82 偶然
みき、朝早くに学校へいくと、校舎の入口でこえをかけられる。見知らぬ女子生徒で、さっぱり整えられた短髪はさわやかな印象をうける。
「あの」と、見知らぬ女子生徒。「数学研究室って、どこにあるんでしょう?」
おだやかなものごしの、ていねいな口調で訊ねられる。みき、校舎の三階を指さして、
「三階の、東詰めの部屋です。一緒にいきますか?」
「いいんですか?」
「教室のちかくですし」
みき、女子生徒をつれて、三階まで。階段をのぼっていきながら、
「すみません、ほんと」と、女子生徒ははずかしげに、「ひさしぶりに来ると、わからなくって。去年は一階にあった気がするんですけど」
「あぁ、四月からかわったんですよ。一階のところは、生徒指導室になってます」
「そうなんですね」
はきはきとしたかんじの、きもちよい受け答えである。
三階に着くと、そのまま数研まで直行する。東詰め、会議室に隣接したちいさな部屋で、もう何人かの先生がなかにいる。
「わぁ、ありがとうございます」と、女子生徒はおじぎする。「そうだ、お名前きいてもいいですか?」
「夏井みきです。二年四組の」
「わぁ、すごい偶然!」
「……?」
みき、なにが偶然なのかよくわからず、あいまいに首を傾げる。と、そうしていると、数研からひとり、女の先生がでてきた。
鳥羽先生だ。みきのクラスの担任の、髪の長くて、わかい先生。たしか、前田先生と同期らしい。
で、かちあって早々、鳥羽先生、
「あ、もしかして新藤さん?」と、見知らぬ女子生徒に向かって。「よかった。数研の場所わかったんですね」
「いえ、案内してもらえて」
と、女子生徒、みきを見やる。鳥羽先生、そこでみきに気づいて、
「そっか、夏井さんに!」にっこり爽やかなえがお。「なら、もう話は聞いてますか?」
「えっと……」みき、やはり首をひねって、「いえ、なんにも」
「では、夏井さんにはひとあし先に、紹介しますね」
と、鳥羽先生、女子生徒のよこに立って、
「今日から二年四組でいっしょに勉強する、新藤くづきさんです」
ご紹介にあずかりました、と、女子生徒――くづきはうやうやしくおじぎする。で、みき、合点がいく。
このあいだ、うわさで聞いた、二年四組の新メンバー。留学帰りの生徒があたらしく加わると聞いていたが、なるほど、彼女のことだったらしい。
と、いうか……留学帰りで、苗字が新藤というのは、たしかにすごい偶然かもしれない。みき、なんとなく察しがついて、
「まさか、とはおもうんだけど……」
「いやぁ、はい」くづき、にこにこがおで、「うちのいもうとが迷惑かけたみたいで」
「あぁ、やっぱりさつきちゃんの」
「姉です。あの子からは、きれいなおねえさんって聞いましたけど、ほんとですね」
「やめてよ」と、みき、肩をすくめて。
「そんな照れなくていいのに。そうだ、なんて呼んだらいいですか? 夏井さん?」
「みきでいいよ」
「みきさん、ですね。わたしのことも、くづきでいいですから」
「うん、よろしく」
「よろしくおねがいします」
と、ずいぶん打ち解けたしゃべりになってきた。そんなふたりを見て、鳥羽先生、うんと肯いてから、
「では、新藤さん。教室にいくまえに、いくつか渡したいものがありますから、ついてきてもらえますか?」
「はい。わかりました」
「じゃ、わたしは教室にいきますね」
「はい。またショートホームルームで」
くづきも、「またあとで」とおだやかな調子でいう。みき、かるく手を振って、二年四組の教室に向かう。
【握津ねね 高校一年生】
極度の人見知りな高校一年生。
軽音楽部でボーカルを担当。
最近のマイブームは散歩。ひとは苦手だが引きこもりではないので、天気のよい日にひとりで外を歩くのはすき。たまに姉もついてくる。




