第11話 クラスとスキル
「ちょっとご主人様、縛り上げるなんて酷いですの」
「悪い事をしたのはローゼのほうだ」
昨夜、”もしかして色情魔なんじゃないのか”と思わせる行動を、ローゼは平然と野営テント内で行なったのだ。
一応付け加えておくと、ローゼはまだ”自分で自分の服を脱げない”。よって、露出魔になっていない。
「悪い事などしておりませんの。わたくしはご主人様のお世話がしたいんですの」
「俺の世話はしなくていいって言ったろ」
「ですが、わたくしの中の何かが、『ご主人様に献身的なご奉仕を』と騒ぎたてますの。抗えませんの」
ローゼの言葉に、俺はピタリと固まってしまう。
(もしかして、それは隷属の効果かなんかで、献身的な奉仕を強制する仕組みになってるのか? 『献身』や『奉仕』なんてスキルも生えてるし。しかも【隷】とか付いてるし……)
本当に隷属化が原因であれば面倒だ。だが説明が見れない鑑定の所為で、それを確かめる術もない。
しかしローゼは、義務的に自分を追い込んでいる可能性がある。なので、本当に世話の必要がない事を言って聞かせる。
それにしても、不明な事が多すぎる現状は的確な対応ができない為、その場その場の対応をせざるを得ない。何気に頭が痛い俺であった。
「わたくしも頑張れば、ご主人様のように何でもできるようになりますの?」
軽い朝食を済ませ、今日も元気にてくてくと歩き始めると、ローゼがそんな事を聞いてきた。
「何でもはできないわよ。できることだけ」
「ご主人様、何を言ってるんですの?」
なぜか最近になって少しずつ思い出してきた日本人時代の知識の中から、不意に思い浮かんだフレーズを改変して口に出してみたお茶目な俺。
ローゼはそんなお茶目なご主人様を、『こいつ頭大丈夫か?』みたいな感じで見ているが、多分本当に心配しているようだ。
(親子ほど歳が離れているローゼに、蔑みというか哀れみの表情で見られるのって、ちょっと居た堪れないな……)
ローゼの冷めた視線がご褒美と思えるレベルに、幸か不幸か俺はまだ達していなかった。
「大丈夫だ、気にするな」
「わかりましたの」
気まずそうな表情を浮かべてしまった俺だが、場の空気を変えるように表情を正して口を開いた。ローゼは未だに心配そうな表情のままだが。
「まあなんだ、一つずつすべき事をこなしていけば、俺くらいには簡単になれるんじゃないのかな? 俺の持ってるスキルなんて、魔術系以外の戦闘系の初級と、よくある一般職くらいだし」
俺は一つとして中級へのクラスチェンジができなかった事と、ヒモ生活中になんだかんだ一般クラスのレベルが上がっていた事により、何か一つを極める者に比べて、どうでもよいスキルをそれなりに得ていた。だが戦闘能力は、初級クラスのものでしかないのだ。
「わたくし、気付いたときには職業が貴族令嬢でしたの。クラスも勝手に伯爵令嬢になってましたの」
「俺は貴族の事を良く知らないけど、貴族として生まれた瞬間からそうなってるんじゃないのか?」
「よくわからないんですの。ご主人様はどうでしたの?」
「俺は……」
(「異世界からきました」とか言っても理解できないだろうな)
「職業が村人で、最初のクラスは覚えてないな」
村人は町に引っ越せば町人になる。冒険者登録をすれば冒険者になるし、料理屋になれば料理人、鍛冶屋になれば鍛冶職人といった感じで、従事している仕事がそのまま職業になっている。はっきり言ってしまえば、職業などあってないようなものだ。
しかしクラスは違う。
剣を振り回して戦えば剣士クラスになる、という訳ではない。神殿の”クラスチェンジの間”で、しっかり手順を踏まなければならないのだ。――それですらランダム要素があり、確実になりたいクラスになれる訳ではない。
だが最下位である一般クラスだけは違う。
乱暴な言い方をすれば、『主に行なっている作業のクラスにいる』と言える。
例えば俺が持つ【健脚】と言うスキルは、『飛脚』というクラスで得られる為、手紙を運ぶ伝令のような仕事をして意図的に得ている。しかし、神殿で飛脚にクラスチェンジをした訳ではない。
【料理】のスキルも持っているが、やはりヒモ生活中に勝手に得ている。だが上位の【調理】は初級クラス以上でなければ得られない。俺は調理師になりたかった訳ではないので、初級へクラスチェンジしなかった。
一般クラスから初級クラスへ、またはより上位へのチェンジは、例外なく神殿でクラスチェンジをする必要があり、それもなりたいクラスになれるか運任せだからだ。
その点、【収納】スキルが取れる初級クラスの『小荷駄』になれたのは、正直ラッキーだった。当時は選択肢が少なかったとはいえ、他クラスも選択肢にあったが運任せでクラスチェンジをしたのだ。そして『小荷駄』になれたのは、かなり運が良かったと言えよう。
ちなみに、俺が愛用している【収納】のスキルは、どうしてもほしいスキルだった。
『飛脚』の上位である初級クラス『小荷駄』になる為に、伝令の仕事を頑張ったので、【健脚】スキルはおまけで取得している。そして本命である『小荷駄』になって荷物を運ぶ事で、俺は念願の【収納】を習得した。
【収納】は、所有魔力量で収納量が変わる、ちょっと珍しいタイプのスキルだ。
”攻魔の才”がありながら魔力が殆どないローゼと反対に、魔術系はからっきしな俺は魔力量だけは多く、【収納】スキルの収納量はかなり大きい。これは商人に大変喜ばれ、小遣いがなくなった際は小遣い稼ぎに商人の荷運びに帯同し、有効活用していた。
もちろん、冒険者に復帰した際も【収納】は大活躍で、巨大な獲物を何体も運べたので収入アップに大きく貢献していたのだ。
(それなのにアイツらは俺を……!)
