91 海
「夏といえば、海だよね~」
ゆか、練習あいまの休憩時間に、めずらしいことをいう。
「どうしたんだ、いきなり」みき、戸惑いつつ、「いつもは『アイスクリームだよねぇ』とかいうくせに」
「そんなことないよぉ。夏といえば海、海といえば焼きそば、こうだよ~」
「結局くいものじゃねぇか」
にへらと笑って、ゆか、照れたように後頭部をかく。なんの照れだよ。みき、鋭くいう。
「海にでもいくのかー?」と、しお。
「うん、八月に、家族でね~」
「わぁ、うらやましい!」くいついたのは、かうな。「やっぱり、プライベートビーチとか⁉」
「いちおう、そうだねぇ」
「おぉー!」
かうな、興奮している。プライベートビーチなんて、そうそう聞く単語ではないので、むりもない。
「どこらへんにいくんだ?」と、みき、訊ねる。
「島だよ。ちょっと遠いの、フェリーで二時間とか……みんなは船酔いとか、だいじょうぶなほう?」
「うん? あぁ、わたしはあんまり酔わねぇな」
「かうなも得意そうだなー」
「はい、船酔いとかは経験ないですっ!」
「シーちゃんと、ねねちゃんは~?」
「わたし、三半規管、鍛えてるので」
「うちは、そういうの、よわくて……くすりを飲めば、ちょっとはだいじょうぶ、ですけど」
「そっかぁ。じゃ、みんないけそうだね~」
「そうだな……」
みき、相槌をうつ。それで会話が一瞬とぎれたのだが、なにかおかしい気がする。
はっとして、
「いや、いけそうってなんだ?」
「え?」ゆか、目をぱちくり。「いっしょにいくんだよ、みんな」
「……」
ゆかを除く、軽音楽部いちどう、ぽかんとする。
あまりに当然のようにいわれたので、理解がおいつかない。
「いちおう、訊くけど……」みき、ひきつった表情で、「いくって、どこに?」
「そりゃあ、海だよぉ」
「えぇ⁉」
だれもが、びっくりして、素っ頓狂な声をあげる。
「いやおまえ、急にいわれても困るって!」
「そっ、そうですよっ! たしかに海いきたいなー、うらやましいなーとは思いましたけどっ!」
「え、みんなこないのぉ?」
「いやっ……そうはいってないけど!」
みき、めずらしく慌てるし、ほかの部員もそう。反面、ゆかだけは、ほんわかした調子で、
「じゃ、きまりね~」
「待て、そのまえにいろいろあるだろ、いろいろ」
「いろいろって?」
「ほら、日程とか……もう用事がはいってたら、いけないだろ」
「そもそも、どうしてあたしらもいくんだ……?」
「あぁ、お母さんがねぇ、にぎやかなほうがたのしいから、みんなを誘えって~」
「あー……」
しお、ゆかのお母さんを思いうかべてしっくりきたのか、妙に納得したふうで肯く。
「日程はねぇ、八月十日から、三泊四日だよ」
「コンクールの一週間後か」
みき、腕を組んで、首を傾げる。予定はとくになにもなかった気がする。
ほかのメンツも、おなじらしい。コンクールがおわったら、部の練習もとくにない。
「と、いうことは……」かうな、ぱっと目を輝かせて、「みんなで海ってことですか⁉」
「水着がいりますね」
「う、うち、水着もってないよ……!」
「おー、あたしもないな」
「……」みき、ため息をついて、「わたしも用意しないとな」
「バーベキューもやろうねぇ」
ゆか、あいかわらず食のことばっかりだった。
【玉原しお ベース担当】
軽音楽部の二年生。
なまけものだが、やるときはやる。
成績にはムラがあり、勉強すればきちんと点をとれる。授業中によく寝るので、一部の教員からはしっかりマークされている。




