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第13話 ローゼの妄想力

「じゃあ早速、魔術の練習をしてみるか。ここだと火系は不味いから、水の玉とか出してみて。――あ、歩きながらだと難しいかな?」

「いずれ大魔導師になるこのわたくしに、なんたる愚問を」

「なんかキャラ変わってないか」

「わたくしに守られる雑魚のご主人様は、指を咥えて見てらっしゃいな」

「あ、はい……」


 ”ご主人様を守る”という使命を与えられたローゼは、なぜか悪役令嬢のような高飛車な振る舞いをしだした。すると、「平伏せ愚民ども!」とか言いながらソフトボール大の水球を作り出し、周囲に飛ばしては辺り一面を水浸しにしていたのだ。

 馬車が行き来する街道を……。


――ポコン


「いたっ」


 おーっほっほっほーとか言いいながら、調子に乗って我を忘れているローゼの頭に、俺は軽くチョップを落とす。別段『雑魚のご主人様』と言われた事にムカついた訳ではない。


「そんなに調子に乗ってると、また魔力切れで倒れるぞ」

「そ、そうですの。魔力の残量を気にしないといけませんの。――なんだか最近、『もう少し落ち着きなさい』と怒られていた頃のわたくしに戻ったしまった気がしますの」


 さっきの悪役令嬢感はどこへやらで、ローゼはしゅんっと肩を落とす。そんな少女は、日本式に言えば『もう少し落ち着きましょう』と通信簿に書かれるような子どもだったと思われる。

 俺としては、癒やし系のローゼに高飛車な言動は似合わないと思っているので、本当に落ち着いてほしいと思った。


「環境が変わって、知らず識らずのうちに興奮しているんだと思うんだ。だからこそ、しっかり自制して落ち着けるようにすれば、魔術も上手く使えるようになると思うぞ」

「そうですの。自制が大事ですの」


 幼い頃からの努力もあり、魔力が殆どないのに魔力制御スキルを持っているローゼ。その甲斐もあってか、魔力を得てすぐに魔法(・・)が使えた。しかし彼女は、自分が『攻魔術士』へクラスチェンジしている事を知らない。

 だから俺は考えた末、すっとぼけて言ってやる事にした。


『ローゼは”攻魔の才”があるし魔力も増えたんだから、もしかしたら魔術(・・)も使えるんじゃないのか』


 するとローゼは、ピコンと何か閃いたような表情を見せるとぶつくさ呟き始め、水球を作り出すとそれを撃ち出したのだ。

 俺からすると、それが魔法なのか魔術なのか分からないが、ローズに言わせると魔術だとの事。

 ローゼは、なぜ自分が魔術を使えるようになったのか、という事に疑問を持つより、魔術が使える事が嬉しいようで、余計な事を聞いてこなかったのには助かった。


 大はしゃぎのローゼだが、初めて使う魔術の制御は難しいようで、見ていて安定していないのが分かる。それでもローゼが楽しそうなので、俺も嬉しく思う。

 だが少々厄介なのが、我を忘れて取り憑かれたように魔術を乱射してる事だ。

 魔法が使えた際もそうだったが、長年の努力が実を結び、魔術を使えるようになったのが嬉しいのはわかる。だからといって、考えなしにひとりで盛り上がってしまうのはいただけない。


(でも無理に抑え込むのもなんだし、とりあえずは好きにやらせて、適度に声をかけながら少しずつ課題を与えてみるか)


「ローゼは基礎ができているから、落ち着けば初級の魔術は問題なく使えと思うんだ。実際に使ってるし。でも魔力量の配分とかはまだまだだろうから、そこらへんを意識して練習したほうがいいな」

「はいですの」


 気を引き締めたローゼは、「基本である魔力の錬成からやり直しますの」と言って、また何やらぶつくさ言い出した。そんなローゼは魔力の錬成に意識が向かっているようで、些か足元が危うい。