「ご主人様、顔が怖いですの。気分が優れませんの?」
「……いや、なんでもない。気にしないでくれ」
(どうにもアイツらの事を思い出すと、つい感情が昂ぶってしまうようだな。気を付けないと)
「あー、もしかするとローゼの記憶にないだけで、親がローゼのクラスチェンジを済ませたんじゃないか?」
「そうなんですの?」
「わからんけど、それくらいしか思い浮かばないな」
「ご主人様がそう仰るのであれば、きっとそうに違いありませんの」
(ローゼって、ビックリするほどイエスマンだな。娼婦関連は忘れろと言っても聞かないけど、それ以外は言うことを聞くし。……あ、変な正義感で暴走する場合はあるな。うん、扱いづらい)
「でもわたくし、自分の記憶がない頃から伯爵令嬢のクラスにいても、たったの21レベルしかないんですの。ご主人様は戦闘系だけでもたくさんのクラスでレベル上限までいってると仰ってましたの。わたくしは落ちこぼれですの」
「いや、14歳とかそんなもんなんじゃないのか?」
「ご主人様もお若いですの」
「いや、俺33歳のおっさんだぞ」
「えっ……ですの」
俺の見た目は20代そこそこに見える。きっとローゼもそう思っていたのだろう。
「お母様も若く見えますが、ご主人様はもっと若く見えましたの」
「ローズの母ちゃんは幾つなんだ?」
「35歳ですの。ですが、25歳くらいに見えますの」
(俺は童顔と言われる日本人顔なのと、女神の力で10歳くらい若く見えるんだろうけど、普通にこの世界の人で10歳若く見えるとか、ローゼの母ちゃんスゲーな。……ん? ってか、ローゼの母ちゃんは35歳なんだ。へぇー……)
「お母様といえば『魔剣姫』でしたの。なのにどうして、わたくしにはその才能が受け継がれなかったんですの。悔しいですの」
「『魔剣姫』?」
俺は『剣姫』であれば聞いた事がある。元嫁が目指していたクラスで、女性剣士系統の超級クラスだ。
しかし、『魔剣姫』という言葉からすぐに答えへ辿り着く。『魔術士』と『剣士』の融合なのだろうと。そして、上級クラスで『姫』の付く『便姫』のような例もあるが、本来『王』や『姫』といった名称は超級クラスに多い。それらの事から、『魔剣姫』は女性魔術剣士の超級クラスである事はほぼ間違いない。
俺の元嫁は、”剣魔の才”という加護を持っていたが、彼女は魔術に興味がなかったようで、剣技だけを磨いて『剣姫』を目標にしていた。見た目はぽわぽわしておっとりした女性だったが、見た目からは想像もできない剣の腕前であったのだ。
あの強かった元嫁を基準に考えると、更に魔術も使える『魔剣姫』クラスが強いであろう事は想像に難くない。そんな母がいるのなら、ローゼも母のようになりたかった。しかしなれなかった。その悔しさは、俺如きには分かってあげられない。
(ってか、ローゼの母ちゃんって超級クラスかよ!? 貴族だからてっきりパワレベのなんちゃって中級や上級クラスだと思ってたけど、ガチの戦闘民族なんだな。お貴族様ってよくわからんわ)
「『魔剣姫』は――」
ローゼが説明してくれた事や、彼女の気持ちは俺の想像したとおりであった。
「お母様の事はいいんですの。やはりご主人様はおかしいですの!」
「なんだ藪から棒に」
母の事を口にしてから少し機嫌が悪くなったローゼだが、その矛先が俺に向かってきた。
(プンスカするローゼもかわいい)
感情が表情に出るローゼは、見ていて飽きない。しかし、理不尽に責められても困る。
俺はローゼが何を言い出すのか気になった。




