果たせぬ約束
多分色々ぐちゃぐちゃしてます。
愛を誓った人がいた。
私に『待っていてくれ』と言って戦争に行った人。
ずっとずっと待ち続けた。
不死の呪いを受けた私を愛してくれた人。
それも、嘘だったのかな?
『ごめん。王女殿下と結婚するんだ』
愛しているっていうのは嘘だった?
どうして、本気だと思ったんだろう。
そんなことある筈ないのに。
こんな化け物のことなんて愛してくれるはずなかったのに。
***
久々に街へ向かった。
裏切られたその日からずっと街には来ていなかったから私の顔なんて覚えている人はいないだろうけど念の為にフードを目深にかぶって行った。
その日は誰かの処刑の日だったようで、広場には多くの人が集まっていた。
「■■■■■の死刑を執行する!」
処刑台にたつ男には見覚えがあった。
私を捨てて、王女と結婚した男。
私が愛した男。
男の瞳が私の姿をとらえた。その目は少し見開かれる。しかし、すぐに男の視線はそらされてしまった。
私の顔も見たくないということだろうか。
男の首に大きな刃が落ちる。
私はソレを感情のない瞳で見ていた。
赤い赤い男の鮮血が舞う。男の首と頭があったはずの胴体からは血が滴り落ちていた。
断頭台をも見下ろすことが出来る塔の上にある女を見つけた。王女と呼ばれる女。その顔は醜い笑みを浮かべていた。
気味が悪くなった私は逃げるように森の家へと帰った。
だから、聞いていなかったのだ。
「馬鹿な話しよねぇ。魔物にも良い奴はいるなんて戯言を聞いてもらえなかったからって殺そうとするなんて」
「ほんとよねぇ。あんなに美しい王女様と結婚する以上の幸せなんてなかったのにねぇ」
すれ違った二人の女がこんな話をしていたことを。
***
あの処刑の日から二十年が経った。
王太子が死亡したことによりあの王女が女王となった。
王太子の死は不慮の事故だったそうだ。
偶然王太子の乗る馬車を魔物が襲って魔物は倒せたけれど馬車も馬もなくなってしまった。そこに通りかかった人物が偶然盗賊でほとんどの騎士が殺されてしまった。森へ逃げ込んだ王太子と従者は偶然薬草と毒草を間違えて口にしてしまい、死んでしまった。
あの女は王太子たちの遺体を確認するとそのまま放置して行った。血の繋がりが半分とはいえあるのに薄情なものだ。
このままでは魔物の餌になりかねないと森の奥の廃教会に埋めてあげた。
「もうこの国はダメなんじゃないか?」
王都から去る商人がそうこぼしているのを聞いたことがある。
実は女王の子、つまり王子や王女は全員父親が違う。可哀想な話。あの女王と正式に結婚した訳でもないのに子をつくるなど、マトモな親では無い。
王太子をはじめ、女王の子たちは皆女王の話に聞く耳を持たず何人かは既にこの国から出ていったらしい。
***
私は今日も相変わらず森を出ずに森の中を歩いていた。いつもなら獣の声しかしないこの森に、人の声が響いた。
「お兄様!しっかりして!」
「兄上!」
声のほうへ駆けていくと五人の少年少女がいた。
それぞれ年齢は違うようだがその中でも一番年長に見える二人の少年は大怪我をして大量の血を流していた。
「……何をしている。ここは魔女の森だ。知らぬ訳では無いだろう」
私がそう言うと三人の少年少女はこちらに縋るような瞳を向ける。
「お願いします!助けてください!」
「金ならある!兄上を助けてくれ!」
金は要らない。この森には食用植物が多く生えている。街にも出ない。だけど…このまま放置していくのは絶対夢見が悪くなる。
「Heilung」
とりあえず魔術で二人の傷を塞ぐ。三人は魔術に驚いたのか呆然としている。
しかし、これ以上このままにしておくは二人の負担になるので動こうとしない三人に言った。
「何をしている。ある程度傷は塞いだが流した血は戻っていない。体力がもどるまで休ませてやるから付いてこい」
だが三人は狼狽えるだけだ。
仕方なく二人を魔術で運ぶことにし、三人についてくるように言う。私の家に着くと二人をベッドに寝かす。
あの男と住んでいたからベッドは二つある。こればかりは助かった。
「あ、あの…助けていただきありがとうございます」
少女の一人がこちらに頭を下げる。
