第10話 脱衣チャレンジ
頭の中が纏まらない。
ローゼが『攻魔術士』のクラスである事を伝えるには、鑑定士ではない俺がどうしてローゼのクラスを知っているのか、から始まり、最終的には隷属の事まで話さなければならない状況も考えられる。
俺がご主人様でローゼが愛玩奴隷なのは、あくまで娼館でのやり取りがあったからで、本当にローゼが俺の奴隷になっている事は、彼女に知られてはならないのだ。
そう考えると、危険を侵さない安全策を取るのが一番だろう。魔術は後回しにして、現状使える魔法の練習をさせておけばいい、と俺は結論づけた。
「よし、とりあえず飯にしよう。もう出来上がってるけど、起き上がれそうか?」
ローゼは横たわった体を引き起こす。
「大丈夫ですの。――うぅ~、ご主人様のお世話をする立場のわたくしが、ご主人様にお世話されてますの。ごめんなさいですの」
性女であれ聖女であれ『民を癒やす』、これがローゼの目指す最終目標のようなものだろう。
しかし現状は、俺の世話になるばかり。たった一人しかいないご主人様すら癒せていないのに、大勢いる民を癒やす事などできない。多分だが、ローゼはそんな風に考えているのであろう事は、なんとなくわかっていた。
「お世話とかは考えなくていい。まずは魔術士としてやっていけるようになる。それを目標にし、その事だけを考えればいいんだ」
「ですが、わたくしは――」
「だからそんなあれもこれもと考えてるから、ローゼは何一つできないんだ。まずは魔術。一歩一歩着実に、できる事を少しずつ増やしていけばいい」
「わかりましたの。――娼婦への道は遠いですの」
俺はあれこれ考えすぎるローゼに、『お前は何もできないんだ!』という事を伝えた。できればローゼの悲しむ顔など見たくないが、悲しませてでも現状の自分というものを理解させたかったのだ。
最後の一言は聞かなかった事にしておく。
「なあローゼ」
「なんですの?」
寝起きこそ気怠そうにしていたローゼだが、今は小動物のように頬を目一杯膨らませ、もちゃもちゃと飯をかっ食らっている。それはそれは物凄く愛らしいのだが、とても伯爵令嬢とは思えないような食べっぷりだ。
いや、食べ方自体は御令嬢らしくお上品で優雅だったのだが、如何せんペースが遅かった。なので『冒険者には早食いも必要だ』と俺が言うと、ローゼは『よろしいんですの?』と紅い目を輝かせ、別人のようにかっ食らい出したのだ。
なんでもローゼがまだ幼い頃に、冒険者である母親の豪快な食事風景を目にしたんだとか。そして後日ローゼは、母親を真似て大きな口を開けてガッツいて食べたら、マナーの講師にしこたま怒られたらしい。それ以降、豪快に食事をするのが夢だったようだ。
お貴族様の生活というのも、何気に大変なのだと思い知らされた。
(そういえば、アイツも大飯食らいだったな……って、いかんいかん)
「めっちゃ食ってるけど、食べすぎて気持ち悪くならないか?」
「ならないですの。娼館修道院でご主人様に泣かされて、お腹の中が熱くなった以降から食欲が増加したんですの」
(泣かされてとか言うなよ……。それより、ローゼが大食いになったのって、魔力が急激に増えたからかな?)
「そういえば、体力とか魔力なんかは結構減ってる感じする?」
「えーとー、どちらも出発時より減ってる気がしますの。それでも魔力は、殆どなかった今までより断然ありますの」
「そうか」
「そうですの」
魔力欠乏症耐性のあるローゼが倒れたのだ、ゴブリン戦もあった事だし、相当な量の魔力を放出したのは確かだろう。であれば、俺が供給した――と思われる――魔力は底を尽きた筈。しかし今のローゼの言葉からすると、平時より多くの魔力があると言えるだろう。
(確か、ローゼには魔力回復上昇【隷】ってユニークスキルが生えてたな)
そんな事を思い出したが、それでも腑に落ちない。何故なら、魔力の保有量には個人個人で違いがあるにせよ、必ず保有上限があるからだ。
ローゼ本来の魔力上限値は限りなく0に近かった筈。それであれば、いくら魔力回復が上昇したところで、あっという間に全回復するだけで、保有上限を超える事はない。だがしかし、『殆どなかった今までより断然ありますの』というローゼの言葉どおりであれば、彼女の魔力保有上限が上がっている事になる。
(明日になれば多分また見れるけど、あのステータスの表示って、体力とか魔力の数値が見れないんだよなー。ゲームみいたいなシステムなんだから、MP10/50とか表示してくれればいいのに)
どうやら俺の使える鑑定は、様々な状況から『24時間に一度しかステータスの確認ができないのではないか』という結論に達してる。そして、鑑定が思いの外使い勝手が悪いのは、少々不満であった。
