第14話 馬鹿なんじゃねーの?!
「ご主人様、痛くてもかまいませんの! わたくしを、気持ち良くさせてほしいんですの! そして、娼婦として死なせてほしいんですのー!」
何を血迷ったのか知らないが、ローゼがそんな事を叫んだ。
そして俺の視線の先には、生暖かい視線を送ってくるおっさんがいる。ローゼの絶叫をしっかり聞いていたようだ。
「おいローゼ、とりあえず落ち着いてくれ」
ローゼの呼吸が荒い。叫んだせいだろうか?
「お、落ち着いていられませんの。わ、わたくし死んでしまいますの! 死ぬ前に、娼婦としてのお勤――」
「マジで落ち着け! どこも打ってないし死なないから! とにかく落ち着け!」
どこも打っていないはずだが、急に倒れた事でローゼはパニックを起こしているのだろう。彼女が妙な事を口走しったせいで、おっさんのニヤつく顔がうざい。
しかも、ローゼが俺の服を脱がそうともぞもぞ動き出したので、俺は慌てて彼女の言動を遮るように声を荒げ、拘束するように抱きしめた。
冷静に考えれば、ローゼが俺の服を脱がせられないとわかるのだが、どうやら俺も混乱しているようだ。
「ほほう。この子は娼婦だったんだね。こんなに可愛いのだから、さぞかし売れっ子だったのだろうね。でも身請け金はかなり高かったのだろう?」
「いや、この娘は――」
「わたくしは娼婦にもなれませんでしたの! そして、聖女どころか聖女の見習いである性女にもなれなかった落ちこぼれですの! しかも変態さんですの!」
(何言ってんのコイツ?)
俺は本気でそう思ったが、口に出す事もできなかった。
「せめて立派な娼婦になって、多くの民を癒やしてから死にたかったですの……」
「うんうん、それは立派な心掛けだ。――なあ青年よ、私がこの子を君から買い上げ、立派な娼婦にしてあげよう」
(ローゼもおっさんも、マジで馬鹿なんじゃねーの?!)
些かアレなところのあったローゼだが、テンパリ具合が半端じゃない。
そしておっさんのほうも、よく分からないが俺たちを心配する様子で近づいてきたのに、今では下卑た笑みを浮かべたただのすけべ親父だ。
(しかも俺は、限りなく中年に近いおっさんだ。青年じゃねーし! って、さっきは盗賊がどうとか言ってたな? このおっさん、もしかして盗賊の一味……人攫いか?!)
状況が飲み込めない俺だったが、いち早く落ち着いて状況の整理を始めた。
そして、もしかしてこのおっさんこそが盗賊なのでは? そう思った俺は鑑定スキルがある事を思い出し、おっさんのステータスを確認する。……が、俺の眼前に出現した半透過の緑色のディスプレイに映し出されたのは、俺の知ってる文字列ではない。
『測定不可』
初めて目にする表記だった。
(【隷属特化】スキルなだけあって、俺の鑑定では隷属された人物しか見れないのか? しかも24時間に一回だけ。――随分と勝手が悪いな)
残念ながら俺の鑑定スキルは、誰これ構わず鑑定できるものではないらしい。
「なあおっさん」
「なんだい青年よ」
聖女の見習いである性女になりたいんですの、とか叫んでるローゼの口を塞ぎながら立ち上がった俺は、『性女は聖女の見習いじゃねーから!』と言いたい気持ちを飲み込む。
そして、もはや敬語を使う気もなくなった俺は、語気を強めておっさんを呼ぶ。
おっさんのほうは、すけべったらしい笑みをより深めてご機嫌だ。
ちなみに今の俺は、ローゼを拘束するように後ろから抱いて口を塞いでいる。傍目には、俺が人攫いに見える構図だろう。
「あんた何者だ?」
「私かい? 私は旅商人のオサーン・ダーヨンと言う者だよ」
(ふざけた名前だな。面倒だからおっさんのままでいいや)
「さっきは盗賊がどうこう言ってたが?」
「ん? そうそうすっかり忘れていたよ。――」
少し表情が引き締まったおっさんは、盗賊発言の説明をはじめた。
まず、草のお生い茂った原っぱで、明らかに火属性の攻撃痕だと分かる戦闘の痕跡があり、ゴブリンの死骸が多くあった。きっと盗賊がゴブリンと出くわしたのだろう。
そして進んだ先の街道には、水属性の戦闘をした後のようにあちこちが泥濘んでいた。――これはローゼが訓練した跡だ。
魔物の死骸がなかった事から、そこで盗賊に襲われた者がいたと推測。
その先に、荷物を持たない人物――俺とローゼ――が歩いていたから、盗賊に荷を奪われたのだろう。というのがおっさんの言い分だ。
(荷物を持ってないと、そんな目で見られる可能性もあるんだな。【収納】に頼り切るのはよくなさそうだ)
冒険者パーティに所属していた当時の俺は、大きな荷物を【収納】に預かっていたが、メンバーは他者に預けたくない荷物を持っていたりしたので、皆が皆背嚢を背負っていた。その為、誰も荷物を持っていない、という状況になった事がないのだ。――俺自身はいつも手ぶらだった。