見た目や話し方からして貴族だろうに、そんな簡単に頭を下げていいのか。それに、助けたのは自分のためだ。
「あのまま放置しておくのは夢見が悪くなるから治した。それだけだ。それで?何故、魔女の森に来た」
そう聞くと三人は戸惑いながらもぽつぽつと話し出す。
「……私たちはこの国から出ようと思って」
「それがどうしてこの森に入ることになる」
国から出るだけなら森の中に入る必要は無い。むしろ死ぬ可能性が高くなるのだから、追っ手から逃げている者でも森に入る選択だけは絶対にしない。
入ってくるのは余程の馬鹿か、無知な者か、何か目的がある者。例えば不死の魔女を殺しに来た、とか。
「お兄様たちが言ったのです。どうしてもこの森で確認したいことがあると」
「…それで?」
「森に入った所で暗殺者に襲われた。怯んだ隙になんとか逃げたが兄上たちが怪我をした」
「わかった。しばらくは此処で大人しくしていろ。ベッドは代わる代わる使ってもらうことにはなるが、しばらくは衣食住の保証をしよう」
そう言って外に出た。
といっても、本当に外に出ただけだ。
ベッドに寝かせた二人がそろそろ起きる頃。
私がその場にいない方がきっと彼らがこの森に入って来た理由が分かるはず。
「う……」
「っ__」
「「お兄様!」」
「兄上!」
ドタドタと駆け寄る音が聞こえた。大方、ベッドに近づいたのだろう。
「ここは……」
「通りがかった方に助けていただきました」
「そうか…」
「どうやら…目的の場所、につけたようですね」
「そうだな。家主は?」
そう、よね。
やっぱりそういうことよね。
「今、外に__」
「目的の場所、ねぇ?なんだ?魔女でも見に来たか?それとも不死の化け物を殺しに来たか?」
扉を開け、少し威圧しながら話しかける。
決してフードは外さない。私の顔は彼らには見せない。彼らには見る資格がない。
「そういう訳では無い!」
「…残念だが自分は人を信用しないと決めているんでね」
そう言うと年長者二人は苦々しげに顔を歪める。ほか三人については話について来れていない。
「それは、貴女を裏切った男の、せいですか?」
「それとも、貴女を護らなかった兄の、せいか?」
「……それを知ってどうする」
それに、何故そんなことを知っているのか気にはなるが聞かない。
聞いてしまえば、きっと壊れてしまう。何年も、何年も守り続けた私の生活が。
「あなたを傷つけた愚かな男共の__」
「愚かなんかじゃないわ」
考えるより先に口に出ていた。
わざと男のような荒っぽい感じで話していたのに素に戻ってしまった。
「優しかった。正しいことしかしてこなかったわ」
優しい、優しい人たちだった。
兄は私の呪いを解く方法を探し、愛した人はこんな私でも王都で生きていけるようにと必死に国民の認識を変えようとしてくれた。
「だから、私が間違っていたの」
間違えたのはあの人たちじゃなくて私だ。
「何もしない。何も、言わない。そんな愚かな女。愛する人が死んでも、何も、思えない、薄情な女。大切な、兄が死んでも、せめて神の近くでと、埋めることしか出来なかった、復讐すら、できなかった、無力な女」
__そして、もう果たすことの出来ない約束に縋り続けるくだらない女
「滑稽でしょう?女王_実の妹に呪われて、不死の化け物だからと死ぬことがないのに命を狙われた。王太子だった兄に悪い噂がたたぬように自分から離れたくせに傷ついた。愛する男の帰りを待ち続けて、嘘を本当と信じて、勝手に、裏切られたと傷ついた。よく考えもせずに騙されて…なんて愚かで滑稽な__」
「違う!」
何が違うのだろうか。何か、間違ったことを言っただろうか。
「リリーは何も悪くないじゃないか!」
「え?」
今なんて…?私をリリーと呼んだ?
どうして、どうして彼が彼らが知っているの。どうして、直ぐに消えてしまった私の名前を…。
「リリーを傷つけたのは俺たちだ!」
何を言っているのか全く分からない。
だって、彼らは死んでしまった。私を一喜一憂させることが出来る彼らはもう、いない。
愛する人の死はこの目で見届けた。
大切な兄はこの手で埋葬した。
だから、私の名前を知る人なんているわけない。私の心に影響を与える存在なんているはずがない。
なら、私のことを知る
カ
レ
ラ
ハ
ダ
レ
?