「ローゼ、寝る前に洗浄するぞ」
「洗浄……? はいですの!」
俺に洗浄すると言われたローゼは、頭の上に『?』マークを浮かべたような思案顔を見せたかと思うと、今度はピコリンっと『!』マークを頭上に浮かべたような、何か閃いたような顔になった。
そしてなぜだろうか、ローゼはいそいそと服を脱ごうとしている。だが悲しいかな、わざわざボタンの少ないゆったり目のワンピースを着させていたのだが、それでもワンピースを脱ぐのは厳しいようで、とてもおかしな動きをしていた。
「何してんの?」
「むっふふ~。ご主人様はわたくしを少々侮っておりますの」
「ほう」
ワンピースが上手く脱げず、自分の尻尾を追いかける犬のようにその場をぐるぐる回っているローゼに声をかけると、脱衣を一旦諦めた彼女は小鼻を鳴らして嘲笑うかのような表情を見せた。
(ローゼのドヤ顔うざ可愛い)
「知っていますの。洗浄とはお風呂の事でございますの」
「いや、風呂って訳じゃ――」
「お風呂は裸で入るものですの」
俺の言葉を食い気味に遮ったローゼは、自力で裸になれないくせに勝ち誇っている。
「まあそうだけど」
「だからわたくし、自分の力で服を脱いでみせますの!」
これも向上心スキルの影響なのだろうか、何が何でも全裸になってやる、という強い意気込みをローゼから感じた。
普段のローゼが醸し出している雰囲気は、少々垂れ目な柔らかい面差しの影響だろうか、ほんわかした『おっとりさん』な感じで、控えめに言って聖母だ。
実際、黙っている時のローゼは”ママ”と呼びたくなるほどの母性を滲み出しており、俺は彼女を視界に収めているだけで癒やされている。
だがこのローゼという少女、一般常識には疎いものの完全な非常識人ではない。貴族令嬢としてそれなりの教養もあるのだ。
しかし、何か行動を起こすと見た目以上にアグレッシブになる。きっとそれは、向上心スキルの所為なのだろう。いや、そもそもそんなスキルが生えたのは、性格そのものがアグレッシブなのだと思われる。
(この超絶美少女な見た目のとおり、楚々としたお嬢様のローズであってほしいと思う反面、無駄に興味を持つところとか、何でもやりたがるチャレンジ精神というかアグレッシブなところ? それはそれで可愛いんだよなー)
のん気にそんな事を考えている俺は、芋虫のようになってもぞもぞと地を這い、草を薙ぎ倒していくローゼを眺めていた。
「あーあ、こんなに服を汚しちゃってー」
「も、申し訳ございませんの」
ローゼの着ていた淡いオレンジのワンピースが、あちこちに青汁ジュースをこぼしたようになってしまい、さすがに見ていられなくなった俺はローゼの脱衣チャレンジを止めた。
そして、少々意地の悪い言い方でローゼを睥睨する。するとローゼは顔を赤らめ、小さい体をさらに小さくさせ、本当に申し訳無さそうに謝罪するのだ。
(人前で裸になるのは平気な癖に、服を汚して叱られるのは恥ずかいのか?)
ローゼは言っていた。風呂も着替えも従者がいろいろしてくれる。それ即ち、他者の目がある状態。故に、見られる事に恥ずかしさを感じた事がないのだと。
そんなお嬢様育ちのローゼだが、わがまま放題に育った訳ではないのだろう、しっかり謝罪もできるいい子だ。
日本人時代、他者の顔色を窺い、相手の望むように行動する、というのが武藤与助という男だった。もし謝罪が必要なのであれば、それは相手がするのではなく俺がする事だ。それはこの世界にきてヨシュケとなってからも変わっていなかった。
しかし、5年前に再度冒険者として活動するようになった俺は、昔に比べて相手のご機嫌をとる事が減っていた。それには様々な要因があるのだが、娼館通いをするようになったのも理由の一つだ。
ヒモ時代のような、衣食住のお礼に女を抱くのではなく、働いて自分の稼いだ金で女を買って抱く事で、自分が優位な立場に立つ事を覚えたというのは大きい。
優位な立場とはいえ、被虐趣味が芽生えた訳ではない。ただ単に、何が何でも自分がへりくだるのが正解ではない、と知っただけである。
そんな紆余曲折があり、俺もいたずら心を持つようになったのだが、あまりローゼをいじめるのも気が引けた。
「綺麗になったですのー。でもお風呂に入ってさっぱりもしたいですの」
「野営の間は我慢だぞ」
俺の【洗浄】スキルで身綺麗になったローゼは、少しだけ不貞腐れたように愚痴を言う。
「お風呂は気持ち良いんですの。ご存知ないんですの?」
「いや、知ってるよ」
「ご主人様を気持ち良くして差し上げたくなりましたの。ほんの少しでもご奉仕の練習をしたいですの」
「それは当分先だと言ったろ」
「あぅ、早く娼婦になりたいですの……」
やっぱりローゼは馬鹿……いや、ポンコツなのかも、そう思う俺であった。




