの」
「…………」
「もうっ、ご主人様が脱がしてくれないのでしたら、自分で脱ぎますの! ……うぅ~、脱げないですのぉ」
「…………」
(何このかわいい生物?! むしろ俺の集中力が乱されてるんですけど! これだと俺のほうが精神を乱される……)
かわいらしくモゾモゾそているローゼに対し、俺は乱れかけた意識を集中させ、【催眠】スキルの発動を試みた。
すると、なにやら抵抗されたような感じがする。実際、ローゼが【催眠】に抵抗したのか分からないが、多分気の所為ではないだろう。
(目を見て発動しないとダメなのかな?)
「ローゼ、脱がしてあげるから、とりあえずベッドに腰掛けて」
「お願いしますの」
モゾモゾするのを止めたローゼは、俺の隣に腰掛けてにこにこしている。
「…………」
「…………」
「…………」
「まだですの?」
何度か【催眠】を発動してみるも、その都度弾かれてしまう。
俺が持っている【状態異常無効】のようなスキルを、アホの子のように万歳して服を脱がされるのを待っているローゼは取得していない。
(【状態異常無効】については俺も確認したいけど、今考える事じゃないな)
俺は再度思考を戻す。【催眠】が効かないのは、レベルがまだ1だから効き目が弱いのか? そう思った俺は、とりあえず効くまでやってやろうと気合を入れる。
「もうちょっと待って」
「早くですの」
(ぜってーやってやる!)
「…………」
「…………」
(また抵抗されてる感じがする。ダメか?)
「…………――――!」
(キタっぽい!?)
試すこと数回、確証は無いがスキルが通ったような感覚があった……気がした。
「なんだか、頭がぽわ~ってしてきましたの。少し眠く、なってきて、しまいましたの……」
(よし! どうにか【催眠】が効いたぞ! これで指示を出してって――!)
「ローゼ寝ちゃったじゃん……」
ようやくローゼに【催眠】が効いたと思ったら、それほど間を置かずにローゼは寝息を立ててしまった。
俺としては、まだ試したい事があっただけに、少々拍子抜けだ。
「でもなんだ、【催眠】ってのはかけづらいのかもしれないな。もしかすると成功率◯%で効く、みたいな感じなのかな?」
初めて使ったスキルだけに、現状では推測しかできない。
良からぬスキルだけに、あまり使う気のしなかったスキルだが、何かの役に立つかもしれないと感じた俺は、たまに使って効果の把握だけはしておこうと思った。