「カイ!一気に喋りすぎだ!」
「ハルト…ごめん」
カイにハルト。
私の愛する人はカイという名だった。
私の大切な兄はハルトという名だった。
偶然?それとも__
「リリー?」
ハッとした。
頬を何かがつたう。ソレが涙だと気づくまでに時間がかかった。
私は今、もしかしたらと期待している。ほとんど夢物語のようなそんな可能性を期待している。
そして、もしそれが現実となった時の結末を想像して悲しくなった。
「リリー、俺たちは君の__」
「やめて!言わないで!!」
「__兄であるハルトと恋人だったカイなんだ」
あぁ、そうなのね。
やっぱり、ハルト兄様とカイなのね。
だけど、私には貴方たちとの再会を喜べる時間がないの。
「り、りー?」
不死の呪いをかけられた存在するはずのない第一王女。
その呪いはあることを条件に解ける。
それを彼らは知らなかった。
結果としてどんなことになるのかも。
呪いは呪いをかけられた者が愛した者を失ったあと、転生した愛した者と再会することで解ける。そして呪いが解けたその時、不死の魔女には死が与えられる。
なんて残酷なのだ。
やっと愛する人と再会することが出来たのに。
やっと真実を受け入れる覚悟ができたのに。
もう、言葉を交わすことは許されない。
もう、触れることは許されない。
そういう呪いなのだ。
不死の呪い。
解かれても尚、呪われた者を苦しめる呪い。
解いても消えぬ呪い。
殺しても死なぬ呪い。
だから_不死の呪いと呼ばれるのだ。
泣きそうな二人の少年の顔を見て笑みがこぼれる。
懐かしい。かつて私が湖に落ちて寝込んだ時もこんな風に心配していた。こんな情けない顔はいつまでも変わらないのね。
意識がだんだんと遠のいていく。
心残りは、彼らに想いを伝えれなかった事。
ねぇ、覚えている?
私たちは三人で約束したの。まだ、私が第一王女だった頃に。
三人で立派な国を作ろうって、そう言った。
ハルト兄様が国王として内政を。私は王の妹として外交を。カイは私の夫として国民の生活を。
守ると誓った。約束を、した。
もう、けっして果たせぬ約束。
もう、有り得ない未来。
_あぁ…神様どうしてなの?
私には幸せになる資格がないというの?
涙があふれる。もう、誰の顔も視界に捉えることが出来ない。
怖い。一人は…怖い。
ハルト兄様。カイ。どうか、どうか幸せになって。そして__
「_ごめんなさい」
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ある国には『魔女の森』と呼ばれる森があった。そこには不死の魔女が一人、住んでいた。
かつて第一王女だった彼女の名前はほとんどの者が知らない。なぜか?
第二王女が彼女の記録を消したからである。
第一王女の名前。第一王女がいたという事実。第一王女が魔女として虐げられる少女であること。
その中で第一王女の名前を知っていたのはたった四人。
彼女の兄であり、王太子であったハルト王子。彼女の恋人であり、彼女を解放するために第二王女の暗殺をはかった騎士のカイ。そして第二王女の第一子である王太子と、その王太子の従者。
ただ、実際には二人。
なぜなら、第二王女の第一子とその従者は死んだハルト王子と騎士カイの生まれ変わりだった。
そして、彼らは魔女の死に直接関わっている。
不死の魔女は不死の呪いを受けた人間であるが、不死の呪いを解くには条件があり、また、代償がある。
その条件というのが、生まれ変わった愛する人と再会しその本人の口から前世の名を聞くこと。そして、その代償は呪いを受けた者に永遠の死を与えること。つまり、不死の呪いを受けた者は生まれ変わることが出来ない。
それを知らなかった彼らは魔女と接触し前世の名を明かしてしまった。結果、魔女は死んだ。不死の魔女と呼ばれた彼女は十六歳で呪いを受け、不死の魔女として三十年生きた。彼女の生涯は不死の呪いを受けた身でありながら四十六年と短かった。
美しく聡明だった彼女は表舞台に立つことなくその生涯を終えた。また、彼女の妹が治めた国はハルトとカイによって滅ぼされた。
魔女と呼ばれた彼女の墓はひっそりと、かつて王国があった森のどこかにあるのだろう___
転生後のハルトとカイと一緒にいたのは彼らの弟妹です。三人に関しては出す意味あったかな?と今更ながら思ってます。
ちなみに魔術の存在する世界です。