 俺はローゼの右手を取り、少しだけ速度を落として歩き続ける。

 すると、一台の幌馬車が俺たちを追い越していき、ゆっくり速度を落とし、やがて完全に停車した。


「あんたたち大丈夫かーい?」


 馬車から降りたおっさんが、こちらに向かって叫びながら駆け寄ってきた。40手前くらいの中肉中背の男だ。

 大丈夫とは何に対してだろうか、と疑問に思う俺だったが、大声で「大丈夫ですけど」と、当たり障りのない返事をしてみる。


「見たところ怪我はないようだけど、荷物は奪われてしまったようだね。しかし、この街道に盗賊が出るとは……」


 茶髪茶目の少しだけ身なりの良いおっさんは、なんとも幸薄そう雰囲気が滲み出ているが、とりあえず俺たちを心配している事は分かった。


(よく分からんが、悪い人ではなさそうだ。でも盗賊とか物騒な事を口してたな。聞いておくか)


「この街道に、盗賊がいるんですか?」

「え?」

「え?」

「ふにゃっ?!」


 彼我の距離が近付いたので立ち止まり、どうにも話が噛み合わずに俺とおっさんが顔を見合わせたところで、我関せず歩き続けたたローゼがひっくり返りそうになる。

 俺は慌ててローゼを抱きとめるが尻もちを付いてしまった。


「いてててて……」


 ローゼを腕の中でしっかり抱えた俺は、彼女を確認すると僅かに頬が赤い以外に問題ないと判断し、視線を上に向ける。


「――――――――!」


 するとローゼが、突然絶叫しだしたのだ。

 思わず俺の顔が赤くなる。そして視線の先には、生暖かい視線を送ってくるおっさんがいた。




――時間は少し遡り、魔力の錬成を開始したローゼ。


「…………」


(魔力が蠢くこの感覚、たまらないですの)


 魔力が殆どなかったローゼは、溢れんばかりの魔力が自身の体内で蠢く感覚に酔い痴れ、周囲に対してまったく意識が向いていなかった。


(この感覚は、初めてにして唯一娼婦としてご主人様に接した際、痛くなる前に感じたなんだか気持ち良い感覚に似てますの。特に魔力が溜まる丹田の辺りが……)


 娼婦の役割は民を癒やす事。そして娼婦は、お客さんと契約時間限りの主従関係となり、ご主人様と愛玩奴隷の関係になる。

 今のローゼは娼婦を名乗る事を許されていない。それでも、同伴している黒髪黒瞳の青年男性――実年齢は壮年らしいが信じていない――が、ずっとご主人様でいてくれると言うので、ローゼは彼をご主人様と呼んでいる。

 ご主人様は、ローゼに娼婦のいろはを教えてくれた。それ意外にもいろいろと教えてくれる先生でもある。


 初めてのお仕事の際、最後は痛くて泣いてしまったローゼだが、痛みを感じる前に感じた”気持ち良かった感覚”を体が覚えていた。

 ローゼとしても痛いのは嫌なのだが、娼婦はあの痛みを感じる事が仕事の一環であり、あの痛みを耐える事こそが修行――とローゼは思っているがそんな事はない――なのだ。


 ローゼはあの痛みを感じる前に感じた気持ち良さ、あれを忘れられない。

 それこそ体内にかつてない魔力を感じてから、痛みはすぅっと引いていき、全身に心地良さを感じられた。しかし、痛みが消えた下腹部が、あの感覚をもう一度と言わんばかりに時折疼く。

 だが魔力錬成を始めた今、あの気持ち良い感覚に近い感覚を得られたのだ。


 臍の下、下腹部の丹田辺りにあるという魔力溜まり。

 丹田に意識を集中して魔力錬成を行なうと、得も言えぬ感覚を得られた。


(それでもご主人様が与えてくださった感覚には及ばないですの。でもご主人様は、その後に痛くなさいますの。痛し痒しですの)


 そもそもローゼは、魔術士になる事だけを考えろと言われている。娼婦関連の事は忘れろとも言われている為、痛し痒しなどと思っている事が間違いなのだ。


(そうですの、今は魔力の蠢きで我慢しますの! そして少しでも早く魔術士……いいえ、大魔導師となって、娼婦に戻していただきますの。そして性女となり、ご主人様を癒やして差し上げますのー! 痛いのは嫌ですけれど、ご主人様が気持ち良くなればわたくしも……ぐふふふぅですの)


 ローゼは知らないが、彼女の姿は女神アンネミーナが少し若くなったかな、という感じで、楚々としていればまさに”癒やしの女神”といった美しい見目をしている。しかし、今のローゼが考えている事を口に出せば、『ピンクは淫乱』と言われてしまうだろう。

 伯爵邸を出るまで、いや、ご主人様と出会う前までは、本当に何も知らぬ無知で純粋無垢な伯爵令嬢だったローゼ。それが純血を散らされた今では、純粋で無知のままではあるが無垢ではなくなり、煩悩にまみれてしまった。


(はっ! ダメですの。わたくしったら、いったい何を考えているんですの?! わたくしは民を癒やす娼婦になるんですの。決して己が快楽の為に娼婦になるのではないんですの!)


