第1話 娼館にて
新作をまったり投稿していきます。
軽い気持ちでお読みください。
「館主、キャサリンを一晩だ! 大至急頼む!」
淀んだ空気が漂うロビーに、怒気をはらんだ俺の声が響く。
「おっ、久しぶりだなヨシュケ。今回の遠征も無事に終わったようだな」
「――ッ! 遠征の事なんかどーでもいい」
(何が遠征だっ! バカバカしい!)
『30超えても初級クラスのおっさん、また新人でも集めて立派に育ててやってよ。オレたちを育てたみたいにさ』
(くそっ! アイツら……)
「なんだ、今日は随分と荒れてんな。お前さんが荒れてるなんて珍しい……いや、初めてだな。ヨシュケらしくねーぞ」
「館主には関係ない。いいからキャサリンだ。今晩は泊まっていくぞ!」
「おいおい、今晩も何もまだ昼前だぞ? こんな時間から娼館に来て泊まりって、何時間ヤル気だ? お前さんに何があったか知らねーが、娼婦は俺の大事な商品だ、壊すような真似はよしてくれよ」
まだ日も昇りきっていない時間に、久しぶりに娼館へ顔を出した俺に対し、娼館主は馴染み客である俺が荒れた様子で”宿泊宣言”をしても、厳つい顔をニヤリとさせ、冗談を言うように『壊すな』と言い返してくるのだ。
「ポーションを持っている。擦過傷くらいなら治せるから心配ない」
「まてまて! お前さん、本当に壊す気だったのかよ?!」
俺の心はかつてないほど荒れ狂っている。そんな俺の言葉に本気を感じたのだろうか、冗談だと高を括っていた様子の娼館主は表情を引き攣つらせた。
娼館主は俺の事を、気のいい男だと言ってくれている。しかし俺は、珍しい黒髪黒瞳である以外に、着ている服もすべて黒という全身黒尽くめの風体だ。筋骨隆々な大男ではないが、もしかしたら本気で嬢を壊すかもしれない、と思わせるには十分な怪しさを纏っているのだから、館主も気が気でないのだろう。
「壊す気はない。ただぶちまけたいだけだ」
「ぶちまけたいだけって……」
「それと、俺は冒険者だからな、ポーションは常に持ち歩いているぞ」
まあ、冒険者も今日で廃業だがな、と口の中だけで俺はつぶやく。
「ああそうかい。――まあ何にしても、キャサリンは予約済みなんだ」
呆れ顔になった娼館主は、投げやり気味に一番人気の嬢を出せないと言ってきやがった。今の俺は少々気が昂ぶっているが、意図的に嬢を壊す気はない。ただ溜まってるモノを吐き出したいだけだというのに。
「チッ!」
「うっ……」
思わず舌打ちをしてしまうと、娼館主の体に緊張が呼び戻されたらしく、軽く緩んだ表情が引き締まる。
「…………そ、そういやー、さっき生娘が入館したんだ。これから仕込むところだったんだけどよ、なんだったらその生娘、ヨシュケが仕込んでくれねーか?」
苛立ちを隠そうともしない俺を初めて見た娼館主は、本気で不味いと感じたのか、どう対応すれば良いのか分からなくなっているようだ。
だからこそ、生娘の献上を思い至ったのだろう。
「なんで俺が」
「ヨシュケがウチの嬢たちにあーしろこーしろと指導してくれるから、嬢のサービスが良くなったって店の評判が上がってんだよ。それにお前さん、何年もヒモ生活してたんだろ。だから女を仕込むのは得意なんじゃねーの?」
確かに俺は、短い結婚生活の後、約10年も引き篭もりに近いヒモ生活をしてた。それを終えたのが5年ほど前で、その話を娼館主にした事がある。
嬢に対する指導は完全に趣味の領域で、俺自身がご主人様気分を味わいたいが為に、勝手に自分好みの接客をさせているだけのこと。女を仕込むのが得意な訳でもなければ、娼館の評判どうこうなど微塵も考えた事などない。
「別に女を仕込むのが得意って訳じゃ……ん、生娘?」
(そういえば俺って、生娘とやった事はなかったな。でも確か……)
「なあ館主よ、生娘は滅多に入館しないから割増じゃなかったか?」
「ああ、生娘は通常料金の10倍だ。でもそれは1回こっきりで、散らされた後は仕込み終わるまで半額だ。碌なサービスができね―嬢じゃ指名も入らず、売りもんにならねーからな」
「確かに」
客側からしてみれば、高い金を払ってんだからきっちりサービスしてもらわなきゃ割に合わない、という言い分なのだろう。――それには俺も同意だ。
「それに、嬢の仕込みをオレがやんなきゃならねー。散らしちゃなんねー生娘相手に、手取り足取り教えるのは正直面倒ってのもある」
「随分とぶっちゃけるな」
「まあそう言うなって。――でだ、最初からヨシュケに仕込んでもらって、早く客を取れるようにしてもらったほうが、ウチとしてはありがてーし、オレも楽ができるって話だ」
(うーん……、この機会に生娘を知っておくのもいいかもな。脱童貞があれで、その後も人妻やシングルマザーばっかで生娘を知らねーし……)
バツイチヒモ野郎だったが生娘童貞でもあった俺は、せっかくの機会をふいにするのも勿体なく思い、初めて生娘の相手をする事にした。
俺が待つ部屋にようやく現れた新人娼婦は、まだ幼さが残るものの、将来は絶対に美人になるであろう顔立ちをしていてる。いや、既にかなりの美少女だ。そんな将来美人確定な美少女は、既視感のある顔立ちであり、俺好みの母性を感じさせる顔立ちでもあった。
「わ、わたくし、アンネ……ではなく、ローゼと申しますの。よ、よろしくお願いしますの」
緊張を隠しきれない少女は、如何にも娼婦といった妖艶さとは程遠い、清潔で爽やかなイメージを感じさせる淡い水色のスカートをちょこんと摘み、普通の娼婦であれば絶対にしないであろう美しいカーテシーをしてみせた。
俺はベッドの端に腰掛けて偉そうに腕組みし、小柄な少女を少しだけ見上げるよな姿勢で、ほうっと感嘆の息を零す。
「アンネローゼね」
「ち、違いますの。それは本名でして、しゅ……源氏名はローゼですの」
(しゅってなんだ?)
