04 ケーキ
「温泉入りたい」
みき、独り言ちた。となりにいたゆかが、
「わかるよ~」とうなずく。「こんど一緒にいこうか」
「金がないけどな」
「う~ん、いくなら一泊したいよねぇ」
「そうだな」
「おいしいごはんをたべて~、温泉にはいって~、おいしいごはんをたべて~」
「食ってばっかじゃねぇか」
照れたふうに、ゆか、にへへと笑う。
でも、そういう話を聞くと、ほんとうにいきたくなる。
「ミネラルにどっぷり浸かって」
「のぼせる手前くらいまでゆっくりして~」
「それから部屋に戻ったら」
「豪華なお料理がてんこもり~」
「いいなぁ」
「いいよね~」
「おう、なんの話?」
レモンティーと弁当もって、しお、話に入ってくる。ジュースを買いにいっていたらしい。
しおはてきとうな席に座った。
「さんにんで温泉いきたいねって話をな」
「あー、いいな、それ」
「でしょ~」
「最近寒いしよ、ちょうどいいんじゃねって」
「お金ないけどね~」
「どうしようもねーじゃん」
「まあな」
「お弁当たべよ~」
「そうだね」
箸をとって、たまご焼き、一個つまむ。
「温泉たまごもたべたいな~」
「食のことしか頭にねぇのか」
「そーいうもんでしょ」
「みきはなにたべる~?」
「わたしは……まんじゅうとか」
「あ~、いいねぇ」
「あたしは刺身たべてー」
「それもいいね~」
「温泉にいくんだから、風呂だろ風呂」
「湯船に浸かって熱燗を……」
「酔っぱらっちゃうね~」
「おいこら」
へらへら笑って、しおはみきの弁当から、さらっとたまご焼きを盗んだ。間髪を入れずに、そのまま口に運ぶ。
みき、右ひじでわき腹をこづくと、しおは悪びれもせず、
「お、これうめー」
「そりゃわたしがつくったんだからあたりまえだろ」
「いいな~。わたしもみきの手料理たべたいな~」
「しゃーねぇなぁ」
すこし得意げな顔して、みきは弁当のおかずをちょっと、ゆかにあげる。ゆか、うれしそうに、たまご焼きをとっていった。それでたまご焼き、売り切れた。かわりに、ゆかが、ゼリーを一個くれた。
「自分でつくるなんて、すごいよね~」
「そーでもねぇよ」
「いや、すげーよ」
「ほめたってこれ以上はなにもでねぇからな」
「ちぇっ」
「おい」
「じょーだん」
「ねぇねぇ、ふたりって、クリスマスの予定、ある?」
「なんだよいきなり」
「悲しい話題はやめよーぜ」
「いや~、もしなにもなかったらね、みきの家に集まってさ~」
「わたしの家なの? ゆかのとこのほうが広いじゃん」
「みきの家がいーの」
「あたしも。みきの家おちつくし」
「まぁいいけどよ」
やった~、とゆか。
「クリスマスは、みきの手づくりケーキだね」
「わたしがつくるのかよ」
「買ってこいとかいうのか?」
「どうせなら、さんにんでつくるとかよ」
「それいいねぇ」
買い出しはもちろん、ゆかとしお。そうきまった。まだ二十日くらい先のクリスマスが、きゅうに待ち遠しく感じられた。
【前田あおば 一年五組・副担任】
眼鏡をかけた若い女性の先生。
物腰のやわらかいひとで、生徒に好かれている。
軽音楽部の顧問で、アコースティックギターで弾き語りができる。好きなバンドはオアシス。