 そう、ローゼには娼婦として性女を極めるという大目標がある。しかしそれは、自分の為ではなく民の為なのだ。

 親に命じられた『聖女になる』という道は、果てしなく遠い道のりであり最終目標である。だが今は、聖女の最下層である娼婦すら名乗れない。聖女への近道である性女にすらなれないのだ。

 それでもローゼは、娼婦が多くの民を癒せる存在だと気付いてしまった。

 邸でお茶を飲んで一日を終えるだけの自分。そんな自分が、多くの民を癒せるかもしれない。役立てるかもしれない。そう思うと、是が非でも娼婦になりたいとローゼは思ってしまう。

 だが娼婦は尊い存在。簡単にはなれない。

 そして娼婦になるには、様々な知識を得る必要がある。だから今は、娼館修道院を出て知識を得る旅に出ているのだ。


(いけませんの。しっかり集中して、魔力制御を……くっ――)


 またもや丹田の辺りが熱くなる。そして集中力が乱れそうになる。疼きに耐えて自制する。ローゼは無限ループを繰り返していた。


(そういえば、なんだかおかしいですの。娼婦としてお勤めを果たすには、あの痛みがありますの。それを分かっていて娼婦を目指すわたくしは……)


 娼婦の仕事は民を癒やす事。知ってる。

 そして自身は苦痛を味わう。それも承知している。

 それでも娼婦は尊くもやりがいのある仕事だ。だから目指している。


 だが本当にそれは、他者の為だけだろうか?

 痛みの前に気持ち良い事もあると知ってしまったローゼ。しかし、痛みを伴う行為に気持ち良さを感じてしまった自分はおかしい、そう思ってしまう。


(わたくし、もしかしたら変態さんなのかもしれませんの?!)


 自問自答を繰り返すローゼは、勝手に自分の中の何かと戦い、訳のわからない思い込みをしまう。その結果、人知れず新しいスキルを得ていた。


スキル

忍耐力 レベル1

集中力 レベル1

妄想力 レベル1


 他人が聞いたらしょうもない事を考えてる間に、ちゃっかりスキルを習得していたローゼは、ご主人様に右手を握られている事に気づいていない。それくらい集中して魔力を錬成したり、しょうもない事を考えている為、当然ながらご主人様が立ち止まった事にも気づかない。よって、足を踏み出しても右手が引っ張られ、ひっくり返りそうになってしまう。


「ふにゃっ?!」


 思わず零れ出たローゼの間抜けな声。


「いてててて……」


 目を閉じてしまったローゼの耳に、至近距離からご主人様の声が届く。

 ゆっくり瞼を持ち上げると、半身で横たわった自分がご主人様に抱かれている事に気付いたローゼ。

 瞬間、意図せず鼓動が早くなる。いや、既に早かった鼓動が信じられないほど早くなったのだ。


(なな、なんですの? これは病気……ですの? わたくし、病を患ってしまったんですの? ――はっ! きっとこれは、不治の病ですの……。娼婦になれないまま、わたくしは死んでしまいますの……)


 ローゼは馬鹿ではない。馬鹿ではないのだが無知だ。そして思いのほか頭の回転が速い。さらにいうと、思い込みが激しいのだ。

 無知で思いのほか頭の回転が速く、思い込みの激しいローゼは自分が病気だと思ってしまう。それはある意味自己暗示で、もはや自分が病気である事が確定事項となってしまった。


 不治の病で死んでしまうと……。


 どうせ死んでしまうのであれば、心置きなく死にたい。結果――


「ご主人様、痛くてもかまいませんの! わたくしを、気持ち良くさせてほしいんですの! そして、娼婦として死なせてほしいんですのー!」


 ローゼはとんでもない事を口走ってしまう。その言葉には、新たに得た妄想力のスキルが無駄に力を発揮していたのであった。


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