思わず本名を名乗ってしまったのであろう少女は、白磁のように真っ白な頬を赤く染め、胸の前で手をバタバタしている。同時に首を左右に振り、金の輝きを放つ桜のような淡い色合いのローズゴールドの髪も、バッサバッサと荒ぶっていた。
それらすべてが初々しく、俺の表情が思わず緩む。
「ローゼは幾つだい?」
自然と俺の口調も柔らかいものに。
「14……ではなく15歳ですの」
少女は本日娼館に入ったというだけあって、娼婦教育は殆どされていないのだろう。最低限の指導として、成人である15歳を装うように、くらいは言われていたのかもしれないが、思わず実年齢を口にしてしまったようだ。
150cmもないような小さな少女は、幼さを残しつつも成人しているように見える。それは、初めて客前に立つとは思えないほど堂々とした物怖じしていない態度が、そう見させているのかもしれない。
また、清楚な感じの白いブラウスの胸元を押し上げる膨らみが、身長に見合っていない、というのも影響しているだろう。
とはいえその膨らみは、巨というには些か迫力不足だ。しかし、『小柄な少女にしては』という注釈が付いてしまうが、なかなかに立派である事はブラウス越しでも分かるのだ、将来性は十分と言えよう。
(ふむ。俺にロリコン趣味はなかったけど、この娘はありだな。いや、真のロリコンであれば、この娘は育ち地過ぎなのかもしれないなけど……とにかくけしからん)
「さて、さっそく始めよう」
「は、はいですの」
俺は立ち上がり、少女――ローゼの前で仁王立ちした。
ローゼは僅かに緊張感を残しつつ、にこにこと楽しそうに微笑んでいる。
「…………」ふんすふんす。
「…………」にこにこ。
静寂に包まれた室内に、俺の荒い鼻息だけが鳴り響く。
入室時のぱっちりとした大きな目を細め、元より少し下がった目尻を更にへろっとさせて微笑むローゼ。彼女の細められた双眸の奥では、ルビーの如き紅い瞳が期待感も顕に爛々と輝いている。それはまるで、これから行う仕事が楽しみで仕方がない、といった様相だ。
(そういえば、館主はこれから仕込むと言ってたんだから、この娘はどう動けばいいのか知らないのか。って事は、本当に最初から全部教えないとなんだな)
「ローゼはこの仕事は初めてで、何も知らないんだったね」
「違いますの。お仕事をする事自体が初めてですの」
(普通の14歳なら、多少なりとも仕事の経験があると思うけど……。まあいいか)
「じゃあ、まずは俺の服を脱がせてくれるかい」
「はいですの! …………どうすればよいのか、わ、分かりませんの」
初めて作業を命じられたローゼは、やる気に満ちた返事をしたものの、服の脱がし方すら分からないようで、しょんぼりしてしまっていた。
俺はふと思う。さっきのカーテシーや言葉遣い、『わたくし』という一人称や仕事をした事がないという諸々から、この娘は大商会など良い所のお嬢様だったのかもしれない。そして実家が没落して娼館に流れてきたのではないか、と。
実際そうだったとして、俺にはどうしてやる事もできない。出自がどうであれ、娼館には食うに困っていたり、借金の形に売られてきた者ばかりが集まっている。そういった者たちすべてをどうこうできる金など無い。
(これはきっと、娼婦がどんな仕事かすら知らないんだな)
可哀想に……そう思う気持ちはあるが、俺にできる事などローゼが少しでも多く指名してもらえるよう、ちょっとだけ指導と言う名のお手伝いをしてあげるくらいなのだ。
「よく頑張ったな」
「…………ひっく、……い、痛かった、うぇっぐ……ですの」
ローゼはシーツとさして変わらないペラッペラな肌掛けに身を包み、俺の腕の中でひっくひっく、うぇっぐうぇっぐと泣いている。
経験者としか情事の経験がない俺に、生娘を泣かす事なく経験させる技量はなかったのだ。
「こんな、お仕事……ひっく、とは、思ってなかった、ですの。……うぇっぐ……ですが、ひっく……これが、わ、わたくしの……うえっぐ、お仕事……役割、ひっく、ですの。……うぇっぐ」
当初、緊張感はあったようだが悲壮感のなかったローゼ。この少女は、娼婦の仕事がどういったものか知らなかったが故に、悲壮感どころか仕事を楽しみにしていた節があった。それこそ、期待に胸を膨らませていたように思えてならないほど。
しかしいざ事が始まると、ローゼは驚き戸惑う。……が、彼女は逃げも喚きもせず、これが自分の仕事なのだと受け入れていた。14歳の少女とは思えぬローゼの肝の座りっぷりには、むしろ俺のほうが驚いたくらいだ。
「まあなんだ、慣れるまで大変だと思うけ――」
『ぱんぱかぱぁ~ん。――武藤与助さん、チュートリアルクリア、おめでとうございます~』
「えっ?」
ローゼを慰めようと口を開いた俺の脳内に、間延びした語尾ながらも、どこか凛とした強さも感じさせる”実体があれば絶対美女に違いない”と思える謎の美声が響き渡った。
本日は3話投稿します。
よろしくお願いします。