「でもおっさん、盗賊に襲われたら殺されちゃうんじゃねーの?」
「私も長いこと旅商人をやっているけど、ここ数年は盗賊騒ぎ自体聞いていないね。だからそれ以前の話になるけど、無駄な抵抗をしなければ殺しはあまりなかったようだ。女性は攫われる事が多かったようだけれどね」
俺も冒険者として活動していた際、街道を移動中に盗賊に会う事はなかった。だから今回の旅に出る前、そして今さっきまで、盗賊の存在などまったく気にしていなかったのだ。
「でもそれだったら、ローゼ……この娘は攫われてたんじゃねーの?」
「もし本当に盗賊がいたら、この子のような美しい子は攫われていただろうね。でも私はそこまで気が回らなかったよ。私には君等が盗賊に荷を奪われたようにしか見えなかったから、つい心配で声をかけてしまったくらいだからね。――それにしても、物凄く可愛いね」
少し表情の引き締まったおっさんだったが、話しながら視線をローゼに向け、また下卑た笑みを浮かべていた。
(このおっさん、本気で心配してくれてたみたいだし、きっと根は良い人なんだろうけど、すけべなのも間違いないな)
「ところで青年、改めて問うが、その子を私に譲ってくれないかな?」
「それはできない。俺はローゼを一人前に育てる義務がある」
「――――!」
実際は義務などないのだが、俺の口からはそんな言葉がするりと零れ出た。
塞がれた口で何やらもごもご言っていたローゼは、俺の言葉を聞いて急におとなしくなる。
(ん、ローゼがおとなしくなったな。これなら口から手を離しても大丈夫だろう)
「ご主人様ぁ~」
なにやらローゼがうっとりとした声を出し、紅い瞳を蕩けさせて俺を見つめてきた。なんとも蠱惑的な表情だ。
「そ、それなら、その子が勤める予定の娼館を教えてくれないかい?」
「ローゼは娼婦にならんぞ」
「ちょっ、ご主人様っ、どうしてですの?!」
俺の言葉を聞いて反論してきたのは、おっさんではなくローゼであった。
(あー、娼婦の件は後回しにしてたんだだっけ)
「おっさん、ちょっと悪いんだけど」
おっさんに断りを入れた俺は、ローゼを連れて少し離れた。
「ローゼには何度も言ったよな。今は娼婦の事は忘れて魔術の事だけを考えろと」
「言われましたの」
「俺はな、何もローゼの夢を奪いたい訳じゃないんだ。ローゼが魔術を使いこなせるようになり、様々な経験を積んで知識を得たら、晴れて夢に向かってほしいと思ってる。ただ物事には順番があるというのをわかってほしいんだ」
俺はローゼが娼婦になる事を認めた訳でも、娼婦になってくれとも言っていない。ローゼの夢を娼婦以外に誘導しただけで、嘘は言っていないのだ。
「ご主人様は、そこまでわたくしの事を、考えて、くださって……ますの?」
「勿論だ」
感極まったのだろう、ローゼは紅い瞳を潤ませていた。
(ざ、罪悪感が……)
「わかりましたの。娼婦の事はなるべく考えないようにして、まずは大魔導師をしっかり目指しますの」
「あ、うん……」
(なるべく考えないって事は、少しは考えるって事だよね? で、俺としては大魔導師なんて望んでないけど、どうしてそこのハードルを上げたがるんだろな? まあ、強くなってくれるのは有り難いけど)
ローゼの考えについて素直に共感できない俺だったが、とりあえず彼女の気を逸らせられたので良しとした。
「悪いなおっさん。やっぱどう考えてもローゼが娼婦になる事はねーわ」
「ごめんなさいですの。わたくし、大魔導師にならなければいけませんの」
「い、いや、何、もし娼婦になるのであれば、私も協力したいと思っただけさ。娼婦なんて汚れ仕事をしないで済むなら、しないに越したことはないよ。うんうん」
「あっ……」
自分の下心を無かった事にしたいのか、おっさんは上手い事話を締めようとしていた。しかし締め方が最悪で、ローゼを煽る結果になってしまう。
「何をおっしゃいますの! 娼婦は尊いお仕事ですの!」
俺が懸念したとおり、娼婦を貶すような言い方をされたローゼは、プンスカしながら反論したのだ。
(怒ったローゼもかわいい)
「落ち着けローゼ。おっさんは言葉を間違っただけだ。なんせおっさんは、娼婦が大好きなんだから。――な、おっさん」
「そ、そうだとも。私は娼婦が大好きなんだよ」
これが商人という人種の悲しい性なのだろう。とても恥ずかしいカミングアウトであっても、咄嗟に相槌を打ってしまうのだから。
「そ、そうでしたの。それは大変失礼をしましたの。ごめんなさいですの」
「いや、いいんだよ……」
ローゼに謝罪された事で、おっさんは微妙な苦笑いを浮かべていた。
「あ、旅商人さんは商人さんですの?」
「ええまあ、商人ですよ」
「わたくし、魔杖がほしいんですの。売ってくださいですの」
「ちょっと待てローゼ」
「なんですの?」
空気が落ち着いたと思ったところで、ローゼが変な事を言い出したのだ。




