76 推し
びしょ濡れのジャージで、うめ、
「風邪ひいちゃうね」と、こまりがお。「ゆかちゃん、だいじょうぶ?」
「うん……」ゆか、髪をぐしょぐしょにして、「ちょっと寒いけど~……」
午後いちばんに体育をやっていたら、急に降りだして、もうびっちょりだった。しかたないので、ぱたぱたはしって更衣室に逃げこんできたところ。
うめ、タオルを二枚ほどひっぱりだして、片方をゆかにわたす。ありがと~、とゆるふわな感謝をされる。
で、タオルにかおをうずめたゆか、
「わっ」と、声をあげて、「うめちゃんのにおい~」
「あ、くさかった……? 交換する?」
「ううん、これ落ち着くから~」
「そう? それ、なんかはずかしいけど……」
うめ、じぶんのぶんのタオルをかいでみる。べつに、これといってにおうわけでもない。というか、じぶんのにおいって、よくわからないし。
「まぁ、はやく着替えちゃおっか。自習にかわるらしいし」
「そうなの~? ラッキーだねぇ」
「うん。濡れちゃったけど、得もしたかんじ」
「いっぱい寝れるね~」
「あはは……土曜日はがんばったしね」
「うん、うん~」
で、ふたりとも、はやいところ着替えてしまう。降られたといっても、すぐ逃げられたし、濡れた髪がうっとうしいくらいで意外とすむ。
更衣室をでて、教室まで。クラスメイトの女子たちも、ぞろぞろと階段をのぼっていく。
「うめちゃん、けっこうまえのほうにいたよね~」と、ゆか、あるきながら。
「え、まえのほう?」うめ、しばし考えて、「あ、文化祭か。うん、ののちゃんがいいとこ見つけてくれたの」
「ステージから見えてたよぉ。なんか泣いてなかった~?」
「ののちゃん、たしかに泣いてたね」
「おねえちゃんだから?」
「あ、うん。あのボーカルの一年生、いもうとさんなんだよね」
「そぉ、ねねちゃん」
「あの子がうたいだした途端に、泣きだしちゃったから、わたし、ちょっとびっくりしたけど」
「感動したんだねぇ」
「うん、うん」
うめ、つよく肯く。で、おもいだす。たしか、のの、本番前に「いもうとがちゃんとうたったら泣いちゃうかも」といっていた。冗談だとおもって、はんぶん聞き流していたのだが。
「ほんとうにすきなんだね、いもうとさんのこと」
「みたいだねぇ。ねねちゃん、いい子だもんねぇ」
そういえば、うめ、そのねねちゃんとやらをはじめ、軽音楽部の一年生についてはよくしらない。いや、そりゃ学年もちがうし、そもそも軽音楽部のメンバーでもなんでもないから、当然だが。
いうて、ゆかたちと話していて、たまに話題にあがるので、なんとなく聞きおよぶところもおおい。たとえば、ねねちゃんという子は、ののちゃんのいもうとで、ずいぶん人見知りをしちゃうのだとか。そこはちょっと、うめ、親近感がわくところ。
「その、ねねちゃん、だっけ。すごくうた、上手だったね」
「うん~。もう有名人になったよねぇ、きっと」
「有名人か……たしかにね。学校の人気者ってかんじかも」
「いやぁ、まずいねぇ」
「あ、まずいんだ」
「だって……ねねちゃん、知らないひとに話しかけられたら、干からびちゃうし」
「干からび……?」
表現のしかたはよくわからないが、大意としては人見知りして、話しかけられても、ろくに会話もできないまま、意気消沈して、やたらダメージを負って……というかんじ、だろうか。
だとしたら、うわぁ。すごい親近感。
「だんだんすきになってきたな、その子のこと……」
「ねねちゃんのこと?」
「うん。推し」
「そっかぁ。伝えとくねぇ」
「え?」
「推してくれるひとがいるって」
「うーん」うめ、なやんで、「それは、やめといたほうが、いいんじゃないかなぁ」
そう伝えるのは、へんにプレッシャーをかけてしまいそうで、本意ではない。それに、推しに認知されるの、あまりすきではないし。
「草葉の陰から見守ってたいな」
「生きて、うめちゃん」
「あ、うん。じゃあ、ふつうに見守るね」
教室について、それぞれ席につく。ゆかはほんとうに寝ていた。
【握津ねね ボーカル担当】
軽音楽部の一年生。
極度の人見知り。
文化祭のあと、ちょっとした有名人になってしまい苦しんでいる。クラスではシーがちょっとしたボディーガードになっているらしい。




